エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第十三章 ライズの故郷、グロームタウン〜開花、回帰、邂逅、〜
第百八話 グロームタウンからの出発〜終戦と目覚めと別れ〜
 一度は別れて激戦を繰り広げた者達が改めて一堂に会したのは、大地に伸びる影がすっかりと長く色濃くなり始めていた頃であった。疲労の色を滲ませたザングースのアカツキを見るや否や、先に合流していたアルムやライズも含め、全員が一斉に駆け寄っていった。皆に心配されるのはどこかむずがゆい感じがして、明らかに大丈夫ではないのだが、顔を背けて「心配されるまでもねえよ」などと憎まれ口を叩いてしまう始末。照れ隠しのつもりらしいが、嬉しさと気恥ずかしさを隠し通す事はさしものアカツキにも不可能であった。故郷である王国で抱いた事のある仲間意識とはまた感覚が違って、アカツキ自身も戸惑っているのである。そんな心境を一歩引いた立ち位置から見て察したのか、テールナーのライラがこれまでのそれぞれの足跡を話しながら体を休めないかと提案を持ちかけてきた。
 かくしてこの町に来て初めて心身ともに落ち着けたのは、ライズが数少ない顔見知りとして案内した先――アルムが短時間ながらも世話になったモココの家であった。さすがに大所帯だけあって窮屈感が否めなかったが、急な訪問にもかかわらず、それでもモココは嫌な顔一つせず彼らを迎え入れた。ティルだけが眠りから覚めぬままではあるが、各々がこれまでの経緯や戦いで得られた収穫や持ち寄って、情報を共有していく。
「お前らだけで先に行ったりなんかするから、こっちは本当に心配したんだぞ」
「うっ……ごめんなさい」
 戦いの余韻が残る場では口にしなかったヴァローも、ここぞとばかりにアルムを叱責する。オボンの実を頬張りながらでなければ、もっと締まって緊迫した雰囲気になったのであろうが、これもまた程よく和んだ空気になっているのは、先に空腹を満たそうと言い出したライラが発端であった。もっとも、ヴァローとてそこまできつく当たるつもりは毛頭なかったであろうが。
 頭を垂れて反省の色を見せるアルムをライズが庇おうとするのも、その一連の流れに折り込み済みであった。ヴァローとしても事情が分かったならば、無闇やたらに責め立てる事は止めにする。全員が息災であるのが、何よりも先決であったのだから。
「でも、皆が無事なようで本当に良かったよね。僕たちはライズの幼馴染くらいしか遭遇しなかったけど、ヴァロー達の方は大勢を相手にしたって話みたいだし」
「ああ。とは言っても、操られているような奴らと戦ってたから、何とも薄気味悪いと言うか、気分が悪いものだったけどな」
 ヴァロー達の苦虫を噛み潰したような表情を見るだけでも、戦いで抱いたであろう不快感は、アルムにとっても想像に難くなかった。その敵集団はと言うと、全員目を覚まさないままの状態で、今は家の外で寝かせている。目が覚めたらどうなるかは分からないが、ひとまずは有益な情報を得るためにも放置してどこかに逃げられても困るという事で、レイルに見張りをさせているのである。
 先刻の戦いの話を長々としたところで実りはないだろうと見切りを付け、一同は話題の転換を図る。絶妙なタイミングでモココがヒメリの実から作った特製の“お茶”とやらを振舞ってくれた。銘々に口へと運んでいき、残っていた体と心の熱を冷まして落ち着ける。まったりとした雰囲気とほのかに甘くて爽やかな香りが部屋を取り巻き、一息吐いたところで、中断した話を本題へと戻す。
「さて、問題はこれからどう動くかだと思うんだが、まずライズがどうしたいかが最優先だよな」
 ここまで飛ばされたのは偶然とは言え、ライズが一番由縁のある地であることは間違いない。進退を全て委ねるわけではないにしろ、第一にはライズの意見を尊重したいというのがアルム達の総意であった。ヴァローに同調するように全員が頷くと、ライズも穏やかな微笑を以ってそれに応じる。
「少なくとも、ここでの僕の用事は済んだ。元から故郷に帰るのが目的じゃなかったし、後は今までと同じように、アルムくん達に付いて行くだけだよ」
 ライズの決心に揺らぎはなかった。旧友を助けたいという目的もあるが、それ以上にアルム達と旅を続ける事が既に“自然”となりつつあって、離れる事を考える方が難しいくらいであった。ライズの口からしっかりとした思いの丈を聞けた事で、ここに留まる必要性がなくなった事を再確認するに至る。
「そっか。そうなれば、後は次の行き先をどうするかってわけだが……」
 グロームタウンはひとまず後にする事が決まったまでは良かったのだが、ここで暫くぶりの奇妙な沈黙が流れる。そもそもこのグロームタウンに来たのはサンクチュアリから強制的に飛ばされたからであって、用があったのはライズのみである。それも終わったとあれば、サンクチュアリに戻るのが普通であろうが、それはミュウツーという脅威の襲来がなければの話。リーゲル達から得られるであろう情報も大きいが、おめおめと戻って捕まるような事があれば本末転倒である。払う対価を考えれば、別の目的地を設定し直す必要があるのだ。皆が一様に唸り声を上げながら悩みこんでいる――そんな折だった。

「次の光は……水の中にある……」
 たった一人寝ていた者――ジラーチのティルがのそりと起き上がった。久方ぶりに耳にしたのは、子供っぽい高い声。だが、まだ意識は夢の中なのか、静寂を破った声にも溌剌さはない。次の行き先に迷っていた全員の視線がティルに注がれる中、アルムは真っ先に歩み寄って軽く体を揺すってみる。
「ねえ、ティルってば。大丈夫?」
「――ふえっ? あっ、アルム! おはよー!」
「おはようって、眠ってたのは君の方なんだけど……。無事なら良いっか。おはよう、ティル」
 雷鳴や戦闘音など、あれだけの轟音が鳴り響いていた中でも眠り続けていたティルが、アルムが近づいて声をかけただけでいとも簡単に起きた。寝起きでも相変わらずで、ついさっきのらしくない雰囲気など露ほども残っておらず、心配していたのが馬鹿馬鹿しくなるくらいのお気楽っぷりに、アルムも思わず苦笑の色を濃くする。そんなアルムの心中を察してか否か、ティルはきょとんとした顔で首を傾げる。
「ところで、ここどこー? あの、サンなんとかってところにいて、いろいろお話したのは覚えてるんだけどね。その後は何だか良くわかんないの」
「えっ? その、サンクチュアリに着いて別れた後、また合流した時の事とかも覚えてない?」
「ううん、覚えてなーい。ただね、何だか、お空とかが全部真っ暗なのと、チカチカと光るのとかが見えたのは覚えてるんだよ! 真っ赤だったけど、綺麗だったなー」
 どうもミュウツーとの戦闘があった近辺の記憶が朧げらしい。だが、ティルが疑問に感じているのは曖昧な記憶そのものではなく、眠る前と後で景色ががらっと変わっている事であった。見慣れないポケモンが二人も増えている事もあって、何度も目をぱちぱちさせながらライラとモココを交互に見る。
「いつの間にお友達増えたのー? ボクも混ぜて混ぜて!」
能天気なティルのペースに、その場の全員があっという間に呑まれてしまっていた。当の本人が気にしていないというなら、わざわざ思い出させる必要もないだろうとアルムも判断した。寝ぼけ眼もぱっちりと開き、ティルは羽衣を広げてライラとモココのところへと飛んでいく。二人に明朗な声で挨拶してるのを横目に、アルムはヴァローやシオンと視線を交わす。
「ところで、今のティルの言葉って、やっぱり何か意味があるのかなあ? 僕には、ただのうわ言や寝言には聞こえなかったんだよね」
「そうね……確かこの地域に、水の底にある都市が存在するってのは耳にした事があるわ。私も実際に行った事はないから、どんなところなのか検討も付かないんだけどね。でも、ティルの言った内容に当てはまる土地がこの近くにあるのは間違いないのよね。名前はちょっと思い出せないんだけど、何だったかしら――」
 “光は水の中にある”――ティルが夢うつつの状態で口にした意味深な内容を、三人はこれからの道標として捉える事にした。シオンが知っている情報によると、水中にありながら都市の周囲にはバリアのようなものが張り巡らされており、その中では地上と同じように空気を吸えるのだという。単に水の中に沈んでいる都市ならば水タイプ以外は行けない事になるが、シオンの話が本当なら話は変わってくる。しかし、問題はその場所を知っている者がアルム達一行の中にはいないという事であった。

「――その都市の名は“アトランティス”。わたし達の故郷なのです」

 不意に開いた家の扉の先から、助け舟となる声が飛んでくる。今まで外で寝かせていたポケモン達――ついさっき戦闘を繰り広げたチョンチーやサニーゴがその回答主であった。目を丸くするアルム達の反応を受けてか、彼らはおずおずとした様子でアルム達に向き合いつつ、各々に戦闘の意思がない事を示す。
「先程は多大なご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんでした。そして、理不尽な形で強襲したにもかかわらず、わたし達をなるべく傷つけぬようにと暖かい配慮をしてくださった上で、呪縛から解放してくださった事、誠に感謝しております。あなたの炎から、そんな思いがわたし達全員に伝わってきました」
 彼らの代表格なのか、チョンチーが懇切丁寧に謝罪と感謝の意を述べていく。目だけでは感情が窺い知れないが、最後に口元を綻ばせてヴァローに視線を送った。その思いも行動も事実ではあるのだが、神妙な面持ちで告げられると、やや恥ずかしいところもあるのだろう。照れ隠しも含めてか、今度はヴァローの方から視線を逸らし気味に切り出す。
「と、ところでさ、あんた達の故郷って事は、もちろんその場所までの道は熟知してるんだよな? だったら、俺達をそこまで案内してくれないか?」
「はい。わたし達も一度戻って全員の無事を報告したいと思ってますので、これから向かうつもりではあります。あなた達の道案内なら喜んで致しますし、故郷についても道中お話しましょう」
 棚から牡丹餅とはまさにこの事。サンクチュアリに引き続き未知の土地ではあるが、正確に導いてくれる者がいるならば心強い事この上ない。何が待ち受けているかは分からないが、それは今までの旅路だって同じであった。ならば今さら尻込みする事などない。意欲も充分に目的地を設定したところで、休憩も終わりにして早速向かう事にする。モココのおもてなしのお陰で体力も回復し、天気においても旅を再開するに持って来いの晴れ空となっている。
「さーてと、私の目的は果たしたし、一旦ここらでお別れかしらね」
 一時的とは言え新たな旅の同行者も加わり、意気揚々と足を進めようと思った矢先の事。グロームタウンにおいてヴァロー達を牽引してくれたライラが、アルム達の後方で歩みを止めていた。このまま付いてきてくれるものだとばかり思っていたため、アルム達も慌てて立ち止まって振り返る。
「何だ、もうこれで俺達とはさよならなのか? まだ教えてもらいたい事とかあったんだけどな」
「甘ったれた事言わないの。そこから先は自分で見つけて、伸ばしていきなさい。私はそのスタートラインに立つきっかけを与えただけ。大丈夫、あなたならきっともっと強くなれるはずよ。私はそう信じてる」
 面識もないのに遭遇するや否やヴァローに炎の力を操る特訓をするなど、行動指針に掴みどころがなくミステリアスではあった。それでも、ヴァローにとっては師と仰げる存在になったのは揺らぎない事実であり、ヴァローも多大な信頼と感謝の思いを寄せている。別れ際に対面して再度向けられた暖かい微笑みが、背中を押してくれるような気がした。これから行く先は違えど、ライラの教えはこれからもヴァローの胸の中に息づき、残り続けるであろう。ヴァローもライラがわざわざ同行せずとも平気だからこそ、そう判断したのだと捉える事にした。
「あなた達がこれから待ち受けるであろう苦難がどんなものか分からないけど、きっと乗り越えられると思う。私も陰ながら応援してるわよ。だから、胸を張って先に進みなさいな!」
 ライラは尻尾に挿していた枝を手に取ると、空に向けて真っ直ぐ掲げた。先端から真っ赤な炎がいくつも飛び出し、一定の高さに到達したところで一斉に弾けていく。連続する派手な炎の破裂によって、大地を煌々と照らす炎の花が一面に咲き乱れた。ライラなりの餞別の贈り物は、別れを惜しんでしまうような、心にも残る幻想的な炎による百花繚乱だった。暫しの間炎が織り成す鮮やかな光景に見惚れた後で、一行はライラに背を向けて次なる目的地――水の都アトランティスへと歩みを進めるのであった。


コメット ( 2015/09/24(木) 23:15 )