エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第二章 図鑑を巡る二つの出会い〜暖かさと冷たさの交錯〜
第十話 バトルと遊び〜威勢が良いほど弱いもの〜
 雲もうっすらとしか広がっていない、晴れ渡った青空の下。ポケモン達も活動を始め、活気を帯び始めた昼の町並み。そんな町の静かだった中央広場では、普段は聞こえないような衝撃音が響き渡っていた。
「渾身の“メガトンパンチ”でも喰らえ!」
 オコリザルはその迫力ある姿に相応しい声量で叫び、全身の力を腕に乗せてパンチを打ち出した。対するヴァローは持ち前の脚力で駆け出し、攻撃を避ける。
 もはや叩き付けると言った方が正しいかもしれない、そんなモーションから打ち出されたパンチは、空を切って地面を殴り付ける形となる。それにより地面に溝が出来た。そこからも威力の高さが窺い知れる。
「避けてばっかで猪口才(ちょこざい)な!」
「避けられるような攻撃しか出来ないのが悪いんだろ」
 二度目のパンチを軽くかわし、挑発をしながら全身を軽く震わせて“ひのこ”を放った。攻撃直後の隙のある所に放たれた橙色の小さな炎塊は、全てが的確に命中する。オコリザルは熱がりながらバックステップをして一旦距離を取る。舌打ちをしている辺り、相当(いら)ついているのであろう。
「どうした? さっきまでの威勢はどこ行ったんだ?」
「この……ガキが舐めやがって!!」
 攻撃を受けた事で“いかり”のボルテージが上がり、先程に増して怖い形相で腕を振り回してオコリザルは迫ってくる。
「やっぱり分かりやすいな」
 口元に小さく笑みを浮かべながらヴァローは足に力を込め、思い切り駆け出して正面から堂々と向かっていく。それに対するオコリザルは、腕をクロスさせて猪突猛進で走っていき、ヴァローを迎え撃つ。
「あんまり舐めるなよ!」
 大きな叫び声を上げて“クロスチョップ”を喰らわせようとする。ヴァローは再び軽快なステップで横に跳び、攻撃をかわすモーションに入った。
「かかったな!」
 空振りに終わったかに思えた“クロスチョップ”。しかし、それが予想通りに外れる事は無かった。――正確には、それが“クロスチョップ”では無かったのだ。
 ヴァローの脇を真っ直ぐ通り過ぎていくはずのオコリザルの体は、そのままかわしたヴァローの方に向き直り、強力な“クロスチョップ”をお見舞いした。
「がはっ……!」
 ヴァローは強襲を受けて、体を宙に打ち上げられた。攻撃が決まった事に悦に入った様子のオコリザルは、大きく笑ってみせた。
「――なんてな」
 ふと聞こえてきた余裕の篭った声にオコリザルは振り向こうとするも、それが叶う事は無かった。上空から降り注ぐ火炎に一瞬にして体を焼かれ、オコリザルはその場に崩れていく。それと同時に、空中に打ち上げられたヴァローが悠々と着地を決めた。
「分かりやすいって言っただろ。目の動きを見れば、次に何処に行くのかすぐに分かった。それに、自分の技が上手く決まったかどうか分からないようじゃ駄目だな」
「くっ……そ……」
 怒りのあまり体をわなわなと震わせながら睨みつけているオコリザルを尻目に、ヴァローはその場を後にするのだった。



 二組がバトルを繰り広げているその傍らでは、二人のポケモンが睨み合っていた。端からはそう見えるのだが、本当のところは、見つめ合っているに過ぎなかった。ニコニコ笑っているジラーチのティルと、それを複雑な表情で見るマンキーの両名である。
「ねえ、何して遊ぶの?」
 マンキーの周りを飛び回りながら、ティルはこの緊張感など全く感じていない様子だった。あまりにも無邪気な顔をしている為に、マンキーも中々攻撃し兼ねているのだ。
「別にお前に恨みがある訳じゃないけど、とりあえずアニキの命令だからやらせてもらうぞ……」
 躊躇いがちに言い放つや否や、“みだれひっかき”の体勢か、はたまた単に捕まえる体勢か、両手を前に突き出して飛び掛かっていく。しかし、宙に浮いているティルにそれをかわす事など造作もなく、体を少し右に動かすだけでひらりと避けてしまった。
「鬼ごっこするの? じゃあボクを捕まえてみて〜!」
 体を左右に揺らして楽しそうにしながら誘ってくるティルに、何故か変にやる気を抱いたマンキーが再び飛び掛かっていく。
「鬼さん、こっちだよ〜」
 今度は後ろに体一つ分下がって避け、そのままうろちょろ飛び回って逃げていく。マンキーも自慢の足を活かして必死に追い掛けるも、飛べるティルの方に歩があり、一向に捕まえられなかった。
「まだ捕まえてくれないの?」
 息が切れ始め、膝に手を着いているマンキーに近付き、ティルは話し掛けた。これを好機と見たマンキーは、気づかれないように上目遣いで居場所を確認して飛び掛かる。今度こそ距離的にも逃げられない。そう勝利を確信したマンキーだったが、その両手はティルにしっかりと握られて宙ぶらりん状態となってしまう。
「なっ……何をする!?」
「鬼ごっこはもう飽きたから、次の遊びをするの!」
「遊びって――」
 マンキーが次の言葉を言い出す事は無かった。と言うのも、マンキーの両手を掴んだままティルがその場で回転し出したのだ。最初こそ緩やかだったスピードも、時間の経過とともに徐々に速まっていく。ティルは“こうそくスピン”を使える訳ではない為にそこまで回転は速くならなかったものの、回転数はどんどん増えていき、マンキーもそれに伴って目が回って気持ち悪くなる。
「どう? 楽しいー?」
 回転している張本人は一切目を回す様子などなく、寧ろ先程よりも楽しそうな顔をしている。つまりは、この発言も偽りの欠片も無い本音なのである。
「やめろっ……。この、放せ!」
「分かった〜!」
 この返事を聞いた瞬間、しまったと思ったマンキーだったが、時既に遅し。それなりの回転速度はあるので、それにより生み出される遠心力によってマンキーの体は遠くへ投げ飛ばされる形となった。
「ぐぎゃっ!」
 投げ飛ばされる直前に微妙に角度が付いていたせいだろうか、体は半ば叩き付けられるような形で着地して、その痛みからマンキーは無様な声を上げる。すぐにでも立ち上がってティルに仕返しをしてやろうと思ったが、平衡感覚を狂わされたせいで上手く立ち上がる事が出来ずに倒れてしまう。
「あれ? もう遊びは終わりなの〜? つまんないのー」
「ティルー! 大丈夫ー?」
「あっ、アルム!」
 遊び相手がいなくなってつまらなさそうにしている所に、ちょうどバトルを終えたアルム達が駆け寄ってきた。こちらの方が時間が掛かっていたらしく、レイルも休んで体力が回復したようであった。
 四人が揃った所でオコリザル軍団の方を一瞥すると、あちらも四人が集まっていた。オコリザルは体毛がところどころ焦げており、マンキー達も立ち上がれずにふらふらしていたり頭を摩っていたりと、随分と出会った頃に比べると滑稽な姿と成り果てていた。
 元から笑顔でいるティルを除き、それを見たヴァローは忍び笑いをしだした。さっきのレイルとの事もあってか神経を尖らせていたアルムも、ヴァローに釣られて笑ってしまう。
「なっ……笑うんじゃねぇ! まだ負けた訳じゃないからな!」
 威勢だけは良いものの、何処かオコリザルは足元が覚束なかった。しかし、その威勢の良さも突如何故か顔から消え失せてしまった。それと同時に、一歩ずつ後退していく。
「あんたたち、また悪さでも仕出かしてるのかい?」
 不意に背後から聞こえてきた声に振り向くと、木の実がたくさん入ったバスケットを片手に持っているクインが立っていた。
「いや……そんな事ないですよ。ハハハ……」
 先刻までの偉そうな態度は何処へやら。作り笑いを浮かべながらオコリザル軍団は後ろに下がっていき、ある程度距離が離れた所で背を向けて一目散に逃げていってしまった。
「全く……。大丈夫だったかい? あいつらはこの辺で悪さを働いてるんだ。とは言っても、本当に小さい事しかやらないから、そこまで悪い奴らじゃないんだけどね」
 四人の無事を確認して、ふっと小さく笑いながらクインはそう言った。改めてほっと一安心するアルムとヴァローだったが、そこで一つの疑問が浮かんだ。
「何でオコリザル達は、クインさんを見た途端に血相を変えて逃げ出したんですか?」
 こんな事を聞くのは失礼かもしれないとは思いながらも、オコリザルの態度があまりにも気になった為にアルムは聞いてみる。
「あー、あれね。前に悪さしてる所をちょっと懲らしめてやったら、それ以来あんな風になったんだよ。それより、これからまた旅を続けるあんたたちに渡したい物があるんだよ」
 “それより”などと言って軽く流してはいるが、アルムは寧ろそっちの方が気になってしょうがなかった。あれ程の怯えようを見る限り、ちょっとどころではないのだろうと想像していたが、とりあえずは何も言わない事にする。色々と考えを巡らす間に、クインはバスケットの中からたくさんのグミが入った袋を取り出した。
「本当はスカーフとかも良いかと思ったんだけどね、栄養をつけてもらいたいからこっちにしたんだよ」
「いえ、そんな……色々とお世話になっているのに、それは受け取れません」
 昨日出会ってから色々良くしてもらっているのに、自分は何も恩返しをしていない。その上でグミを貰う事を憚られたアルムは受け取るのを断ろうとする。しかし、クインは静かに首を振って、強引にリュックの中に袋を押し込んだ。
「そんな事気にする必要ないよ。これはアタシの気持ちだよ。それにアタシの方こそお礼を言いたいよ。あんたたちと一緒にいてとても楽しかったんだ。まるで子供が出来たようで……」
 町を歩いている時に一瞬だけ見せた寂しそうな顔を、クインは今一度見せた。ゆっくりとしゃがみ込むと、アルムを優しく抱き締める。
「敬語は出来れば止めて欲しいね。それと、また気が向いた時に家に寄って、顔を見せておくれ。いつでも歓迎するから……」
「うん、分かった。ありがとう、クインさん。僕もお母さんといるみたいで、凄く安心出来たよ。また絶対に会いに来るから、待っててね」
 余所余所しさの無くなったアルムの言葉を聞いて、先程にも増して輝く笑顔をクインは浮かべる。
「ふふっ……嬉しいねぇ。それじゃ、アルム、ヴァロー、ティル。頑張るんだよ。そして、レイルの事を頼んだよ」
『はい、分かりました! あっ……』
 敬語を止めるよう言われても、頼み事をされてはつい敬語になってしまい、二人は思わず顔を見合わせる。
「ふふっ。いいんだよ、別に無理しなくても。それじゃ行ってらっしゃい!」
『はい、行ってきます!』
「行ってらっしゃ〜い」
 アルムとヴァローは元気に返事をしてクインに背を向けた時、呑気な声が聞こえて横にいるはずのティルがいないのに気づいた二人は、直ぐさま踵を返す。
『君(お前)も行くの!』
「まだここにいたいのに〜」
 両腕を(くわ)えて、二人はやや引き摺るような形でティルを連れていく。これにはクインも苦笑を浮かべるが、すぐに笑顔に戻り、四人の姿が見えなくなるまで手を振り続けるのであった。



コメット ( 2012/07/08(日) 22:50 )