エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第十二章 聖地サンクチュアリへの訪問〜思索と瞑想と修行と〜
第九十一話 神殿の本領と感情を司る精霊〜突きつけられた事実と求める強さ〜
 精霊――それは特別な力を宿している重要な立場にある者を指し示し、アルム達が遭遇した中ではビクティニのフリートが該当する。だが、旅を続けて長い時間を共に過ごしていても、友達になってすっかり仲良くなったジラーチ――ティルが精霊だとは露にも疑った事はない。巫女と名乗る初対面のラティアス――ユーリに告げられたというのもあって、事実として受け入れられずにいる。あくまで受け入れられないだけで、全く信用に値しないわけではない。その信用と疑念の隙間を埋めるための質問が口を突いて出る。
「“星の精霊”って何ですか? 精霊って、その、すごい存在なんですよね」
「すごいってのは抽象的だけど、確かに偉大で特殊な存在ではあるわね。ずっと一緒にいて気づかなかった?」
 これまでの軌跡を振り返ってみれば思い当たる節はいくつかある。襲撃に遭った時にティルが狙われた事と言い、ティルと出逢ってから七夜目に不思議な体験をした事と言い、いずれの出来事も中心となっているのはやはりティル自身である。ラデューシティで未来を描くドーブルに告げられてから拭えずにいた不安が、ここに来て一気に噴き出してきた。覚悟の上で旅を続けてきたとは言っても、差し迫る危機がより現実味を帯びてくるとなると話は別である。元より情報の少ない未知数の存在であるティルに対する謎が一層深まる。
「いいえ、そんな事は思ってもみませんでした。だって、ティルは大事な友達であって、標的にされているはずがないと思いたかったから……」
「まあ、疑ってかかれっていう方が無理よね。信じろっては強制しないけどさ、心当たりがあるなら頭の片隅くらいには留めて置いた方が良い情報かもね」
 アルムとしても本心から疑念を払拭したかったが、自然とティルに向けて怪訝さが篭められた視線が注がれていく。一方で、その張本人の行動指針は揺るぎなく、注目を集めても何食わぬ顔で木の実を頬張っている。この対比が傍から見ると何ともおかしな構図らしく、この張り詰めた空気を生み出した元凶たるユーリが堪えきれずに思わず吹き出した。
「あははっ! 何か余計なお節介だったみたいね。今はまだ平和に旅を続けていく方が君達には合ってるのかも。まあまあ、何だか難しい話は脇に置いてさ、アルちゃん抱っこさせてよ」
「そんな事よりもっと詳しく教えてくださいよ! 半端な情報だけ聴いちゃったら余計気になるじゃないですか!」
「そんな事とは心外だなあ。抱っこさせてくれないなら話してあげないよん」
 アルムが迫真の態度を見せようとも、ユーリの方は全く折れる気配は無かった。これまでのやり取りからも、ユーリが随分と気紛れでお調子者だと言うのは把握できた。巫女と言えば月影の孤島で出会ったサーナイトが思い出され、同じ立場にあるとは思えずに幻滅に近い感情を抱いていた。だが、ここで断って機嫌を損ねては、重要な事を聞き出せない。おとなしく言うとおりにするべきだとヴァローに目で訴えられて、アルムも渋々ながらユーリの腕の中に収まる。体を預けて楽な体勢にはなるのだが、不本意であるために浮かない面持ちなのは致し方なかった。
「そうねえ。わたしも話せる事は少ないのだけどね、禁忌を犯した事でこの星からも一時的に追放されたという説もあれば、かつての内乱によって自ら姿を消したとも言われているの。精霊の中でも星の精霊は異例な者として伝えられているのは間違いないわね。恐らく願いを叶える力と十二の星の力、その強大な力を持つが故に他の精霊以上に狙われる事も多かったみたい」
「十二の力とかは俺も故郷の村長に聞いた事がある。だけど、その詳細が分からないから、何がどうとかさっぱり検討がつかないんだ。あんたなら分かるか?」
「ずばり、君が既に持っていたりして」
 さしものヴァローも唐突に指を指され、虚を衝かれたように目を白黒させる。ガーディが生来持つ鋭い眼光や炎のような毛並みも、気分の変化に伴って静まりを見せていた。無論その光景を見せ付けられたアルム達も例外ではない。何が真で何が嘘なのか見分けが付かないアルム達にとって、頼りになるのは真実を握るらしいユーリのみである。この話の要であるユーリはおどけるようにして、満面に喜色を湛えて呑気に浮遊している。
「なんて、実はわたしにも分からないんだけど。君達の誰かが発動させるかもよ。もしかしたらその兆候もあるかも」
 一連の誘導はユーリの思い過ごしか冗談か。どちらにせよ一行の肝を冷やしただけで終わった。その間にもアルムは愛玩用の動物かはたまたぬいぐるみのように扱われていた。自分よりは大柄のユーリに抱かれて頭を撫でられていては、下手に身動きも出来ずに質問したい事柄も聞けず仕舞いだった。次々と溢れ出てくる貴重な情報を前にして安らいでいる場合ではないと言うのに、ラティアスの持つ特有の体毛とユーリの撫でる力加減が気持ち良く、いつしか瞼も重くとろんとした目つきになっていく。
「おーい、アルム。寝てる場合じゃないだろ。さっきのはまあ別としても、今の内に聞ける事を聞いて覚えておかないと」
「え……あっ、そうだった。ねえ、ユーリさん。ネフィカって名前のポケモン知りませんか? 僕たちは元々とあるソルロックにここに向かえって言われてここに来たんです」
「あー、そう、さっき言った行方不明になったって子がたぶんその子よ。この地域に生まれ育ったキルリアで、ここの居所を悟られないようにする厳重な結界を張ったのが彼女なの。でも、そのネフィカってのは偽名なのよね。他にもいくつか偽名を持っていて、悪事に手を染めるようになった時に語り始めたってわけ。本当の名前はラクルって言うんだったかしらね」
 アルム側からは告げていないキルリアという種族を言い当てた事からも、間違いなく探している相手の情報と合致する。リプカタウンで交戦したソルロックから聞き出したネフィカと言う名前とサンクチュアリの存在、グラスレイノを掻き乱したラクルと言う名のキルリアとの遭遇、その二つがユーリの証言によって混在していたものが一つに合わさった。ある程度心のどこかで予想はしていた終着点であるが、これでようやく欠けていたピースも完全に繋がって謎が解明出来た事にひとまずは胸を撫で下ろす。
 だが、まだティルの問題と進化の光に関わる疑問が残っている。アルム達とてこのまま懸念を引きずったまま先に進む気など到底起こらない。今まで核心が分からず継ぎはぎだらけだった事象にいい加減決着を着けて解決しないと、ここから前に進むべき道すら見えてこない。有益な情報ばかりではなかろうと、機会のある内に真相を確かめねば――アルムも手元を離れて意を決してユーリに声を掛ける。
「ユーリさん、教えてください。ティルが――星の精霊が夜空に浮かぶ星からやって来たのには何か意味があるんでしょう? 前に“導かれし出逢い”って言われた事があるんですけど、それってやっぱり僕達と会うためって事なんでしょうか?」
「そうよ。君と会うためにそのジラーチちゃんは現れた。答えは簡単よ」
 遠まわしな言い方ももったいぶる事も一切無い。ユーリは真っ直ぐにアルムを見据えた上で単刀直入に告げた。茶化す素振りは見せず、表情は真剣そのものである。
「そうやって断言できる根拠もあっての事だろうな?」
「その点に関しては、われがきっぱりはっきり断言するのでありまする」

 柱にもたれ掛かっていたアカツキの背後から小さな影が躍り出た。頭部からは四つの突起が伸びているそのポケモンは、先端の形状が特殊な二本の尻尾で巧みにバランスを取って浮遊して接近してきた。中央まで飛んできたところで額の赤い結晶が輝きを放って神妙さを演出してはいるが、いかんせん口調がのらりくらりとして締まりがなく、良くも悪くも注目の的となっている。
「それで、あなたは誰なのですか?」
「申し遅れまして誠に申し訳ない。われはこのサンクチュアリを管轄する精霊。種族をエムリット、名をリーゲルと申しまする。何とぞお見知りおきを」
 先程話題にも挙がった程の偉大な存在たる精霊らしく言葉遣いは堅苦しいくらいであるが、それとは裏腹に砕けた物腰にはさしものアルム達も唖然とせざるを得なかった。言葉を失って立ち尽くしていると、エムリットが間を置いて言葉を紡いだ。
「われは感情を敏感に鋭く感じる事が出来るのです。今日は随分と変わった感情を抱いた者達が訪れたと知って、こうしてのこのことやって来ました」
「のこのこって何か違う……ってのはまあいいか。それで、わざわざ俺達の前に現れたって事は何か用があっての事なんだろ?」
「その通り。ここは瞑想と思索に耽るところなので、そなた達にも先の事を見据えて修行を兼ねた思索に入ってもらいまする。それぞれ面白いくらい顕著なとある“感情”の芽生えが見受けられますしね。そなた達は未来を切り拓いてくれるきらきらした星なのです」
「相変わらず言い回しがくどいわね。でもまあ、とりあえずリーゲルは後の子達をよろしくね。わたしはこのアルちゃんの面倒を見てくるから」
 ユーリの切り替えの早さには舌を巻く程であった。先刻までの神妙な面持ちから一転して、精霊たるエムリットのリーゲルの話を強引に切り上げ、おとなしくしていたアルムを抱えて飛び去ってしまった。近くにいたはずのヴァローやシオンが引き止める間もなく、二人はそのまま一直線に神殿のさらに奥へと消えていった。
「ちょっ、待てよ! アルムをどこに連れて行くんだ!?」
「心配なさらずとも大丈夫。ユーリにはユーリなりの考えがあっての行動なのでありましょう。それに、われからそなた達にもこなしてもらいたい事を課すつもりでありますからね。助言を先に告げておくならば、自らの感情に素直になることです。では、早速始めますけど、心の準備はよろしいですね」
 唐突に言い渡された謎の課題開始の合図に、不平を口にする余地すら許されずに一行の視界が暗転した。目も耳も頼りにならない静寂な闇の中で、ただひたすらに渦潮に飲み込まれているかのような感覚に苛まれる。
 散々平衡感覚を失うような円回転を味わってその呪縛から解放された時には、既に暗闇が姿を潜めて淡い光の降り注ぐ大地へと足を着けていた。サンクチュアリに入った時と言い現状と言い、“テレポート”に似た空間移動めいたものが相次いではさすがに疲れるというものだった。
「しかし、いきなりやってくれたもんだよな。ところで、皆無事か――」
 不可解な感覚を探求するよりも先に、仲間の安否を気遣う事にする。ヴァローが辺りを見渡してみるが、近くに寄り添っていたはずのシオンやティルの姿が忽然と消えていた。視界が開けた直後の目眩のせいで上手く認識できなかったが、良く見てみると場所は神殿付近の休憩所で特に移動したわけでもない。
「どうやら、エムリットが作為的にペアにして異空間にでも飛ばしたらしいな」
 ただ一つ返答が聞こえてきたのは、建物の柱の方からだった。この状況下でも冷静に振る舞う声の主は、ザングースのアカツキに他ならない。喪失感と理解が及ばない事の歯がゆさから、ヴァローは身動き一つ取れず視界の端で唯一残った仲間を捉えるしか出来ずにいた。
「アカツキは何か知ってるのか? もしかしてあいつらと組んで俺達を騙そうとしているとかじゃないよな?」
「おれに噛み付いている場合じゃないだろう。あのエムリットはおれ達に嫌がらせをしようって言うんじゃない。試練か何かを課しただけだ。大事なところを見誤るな」
 最初は成り行きとは言え展開が全く読めず、途方に暮れるばかりであった。それでもアカツキの諌めもあって、ヴァローも幾分か頭が冷えてきた。無事を確かめる術がない以上は焦っても仕方がない。ここは落ち着いてエムリットの指示を心の中で反芻する。不思議と今までになく心が軽く感じ、鏡写しの自分を見るように靄に隠れていた自分の心がはっきりと見て取れた。即座に導き出された答えがすんなり言霊を通して表出された。
「アカツキって強いんだろ。グラスレイノでも王子の護衛役として活躍するくらいに」
「そんなの昔の話だがな。自慢するほどでもないが、だが腕は鈍ってはいない自信はある」
「そっか。だったら、俺にバトルの稽古を付けてくれないか? 突然で無茶なお願いだってのは承知の上だ。でも、俺が今頼れるのはアカツキくらいしかいないんだ。もっと戦いで皆に負担をかけないように強くなりたい、だから頼むよ!」
 ヴァローも決して自分の実力を過信していたわけではない。現にその自尊に足りうるだけの成果を上げたり強さを誇ってきていた。だが、それはあくまでも故郷の中でのこと。井の中の蛙に過ぎなかったと最近になって思い始めて、心の中をもやもやしたものが渦巻き始めていた。今まで仲間に囲まれた事で知らず抑えていた思いが、自らが強いと認める者と二人きりの場において顕著になって溢れ出した。
 こうして戦いの指南をして欲しいと赤の他人に願い出たのは、ヴァローにとってはこれが初めてであった。一点の曇りもない飾りもない、凛とした眼差しと率直な思いの丈に何かを感じ取ったアカツキは、口元に軽く笑みを浮かべて頷いて見せた。あらかじめリーゲルが予測していたであろう新たな感情の覚醒は、着実に“二人”の間で起こっていたのだった。
「いつだっただろうか、お前と同じように強くなりたいと言って、戦い方を教えてくれと頼んできたやつがいたっけな。何だか懐かしい気分になった。おれで良ければ少しくらいは教えよう」
 アカツキはアカツキで自然とかつての弟子の姿を重ね合わせていた。彼の瞳の奥に映る何らかの面影と素性に興味を覚えたヴァローは、親密度を深める意味も篭めてその領域に足を踏み入れてみる。それはアカツキが堅物だと誤解していた事による距離感を感じさせない大きな進歩であった。
「ところで、俺と同じように頼んだそいつは強くなったのか?」
「ああ、おれ以外からもいろんな事を吸収して実力を上げていった。ニューラって事で体格も近くて、戦闘技術を教えるのも鍛えるのも容易だったからな。だが、お前の場合はそう簡単にも行かないだろう。それでも覚悟は出来ているか?」
「……もちろんだ。強くなるためなら何でもするさ」
 かつて一時期だけ旅を共にしたガートの事を言っているのではないか――そんな風にニューラに関して気に掛かるのは否めなかった。無論ニューラという種族は無数にいる可能性もあるため、単なる予想の域を出ないが、脳裏にその可能性が浮かんでからはその考えに取りつかれて離れなかった。しかし、今は鍛錬に集中するために些細な疑問は後回しにする事にした。心が落ち着いて自分と素直に向き合える不思議な空間で、一組は空間の創設者の狙い通りに前へと進み始めたのだった。

コメット ( 2014/01/26(日) 00:13 )