エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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おまけの章〜星屑の溜まり場〜
おまけ1 おほしさまのねがいごと
 今日は一年に一度の大切な日。リーブフタウンにある図書館の管理人さんのクインさんが、分厚い本と共に一本の変わった植物を手にレインボービレッジにやって来た。枝に付いている、縦に脈が伸びる細長い葉っぱはこの辺でも珍しくて、突然の訪問というのもあって僕も含めて皆が興味津々だった。近く・遠く問わずにそれぞれの村・町から“たまたま”出会った事のある人達が集まってきて、村はいつも以上に賑やかになって楽しい気分だ。
「お久しぶりでし! すっごく寂しかったでしー」
「そんなに間は空いてないけどな。まあ、シャトンが来たいって言ったんだから、細かい事はどうでもいいか」
 僕の家の庭で花を観賞しているのは、ブルーメビレッジの猫ポケモンのコンビ――エネコのシャトンとニューラのガートさん。シャトンの要望でここまでやって来たらしく、ガートさんはその付き添いというわけらしい。ティルと再会するなり早速尻尾でじゃれ始めるシャトンとは反対に、ガートさんは壁に寄りかかって二人を眺めているだけ。あの人の事を何となく分かっているから、僕もヴァローもあえて何も言わない。
「猫のお兄さま、何でわざわざシャトンに付いて来たんですかあ?」
 ――はずもなく、ヴァローが早速からかいの対象としていた。だんまりを決め込んでいたガートさんも、いよいよ触発されて立ち上がる。両手の爪を磨ぎ合わせて、いざと言う時のための準備もしているみたい。人の家の庭先で揉め事は勘弁して欲しいけど、どうせ止められないのは分かってるからおとなしく見ている事にしよっと。ばちばちと目から火花を飛ばしてるのはちょっとやばそうだけど。
「お前、俺をおちょくってるのか。平和な世界とは言え危険はいっぱいある。シャトンはまだまだ子供で、一歩外に出れば守ってくれる者もいない。親と別れた過去があるなら尚更だ。これじゃ理由としては不充分か?」
「いいや、別にそんな事はないし、そこまで本気で言われるとは思わなかった。ただ、いくらなんでもご執心じゃないかって疑問に思ったんだ。悪いか?」
「悪くはない」
 思わず熱く語ってしまった事が、むしろ良い方向に向かったようで、僕も少し安心した。茶化したり喧嘩したりする雰囲気もいつの間にか消えていた。仲直りとまでは行かないまでも、お互いを認め合うような結果になってくれたみたいだね。
「尻尾待て待てー!」
「尻尾は待たないでし! ほらほら、こっちでしよー」
 もっとも、ティルとシャトンにはそんなやり取りが交わされている事なんか知ったこっちゃないってくらいに弾けてる。もし知ったところで、一瞬止まった後ですぐに遊びを再開するのが関の山だろうね。とにもかくにも、こちらは気の合う遊び相手と目一杯戯れる事に集中しているようだった。すごく微笑ましいから、僕はこの二組の光景をやや離れた位置で見守る事にする。
「さて、お前の後ろにいるのはだーれだっ!」
 なんて油断してたら、話し相手もなくのんびり座っているところに、突然何かで目を覆われた。とりあえずふさふさした感触で体毛のあるポケモンの手か足である事は分かった。それでいて、知り合いの中でこんな事をしそうなのはいないかと考え始めて間もなく、一人のポケモンに辿り着いた。何だかこんな事をされるのが嬉しくてついにやけちゃうけど、答えを焦らすのもあれだから大きく息を吸って名前を声に出す。
「これ、ブレットさんでしょ!」
「あったりー。よっ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ!」
「それはこっちの台詞ですよ」
 手が離れて視界が開け、笑いかけながら後ろを振り向くと、そこには眩しい笑顔を見せているブイゼルのブレットさんがいた。ヴァローと違って、かっこいいと言うよりか、一緒にいると楽しくなれる親しみやすいお兄さんって感じかな。あんまり会う機会はないんだけど、今日は海辺で取れた物をおすそ分けするためにはるばる来てくれたらしい。その後ろにはグレイシアのクリアさんもいるけど、挨拶をしても小さく返事をするだけだった。体も冷たいから心も冷たいのかな? なんてのはもちろん嘘で、本当は僕に慣れてないってだけなのも分かってる。分かってるけど、ちょっと寂しいかな。またいつかゆっくりお話できると良いな。
「クリアさん、もしよろしければ家に上がって休んでいきませんか? ここまで暑かったでしょうし、その方が姉も喜ぶと思います」
「そう、ありがとう。じゃあちょっとお邪魔するよ」
「おーい、オレには言ってくれないのか?」
 クリアさんを誘おうと思って話し掛けていると、ブレットさんが不満そうに間に割って入ってきた。わざとらしく自分を指差しているけど、ブレットさんだって僕の言った意味は分かっているはず。クリアさんの代わりにこうやって構ってくれるのは嬉しいな。
「そんな事ないですよ。ブレットさんも遠慮なくどうぞっ」
「そうか、悪いなっ! じゃあクリア、早速行くか」
「分かってる。そんなにあのイーブイがお気に入りか、バカブレットめ」
 何か二人の間がぎくしゃくしてるようだけど、あんまり触れないほうが良さそう。とりあえず二人が家に入るのを促して、僕は裏庭で持って来た“笹”という植物をあれこれしているクインさんのところに行った。屋根の上にはルーン兄さんが乗って手伝いをしていて、その植物を立たせようとしている。僕にも何か出来ないか聞いたけど、二人いれば充分だって事で作業を見ていた。
「クインさん、これで一体何をするんですか?」
「これはね、図書館から持って来た本に書いてあった“七夕”って行事を再現してみているんだよ。せっかくなら大人数の方が良いと思って立ち寄ったんだ」
「オレもさっきその本を読んだが、どうやらティルとも関係があるみたいだぞ。“短冊”ってのに願い事を書いて、それをこの笹に吊るすんだとさ」
「へえー、そうなんだ。じゃあティルも喜んでくれるかな!」
「さあ、どうだろうな。時間はまだあるから、お前も遊んでくればいいぞ」
 お手伝いできる事が無いなら、ここにいても意味はないかな。ルーン兄さんとクインさんに頑張ってってだけ言い残して、今度はどこかで遊びまわっているはずのティルを探しに行く。途中家の中を覗くと、シオンとクリアさん、リアス姉さんが打ち解けているようで、ヴァローやブレット、ガートさんも何か話し込んでいた。こうやって皆がたまに集まって談話するのはすごく楽しいし、見ていても何か心が暖かくなる気がする。せっかく出来た縁だから、これからもずっと続いていけば良いなって思う。そんな事を考えながら草原の方を歩いていると、シャトンとティルが体を伸ばして寝転がっているのが見えた。
「むにゃむにゃ……やっと捕まえた〜」
 追いかけっこで疲れて眠ったはずなのに、夢の中でもまだティルはシャトンの尻尾を追っているみたいだ。僕の足をしっかりと掴んで離さない。シャトンはシャトンで尻尾を左右に動かしていて、上手い具合にシンクロしてる。どれだけ遊び足りないんだろうって思うと笑わずにはいられなかった。出来るならここでそっと寝かせておいてあげたいけど、そういうわけにもいかないし、僕もこのまま立ちっぱなしってのも嫌だから、まずはティルの手を引き離そうとする。
「やーだー、行かないでー!」
 でも、何故か頑なに離そうとしなくて、無理に引っ張るとティルは本気で嫌がる。そんなにシャトンの尻尾を捕まえていたいのかって思ったけど、どうやら違うみたいだった。まだ夢の中なのは間違いないけど、ちょっと様子が変な気がする。どのみち起こすつもりだったから、そっと体を揺すってみる。
「あ、アルム。おはよー」
 起きたかと思えば呑気にあくびなんてしちゃって、心配して損した気分になった。だけど、起きても浮かない顔をしているところを見ると、やっぱり何かあるみたい。行かないでって、シャトンもここにいるんだから誰もどこにも行かないのに。
「おはよう。どうかしたの?」
「あのねー、追いかけっこしてる途中に皆がいなくなっちゃったの。そしたらアルムが近くにいてくれて、すごく安心した!」
 たぶん夢の中の話だろうけど、それならあの慌てようも何となく理解できる。「近くにいて」ってのは現実の事かな、それとも夢の話かな――まあ、どっちでもいいや。とにかく遊ぶにしても、この二人だけにしておくのは危ないし、連れて帰らないと。そう思ってシャトンを起こそうと近づいた時、ティルが僕の尻尾を握ってきた。振り返って顔を覗き込むと、何やら甘えるような目で見つめてくる。
「なあに?」
「ねえ。アルムは、これからもボクとずっと一緒にいてくれる?」
「どうしてそんな事聞くの?」
「だって、今日はたくさんお友達が来てくれたけど、みんな帰っちゃうでしょー。それがちょっと寂しいなあって……」
 今が楽しくてあまり考えた事は無かったけど、確かにティルの言うとおりかもしれない。いつまでも仲良くいれるとは限らないし、頻繁に会えるかどうかも怪しい。ティルだって突然空からやって来た子だし、いつ故郷に帰ったっておかしくないんだ。ティルの気持ちが痛いほど良く分かって、たぶんティルが考えている以上に別れの辛さがじわじわと実感してきて、急に寂しさがこみ上げて来た。おかしいな、ティルをなだめるはずだったのに、いつの間にか僕が悲しい顔をしてる。ヴァローやシオンとも仲良しでいたいとは思うけど、将来の事は分からない。クインさんは図書館に行けば会えるかもしれないけど、クリアさんやブレットさんなんかは遠い上にそんな簡単には会えないだろうし。せっかく仲良くなっても、なんて思っちゃう。だったら、せめて今の間だけでも――ティルには願いをこめて――うん、短冊の願い事もこれにしようかな。
「うん、そうだね。例え他の人とはさよならしても、僕はティルと一緒にいるよ」
「わあい! 嬉しいなー。ずっと、ずっと一緒だからね! 約束だよ!」
 本当は思ってるだけだなんて言えないけど、にこにこして嬉しそうなティルの顔を見たら、そんな事は心の中から飛んでいっちゃった。僕の前足の両方握って振り回そうとするけど、軽く頭突きをしてそれだけは避けた。ぐるぐる廻されちゃ叶わないもんね。相手の顔を見てえへへって笑うと、ティルはちょっと笑みを引っ込めて、でも楽しいって感情から意地悪っぽい微笑みに変わったって感じ。一体何を考えてるのかな。
「でもさー、アルム。さよならじゃなくて、約束してまたこんど会えるって考えれば寂しくないよね!」
「まあ、そうだよね。って、寂しいって言い出したのはティルじゃないかっ!」
 正直びっくりした。思わず大きな声が出ちゃった。寂しいって言ったから話に乗ったのに、何か恥ずかしくなってきた。しかもティルに悪びれる様子はないし。でも、まだ何か言いたいみたいだから、話だけは聞いてあげよう。
「それで、そんな入り知恵をしたのは誰?」
「“いりぢえ”って良くわかんなーい。でもね、皆が『またこんどね』って言ってるのを聞いたら、願いが叶うのかなーって思ったの!」
 結局良く分からないけど、要は元から寂しくは無かったってこと? それとも構って欲しくて言ったのかな? もしかしてあの暗い感じの表情は夢うつつだったのかな? ――あーっ、もう! あれこれ考えるのめんどくさいからいいや! でも、お陰で吹っ切れたような気がする。出会いと別れなんていつあるか分からないし、この地上にいる限りは絶対にどこかで会えるわけだしね。縁が無くなるなんて事もなくて、いつまでも続く事だってある。そう考えれば、もしかしたらティルとだってずっといられるかもしれないもんね。
「ありがとう、ティル」
「えっ、なーに?」
「ううん、何でもない。それよりさ、今日賑やかなのは、短冊に願い事を託す大事な日だからだって」
「そうなんだー。すっごく楽しそうだね! アルムは何をお願い事するのか決めたの?」
「うん、決めたよ。たぶんティルと同じ事を書くような気がする。――ところでさ、その頭の短冊には何か書けないの?」
「書けないよー! 絶対に書かないでね!」
「分かった分かった。それじゃあ、シャトンを起こして帰ろうか」
今日の夕日はいつもよりも暖かくて、それでいてすぐに姿を消しちゃった。真っ黒な空にいつもは見えないくらいのたくさんのお星様がきらきらと輝いていて、その中で開かれたパーティはとても楽しかった。その後で各々がこの世界の文字で短冊に願い事を書いて、笹の葉に下げたんだ。僕のとティルのは隣同士に並んで、短冊もすごく仲が良さそうに寄り添っていた。そこに書いてあったのは、僕が予想していたのと全く同じだった。

――“ずっとみんなが仲良く一緒にいられますように”――


■筆者メッセージ
今回は文章構成とか情景描写とか細かいことは一切抜きにして、僕自身も生き抜き感覚で書きました。即興なので至らないところも多いとは思いますが、雰囲気やキャラのやり取りだけ楽しんでいただければ良いかなってスタンスです。ここまで読んでくださった方は、お付き合いいただきありがとうございました!
コメット ( 2013/07/07(日) 23:49 )