エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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幕間〜過去と未来を繋ぐ者たち〜
幕間四 〜階下の戦闘、三闘士の実力〜
 うっすらと積もる白雪を吹き飛ばし、小さな爆音は城内に木霊する。その発生源は、オルカとガートがコジョンドと対峙しているよりも階下――城の中心に位置する庭が望めるようなテラスがある、上階よりも広い場所であった。普段なら多くの氷タイプのポケモンが忙しなく城内を動き回っているところであるが、今日ばかりは様相が大きく異なっている。
 端的に言えば、こちらでも激しい戦闘が繰り広げられていたのだ。一介の兵士に過ぎないユキカブリなどは身を退いており、広場の中央付近で主に戦っているのは、三つの影であった。ツンベアーのルッツ、ラプラスのフリップ、タマザラシのループ――この王国では三闘士として名高い精鋭三人である。相対するように動く影は二つ。その中でも屈強な体躯をしたルッツと組み合っていたのは、同じく熊の姿を持つポケモン――茶色の毛と腹部に浮き出る黄色い輪の模様が特徴的な、リングマである。
「まったく、相当な力の持ち主であるな……これはフリップやループには任せられぬ」
 リングマの腕を引き剥がしてぼやきながら、ルッツはその両腕を押し返す。だが、それは互いに腕を伸ばしきった中央辺りで止まり、力的にも完全に拮抗した形となった。埒が明かないと判断した両者は、共に力を抜いて一旦引き下がる。着地後即座に後ろ脚に力を篭めて、ルッツは腕を大きく振りかぶりつつ突進を試みる。正面の敵もまるで鏡写しの如く動いていると気づいた瞬間には、既に鋭い爪が交差していた。
 痛みに顔を(しか)めるルッツに対して、リングマは涼しい顔で追撃のために迫ってくる。しかし、その表情は気迫に満ちたものでもなければ、感情と言える類は到底感受しえない。あるのは戦意――否、殺意に近いものであった。切り裂こうと伸びてくる腕を払って受け流し、ルッツは掌底を叩きこむ。
 リングマが仰け反っている隙に距離を取ったところで、ルッツは徐に口から白い吐息を出した。綿飴のように両腕でそれを絡め取ると、息吹は凍り付いて爪に纏わりついていく。自在に凍らせる事で、新たな武器――氷の爪を生成した直後、再度向かってくるリングマに備えて体勢を整える。
「そなた、降伏する気はないか? 私も願わくば無益な争いは避けたいものでね」
 ルッツは駄目元で語りかけてみるものの、リングマの方は聞く耳持たずであった。爪を立てて接近し、一寸の躊躇いもなくルッツに目がけて振り下ろす。その一撃を甘んじて受けるルッツであったが、体格の差もあってか、少し後退する程度で推し留まる。さらにもう片方の腕から二撃目が繰り出されるが、そちらは氷で固めた腕で防いでみせた。
「対話の余地はない、というわけか。ならば、排除に全力を以て応じよう」
 氷刃を纏いし拳を握りしめ、相手が構える合間を縫って一気に突き出す。リングマもすんでのところで振りかぶっていた腕を防御に回すが、それで防ぎきる事は叶わなかった。ガードを破ってくる“ただの鉄拳”――ワザではないだけで、しっかりと氷を纏ってはいるのだが――で、大柄な方のリングマの体は大きく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。そのままずるずると崩れ落ちはするが、生憎まだ打ち負かすには程遠いようであった。しっかりと両手を地面に突き、足に力を篭めて起き上がってくる。
 一撃で伏せられないのは百も承知。立ち上がるまでの時間を使い、ルッツは両手の内に冷気を集結させる。いくつか握り拳サイズの氷の結晶が完成したところで、手を掲げて密集した冷気を打ち上げた。一旦天井へと張り付いた結晶は、さらなる冷気を纏って肥大し、その形を三角錐状――氷柱と呼ばれるものへと変化する。
 両の掌を打ち合わせたのを合図にして、その衝撃で氷柱は一斉に頭上から落ちてくる。無警戒だったリングマに避ける術はなく、降り注ぐ鋭利な氷塊を次々とその身に受けた。咆哮を上げて苦しむ様子を見せるが、それでも膝をつかない。それどころか、“つららおとし”の後半の方を、握り拳で薙ぎ払ってみせた。
 受けたダメージは決して生易しくはないものの、リングマの眼光の鋭さは未だ衰えるところを知らない。剥き出しにしている敵愾心も闘志も留まる様子はなく、ルッツは一種の恐怖すら覚える。
「一体何が! そなたを動かしていると言うのだッ!」
 怒りの爆発にも似たルッツの雄叫びは、凛とした空気を伝って響き渡る。リングマが毅然と立ち向かってくる様に信念があるようには感じられず、ただただ解せない。臆せず向かってくるのは勇気ではない。恐怖を撥ね退ける逞しさでもない。空虚で、何もないのだ。
 ぎりっと歯を食いしばり、拳を握って体をわなわなと震わせる。それは武者震いや恐怖の類でも、そして怒りでもなくなった。憐れみに似た感情を抱き、躊躇したのだ。だが、それも毅然たる態度で振り払うと、ルッツは再び拳を交えるべく駆け出した。





 格闘戦を演じている後方では、飛び道具合戦が催行されていた。フリップとループがタッグを組んで相手をしていたのは、同じく二人組。全身が茶色、頭部が桃色の藻のような形状になった竜が一方、もう一方が右側に体以上に大きな鋏を持つテッポウエビのようなポケモンであった。
 植物のようなドラゴン――ドラミドロは細くすぼめられた口の先に力を集め、渦巻く青い波動を撃ち出す。隣にいるブロスターもそれに合わせて巨大な鋏を光らせ、同じわざである“りゅうのはどう”を射出した。対するフリップは口腔に溜めていた冷気を吐き出し、凍てつく光線――“れいとうビーム”をぶつける。二つの竜の力と一つの氷の力、相性こそ氷の方に軍配は挙がるが、数では竜の方が上。じりじりと“れいとうビーム”が押され始める。
「僕ちゃんがいるのを、忘れないで欲しいんだの!」
 技の衝突より少し遅れて、威勢よく飛び出すループが仕掛けるのは、正面からはずれた位置からの支援だった。低い姿勢から虹色の光線が放出され、斜め方向から隣接して渦巻く“りゅうのはどう”に突き刺さる。前方に向かっていたエネルギーの流れが揺らぎ、蒼の力は白と虹の光線に挟まれ、飲み込まれ、収束して消えていく。
 だが、相殺を喜んでいる暇はなかった。鋏の後部から水を噴き出し、その推進力でブロスターが肉薄していた。その標的は、大きな図体で動きの鈍そうなフリップの方。ループがすかさず体を丸めて転がっていき、二人の間に飛び出す。ブロスターが鋏を振り上げた隙に、ループが丸っこい体をぶつける。ループの阻害の算段は甘く、ブロスターは先手の“ころがる”攻撃ではびくともしなかった。動きが止まったところで、後方支援として飛んできたドラミドロの“りゅうのはどう”が、ループの脇に刺さる。
「ぎゃっ、いったあっ!」
 叫び声をあげて飛ばされながらも、大事には至らなかった事に安堵するのも束の間。邪魔者を除けてもらって照準を付けたブロスターが、鋏に力を充填していく。今度は藍に近い深みのある色ではなく、明るい空色に近いエネルギーが周囲から集まっていた。
 僅かばかりながら時間稼ぎをしてもらったお陰で、フリップにも応対する余裕が生まれる。ブロスターが力を溜め終わるよりも先に、その銃口めがけて“れいとうビーム”を発射する。弾丸が未完成のところに撃ち込まれた光線により、行き場を失った波導の力が暴発し、冷気も含めて小規模の爆発を起こした。
 苦悶の声が聴こえた方に視線を遣ってみれば、煙を突っ切って出てきたブロスターの姿を捉えることが出来た。少なくとも確実に消耗させられた事は確かである。しかし、そこで慢心して攻撃の手を緩める程、三闘士たる二人は甘くなかった。
「ループ、床と向き合ってる場合ではありません! さっさと起きないと、ボール転がしにしちゃいますからね」
「分かってるだの、フリップ。君に蹴られるとかさすがに笑えないんだの」
 鼓舞のようで手厳しい叱咤を受けて、地に伏せていたループも起き上がる。減らず口を叩いてはいても、あくまで表面上のおふざけに過ぎず、その実は追撃の準備を万全に整えていた。まずは先にフリップが、口腔に溜めていた水を輪っか状の衝撃波として吐き出す。“みずのはどう”の接近に気付いたブロスターは、すぐさま鋏からのジェット噴射で緊急離脱を図る。
 だが、その行動も想定済みであった。ブロスターが逃げようとする先の頭上から、氷の球が唐突に降ってきた。落下地点は寸分違わぬ場所で、脳天に“アイスボール”が直撃する。鈍い音が響くと共によろめくブロスターであるが、タイプ相性もあって、二連続の攻撃もさして大きな痛手に放っていないようだった。ただ、虚を突くのには間違いなく成功していた。
 態勢を整える余地を与えぬよう、フリップは続けざまに白銀の光線を吐きつける。ジグザグの軌道を取って進む“れいとうビーム”に対して、ブロスターは臆することはなかった。即座に地面に水を撃ち、勢いのままにその場から離れて事なきを得る。
「うそっ! あの状況から避けたの!?」
「ううむ、胆力ってやつかもしれないんだの。普通ならあそこで戦意が折れかけて、直撃を喰らってもおかしくないんだけど」
 冷静に分析してはみるものの、感心している場合ではなかった。一度大きく距離を取ったブロスターが、小刻みに移動を繰り返しては、ちまちまと遠距離の攻撃を撃ち込む作戦に切り替えてきたのだ。最初に撃ち込んできた“りゅうのはどう”を頻りに押してくる。連撃が止んだのを見計らい、同じくドラミドロも遠方から粘着質の紫色の塊を飛ばしてきた。狙いはほとんど動きの見られないフリップである。
 フリップも相手の動きに合わせて長い首を動かし、迎撃に動く。相性的にも分がある“れいとうビーム”で押し返し、その余波でブロスターの体は少しずつ凍り付いていく。しかし、ブロスターはそれでも絶えず移動し続け、隙を狙っては攻撃を打ち込んでくる。
 ループは必死に狙いを済まし、ドラミドロの放つ“ヘドロばくだん”の迎撃に忙しなく動いていた。ブロスター程立ち位置を変えながら仕掛けてくるわけではないが、“ヘドロばくだん”を相殺に持ち込めるだけの手札がないループには、早い段階で軌道を逸らすのが精いっぱいだった。それでも虹色に輝く光線をぶつけ、何とか着弾の手前で撃ち落とす事には成功していた。
「それにしても、無表情で淡々と攻撃を繰り出してくるのには、恐ろしさすら感じるわね」
 鋏から撃ちだせる水の推進力のお陰で、ブロスターは機動力に勝っている。完全に移動砲台と化していて、フリップもその動きに追いつくのが徐々に厳しくなっていく。右に左にと軽快に動きながら、ブロスターは少しずつその攻撃に多彩さを見せ始める。“りゅうのはどう”の合間に追尾性能のある気の弾――“はどうだん”や、放射状に広がる螺旋のエネルギー――“あくのはどう”を織り交ぜていったのだ。
 左から撃った藍の衝撃波をフリップが迎撃している間に、ブロスターは即座に右へと移動。すかさずそのがら空きの脇腹に照準を合わせ、球状の澄み切った青色の“はどうだん”を撃ちだした。間に合わないフリップに代わってループが七色の光線を放って、相殺を試みる。だが、その威力を殺す事も軌道を逸らす事もほとんど叶わず、致命的となる格闘タイプの気弾が着弾する。
「フリップ、大丈夫だの!? しっかりするだの!」
「え、ええ。体力には自信があるので、まだ大丈夫です。しかし、素早い動きは厄介ですね……」
「となると、そろそろとっておきを出すだの?」
「もちろんです。このまま負けるわけにはいきませんからね」
 ブロスターが様子を窺って攻撃のインターバルを置いている間に、フリップが秘策とやらに打って出る。口腔に再度青白い光を溜めこみ、それを床に向けて吐き出す。堅牢な石に冷気を纏った光線がぶつかり、激しい飛沫を上げると同時に、灰色の地面は豹変を始める。
 着弾地点を中心にして、“れいとうビーム”の対象となった床が徐々に氷結していき、一面を輝かしい銀盤へとその姿を変えた。それに伴って周囲の気温もさらに下がり、足元から伝わる冷たさもより激しさを増す。奇怪な行動に違和感を覚えたドラミドロは、追撃とばかりに鉄砲水のごとき激しい水流を吐き出す。
「さあ、ここからは私も負けないわよ!」
 フリップはその巨体で氷上を滑り、鮮やかに“ハイドロポンプ”をかわしてみせた。得意とする舞台を設えた事で、フリップは新たな演技(せんとう)へと移行すべく、敵に対抗して移動を始めた。普段素早い動きには向いていないその体も、滑走するのなら話は別。勢いを付けて広間を横断し、次々と飛んでくるブロスターのはどう攻撃をかわしていく。
 防戦一方だった状況から一転、ループも揃って攻勢に打って出る。口から吐き出した冷気で雪玉を作り、雪や氷の粒を纏わせるように転がしていく。それは徐々に大きな球となり、自身の体より大きくなったところで、ループはそれに飛び乗った。
「さあ、反撃開始だの――」


コメット ( 2018/03/11(日) 20:48 )