エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第十三章 ライズの故郷、グロームタウン〜開花、回帰、邂逅、〜
第百五話 友人とのけじめ、新たな決意〜全てを打ち砕く一閃〜
 灰と茶の混在する世界に、白と青の稲妻が激しく飛び交う。意思を持った獰猛な生き物のように噛み付き合い、周囲に火花と衝撃波を撒き散らしていた。湿り気を帯びた漠々たる大地に轟く天の咆哮に、雷属性を苦手とするものならば一目散に逃げ出すであろう。だが、妙に生き生きとして攻防を繰り広げる瓜二つのポケモン達にとっては、雷の衝突など日常茶飯事で児戯に等しい。力のぶつけ合いを余裕を持って見守れるという事は、それだけ互いの力は拮抗しているという証である。
 グロームタウンに訪れた当初、圧倒的な力で大敗を喫していたライズの青白い雷撃は、レイズの放つ白い雷をものの見事に粉砕して相殺してみせていた。レイズが立て続けに飛ばす雷は相変わらず鋭く、油断すれば一瞬にして体を丸焦げにされてしまいそうなほど激烈である。しかし、ライズの方も決して負けてはいない。青白い光はしなやかな鞭のごとく、相手の迅雷をことごとく()なしていた。無論レイズが気に食わないはずがない。
「どうしたの? 力任せに攻撃している印象を受けたよ。レイズ、いつになく焦っているようだけど」
「そんな事ないさ。お前との戦いを楽しんでいるだけだ」
 ライズは言葉の(かい)で以ってレイズの心の波をさらに揺さぶる。レイズがやせ我慢をしている事は誰の目に見ても明らかだった。ただ、それを認めまい、見せまいと必死に虚勢で繕って覆い隠そうとしているだけで、その内実は大波のように荒れ狂っている。ライズのらしからぬ煽りは効果覿面(てきめん)のようで、レイズはわなわなと小刻みに震えて歯軋りをする。傍から勝負の行方を見守っていたアルムも、前回とは異なってライズの勝利を信じて疑わずにいられた。
 心を蝕んでくる言葉を振り払おうと、レイズは怒りに任せて電気の鎧を纏って突進を仕掛けてくるが、ライズは冷静かつ慎重に判断し、軽快なステップで身をかわしていく。単調となっているレイズの動きを完全に見切り、右へ左へとまるで闘牛士の如く立ち回っていた。“スパーク”による体当たりが外れて隙だらけの背中を何度も晒していたが、ライズはその間レイズを狙う事はなかった。軽くあしらいつつも追撃をしない中途半端な態度が、ますますレイズの義憤と焦燥を駆り立てる。
「何だよ……またおれを馬鹿にしてやがるのか。いつだってお前ばかり良い物を持ってて……おれがどれだけお前を羨ましく――いや、恨めしく思っていたかなんて知らないだろ!」
 他者に羨望の眼差しを向けるばかりで、自分の価値を示す事を自分以外の誰かに依存しきっている。レイズはやはりさっきまでの自分と同じなのだとライズは痛感した。アルムに教えられて気づかされ、レイズにも同じようにそれではいけないと諭したいのは山々だが、今の彼は聞く耳を持たないであろう。力ばかりに執着して、絶対だと信じている力を誇示して倒す事しか眼中にない。それならば、まずは憎しみと自尊心で凝り固まった心を打ち砕くしかない。だけど、その前に本心くらいは知って欲しいと、ライズは再度友情を信じて訴えかける。
「知ってたよ。最初は優しく楽しげだった君の目が、時々鋭くなっていたのも。でも、それでも僕は、レイズと仲良くしていたかったから――」
「そんなの戯言だ! お前は心底嘲笑っていただろうな。おれを見下していながら、表ではニコニコと笑って優しくして、仲良しのフリなんかしてたんだ。天才に凡才の気持ちなんか分かりっこねえよ……」
 ライズの言葉を曲解して、意地でも憎しみの力を増大させようとしている固執した醜い心が、改めて顕わになった。心の中が読めるわけではないが、苦虫を噛み潰したような相手の表情から容易に読み取れた。ショックを隠しきれないながらも、ライズは旧友に哀れむような視線を投げかける。その面を見たくないとばかりに目を逸らしたレイズは、眉間に電光を走らせ、頬だけでなく顔全体に火のようなほてりが表れていった。
「あんなに楽しく笑い合っていたのに。一緒にいろんな事をして遊んだのに。あれもレイズの中では侮蔑されているという記憶の一部でしかなかったって言うつもり?」
「ああ、そうさ。裏で何を思っているかなんて、誰にも分かりはしないからな。くっだらねえ友情ごっこなんざもう懲り懲りだ」
「そう、やっぱり分かってもらえないんだ。そんな気はしてたよ。どうせ僕に正面から向き合ってくれるような奴じゃないだろうって。アルムくんに惹かれて、君に幻滅したのも、きっとそのせいだ。だから、僕自身が引導を渡すしかないようだね」
 哀愁漂う溜め息を一つ。説得を諦めたのを皮切りに、ライズの纏う空気が一変した。普段の温和な雰囲気が消え去り、代わりに頬から凄まじい電気を迸らせて表情を限りなく無にする。一切の優しさを捨て、心の鏡に映るは今は統合した別人格の持ちたりし冷徹さそのもの。ライズの威圧感のある立ち姿にレイズも腰が引けそうになるが、反抗心をこれでもかと剥き出しにして対峙する。雷の力ならば互角だと、半ば自分に言い聞かせつつ。
 レイズはあえて、“かみなり”を用いない対抗手段に打って出た。素早く動いて自身の機動力の底上げを図る“こうそくいどう”を使い、撹乱するように縦横無尽に動き回る。その狙いはライズに的を絞らせない事にあり、同時に自らの“ある技”の攻撃力を上げる事にもあった。目前まで接近したところで、ライズの放った電撃を素早く回避し、レイズは背後に回りこむ。全身に溜め込んだ電気を球状に圧縮し、避ける隙を与えない速球をライズの背中に叩き込んだ。呻き声を上げながら吹き飛んでいく様を見て、レイズも悦に入った表情を見せる。――立ち上がったライズが、変わらぬ哀れみの視線を投げかけてくるまでは。
「おれが強いんだって分かってるだろ。さっきも証明したはずだ。なのに、お前はどうしてそんな目でおれを見てくるんだよ!」
 憎しみや怒りとは違う、理解できないが故の悲痛な叫び。何も分かっていないんだと言いたげなライズの瞳が、レイズの心を深々と抉っていった。体に決定打を受けたわけでも、辛辣な言葉をぶつけられたわけでもないのに、胸に痛みが蓄積されていく。息をするのも、ライズと目を合わせるのも辛い。風船のように膨れ上がっていくレイズの不満は、いよいよ決壊間近といったところであった。
「だって、レイズがすごく可哀相だから。何もかも否定して、受け入れまいと意固地になっているのが、見ていて辛いんだ。今すぐ楽にしてあげなきゃって、そう思わされるくらいに」
 レイズは思わず歯軋りする。先刻での戦いでは手玉に取っていたはずの相手に、今は逆に舐められ、悠長に心配までされている始末である。惨めさから来る悔恨の念に激しく苛まれていく。あれほど望んだライズとの戦いが、こんな結果になるとは思いもしていなかった。さっさと終わらせて安息を――いつしかレイズは戦いに対して逃げの姿勢となっていた。
 その一方で、相対するライズにもライズで覚悟と決意があった。アルムによって身も心も束縛から解き放たれた際に湧いてきた力の正体が、一体何であるのか。それを試すには絶好の機会だと思っていた。生半可な気持ちで使ってはいけないという予感があったからこそ、ここ一番で使う事にする。もう旧友に目を逸らさせないようにとの思いを込めて。
 ライズが放つ異様な威圧感で何かを直感的に察したレイズは、狙いを付けさせぬようジグザグに駆け回り始めた。その間にも体内の電気を蓄積させて撃つ準備を整える。撹乱しながらじりじりと間合いを詰め、両手の間に作っておいた電撃球を解き放った。その弾道はしかしライズを狙ったものではなく、手前の地面に突き刺さるものだった。瞬間、ライズの視界を覆い尽くす砂塵が舞い上がる。
 それに紛れて姿を隠し、レイズは再度背中から討たんとする。だが、背を向けているはずの相手と目が合った。行動を先読みされていたからに他ならず、しかも相手も同じく電撃を放とうとしている。後手に回ってはまずいと、レイズは焦りから急いで雷撃を撃ちだした。

 駆け巡る鋭い刃はさながら雷轟電撃(らいごうでんげき)。耳を(つんざ)く轟音と共に、一帯に目に焼きつくような青の閃光が迸る。ライズの研ぎ澄まされた集中力によって棒状に伸びた雷の力は、同じく電撃で(かたど)られた弓によって引き絞られ、貫通力に特化した矢へとその姿を変えた。ライズの手を払う動作を合図に、空気を裂いて全てを貫く閃光の矢は放たれ、迫り来るレイズの憎しみの塊を撃ち砕いた。勢いを殺す事無くそのまま直進し、レイズの体を的確に射抜く――かと思われた。しかし、雷の軌道は僅かに脇へと逸れ、標的には軽く掠った程度に留まる。その際に与えたダメージは見た目に反して大きく、レイズは力が抜けてその場にへたり込んだ。今まで圧倒されていた相手に対し、ライズは解き放たれたばかりの新たな力で、遂に意趣返しを果たしたのだ。
「そんな力、見たことないぞ。それは一体なんだ!」
「僕にも分からない。だけど、前よりもずっと体に力が溢れてくるんだ。不思議な感覚だよ。それと、何だかとても温かいんだ。守りたいって思える大事な存在のお陰で、この力が使えるようになったのかもしれない」
 純粋な力勝負で圧倒した事は、レイズの自尊心を大きく傷つけ、神経を逆撫でする結果となった。必死の努力で越えたはずの相手に、あっさりと敗れて追い抜かれてしまった――その事実を痛烈に叩きつける事になったが故である。それに加え、ライズが既に自分の知るライズでない事を思い知らされ、実力的にも精神的にも一歩先を行く存在になった事に、やり場のない怒りを覚えていた。
「何だよ。またそうやって、自分の才能をひけらかして楽しんでるんだな。ちくしょっ……あのミュウツーの下で鍛えたってのに――悔しい、なんて悔しいんだ……」
 強力な電撃の痛みからだろうか、はたまた敗色が濃厚となった事への無念さからか。レイズの顔からは怒りが形を潜め、一層悲愴な色を濃くする。相手が歩み寄ってくれないならばこちらからと、ライズは静かな足取りで旧友の方へと近づいていく。
「ねえ、またやり直せない? 僕はレイズの事が嫌いになったわけじゃない。だからさ、今までの事は水に流して――」
 手を差し伸べようとした次の瞬間、全てを許しかけていたライズの笑顔を無にする、拒絶の鋭くぎざぎざな軌跡を描く一閃が、仲を引き裂くようにして二人の間に落ちた。それ以上歩みを進めるなとの明白な警告に、ライズは完全に足を止める。
「近づくな。もうおれに見せたいものは散々見せびらかしたろ。だから、これ以上構うんじゃねえ。次に会う時はもっと強大な力を手に入れて、必ずリベンジを果たしてやるからな」
 今度は一筋のみならず、幾多もの雷撃を地に突き立てた。その衝撃で大量の砂埃が舞い、両者を阻むベールとなって広がっていく。砂の向こうの光景があらかた予想が付いていたが、ライズはあえて視界を埋め尽くす幕を払ってまで確かめようとはしなかった――いや、出来なかったのだ。全てが歯切れの悪いまま終わりを告げてしまったと見て、今や遅しと待ち構えていたアルムが駆け寄っていく。足音が聞こえて振り返ると同時に、ライズは緊張の糸が切れたように険しい顔つきを潜め、疲労感に身を任せてその場に座り込んだ。
「ライズ、本当に行かせて良かったの? せっかく仲直り出来るチャンスだったかもしれないのに」
「あそこで捕まえたって、本当の意味では仲直り出来なかったと思う。だから、レイズが気の済むまでやらせてあげようかなって思ったんだ。拒絶される覚悟も……してたしね」
 口では強がりを言っても、曇っていく表情を隠し切る事は到底不可能であった。ライズを引き戻せたのとは訳が違うため、ライズの心情を察して同情は出来ても、完全に理解する事は叶わない。軽々しく慰めの言葉を掛けられるのも憚られ、アルムはあれこれと逡巡してはみるものの、ライズの心に空いた穴を上手く埋める台詞など浮かんでこなかった。だったら――と、自分が感じたありのままを、下手な装飾なしでライズにぶつける事にする。
「あのさ、まだまだ頼りないかもしれないけど、少しでもライズの力になりたいなって思ってるんだ。だから、もう我慢とかしないでね。その、ライズが我慢して苦しんでると、僕も苦しくなるから」
「アルムくん……」
 ライズが抱える悲しみを共有したい――思いをしかと伝えると、繕う事のなくなったライズの感情が、堰を切ったように溢れ出す。顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶライズは、これまでの旅の中で初めてであった。ようやく自分らしさを取り戻したのと同時に、本当の意味で心を開いて信頼を寄せてくれたのだと実感して、アルムも自然と顔が綻んでいく。
「本当は、ずっと怖かった。初めて出来た友達に冷たくされて、どうしようって、すっごく不安だったんだ」
「うん」
「だけどね、僕にはアルムくんがいてくれるんだって思ったら、不思議と心が落ち着いたんだ。だから、レイズにも全力で立ち向かえた。ありがとう」
「うん――あっ、いや、僕は何もしてないよ。僕はライズならきっと大丈夫だって、信じてただけだから」
 潤んだ真っ直ぐな瞳と、優しいはにかみを向けられては、思わず照れずにはいられなかった。息が詰まるような押し固められた空気が一気に弾け飛び、むずがゆさばかりが募っていく。一頻り泣いて顔を赤くしたライズと、嬉しさと恥ずかしさの入り混じる気持ちで頬を染めるアルムとで、何だか互いにおかしくなって、くすりと破顔一笑。
「でも、本当に良かった。ライズが、今まで以上に自分らしくいられるようになって。お父さんにも自分の思いをしっかり伝えていたしね。これで、心置きなく、ライズはここに――」
 あれだけの好勝負を演じた後でこんな顔を見せられるのも、ちょっと誇らしいなどと思いつつ、ライズはアルムが不意に不安の色を滲ませたのを見逃さなかった。すかさず曇りを払うべく、会心の笑みでもって顔を突き合わせる。
「悪いけど、僕はここに残る気はないよ。まだレイズとの件が片付いてないもの。まあ、そのお陰で僕が旅を続ける理由も一つ出来たんだけどね」
「それじゃあ……!」
 アルムが密かに心の中で懸念していた事を、ライズは事も無げに打ち払って見せた。自身の安定を保つので必死だったライズが、相手の機微に敏感に気づけるようになったのも、一つの大きな進歩であった。まだ一緒に旅が出来る喜びを噛み締めつつ、今度は心の底から安堵を覚える。しかし、これで全てが片付いたと気を抜いてもいられない。収束していない事態を把握するためにも、二人は足並みを揃えて衝撃音の鳴り響く方へと駆け出そうとする。
「あっ、ちょっと待って! 言いたい事があるんだけど、良い?」
 意気揚々と出しかけた足をわざわざ戻してまで、アルムはライズに伝えておきたかった事があるらしい。きょとんとしつつも嫌な顔一つせず、ライズはアルムの方に向き直る。
「うん、良いよ。なあに?」
「あのね――ライズ、おかえりっ!」
 とびっきりの微笑みを添えて伝えたかったのは、帰還を喜ぶたった四文字。険しさや緊張の欠片もない、心の底からの想いの発露は、真っ直ぐにライズの耳へと飛び込み、すっと溶け込んでいった。言葉こそ同じでありながら、それは先の父親から放たれたのとは全く異種の、光に満ちた魔法のような言葉。何事かと構えていたライズも一瞬放心状態になり、一拍の後に我に返った時には、既にどうすべきかを本能的に心得ていた。
「アルムくん、ただいま!」
 一度は離れたものの、自分が最も切望する場所に、心身共に大好きな者の傍に戻ってきたという意味を篭めて。今一度、二輪の笑顔が満開に咲き誇る。
 ――やっぱりここが、一番心が落ち着く。この心の平穏を守るためにも、僕は――
 胸に秘めたる思いをさらに熱く燃やし、心に刻み付けた決意を静かにしまっておく。自分の歩む道をしっかりと見据えたライズは、頼もしい仲間を伴って、大きな一歩を踏み出していくのであった。


コメット ( 2015/01/08(木) 22:41 )