エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第十四章 水中都市アトランティスと結界使い〜精霊の秘密と新たな兆し〜
第百九話 優雅な遊泳と急転直下〜海の中へようこそ〜
 ライズの故郷であるグロームタウンを離れてからというもの、一行は薄雲越しに照りつける日差しの中を突き進んでいた。大地が砂や岩場でなくなった分、直に面する足から受ける熱はなくなったものの、グロームタウンを取り巻いていた黒雲の影響で湿気による暑さに苛まれていた。割と風も通りやすく視界も開けている丘陵地帯を選んで歩いているはずなのだが、じめじめした空気を攫ってくれる爽やかな風は吹き抜けてくれそうにもないのが現状である。
「ねえ、この辺で休憩しない? 何かあまりにも良い天気だからか、暑くて疲れてきちゃって」
「さっきも休んだばかりだぞ? 確かにあの町を出た辺りから急に日差しが強くなってきたような気はするが……」
 この慣れない気候故か、やけにアルムの足取りは重く、大して長距離を移動したわけでもないのにぐったりしている様子であった。炎タイプのヴァローや水タイプのシオンは、各々に自分の体の特徴を分かっていて、体温の調節の仕方を心得ている。だが、あいにくアルムにはそれほどの器用さはなく、気温の急激な変化に体が付いていけていないようであった。アカツキが全員で日光を凌げそうな手頃な木陰を見つけ、歩みを一旦止めて水分補給がてら木の実を口にする。
「アルムー、だいじょーぶ? ボクが運んであげよーか?」
「うん、平気だよ。本当にちょっと疲れただけだから」
「でも、アルムくんはグロームタウンを出発する時から気分が優れなさそうだったよね。無理はしちゃ駄目だよ」
 ティルが心配そうに顔を覗き込みながら、羽衣で必死に風を送ろうとする姿を見て、その健気さにアルムの表情も綻ぶ。ライズもティルと同じくらい表情を曇らせていたが、いつもの笑顔が戻った事で安堵した様子である。陰に隠れるとさすがに暑さは幾分か和らぎ、歩きっぱなしで火照った体も落ち着いて心地よくなる。
「ところで、お前らの故郷でもあるアトランティスってのはまだなのか? 一向に海辺に辿り着かない気がするんだけどさ」
「ご心配なく。方向は合っています。ただ、地形が地形だけに、近づいていても海が見えないものでして」
「そうだい! クロエの道案内は完璧なんだかんね!」
 何故かサニーゴが胸を張ってチョンチー――どうやらクロエという名前らしい――の正確性を力説する。案内してもらっている以上は疑ったり文句を言ったりするべきではないと心得ているのだが、ここまで目的地に近づいている気配がしないと不安になるのも致し方がないとも言える。ヴァローとしては何よりも、グロームタウンを出発した直後辺りからアルムの調子が優れないようなのが心配でならなかったのである。それは、アルムの隣に座って“アクアリング”をかけてあげているシオンも同じであった。
「いや、俺だって別に変なところに案内されてるんじゃないかとか疑ってるわけじゃないけどさ……」
「でも、方向的には間違ってはないと思うわ。本当に微かにだけど、キャモメ達の鳴き声も聞こえるもの。きっとそんなには遠くないはずよね」
 耳の良さには定評のあるシオンが言うのだから、これはさらに確証が持てる。いくらアルムほどにはばててはいないとは言え、この炎天下を歩いていれば否が応でも体力が奪われている状態が続くのは、決して好ましくない。全員が一刻も早く、この熱帯の如き包囲網から離れ、アトランティスの全貌を拝みたがっているのだ。だが、今は焦ってもしょうがないと思い至り、休憩の時間を少し長めに取る事にする。

「ところで、今向かっているアトランティスってどんなところなのかしら? 私も噂にしか聴いた事なくて、実際に訪れた事はないのよね。水の中という特殊な地だけに、簡単には訪問しづらい場所で、謎が多いとは思っていたわ」
「あのね、うちの故郷には“せーれーさま”がいるんだよね。そんで、水タイプのポケモンじゃなくても住めるように、都市におっきなバリアを張ってるのだ」
 サニーゴの口から不意に出たのは、これまでに何度も聞き覚えのある単語――“精霊”であった。アルム達が遭遇したポケモンの中ではビクティニのフリートとエムリットのリーゲルがそれに当たる。リーゲルもサンクチュアリにて一種の結界を張るなどの特殊な力を行使していたため、アトランティスに張られているというバリアが精霊によるものであっても不思議はない。だが、妙に気がかりだったのは、先の二人と違ってその存在が普通に知られているという事である。あまつさえ精霊の存在をアルム達に告げたところで、彼らに動揺の色は微塵も伺えず、サニーゴがうっかり口を滑らせたという様子でもない。
「精霊が町の皆にも知られていて、そんな風に関わっているんだ……それはまたすごい都市なんだね。僕たちが訪れた町だとラデューシティも町全体にバリアを張ってたけど、あんな感じなのかな? 確かフルスターリの力でバリアを保ってるって言ってたよね」
「あっ、そのフル何とかって知っとるよ! うちのところの“せーれーさま”が必要なところにバリアを張る事が出来るものなんだってさ! そうだよね、クロエ?」
「ええ、その通りです。その口ぶりですと、貴方達は他にも精霊をご存知のようですし、アトランティスの精霊様ともきっと仲良くなれると思いますよ」
 ここまで周知で存在を明かしてしまえるような精霊とは一体どんなポケモンなのだろうと、アルム達も俄然興味が湧いてきた。今のところアトランティスに関する手がかりはティルが眠った状態で口走った内容のみであり、新たな目的と情報を得られたのは大きい。元はと言えば、無我夢中でこいつらを助けようとしなければこうならなかったんだな――ふとそんな事を考えながらチョンチー達に視線を向けたところで、ヴァローは一つおかしなところに気付いた。
「そういえば、オムスター達はどこに行ったんだ? さっきから姿が見えないようだが」
「ああ、彼らには準備してもらいたい事がありまして、先に向かってもらいました。引き続き案内は私がしますので、ご心配なく」
 元よりアルム達は彼らが故郷に戻るのに同行させてもらっていると言っても間違いではない。別に案内役は一人いれば事足りるので、いなくなった事を突っ込むのは無粋だと判断した。そんなこんなで雑談の間に良い具合に休息も取れて、体力も回復していた。今度こそ近づきつつあるという事で期待に胸を膨らませ、一行は最後の丘を乗り越えて行った。





 休憩後の再出発から程なく。予想よりはずっと早く、目的の海辺まで辿り着いた。浅瀬の白い砂がはっきりと見えるほど透き通って綺麗な水面に、遠くの方は瑠璃色が塗り広げられている。空から降り注ぐ光で白い(しま)がまだらに描かれてはいるものの、特に大きな波も立たずに至って穏やかで、ほとんどしじまに近いほどである。夕日の映える月影の孤島近くの海もまた記憶に深く刻まれる素晴らしい景色であったが、こちらも負けてはいない。吸い込まれそうな空の蒼さと水晶のように輝く水の対比も美しく、アルムも我を忘れて自然と絶景に魅入っていた。

 サニーゴが先陣を切って水中に潜り、チョンチーに促されるがままに、一行はひとまず海の方へと進んでいく。ぞろぞろと足を浸けていく度に、いくつもの波紋が生まれて煌く(しま)が激しく乱れる。ひんやりと冷たい水は火照った体には心地よく、先刻まで悩まされていた気候に今度は恩恵を受ける形となった。だが、ここで波打ち際で一人歩みを止めている者がいた。この中で唯一水に対して抵抗のある、炎タイプのヴァローである。濡れる事を恐れてか、僅かな波が押し寄せる度に後ろに飛び退いていた。
「ヴァロー、やっぱり入ってくるのも無理、かな」
「あ、当たり前だろっ。弱点である水の中にざぶざぶと入っていけるわけないだろ!」
 幾多の強敵にも怯んだ様子を見せる事がほとんどないヴァローだったが、さながら未知の物に怯える“こいぬ”のように、生物にあらざる海へと威嚇するような険しい表情を投げかけていた。今のアルムの発言も気に食わなかったらしく、珍しく不服そうにしている。
「それに、お前だってシオン達みたいに水の中に潜れるわけじゃないだろ。俺と何も変わらないじゃないか」
「あ、それなんですけどね。あらかじめアトランティスに向かってもらったオムスター達に“こちら”を用意してもらったので、水タイプ以外の皆様もご心配には及びませんよ」
 サニーゴが水中から持ち上げてきた半透明の球体を指しながら、クロエはにっこりと笑って見せた。それはどこからどう見てもただの“泡”であった。ただし、普段目にするような細かなものではなく、少なくともこの場にいるポケモンがすっぽり入れるくらいの大きさという事を除いては。あれだけ嫌がっていた水の飛沫が足に掛かるのも忘れ、ヴァローは目を丸くしていた。
「これ、泡、だよな。まさか、これがアトランティスに行く方法だって言うのか?」
「はい。水中で息が出来ないポケモンは、この泡に入って都市まで移動するのです。これで理解して安心していただけましたか?」
 誰よりも水に対して警戒心が強いヴァローには、正直苦笑いしか出て来なかった。一方で、何の疑いもなくアルムが薄い液体の膜に触れると、その力で通常の泡のように弾けることはなく、器用にアルムの侵入を受け入れて優しく包み込んだ。それに続くようにティルやレイル、ライズも次々と泡の中に入っていき、残すはヴァローとアカツキのみとなる。好奇心いっぱいの子供たちほど、警戒心が緩いわけではないようである。
「なあ、おれの爪でなら簡単に割れたりする、なんて事ねえよな?」
「大丈夫です。これは精霊様特製の泡ですので、そう易々とは壊れませんから」
「アカツキさんも水が怖いとかじゃないですよね、まさか」
「はっ、言ってくれるじゃねえか。生意気言ってると、溺れてたって助けてやんねえぞ?」
「心配要らないです。僕は泳げない方じゃないので」
 アカツキの悪戯っぽさたっぷりの笑みを、アルムは初めて見た気がした。口にしているのは物騒な事ではあるが、アカツキの顔つきは出会った頃に比べれば明らかに柔和なものとなっていた。普段から落ち着いていて、加えて種族柄厳つい目つきというのもあるが、笑うとこんなにも優しい表情になるのだと今しがた改めて気付いた。冗談交じりの脅しを返せる辺り、アカツキの方からもいくらか歩み寄りを見せたという事であろう。アルムもそれをしっかりと理解した上で、苦笑を以って応じる。
 これでまだ泡に入っていないのは、ヴァロー一人だけとなった。目の当たりにしてもまだその耐久性を信じがたいが、こうでもしないと目的地に辿り着けないのは重々承知の上であり、ここでぐずっていても仕方ないと腹を括って泡に飛び込んだ。中に入って実際に接触してみると、その感覚はゴムに近い柔軟性があった。ここまで入ってしまえばヴァローも安心出来たらしく、強張っていた表情を緩めて身を委ねる事にする。
 果たしてこの不思議な泡の運搬役が誰かいるのだろうか――浮かぶ泡の中で思案している最中、突如泡が何かの力に引き寄せられるようにして水中に沈み始める。強固な膜に守られていると分かっていながらも、一瞬目を閉じたその隙に、アルム達の景色は一変した。
 まばゆい陽光を受けて空色に移り変わった光のカーテンが、来訪を歓迎するかのようにゆらゆらと美しく揺れている。一気に海底が深くなるところからは珊瑚礁が広がっており、ケイコウオやネオラントを始めとする水ポケモン達が優雅に泳ぎ回っているのも見えた。どうやら水流に押されているらしく、泡は徐々に前方に広がる紺青の層に向かって進みだした。いくら泡の中で動いて重心をずらそうとしても軌道が変わらない辺り、決まった道を進むようになっているらしい。まさに流れに身を任せている状態である。
「これってどういう仕組みなのかしら。泡そのものも、こうやって勝手に泡が進んでいるのも、とても不思議な感覚よね」
「うん、これは本当にびっくりだよね。誰がこんな事してるんだろう?」
「はーい。それはニノアの力なのでしたー」
どこからともなく青い何かが現れ、アルムの泡の中に入ってきた。頭部から二本の触覚のようなものが伸びていて、胸元には赤い宝石のような物がついているその姿に、アルムはもちろん他の面々も見覚えはないようであった。ただただ、突然隣に出現した謎のポケモンに呆気に取られている。
「ニノア様、あまりにも唐突過ぎますよ。皆さん驚いてしまっています」
「ありゃりゃ、これはごめんね。お詫びに早くアトランティスに着くようにしよう。うん、それが良い。クロエちゃん、その間にニノアの事紹介しておいてもらえる?」
 ニノアと名乗るポケモンが鰭のような両腕を軽くばたつかせると、ゆるやかに流されていた泡が急に速度を上げ始めた。先程のが緩やかな速度の観覧車に乗っている気分なら、こちらはさながらジェットコースターで急降下しているかのよう。景色が流れる速度も激しく、周囲を眺めているだけでも酔いそうになってくる。そんな状況でもクロエが必死に声を上げて喋っているが、余裕のなさと速すぎる移動のせいで、言葉の端々を捉えるのが精一杯だった。
「はい、一行さまとうちゃーく。快適な水中遊泳だった?」
「ぜんぜんっ、快適なんかじゃ、ない!」
 洗濯機の中でぐるぐると掻き回されているような感覚がやっと止まったかと思えば、隣の小悪魔ののんきな声が聞こえてくる。率直に言えば気分最悪。アルムは目を回しながら、皆の胸中を代弁した。せっかく美しい海の中を苦しまず見て回れる稀有な水中の旅を堪能出来るはずだったのに、いきなりぶち壊しになったのでは怒りたくもなるものである。たった一人、酔いもせずに嬉々としていたのは、何でも楽しむ姿勢でいつでも元気なティルくらいのものであった。
「怒らなくても良いじゃんか。ニノアのお陰でここまで来れたんだし、さくっと来れたのも別に悪くはないでしょーよ」
「君の、お陰? 君は一体?」
 酔いも醒めぬままに言葉を紡ぎ出すアルムが焦点を合わせた相手――マナフィは、全く悪びれた様子もなく、にっこりと笑って明朗な声を上げる。
「あー、クロエちゃんの話をちゃんと聞いてなかったな? だーかーら、ニノアはアトランティスの精霊なんだってば!」


コメット ( 2015/10/26(月) 22:54 )