エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜 - 第二章 図鑑を巡る二つの出会い〜暖かさと冷たさの交錯〜
第七話 初めて見る外の世界〜図書館での出逢い〜
 レインボービレッジを旅立った三人は、次の目的地として、村から一番近いリーブフタウンに向かって歩いていた。未だにじりじりと強い陽射しが天から差していたが、足元をそよそよと流れる涼しい風のおかげで気候条件は悪くなかった。ティルは羽衣で空中に浮かびながら移動している為に体力をほとんど使っていないが、アルムとヴァローは普通に歩いているので休憩を挟みながら先に進んでいく。
「ね〜、まだ〜?」
「もうちょっとで着くよ。ティルは飛んでるんだからいいじゃないかー」
 道中は絵に描いたように平和そのものだった。大した出来事も起こらず単調な移動に飽き始めたティルに、アルムは小さく愚痴を零す事が多々ありながらも、三人は順調に歩みを速めて先を急いだ。



 隣町という事もあり、さほど時間を掛けずにリーブフタウンに辿り着いた。村の外の世界を知らなかった三人、特にティルはこの町並みに驚いていた。
 木で出来た家が所々に建っていたレインボービレッジとは違い、この街は土や煉瓦で出来た家が建ち並んでおり、一目見ただけでも住居の数が圧倒的に多い。そして何より、自然豊かな森であるレインボービレッジとは対極的に、こちらはポケモン達が町中に溢れていて、何処か活気に満ちている。自然が全く無いわけでもないが、緑が些か少ない印象を受ける。
「うわー、外の世界ってこんなに凄いんだね!」
「まあ凄いっちゃあ凄いが、別にそうでもないみたいだぞ。地図を見る限りでは確かに俺達の故郷に比べれば広いが、まだまだ他にも大きい街はあるみたいだ」
 目を爛々と輝かせながら胸を躍らせているティルに、ヴァローは近くに来るように手招きすると、シュエットから譲り受けた地図を広げて見せた。そんな二人のやり取りの最中で、アルムは感じた一つの疑問を口にする。
「そういえば、この町に来た目的って何だっけ?」
「『何だっけ』じゃないだろ? この町の図書館でジラーチという種族について調べるって言ったじゃないか」
 目的を忘れたというアルムの素っ頓狂な素振りに、ヴァローは呆れ顔のまま視線を送る。流石に旅立って早々だったのは決まり悪いのか、アルムは顔を赤らめながら歩き出した。三人が今通っているのがこの町の中央通りらしく、脇には様々な店が多く軒を連ねており、ティルがふらふらと見て回っていた。その中でも目を付けたようで一向に離れなかったのは、真っ赤で美味しそうな林檎が売られている店だった。
「ねーねー。これ食べたい!」
 相変わらずの笑顔のままの催促に二人も負けたらしく、仄かに甘い香りを放つ林檎を三人分買う事にする。二人ともここまでの移動で疲れていたのもあってか、ティルと同じく誘惑に勝てなかったのであろう。この世界の通貨である“ポケ”での支払いを済ませると、とりあえず近くにあるベンチに腰掛けて各々に林檎を食べ出す。
 ヴァローは口から“ひのこ”を放って焼き林檎にして食べていた。アルムにも焼こうかと尋ねてきたが、アルムは生のままを味わいたいという理由で断った。香ばしくなるのは否定しないが、焼くのはどうかと言い出すアルムに対してヴァローが反発して議論を繰り広げる傍らでは、我関せずと言った様子でティルが黙々と林檎の美味しさを堪能していた。



 一頻りの言い争いが終わった所で、三人は図書館を目指しながら、ぶらぶらと町を散策していった。初めて見る外の世界。新たに出逢うポケモン達ばかりと言う事もあり、最初は色々と不安を抱えていた。しかしすれ違うポケモン達に優しく声を掛けられたり、挨拶をして返してもらう内にいつの間にか不安は消え去っており、早くも町に馴染みつつあった。
 そうして寄り道をしながら歩いていると、目的である図書館らしき建物が見えてきた。まず第一印象は、辺りに建ち並ぶ家とは比べものにならない程大きな建物であるという事であった。次に気付いたのは、家のほとんどが煉瓦の色そのままに茶系の壁であるのに対し、図書館は目を引く程に白く塗装がされており、一発で図書館だと分かるようになっている。
 入り口は木製の引き戸になっており、背が低かったり、種族上の理由で手が無かったり上手く使えないポケモンも苦労する事無く入れるようにと考えられた構造なのだろう。建物内の部屋と廊下を繋ぐ扉も同様になされている。
 入ってすぐ右手にある受付には、全身が鎧のように固い鱗で包まれている大柄の青いポケモンがいた。種族名はニドクインと言い、見慣れない三人が来たのを笑顔で出迎える。三人も同じく微笑みを返して軽く会釈をしながら中に入っていく。
「よっしゃ、俺はちょっと進化について調べたいから、ジラーチの方宜しく頼むな」
「あ、ボクも行く〜」
「ちょっと、二人とも!」
 慌てるアルムの制止を振り切り、二人は遠くの方に行ってしまった。勝手な行動に半ば呆れて溜め息を吐きつつ、アルムは一人でポケモンの生態に関する本が並べられた棚の方に向かう。ところどころに配置されている看板で種類ごとに分けられた棚をわかりやすく説明されており、広い中でも迷う事無く辿り着けた。
「えっと、図鑑でいいのかな?」
 とりあえず片っ端から目に留まる分厚い本を見て判別しつつ、目的の物を探していく。しかし、背が低いアルムには上の方までは見えず、下の段をひたすら探していたが、それらしい物は見つからなかった。
「はぁ、やっぱりそう簡単には見つからないか……」
 今度は疲れから大きな溜め息を一つ吐いて、近くの床に座り込んだ。ふと休憩しながら横に目を遣ると、マンキーが表紙に大きな文字で“ポケモン図鑑”と書かれた本を読んでいるのが見えた。ちょうど探している物が見つかってアルムも元気を取り戻す。
「あの……もし読み終わったら、その本を貸してもらってもいいですか?」
 読書を邪魔しないようにそっと近付き、小さな声でアルムはお願いしてみた。それを聞いてマンキーはようやくアルムの存在に気付いたらしく、ずっと俯けていた顔を上げる。
「何だ? それじゃ俺様にさっさと読み終われって言いたいのか!?」
「いえ、そんなつもりは無いんですけど……」
 何故か巻き舌気味で怒っているらしいマンキーの勘違い発言に反論したいアルムだったが、その余りの勢いに辟易してしまった。図書館の本は共有のものであり、本来独占する事は許されない。しかし、こうやってマナーを守らない者がいるのも現実だった。相手が言い返してこないと分かると、マンキーはさらに調子に乗り始める。
「でも現にそういう事だろうが! おいっ!」
「あうっ……そ、その……ごめんなさい……」

 理不尽だとは思いながらも、自らの臆病な気持ちには逆らえず、アルムはうっすら涙目になってびくびくしている。こういう状況に慣れていない為か、すぐに弱気になって怯えてしまう。故に、例え自分が悪い事をしていなかろうと、反射的に謝ってしまったのである。
 そんな困窮しているアルムの元に、一人のポケモンがやって来た。岩のようにごつごつしている体ではないが、自然の生物にはありえない角張った体格をしている――という不可思議な存在のポリゴンである。
「図書館で揉め事は許されていません。規則を守れない者には、“サイケこうせん”の罰則を与えます」
「ちょっ――うぎゃああ!!」
 何処か無機的な声で宣告を吐き捨てると、ポリゴンは突如その両目から虹色の光線を発射した。マンキーの行為が理不尽ならば、ポリゴンの攻撃は冷酷そのものだった。直撃したマンキーはありったけの声量を振り絞って絶叫し終えると、ばたりとその場に倒れて動かなくなった。
「あなたも同罪です。覚悟して下さい」
「えっ! ぼ、僕は何もしてないよ!」
 くるりと向きを変えてアルムの方を見ると、今度はアルムに照準を合わせてきた。何とか事情を説明しようとするが、一切聞く耳持たずといった感じでポリゴンは構えていた。その光の宿っていない目には、別種の光が集束していく。
 もう駄目だと思い、アルムは観念して強く目を瞑った。まだ攻撃が来ないのかとびくびくしていると、突然暖かい何かに持ち上げられるような浮遊感を味わった。それが何かを確かめる為に恐る恐る目を開けると、固い鱗に覆われた青い両手に抱き抱えられていた。そしてそのまま固いながらもとても暖かい胸元に抱かれた。ゆっくりと見上げると、受付にいたニドクインが優しい笑顔でアルムの事を見ている。
「レイル、もうお止め! アタシの部屋で待機してな」
「はい、分かりました」
 アルムから一旦視線を逸らしてポリゴンの方を一瞥してニドクインは強く怒鳴った。それを聞いたポリゴンは攻撃体勢を解き、おとなしくこの場から離れていく。あれだけ派手な事をやらかした後の従順さ故にアルムも唖然とする。
「こんなに怯えちゃって……。ごめんよ、レイルが酷い事を。お詫びと言っちゃなんだけど、ちょっとお茶していかないかい?」
「いえ、何かされた訳じゃないので、別にお詫びなんていいです。それより、迷惑を掛けてしまってごめんなさい……」
「あんたが謝る事なんか無いよ! それにそんな遠慮せずに、ね」
 別に嫌な訳ではないものの、お詫びと言われる程の事をされた訳ではないので、寧ろ罪悪感を感じてしまい、拒否という意見に移った。そんなアルムの意思など意に介さないかのように、ニドクインはアルムを人形のように優しく抱えて、受付の奥の方へとゆっくりと歩いていく。その際、物音を聞いて見に来たヴァローとティルを見つけて手招きをし、訳も分からないまま二人も後をついて行った。
 ニドクインに案内された部屋は、ポケモンの中ではそれなりに背が高い方なニドクインに合わせて天井も高くなっており、小柄なアルム達にとっては縦、横、高さのどれにおいても広く感じられた。部屋の隅に高く詰まれた本を見る限り、相当の読書家だと伺える。その本の山以外の物は綺麗に整理されており、床に散らかっている物は見受けられない。そんな部屋の真ん中では、先程のポリゴンがじっと宙に浮いていた。その近くに座るように勧められ、三人は少しポリゴンから距離を置いて座る。
「怖がる事は無いよ。もう何もしないから。そういえば自己紹介がまだだったね。アタシはクイン。この図書館の管理人さ」
「あ、僕はアルムって言います」
「俺はヴァローです」
「ボクはティルだよ〜」
 受付にいた優しい笑顔が印象的なニドクイン――クインの自己紹介を聞いて、すかさずアルム達も名乗っていく。ちゃんと挨拶を返してくれた事で、クインも笑顔を見せる。
「さっきは本当にごめんよ、アルム。そこの子はレイルって言ってね、この図書館での見回りをしてもらってるんだけど、偶にさっきみたいに行き過ぎた事をしてしまうんだよ」
 呆れたように小さく溜め息を吐くと、クインは隣に置いてあった、一口大に切られたモモンの実が乗った皿を三人の前に差し出した。三人はいただきますと言って、モモンの実を美味しそうに食べ始めた。その間、クインはまるで自分の子供を見つめるような優しい目でその様子を見ていた。
「それで、レイルがそういう事をする理由でもあるんですか?」
 いち早く割り当て分を食べ終えたヴァローが一拍間を置いて切り出した。腫れ物に触るような接し方であっても、クインは最初話す事を躊躇ってるように見えたが、意を決したようにその口を開いた。
「実はあの子には、意思や感情が無いんだよ――」



コメット ( 2012/07/07(土) 13:34 )