エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜 - 第十一章 町に寄れば、酒に酔えば、地図に因れば〜酔いどれ一行のヴィノータウン珍道中〜
第八十八話 甘みのコンフュージョン、悩みのエフュージョン〜心の束縛と星空の下の告白〜
 “酒”と一口に言っても、その熟成期間や材料によって出来上がるものは様々である。しかし、一つ共通しているのは、鼻を突くような独特の臭気を放つという事である。その匂いなり液体なりを体内に取り込んだ際には、脳に微少ながらも支障を来し、正常な判断を下す事が出来なくなる。場合によっては理性が失われ、自我が崩壊する事もある。
 それはあくまでも大量摂取した時の話であり、匂いを嗅いで僅かに口にしただけの今回のアルムとティルには該当しない。だが、酒の魔力に侵されているのには違いなく、普段の彼らからは逸脱して平生の姿が崩れているのも事実である。尤もティルに関して言えば、(たが)が外れていつも以上に陽気になり、抱き着き魔と同時に笑い上戸と化しているだけである。
 一方のアルムはと言うと、笑っていたかと思えば急におとなしくなる――そんな状態を繰り返し、忙しなく表情が移り変わっていた。酒の錯乱成分によって歪められた自我の迷路を彷徨っているのである。本人にも制御は効かないようで、重そうに閉じかける瞼や首の座らない様は酔っぱらいのそれであった。隣で危ぶみながら見守っているヴァロー達も、いつ問題が起こらないかと気が気ではない。
「お、おい、大丈夫か?」
「すっごく気分良いから大丈夫だよ! ねー? ティル?」
「きゃはは! だいじょーぶっ!」
 しかし、当の本人達はすっかり酒に酔って能天気そのもの。仲間の下から離れて動き回り、周りの思慮など露知らずとばかりに盛り上がっていた。今は上機嫌の段階にいるアルムも、飛び回るティルに合わせてはしゃぎ回っており、賑やかを越えて騒々しくなっている。ツボツボも弾け飛んでいる二人を苦々しく思っている風ではなく、今まで保たれていた孤独な静寂を打ち破る者達の来訪に喜んでいるようにさえ見える。
「いいよ。いざとなったら僕が凍らせて鎮めてあげるから」
「おいおい、それはやり過ぎだっての。それにしても、相当鬱憤が溜まってたのか? いつもあんなイメージのあるティルはともかくとして、アルムがあんだけ振り切れてるのってあんまりねえんじゃねえの?」
 本気か冗談か分かり兼ねるクリアの辛辣な言葉をたしなめる余裕を見せつつ、ブレットは二人の様子を冷静に観察しているようだった。酒による精神の揺らぎは、隠している本性や胸の内を曝け出す――いわゆる自己開示を促す効果もある。そうだとすれば、元から明るく無邪気な質のティルに大きな変化がないのも頷け、一方でアルムが度を超えたお調子者になっているのも一つの側面という事になる。何かしでかさないかと気を揉んでいたヴァローやシオンは、それに気づかされて神妙な面持ちになる。
「だったら、あれはアルムくんの心の奥底に眠る願望なのかな。楽しく遊んでいたい、っていう感じの」
 ライズは内に二つの人格が存在していて、人一倍感情を操作する――特に押し殺す事には詳しい。そんな彼が静かな声で言うからこそ、その言葉にはより一層重みがあった。まだまだのんびり遊びたいような年頃であるが、最近はめっきり戦いに巻き込まれる事が多くなり、ゆっくり腰を落ち着けている暇などなかった。戦いの腕に自信のあるヴァローや王女として苦労を重ねてきたシオンならいざ知らず、ついこの前までは家で楽しく日々を過ごしてきただけの、ほんの子供であるアルムにとって、ここまでの変化は日常から非日常への暗転に等しかった。もっとわがままを言ってもおかしくないくらいであるのに、ティルやティルに関する謎を解明するために、文句を言わずひたすら先へと進んでいる。普通の目線に立てばすぐにでも気づいてあげられる事が、普通じゃなくなった今となっては、そちらの視点から気遣うことを失念していた。
 アルムとティルの明るく弾けた声が、今は逆に聞いているのが辛く、遠くから響いてくるようにさえ感じる。幸せで楽しそうなのに、それが本物の喜びの感情であるはずなのに、胸の底から沸き立つ負の思いを留めずにはいられなかった。珍しくアルムがティルにのしかかりながら、傍観しているシオン達に眩しい笑顔を向けてくる。そんな顔で見るなと声が出そうになるが、押し止めて精一杯の作り笑いを返してみる。正常な判断など出来ないだろうが、アルムは自然とさらなる笑みを振り撒いてティルと興じ始める。
「ねえ、皆こそこそして、僕だけ仲間はずれ? ティルと遊んでる内に仲良くしちゃうつもりでしょー。ずるいよ、僕も入れて、ね!」
 酔った者同士二人で仲良く遊んでいたはずが、ティルを放置して一瞬にしてとんぼ返りと、今のアルムは行動パターンが全く読めない。その点はある意味ティルに似ていた。沈みがちだった雰囲気を察知されてはまずいと、一番衝撃の少なかったライズがいの一番にアルムの対応にかかる。
「ただこの町の感想を言っていただけだよ。アルムくんはもっと遊んできなよ」
「なんだ、作戦会議でもしてるのかと思ったのに。僕が役に立たないからさ、それをどうすべきかって話し合ってるのかって……うえぇぇん……!」
 気まぐれな突撃で場を掻き乱すだけでは飽き足らず、遂には泣きじゃくりだした。しかし、先までは唐突にただ泣いているだけであったのが、今回は理由を付けて泣き始めた点で異種であった。ここまで弱い姿を皆の前で明かすアルムを目にするのは初めてで、冷静だったライズも傍で取り乱してしまう。
「あ、アルムくん落ち着いて! 誰もそんな事言ってないからさ。僕も――みんなもアルムくんの事が大好きだし、全然足手纏いだなんて思ってないよ。ね、信じて?」
「ぐすっ……でもさでもさ、僕なんてほんの小さな守りの力を使えるだけだよ。ヴァローやシオン、ライズみたいに強くないし。最初は守る事が出来て嬉しかったけど、やっぱり僕も強くなってちゃんと戦えるようになりたいよお……」
 遂に殻の内に秘められていた本音が口を衝いて出た。嘘で塗り固められていない純粋な思い――それは旅立ち当初から抱いていたものに通ずるところがある。進化できないのと、強くない――その根強いコンプレックスに拍車をかけるように戦いが激化し、それにつれて負の思いが肥大してきたのである。
「私達は別にアルムに強くなって欲しいなんて望んでない。今のままのあなたに付いて行っているんだもの」
「でも、僕はそれじゃ嫌なんだ。変わりたいんだ。いつまでもお荷物じゃ辛いんだもん……」
 連れ添う仲間も増やしながら旅を続ける内に、アルムの心にはある劣等感が渦巻いていった。暗躍する敵との衝突があると、必然的に戦いは避けられなくなる。今までくぐり抜けてきた戦いの中には危うい場面もいくつかあった。それを切り抜けられたのは、全て戦いに優れた力を発揮する仲間があってのもので、自分は戦いにおいて勝ちを納めるなどといった活躍が一切できていない。庇護の対象であるティルはともかくとしても、この先弱いままでは環境の変化に適応できないのではないか。そんな重圧が伸し掛かるにつれ、自分もティルや仲間を守れるような力が欲しいという願望ばかりが強くなっていったのである。

 一通り愚痴ったところで思いが冷めて我に返ったのか、アルムは前足で乱暴に涙を拭うと、呼び止めにも振り返らずにふらふらと歩いて家の壁にもたれ掛かった。お酒で全開になっていた体と心のバッテリーが同時に費えて、うな垂れたままその場から動かなくなった。しかし、アルムの感情の爆発が収まったのは決して良い兆候ばかりではなかった。
「元より争いを好むタイプじゃないからな。押さえ込んでるものがあったのかもしれない。言いたい事があったら打ち明けてくれって言ったのになぁ」
 アルムの心の底からの吐露を受けて、ヴァローは月影の孤島の浜辺での誓いを思い出して胸が締め付けられる思いだった。あれはアルムが抱える心の負担を少しでもとっぱらって軽くしてやろうとの思いから、そして旅に出た当初から支えになってやろうとの決意から口にした事であるのに、アルムはそれに頼ることはなかった。それが猛烈に悔しく感じ、自ずと歯噛みしてしまうほどであった。
「でも、元はと言えば、あいつの気持ちを何一つ汲み取ってやれなかった俺にだって責任はあるんだよな。俺が旅に誘ったわけだし、あいつの事は何でも分かってやれる気でいたんだけど、それが思い違いだったってわけか……」
「いいえ、あなたが悪いわけじゃないわ。アルムはアルムであなたにあまり心配をかけたくなかったんだと思うの。経験が少なくて戦いが苦手だからこそ、いつかはあなたに頼らずに自分で対処できるようになりたい。たぶんアルムなりに成長しているんじゃないかしら」
「僕もそう思うよ。僕も強さに関しては執着がある方だから、少なからずアルムくんの気持ちも分かるんだ。偉そうな事は言えないけど、何かこう周りには悟られないようにしたくなるんだよ。周りにいるのが親しい間柄の相手であればなおさら。だからこれは、アルムくんもヴァローも、どっちも相手の事を思い遣るがあまりに、結果的にすれ違いになっちゃったって事で良いんじゃない?」
 月影の孤島でのやり取りや二人の過去は詳しくは知らないながらも、シオンはシオンなりに独自に二人の思いを汲み取っていた。シオンよりもさらに接点の少ないライズも、経験を織り交ぜながら滔々と語っていく。双方の意見には説得力があり、自責の念に苛まれていたヴァローの心を優しく解きほぐしていった。仲間の暖かい言葉に救われ、今は澄んだ瞳で全てを見る事が出来るようになる。だが、それだけでは罪悪感に囚われたヴァローを救い出すにはまだ不充分だった。
「すれ違い、か。でもな、今の時点でこんな不安を吐き出してたんじゃ、これから戦いが辛くなっていったらって悪い方に考えた時に、このままで大丈夫なのかって思ってしまうんだよな。肉体的な強さも精神的な強さも両方について、さ」
「うん……責任感がないって思われるかもしれないとは思うけど、その時になって考えて、そこでまた結論を出せば良いんじゃないかしら。だって、アルムもヴァローも一人じゃないんだもの。私達が付いているのを忘れないで。私達だって飾りじゃない。支えになる事くらいは出来るもの」
 ヴァローはいつしか自分一人が何とかしなければならないと突っ走っていた。だが、それは結局のところ、自分が否定しようとしたアルムの姿勢と何ら変わらないのであった。むしろ一人相撲をして罪悪感ばかりを募らせている今に至っては、アルムよりもなお悪い。それもシオンとライズという仲間の説得により、過ちと大事なものを両方思い知らされた。今度はそれをアルムにも無理やりにではなく上手く導いて伝えてやりたい。そう思えるようになると胸の内も穏やかになり、覆っていた分厚い雲も晴れていった。
「アルムに限った事じゃなく、あなたこそ、もっと私達を頼ってくれても良いんだから。これまでずっと旅を共にしてきた仲なんだから、一人で何でも抱え込まないで」
「僕も同じく。アルムくんにも言える事だけどさ、やっぱり誰かと分かち合う事が出来たら、それはすごく楽になるんじゃないかと思うんだ、うん」
「ああ、そうだな。俺は少し堅く考え過ぎていたみたいだ。二人共ありがとう」
 そこにはヴァローも盲目になっていて見えなかった、旅を続ける中で着実に築かれていた絆があった。シオンは王女らしい気品と優しい雰囲気を纏って、ライズはためらいながらもしっかりと相手を見据えて、それぞれにヴァローを気遣う言葉を口にする。実質この一行をリードしているアルムとヴァローの本音と悩みも改めて聞き出せた上で、平静を取り戻した事に対する安堵の色がシオンとライズからは窺える。
「どうやらしこりも拭い去れたようじゃな。一度はこうやって溜め込んだものを吐き出した方が良いと思うぞい」
 傍観に回ってアカツキと飲み交わしていたツボツボも、すっかり酔いが醒めていた。口振りからするとまるでこうなるのを見越していたかのようで、結果的には恩人と言えどもどこか勘繰ってしまう。だが、何よりもアカツキの知人である事を考慮に入れれば、疑ってかかるのは失礼に当たるという結論に至った。
 アカツキも露骨には表れてこそいないが、終始視界の端に彼らを捉えては気にしていた事もあって、落ち着いた表情でアルム達に視線を投げかけていた。張り詰めた空気も一転和やかなものに収まったところで、アルムは思いの丈を吐き出しきって少しずつ内なる衝動が鎮まっていた。心の重荷から解放された事で、一段と落ち着いて見る見る内に暖かな面持ちに戻る。全員が夜風に当たりながら物思いに耽っている時を見計らうように、ツボツボが別の話題を切り出す。
「ところで唐突な話になるが、お前さん達は何故サンクチュアリが他から隠された聖域となっているか分かるか?」
「いいえ、存在自体も知らなかったので分かりません。因みに一体何の理由があるんですか?」
 そもそもサンクチュアリという土地は、リプカタウンで遭遇したソルロックに聞かされた話の中で初めて知ったくらいである。アルム達には何の予備知識もなければ、待ち受けているものが果たして自分たちにとって都合が良いものか悪いものかさえ分かっていない。そんな不透明な状況下で突如持ち出された質問は、現時点で最も興味をそそられるものだった。彼らの反応がツボツボの思う壺だったのか、ほくそ笑みながら勿体ぶるように先の回答を続ける。
「実はな、サンクチュアリには“進化の光”に纏わる秘密が隠されているんじゃよ――」

■筆者メッセージ
しょうもない小ネタなんですが、エフュージョンというのは確か吐露とか発露って意味だったと思います。ただ単に甘みと悩み、コンフュージョンとエフュージョンの響きを合わせたかっただけです。では、以下ではいただいた拍手メッセージに返信を。

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>とらさん
情景描写はとりあえず浮かんだものを片っ端から書いているだけなので、丁寧さもひったくれもないんですけどねw ただそれっぽい言葉をがーっと好きなように並べているので自分好みにはなってます。本当にサイドストーリー的なものでしたが、お粗末さまでしたー(*´∀`*)
コメット ( 2013/11/25(月) 00:15 )