エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第十三章 ライズの故郷、グロームタウン〜開花、回帰、邂逅、〜
第百話 再会は憎しみと共に〜過去の友と今の友〜
 さながら薄い刃物で背を撫でられたような戦慄が走る。ライズは血相を変えて体を石のように硬くし、その場から一歩も動けなくなっていた。アルムは目の前に立つマイナンに似た種族――プラスルの登場に戸惑うばかりで、ライズが激しく動揺している理由までは憶測が及ばなかった。だが、プラスルが暗く冷ややかな嘲笑を口元に浮かべている辺りから、友好の意思を向けているわけではないと察する事は容易かった。
「久しいね、こうやって顔を合わせるのはいつぶりだろうか。お前の事は片時も忘れた事はなかったんだ」
「そう、なんだ。僕も君の事はずっと頭の片隅に置いていた」
「ほほう、それはそれは。“雷帝の力”を授かったライズ殿に覚えていただけるとは、身に余る光栄です」
「もうその事でからかうのは止めて。そんなのは些細な事だって言ったじゃないか」
 (うやうや)しく頭を下げだしたプラスルに、ライズが煙そうな表情を向ける。口振りから察するに、久方ぶりに相まみえた旧友である事は間違いない。しかし、どう言葉を交わそうとも嬉しそうなのはレイズの方ばかりで、相対するマイナンの方には明らかに不機嫌さが滲み出ている。
「ところで、自称駄目な子はあれ以来どうしてたんだ? 何の音沙汰も無くて気懸かりだったけど」
「まあ、いろいろあってね。この町を出て、一人の時間を過ごしていたよ。考える時間が出来て、素敵な出会いがあって、本当に有意義だった」
 まるで昔別れた彼女に報告するような言い回しだった。その言葉の裏に、離れて清々したと誇示しているようでもある。昔のライズとレイズの仲を持ち出されたならば、アルムに勝ち目などない。グラスレイノでもシオンに対して感じていた、自分の知らないどこか遠くにいってしまうような感覚に苛まれるものだと思っていた。だが、今のライズとの関係であれば、アルムの方が断然上である。ましてやライズ自身の口から現状が気に入っていると言っているのであれば、アルムの心の底にあった煩悶も取り除かれる。
 心にもたらされた開放感と共に、さっぱり話が読めなかったアルムにも少しずつ事情が飲み込めてきた。二人が良好な関係でない事は、目下繰り広げられているやり取りからも分かる。しかし、捉えているのは輪郭ばかりで、自分の知らないライズの事で話が展開されている事もあって、蚊帳の外にいる気がしてむず痒かった。また昔話に入って取り残されては敵わないと、勇気を持って二人の間に踏み込んでいく。
「もしかして、プラスルのレイズさんはライズとお友達?」
「友達っつーか、幼馴染ってとこか。昔っから一緒にいる時間が長かったってだけだけど」
「幼馴染……なのに、どうしてそんなにライズに突っかかるように言うの?」
「いっちょまえに噛み付いてくるか。見上げた根性だな。こいつは元は友人であったさ。でもな、こいつとおれの間には致命的な格差があった。それのせいで、昔は仲が良かろうと、引き裂かれざるをえなかったってわけだ。ま、ちびっこには関係ないんだけども」
 レイズが敵対する相手だと分かった途端に、アルムもなけなしの度胸と敵意を振り翳して立ち向かう。しかし、プラスルは愛らしい顔立ちに似合わず、眼光は雷光の如く鋭かった。アルムもその気迫に飲み込まれてたじろいでしまう。小柄だからと言って侮ってはいけない相手だと思うと同時に、自信も無い中で無闇に立ち向かうのは不利だと悟っていた。
「そういうわけで、そいつとはちょっと因縁があってね。ライズ、覚悟は出来てるだろうな」
「いると予想はしてなかったけど、覚悟してなかったわけじゃないよ。アルムくん、悪いけどこの戦いには手を出さないで」
「――うん、分かった。だけど、くれぐれも気をつけてね」
 いつもなら助太刀しようと食い下がるところを、ライズの覚悟を尊重したいとの思いから、アルムはおとなしく引き下がる事にした。目の前の二人の間に因縁や確執のようなものがあるのは既に分かっていた。危険である事を感じてはいても、それを無理に引き止めようとする気持ちにはなれなかった。ただ、最後に無茶だけは止めて欲しいとの願いから、ライズの懐にそっと顔を(うず)めて温かく送り出した。
「お前、一度もおれに勝った事なかっただろ。新しいお友達の前で強がりたいからか?」
「違う。過去の自分とは決別するんだ。君との関係も含めてね」
 出会った頃の雷を扱いこなせていないライズならば、一人で戦わせるのは躊躇ったであろう。だが今は、暴走の危険もあって不安は付き纏うが、いざという時に頼りになる“別人格”へとバトンタッチするという策がある。それに、“ライズ”の状態でも電撃を扱う事に支障は来たされないらしい。ライズも頬から電気を迸らせ、気合は充分といったところである。

「おー、盛り上がってるじゃねえの。しっかし、ちっこい体の癖にすげえ力を秘めてるんだな」
 アルムやライズ、レイズ以外の第四の声が、人型をした赤と黄色が目立つもうかポケモンが、戦いが始まらんとする場に現れた。アルム達は直接の面識はないが、その言い草からしてレイズの仲間である事は判断出来る。戦いを見守る事を決め込んでいたアルムであったが、新たに援軍を連れて来たのだと判断した事で、一気に緊張の糸が張り巡らされる。軍鶏とも称される体格の良い人型のバシャーモが相手とあっては分が悪いと、身を退きながらも眼はじっと敵を捉えて離さない。
「そんなに敵対心を剥き出しにしなくても良いぜ。俺はただ戦いの行く末を見たいだけだ」
 アルムは取るに足らない存在と見なされているのだろうか。バシャーモは軽く両手を上げ、あくまでも交戦の意思がない事を示している。それだけでは信頼に足る行為とまでは行かないが、元より一戦を交えたところで勝ち目が薄いのは目に見えている。アルムとしても無駄な戦いを吹っ掛ける必要は極力避けておきたいため、警戒を怠らないようにしつつ、ほうっておくことにする。
 注意をライズとレイズの方に戻したところで、この戦いの行く末について大きな疑問が浮かんだ。どちらも電気タイプ同士で似たような体格という事であれば、戦いにおいてどこで優劣が出るのか見当が付かなかった。相手の力を知らないアルムにとっては、今はライズの実力を信じて祈るしかなかった。

 どちらも火花を散らして睨み合ったまま動こうとせず、しばらく硬直状態が続く。先に痺れを切らして攻撃を仕掛けたのは、いかにも好戦的なプラスルのレイズの方であった。小さな手を天に向かって掲げ、蒼穹を覆い尽くす分厚い雷雲に向かって一筋の電流を放った。到達と同時に雷雲からけたたましい砲声のような雷鳴が聞こえ、次の刹那に稲妻がライズの眼前の大地を射抜いた。鋭く抉られた地面を見る限りでも、決して手加減していない。今のは挨拶代わりらしく、初手から最大級の攻撃を放ってきた事からも、レイズが本気を出しているのは感じ取れる。心のどこかで気を抜いていたライズの体にも、真剣な戦闘を間近にしてより一層緊張が走る。
 不敵な笑みを浮かべるレイズに対して、ライズは後れを取るまいと手を振るって無数の光線を放つ。両手の軌跡から生まれていく星型の光線――“スピードスター”の効果をさらに高めるために、横に移動しながら範囲を広げていく。天の川の如き星の奔流は、あっという間に標的まで到達した。
「おい、おれを舐めてんのか?」
 体に直撃していく光線など意に介していない。――否、雷の鎧を身に纏っているお陰で、“スピードスター”そのものが皮膚を傷つけるところまで届いていなかったのである。星の光線はシャボン玉のように虚しく弾けて消えていってしまう。あえてかわさずに正面から受け切った事で、ライズに精神的に衝撃を与えた。度肝を抜かれている間に、レイズは俊足で駆け出して肉薄していく。
 ライズは必死に星を飛ばして応戦するが、“スパーク”で勢いの付いたレイズには焼け石に水だった。押し返せないと悟ったライズは、ぎりぎりまで引きつけて回避を試みる。瞬時の判断で直撃こそ免れたものの、体の一部に電撃が走って痺れが残っていた。戦闘意欲は衰えていないが、予想以上のレイズの身体能力の高さに動揺を隠せないようである。
「そんなのにばっかり頼ってるから、お前は駄目なんだよ。ほら、お前にはお得意の強力な電撃があるだろ。出し惜しみせずに使えよ」
 レイズもいよいよつまらなくなってきたのか、売り言葉で堂々と煽ってきた。ライズもそれに応じるように頬から青白い電流を放つ。てっきり雷の攻撃は裏人格(レイズ)に任せるのだと思っていたアルムは、表人格(ライズ)のままで挑むと知って不安そうに見つめる。敵方は充電している隙を突いて攻撃するような卑怯な真似はせず、純粋な力比べで勝敗を決するらしい。両者が雷の力を溜めていくのをアルムは固唾を呑んで見守る。
 天からの雷光が瞬いたと同時に、向かい合う二人も一気に電撃を解き放った。どちらも蛇のようにうねった軌道を描きながら、一弾指(いちだんし)の元に相手に向かって突き進む。中央でぶつかった途端にさらなる衝撃と閃光がもたらされ、視界を一瞬にして覆い尽くす。

 ――光芒一閃。プラスルのレイズが放った白い雷撃が、ライズの青白い雷を打ち破った。鋭い迅雷は幾分か衰えながら直進し、ライズの体を貫いた。咄嗟に防御の構えを取ってはいたものの、雷に対しては無意味に等しかった。小さな体はゆっくりと宙を舞い、仰向けになって地に倒れた。敗れるとは思っていなかったアルムは、唖然として立ち尽くしてしまうが、すぐさま我に返ってライズの元へと駆け寄っていく。
 きつく目を(つむ)って体の痺れを堪えており、意識はあってもとても戦えるような状態ではない。先の疲労が残っていた事を考慮に入れても、レイズの力が並大抵のものでない事をまざまざと突きつけられる。アルムはライズを傷つけた張本人を睨みつける。
「おっと、そんな怖い顔をすんなっての。こうなるのはライズ自身も望んだ事だろうに。おれに敵意を剥き出しにされたところで困るんだっての」
「そういう事じゃないよ……ライズは友達なんでしょ? どうしてこんな事をするの!?」
「ああ、それで怒ってるのか。簡単な話だ。もう友達でも何でもないってだけだ。君みたいに何にも縛られずに育った子供には分からないだろうけどね。――じゃ、もう決着も着いて戦うのも飽きたし、おれはちょっくら用事を済ませてくるかね」
 氷のような薄笑いが口元を掠めるレイズの眼中に、アルムの姿は入っていなかった。だが、そんな勝ち誇ったような面構えの中に一部不満げな色を織り交ぜているようにアルムには映った。目の前のイーブイがじっと顔色を窺っている事に気付くと、プラスルはそれ以上危害を加えたりするでもなく、バシャーモを引き連れてその場を離れていった。恨みこそ消えないものの、アルムもわざわざ後を追おうなどとは思わず、姿が見えなくなるまで凝視し続けた後でライズの方に視線を移す。
「ライズ、大丈夫?」
 まだ全身を走る痺れが抜けないのか、ライズは苦痛に顔を顰めている。自分では安全な場所へ運べず、どうして良いものかとおろおろと取り乱している最中、アルムの心にふと焦りの中に埋もれていた光明が差してきた。閃きのままに瞼を閉じて天を仰ぎ、とある祈りを強く込めた。ライズの傷ついた体を癒したまえ――と。
 アルムの純粋な願いは淡い光球へと具現化され、文字通り天へと届いた。祈りが通じた証として一筋の流れ星が空を駆け、その軌道から零れる清き光がライズの体に降り注いでいく。柔らかい光の結晶が皮膚に優しく溶け込んでいくと同時に、苦しそうにしていたライズの表情が次第に安らかなものになっていく。
「アルムくん、何をしたの?」
「えへへっ、これね、修行の成果なんだよ。“ねがいごと”って言って、体力を回復させたり傷を治したりしてくれるの。普通には扱えないみたいなんだけど、何だか僕には扱えるらしくて、使い方を教えてもらったんだ」
 アルムの顔には一気に笑顔が咲き誇り、自らが発動した技の効果について自慢げに語り出す。修行で会得した力の二つ目が、自分や仲間を癒す力であった。仲間が傷ついていても、為す術も無く見守るしか出来なかったアルムではない。護りの力以外にも望んだ力が、自分には秘められていた――その点に関しては、アルム自身も誇らしい事だと思っていた。
「本当はヴァロー達にも使えたら良かったんだけど、今は一度にたくさんは使えなくて。何だか、せっかく披露出来たのに、全然良いタイミングじゃないよね」
 だが、黒い双眸(そうぼう)に宿っていた明るい色は、時の経過と共に戻ってきた薄い靄の中に即座に消え失せる。敵の面影と焦げ跡の残る方角へ視線を向けたアルムは、体に纏わり付いて罪悪感と不快感を増長させていく湿り気に疎ましそうにする。
「アルムくんは気に病まないでね。こうなるのは僕も覚悟していた。むしろアルムくんのお陰で体の調子が戻ってきたわけだから、手を出さずに黙って見守ってくれていて感謝してるよ」
 それでも、と言葉を紡ぎかけるが、ライズの微笑みには適わなかった。アルムもそれっきり口を噤んで、自分を責めるのを止めにする。一難去って一息吐いたところで、問題はこれからどうするかである。レイズの真の目的は分からなかったが、他に仲間がのさばっているかもしれないとなると、下手に身動きは出来なくなる。だからと言って、何の収穫もないままこの地を離れるのは惜しい。
「じゃあ、やっぱりライズの両親に会いに行こう」
 そこで、当初の道筋に戻るという事で二人の意見は一致した。ヴァロー達の回復を待つ必要があるとは言え、危険を冒すことは承知の上。目指すはライズの心の内にあるしこりの解消と、未だ聞けず仕舞いだった別人格再発の謎の解明と――
「その上で、もう一度レイズと正面切って戦う。まだあいつはこの町に留まっているはずだから」
 旧友(レイズ)へのリベンジであった。さらに今しがた浮上した、ライズの別人格とプラスルが同名である事も疑問が残っている。アルムはライズから無理に聞き出すつもりはない。まずはライズが故郷に戻ってまでやりたい事を優先させてあげようと心に決めていた。
 それは消極的であったライズが、いつになく燃えているからであった。アルムはただそれを後ろから支えたいと願っている。そんな二人の足取り――今までになく緊張感と確固たる目的の伴う町の探索に向けたもの――は、決して重くはない。常に傍にいた仲間が欠如している事も、歩みを妨げる要素としては不十分であった。仲間の安静と回復を願う二人にとっては、少数で自由に動ける方がむしろ好都合である。先に町を巡る事になってごめん――などと申し訳なく思う余裕も持ちつつ、二人はいざ町の中心へと向かうのであった。


コメット ( 2014/07/22(火) 21:04 )