エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第十二章 聖地サンクチュアリへの訪問〜思索と瞑想と修行と〜
第九十五話 ユーリの狙いとアルムの特訓〜神聖な力と心を宿すもの〜
 荘厳な建築様式を誇る神殿の奥には、空をぐるりと見渡せる設計が凝らされた空間があった。短い飛行の旅の末に最終目的地に無事辿り着いたまでは良かったのだが、ユーリに連れ回される内にアルムの時間の感覚は見事に狂わされていた。天空はいつしか生ある者の休息を促す時となっている事を告げていた。黒と紫が絶妙に混ざり合って鮮やかに彩られた布が、蒼穹の支配していた一面を取って代わるように覆っている。装飾として伴っている無数の宝珠の如き星座による帯は、そのどれもが朧げに瞬いていて夜空に上手く溶け込んでおり、星に関する話になった影響が及んでか余計に美しく映る。
 しかしながら、星空の下に対面するアルムとユーリには、景色の移ろいによる自然の趣を楽しんでいる余裕などなかった。もっとも切羽詰っているのはアルムに限った事で、話題が逸れたかと思えばさらなる問題事項を引っ張り出されて戸惑っていたのがその所以(ゆえん)でもあった。身が(すく)んでいるのも一目見れば分かる。
「さて、君を真っ先に攫ったのは、ここに他の皆を誘う事以上に大きな理由があった事を先に話しておかなくちゃね。さっきも言ったと思うけど、わたしは進化の光を統べる片割れである以上、ポケモンの進化には敏感なの。だからこそ、君と長時間触れ合った事ではっきりと分かった事がある」
 進化という言葉が耳に入る度に、胸の高鳴りがどんどん大きくなって耳に響いてくる。一度は受け入れた事実であろうと、拒絶反応が表れるのは致し方ない事だった。それだけアルムの進化に対するコンプレックスは根深いもので、出来る事なら忌避しておきたい事柄の一つである。ユーリがアルムの事情を知らず新たな告白である事を加味しても、塞がっていた傷口を新たに抉られるような感覚は決して気分の良いものではなかった。次第にアルムの顔にも陰りが顕わになってくる。
「アルちゃん、君は力不足とか道具が欠けているとかいうちっぽけな理由で進化できないわけじゃない。そもそも進化に適応できる体じゃないのよ」
「あ、あの、て、適応できる体じゃない? その、成長が出来ないって事じゃないですよね?」
 予想していたよりもずっと重たい一撃をお見舞いされた。いくら頭の中で反芻しようとも、心の理解の方は到底追いつかない。サーナイトに諭された時は自分の鍛錬不足だという結論に至った上で、ヴァローの優しい励ましもあって何とか立ち直れた。しかし、進化の可能性が根本から否定された上に寄り添う友が不在の今は、その時とは訳が違う。しかも、体そのものに欠陥がある風な言い回しが特に効き目が強い。本人に悪気はないにしろ、ユーリの核心を突く鋭利な言葉はアルムの胸に深々と突き刺さって食い込んでいく。
「成長とは別問題ね。もちろん普通のポケモンみたいにわざを覚えたり、歳を重ねたりといったそれ相応の成長は出来るわよ。ただ、選ばれたポケモンが到達出来る進化という段階へは至れないのよ。生まれ持っての遺伝子レベルの問題かしらね。それとも、生まれ持って何か特別な使命を帯びているとか、ね」
「そ、そんなわけないじゃないですか……。僕は非力で何の取り柄もないんですよ。そんな大層な役割なんて……たぶん欠陥品かなんかなんですよ」
 愛嬌良く話してくれる友人感覚のユーリの姿は既になかった。代わりに目の前に直視して向かい合うべきは、真実を躊躇い無く突きつけてくる巫女としてのユーリである。それを頭で分かってはいても、簡単に気持ちを切り替えろという方が難しい。アルムはすっかりしょげ返って半泣き状態で口ごもってしまう。だが、ユーリもここで易々と助け舟を出す気はないらしい。
 二人だけの空間で気まずい沈黙が周囲に広がって、アルムの心に隙間風が吹き抜けていく。石材造りの建物故に空気もひんやりと冷たく、心のゆとりのなさも相まって余計に身に染みる寒さとなる。張り詰めた静寂に堪えかねても、喉の奥で詰まって言の葉が音として具現化させる事すら出来なかった。
 真一文字に口を閉じて答えあぐねていると、どんどん募っていく負の感情と共に競りあがってくるものがあった。アルムはそれを堪える事が叶わず、一粒の熱い雫が瞳から零れ落ちた――その瞬間に、突如として天窓から光芒が差し込んで涙の主を明るく照らした。その光に呼応するようにして、首から提げているオカリナが蒼い光を放ち始めた。今まで守りの力を使う時の月桂のような淡い輝きではなく、目も眩むような眩しい光を全方向に飛ばしている。その光の中にまた神々しい琥珀色の光による像が現れた。

 【――困った時はこのオカリナを使ってください。そして、あの子を頼みますね――】

 空気を震わす心地良い鈴の音のような声――それは耳で感じるものではなく、直接頭に語りかけてくるように反響して聞こえてきた。どこかで聞き覚えがあるがそれは遠い昔のようで、確信が持てないと言った具合に曖昧な記憶であった。記憶の引き出しを必死に引き開けている間に、光は徐々に薄れてオカリナも元の単なる白色涙形の陶器へと戻っていった。
「へえ、なるほどね。アルちゃんは以前に何かを託される重要なコンタクトがあったみたいね。さてさて、これは秘密を暴くためにも重要な情報なわけで、わたしにも分かりかねるけど、君なら何か覚えているんじゃない?」
「そんな事言われても……このオカリナを困った時に使えって言われたのは覚えてるけど、相手が誰だったかなんてちょっと……」
 ユーリは出会ったばかりで理解出来ていなかった。アルムと言う子の持つ個性は誰かの前でこそ強がって背伸びしていられるものの、その心の拠り所たる仲間から引き離されると格段に脆くなる事を。案の定アルムは口を噤んで泣きそうな顔になる。質問攻めに遭う事に慣れていないせいか、まだ大した場数も踏んでいない彼の心の決壊の限界は近い。ユーリとしてもアルムを困らせて泣かせる事が目当てではない。ここは一旦追究するのを諦めて宥めに移る。
「ああごめんごめん、わたしもちょっと口調がきつくなっちゃったかな。本当はここで全部明らかにしちゃう方が君にとっても楽かなって思ったんだけど、焦る必要はないものね」
「あっ、ごめんなさい! 僕そんなつもりじゃなく、ただ分からなくてどうして良いかいろいろ考えてたら頭真っ白になっちゃって。ユーリさんがさっきそれっぽい事を言ったのもありますし、たぶんあの子ってのはティルの事だって気がするんだけど、他の事はちょっと見当が……」
 強迫観念に駆られて正しい答えを探そうと躍起になったは良いものの、狙い通りの答えが浮かばずに思考が停止した。そして気恥ずかしさをはじめとしてぐるぐると渦巻く感情に耐え切れずに、涙へと自動的に変換されたと言う顛末であった。アルムも悲しくて泣いているわけではなく、逃がす場所を失った感情を涙で発散しているに過ぎない。その証拠に涙を流してはいるが、全体的な表情としては苦笑を浮かべている。
「もう落ち着いたかしら。さて、アルちゃん、めそめそ泣いている場合じゃないわよ! あのジラーチちゃんを守りたい、ずっと一緒にいたい、そう思うなら、強くならなくちゃ! 君は進化できなくても、たくさんの可能性を秘めているんだから。それはわたしが保証してみせる」
「保証してみせるって言ったって、もしかしたら僕なんか本当に何の価値もないかもしれないですよ?」
「だーかーら! 弱気になるのは早いんだって! 言ったでしょ、可能性を秘めているって。わたしは君のその可能性を引き出す事が出来るわ。だって、ここは修行の場だもの。長所を伸ばすためにどうしたら良いか、そこまで導く方法くらいは(わきま)えているからね」
 分厚く暗い雲に覆われかけていたアルムの心に、ユーリによってもたらされた一筋の暖かい光が差し込んだ。例え進化への道が閉ざされていたとしても、今の自分よりも高みに上れる見込みは残されている。それだけで塞ぎ込んでいた心は軽くなり、前を向いて一歩を踏み出す勇気も湧いてくるというものだった。刻一刻と迫り来る決断の時に震えて濁っていたアルムの瞳も、ここに来て輝きを取り戻してユーリを凛とした眼差しで見つめ返した。
「うん。その前向きさ、忘れないで! 君は大事なものを託されたんだ。それはもちろん君に何か見込める要素があってのものなのは間違いないんだから。そこからどうなるかは君次第だからね」
 アルムに精神的にも成長の兆しが垣間見えたことで、手解きをする側のユーリにも一層気合いが入る。目の前にいる小さな少年が、一瞬にして幾分かたくましくなったように映った。元来清浄かつ神聖な空間がより澄んだ空気と光で満たされていく事で、床が仄かな光を纏っていった。別所でレイルとティルのいた石像の間と似た現象が起きている。
「君の強い想いにこの神殿も呼応しているみたいね。じゃあ、気分を一新したところで、今度はその可能性を引き出すためにもいろいろ頑張っていかないとね! 戦いで成果を挙げたいんだったわよね?」

 早い話が心の成長の次は体の成長の番であった。ほんの直近の事であれば、ヴィノータウンで酒に飲まれた事で、心の奥底に眠る負の感情を爆発させた経験がある。普段は誰にも明かすまいと押さえ込んでいようと、無意識の内では劣等感を抱いている戦いへの貢献度――それをユーリと共に上げる事が出来るとなれば、アルムとしても願ってもない事であった。もう戦いで足手まといにならずに済む。待ち受けるものこそ分からぬ先の旅路にも希望が持てて心が晴れやかになっていく。
「手始めにその守りの力を上手く引き出せるように練習しましょうか。わたしがぶつかっていくから、上手いことバリアで受け止めてみてちょうだいね」
「えっ、そんな事をしてユーリさんは大丈夫なんですか?」
「わたしの心配なんか無用よ! これでも頑丈な方なんだから。それじゃあいっくわよー!」
「ちょっと待ってくださいまだ準備が――」
 アルムの返事を待たずして、有無を言わさず即興の練習が開始された。わざわざ広い空間まで無理矢理連れてきたのも、これが目的だったとあれば頷ける。その中でユーリは派手に宙返りを決めて一旦距離を取り、加速を付けてアルム目掛けて突進していく。アルムは慌てて心で念じ、ドーム状の蒼い光の壁を展開させた。だが、あまりの衝撃の強さに、守りの力を宿すはずのバリアさえも大きく揺らいだ。何とか一撃は堪える事が出来たが、真正面から受けるだけでも一筋縄ではいかなかった。ところどころに亀裂が入っており、もう一度同じ攻撃を受けきれる保障はない。
 ジェット機のような体から繰り出される“わざ”でない突撃も、並大抵のポケモンなら弾き飛ばせるくらいの威力を持つ。単なる体当たりなど見くびっていたアルムも、これでようやく気を引き締めることが出来た。そしてこれは、自分を鍛えてくれる修行なのだと実感する。一度バリアを解除した上で心を落ち着け、思い描くとおりの球状の盾を張り直した。二度目の防御の壁は目に見えてその厚みが増しているのが分かる。ユーリが改めて体当たりを噛ましても、傷一つ付くことなく防ぎきった。
「中々筋が良いじゃない。早くもコツを掴んで強度を上げるとはね」
「いえ、ただそうなったら良いなって願いをこめただけで、僕が特別な事をしたわけじゃありませんから」
「謙遜は良いのよ。アルちゃんの願いがちゃんと力に反映されたってのは褒めるべき事なんだからさ。でもこれで、思いを強く篭める事がバリアの強さに影響してくるってのは何となく分かったかしらね」
 今まで意識しないか仕組みも分からないままで使っている事が多く、その特性や上手な使い方は全く心得ていなかった、しかし、ここで押さえ込んでいた感情を解き放った事が幸いして、本来アルムの心に共鳴して使えるべき力を遺憾なく発揮される。何気なく利用していただけの力に、今度は徐々にアルム自身が同調していく。感覚が研ぎ澄まされた今なら、心に強く念じる事でバリアの強度を変える加減も分かる。直感で何の気なしに成し遂げていた事象を、今度は自分の配下において操作する。何度か練習を繰り返していったが、ユーリの見立てどおりバリアのコントロールに関する飲み込みは早かった。
「君の守りの力が特殊で、鍛えようによってはもっと強くもなるっていうのは実感出来たでしょう。だけど、それだけでこの先の戦いを続けていくのは難しい。それはアルちゃん自身も分かっているのよね?」
「はい。でも、今の僕が使えるのはせいぜい“でんこうせっか”くらいのもので、それも力の弱い僕にとっては大した攻撃にもなりません」
「そう。だったら話は早いわね。新しい技を覚えましょ。ただし、アルちゃんに合った技の使い方も同時にね」
 今のところ一行の中での攻撃の要はヴァローが担っている。アルムの力も単身攻撃を仕掛けるヴァローの援護には向いているが、単独での戦いで相手を倒すにははどうしても攻撃が必要不可欠となってくる。普段はその欠けている部分を仲間が補ってくれるのだが、いざ共闘が叶わぬ状況に直面した際の事を想像すると、不安で仕方なかったのが正直なところであった。それが今回の修行の発端でもあり、その解決策をユーリは編み出していた。だが、新しい技と言う結論には至るものの、その先についてはあえて出し惜しみをする。

 最初から簡単に答えに導いてしまっては修行の意味がない。あえて自己分析の機会を与えることで、判断力も養わせようとの魂胆である。先に進むためのヒントは適宜提示していくが、今のところは示唆するに留まる。甘やかしては身に着かないのも承知の上で、手加減する事無くぶつかっていく。そういう意味でユーリは長所を引き伸ばす事に長けていた。アルムとしては答えが分からずにもどかしさが募るが、これも修行の一環だと思えば聞き出したくなる衝動をぐっと堪えられた。
 しかし、こちらの問題は既に備わっている守りの力ほど単純明快なものではない。何せ得体の知れない力を自分で模索せよとの事である。未だその力も発展途上で、なおかつ戦闘もほとんど初心者に近いアルムにとって、熟練者のように厳しい環境に身を置いて磨き続けろと言うのは土台無理な話になる。ユーリもアルムの心中を悟ったらしく、唸り声を上げているアルムに苦笑混じりに手を差し伸べる。
「仕方ないわね。ちょっとだけ教えてあげるわ。本当は君が気づいていないだけで、君の中に秘められている力なのよ。あのジラーチと一緒にいる事で得た力はその守りの力だけじゃないってわけ。君の願い事を上手く叶えてくれるもので、切り札にもなりうる技のはず。バリアを展開する時みたいに願いを篭めた時に、何か感じる物はなかった?」
「そういえばほんの少し、暖かい何かを感じました。このオカリナの力以上に分からないんですけど、それとは違うような雰囲気があって……」
「オカリナの力ねえ。まあ、正確には違うんだけど、詳しい事は良いかしら。感覚があるならそこから何とかなるわね」
 アルムが自覚しているのが漠然としたものでも、きっかけさえあればそれで充分だった。ユーリいわく、どんな力か自分なりに理解させながらその力を引き出していくのだと言う。互いに同意の上でさらなる特訓に移る覚悟があったが、その前にアルムにはどうしても確認しておきたい事があった。
「ユーリさん。これまで旅をしてきた中で、ティルがこの星を揺るがす存在だって言われたり、夢で破滅した世界を垣間見た事もありました。今までずっと考えないようにはしてきたんですけど、本当にそうなったとして、僕なんかが食い止められるかが不安だったんです。もしかしたら、そうなる未来は変えられないんじゃないかって。ユーリさんはその……どう思いますか?」
「アルちゃん。君がこれからどれだけの重い責任を背負う事になるかは分からないわ。だけど、これだけは言える。未来は良くも悪くもそれに関係する人物によって形作られるの。だからね、何も出来ないんだって決め付けて諦めるような事はしないで欲しい。これは巫女としてじゃなく、君の成長を願う私個人からの意見よ」
 ユーリが心を籠めて放った優しい言の葉の一つ一つが、ゆっくりと漆黒の夜空に溶けていった。魂の宿ったメッセージは天に散らばる星々のようで、進化とは別の不安で澱んでいたアルムの心を仄かに照らして明澄にしていく。こちらは自分自身の事のように解決策が明瞭なものではない。しかし、信頼の置ける者からの後押しとなると話は別だった。まだ不確定な要素があるものの、未来に向かって歩みを進める覚悟を固めるきっかけにさえなる。
 信頼と強い意思を内に秘めたユーリの澄んだ美しい瞳は、じっと見つめていると吸い込まれるようだった。喜色満面の笑みで以ってアルムは応じる。硬い表情も消え失せて一切の迷いが吹っ切れたようだった。極寒にあって樹氷と化した木が芽吹きの頃に花を咲かせるように、我慢を解いてすくすくとその真価を曝け出していく。鮮やかな開花と成長をより整ったものにすべく、アルムとユーリは再び修行へと戻っていくのであった。



■筆者メッセージ
星降る夜と、オカリナと
https://www.youtube.com/watch?v=DUHWO6J7nZg&feature=youtu.be

こちらは以前ものかきさんが作成してくださったテーマ曲です! 今回の場面にぴったりな音楽だと思い、改めて紹介させていただきます。是非是非これを聴きながら読んでいただけるとより雰囲気が掴みやすくなるのではないかと思います。

※以下感想メッセージへの返信
>小樽さん
まだ時間のある内にどどーんと更新――と行きたかったのですが、やや思い通りには行きませんでしたねw ですが、だからと言ってこれから先も創作は続けていきたいと思っています!! 放置気味になっているあちらの作品も進めつつ、時間を見つけて頑張っていきたいです。励ましのメッセージありがとうございました!!
コメット ( 2014/03/30(日) 23:02 )