エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜 - おまけの章〜星屑の溜まり場〜
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おまけ7 ハロウィン・マスカレード!〜アイデンティティとレゾンデートル〜
 鼻腔をくすぐる甘い香りが漂う。優しい風に乗ってそれはどこまでも運ばれ、花の安らぎを与える地。花の咲き乱れる村、名はブルーメビレッジと言う。村の至るところに花が咲き乱れており、それに惹かれてか草タイプのポケモンが多く居住している土地でもある。
 花が特徴的な村で定期的に開かれているのが、収穫物への感謝を行う祭り――ハロウィンである。元を辿れば収穫への感謝が目的ではあるのだが、今では各家でお菓子を準備し、仮装して訪れる子供たちにお菓子をあげるのが通例となっている。
 自然と心も安らぐ地が、珍しい活気に湧く。普段は静かになる夜分も、この時の為に設えられた電飾により、いつもより居住ポケモン達の活動時間も延びる。お祭り騒ぎに賑わう小さな村に、一度訪問していたアルム達も再訪する事となった。その理由は簡単。根詰めるような日々のストレスを発散すべく、祭りで盛り上がって楽しもうという提案が生まれたからだった。ジラーチのティルは、いの一番に雰囲気を楽しんでいるようで、羽衣を広げてびゅんびゅんと軽快に飛び回っていた。イーブイのアルムも、それに釣られて笑顔になっていた。
「みんなが楽しそうにしてるの楽しいねー!」
「言ってる事はめちゃくちゃだけど、うん、言いたい事はわかるよ。皆が楽しそうにしてると、僕たちまでわくわくしてくるよね」
 バケッチャを模したランタンが街路樹や家の軒先にぶら下げられ、仄かな明かりが点在している。夜の黒に包まれた村に、おぼろげな光が散りばめられている様子はまるで、星々が輝く夜空を地上に写し取ったかのよう。村の自慢である花々の色鮮やかさは失われる時間も、今日ばかりはその彩りに負けず劣らずの幻想的な風景が広がっていた。
 この村出身ではない仲間――ザングースのアカツキにグレイシアのクリア、ブイゼルのブレットにキルリアのティリスも途中までは一緒に来ていたのだが、あまりに大人数だと動くのが大変との判断から、別行動を取る事にした。結果、アルム達の側には“いつもの”顔ぶれが残る形となる。
「皆さん、ようこそいらっしゃい。どうぞゆっくりしていってくださいね」
 たおやかな笑みと共に出迎えたのは、以前訪れた時にもお世話になったラフレシア――ラックだった。両手に抱えたバスケットには、祭りのためにこしらえた手製のお菓子がたくさん詰め込まれている。木の実を練り込んで焼くそのお菓子からは、遠くからでもかすかに甘い匂いがした。
「お菓子だー! えっと、なんて言うんだっけ。トラックオアトリ!」
「惜しいような、惜しくもないような感じね」
「えーっ、それじゃシオンはわかるのー?」
「ええ。トリックオアトリート、が正しいのよね」
 マリルのシオンは、首を傾げるティルににっこりと微笑みかける。正否の返答代わりに、ラックはそっと焼き菓子を手渡してくれた。祭りにおけるルールの一つとして、お化けの仮面などを身に着けて件の台詞を言って回るというのがある。しかし、それはあくまで村内のポケモン達が腕を振るって特別な仮装や仮面を作るための口実。他から来たポケモン達には特に強制するものでもないらしい。
「あーっ、ずるーい! ボクもボクも! トロッコオアトリート!」
「悪戯はされたくないので、お菓子はちゃんと差し上げますよ。どうぞ」
「やったー!」
 念願のお菓子を手に入れて、ティルはめいっぱい羽衣を広げて飛び回る。ラックから手渡された暖かさの残る焼き菓子を手にするや否や、ティルは大口を開けて噛みつき、半分を頬張った。モモンの実を練り込んだ桃色の楕円状の焼き菓子は、口に含んだ瞬間に優しい甘さが広がり、咀嚼するのも惜しいくらい。それをゆっくりと堪能したティルは、残る半分を口に放り込み、空いた両手を頬に当てて満足げな微笑みを顔中に花咲かせた。微笑ましい光景に、傍から見ていたガーディのヴァローとアルムが揃えて口元を綻ばせる。
「また間違ってるじゃないか」
「まあ、ティルらしくて良いんじゃない?」
「ふーんだ、もらえたからいいんだもん!」
 続けざまに茶化しても、ティルは喜色満面の笑みを覗かせる。おかわりはまだまだありますよ、とラックに次のお菓子を差し出され、何の躊躇いもなくかぶりつく。甘酸っぱくも芳醇な香りが口いっぱいに広がるそれは、ソクノのみを練り込んだお菓子らしい。いずれも甘みに重点を置いた味付けに、ティルは終始にこやかだった。
「そういえば、この村でこういう祭りをしてるのって、何か意味があるんでしたっけ?」
「そう、元は収穫祭って言って、村の豊穣を感謝したりするのです。あなた達も、リーブフタウンの図書館は訪れた事はあったのでしたよね?」
「はい。って言っても、ちゃんと書物に目を通したわけじゃなくて、ティルに関する情報を探して、レイルと会うのが記憶に残ってるくらいなんですけどね。もしかして、図書館にもそういう文献があったのですか?」
「ええ。祭自体は“ニンゲン”の風習らしく、先代の族長が物寂しい村にも取り入れてみようと考えたのが始まりだとか。文献によれば、生け贄を捧げる意味合いがあったとかで、由来自体は決して楽しげなものではないらしいんですけどね」
 ゴースの顔を模した仮面を花びらにかけているラックが言うと、いやに物騒に聞こえる気がしなくもなかった。しかし、元が何であれ、今は収穫を祝う楽しい祭り。他所に視線を向けた先では、フシギダネやアマージョがヤミラミのような宝石の目の被り物やヨマワル一族のような一つ目の仮面を着けて、お菓子を求めて徘徊していた。
「あと、この村には何でも、村に豊穣をもたらして、感謝の思いを大切にしようとしていた存在がいるとかで。その存在を敬い、感謝する気持ちを忘れないようにとの思いを篭められたとも、収穫だけではなく日ごろの感謝を表そうとの思いがあるとも言われていますね」
 ラックの口から名前こそ出なかったが、それが精霊であるシェイミである事は想像に難くなかった。だが、精霊という存在は一般的に秘匿すべきなのかとも思い、わざわざ口に出すのは憚られた。気になる点はあるが、少なくともアルムは笑みを零すくらいに感銘を受けるところがあった。
「僕は、日ごろの感謝を表そうっていうのが良いなって思いましたっ。いつもは口に出来なかったり、忘れちゃったりする事もあるから、そうやって思い出す機会があるのは良いよね。みんなはどう思う?」
「そうね。私も素敵な事だと思う。照れくさくて言えない事だってあるかもしれないけど、やっぱり感謝の気持ちを伝えてもらえると嬉しいものね」
「うん! シオンならそう言ってくれると思ってた!」
 ふわりと、二輪の笑顔の花が咲いた。ラックも目を細め、優しく微笑んで二人のやり取りを見守るその姿は、まさに母親のよう。伊達にシャトン――村に置き去りにされていたエネコを引き取って育てていないといった様子だった。
「僕もアルムくんに同じく。付き合いが長くて慣れてきたりすると、どうしても薄れがちなものだし。もしこの村の慣習に則るなら、アルムくんを始めとして、みんなにありがとうを伝えたいなって思うよ」
「えへへっ、ライズはいつも正直に言ってくれるから良いよねっ」
「そう? 元々の僕はこんなんじゃなかったんだけど……たぶん、アルムくん達といる内に変われたって事なんだろうね」
 アルムの隣に立つマイナンは、いささか浮かないような面持ちを見せる。アルムが気遣わしげな視線を向けている事に気づくと、咄嗟にいつものように笑ってみせた。それが何だかぎこちなくて、気にはなっても無理に突っ込もうとは思えず、アルムは深追いするのは止めた。
 妙に重苦しい空気を察してか、ラックが思い出したように踵を返した。お菓子の入ったバスケットを片手に、いそいそと家の中に引っ込んだのだ。悪戯ではなくお菓子を選んだ以上、悪戯に対抗する必要はない。何事かとアルム達が不思議がっている折、大して間を置かず戻って来た。その両手には畳まれた黒い布と、黄色い宝玉が付いたブローチ、そして赤い鳥の羽を三枚携えている。
「ラックさん、その手に持っているものは一体?」
「これは私お手製の仮装道具です。ですが、あいにくシャトンには断られてしまい、着けてもらえる相手がいなくて困っていたのです」
 そこまで来れば、嫌でも察しがついた。ちょうど良いところに現れたアルム達に、白羽の矢が立ったというわけ。幸か不幸か、残っている面子はいずれも進化前の姿が多く、小柄で仮装が似合う子供の顔ぶれが多いのも事実。ましてや、顔なじみで優しいラックに迫られては、断るわけにもいかないとほぼ全員の胸中は一致していた。
 となれば、後は誰がその犠牲者――もとい、恩恵を授かるかという問題。決して仮装が嫌なわけでも、ラックの好意が疎ましいわけでもない。ただ、せっかくなら似合う者が着けるのが妥当だと、心の中で知らず火花を飛ばし合う。
 そして、無駄に息の合った選抜が、唐突に開催された。似合いそうな対象に、無言でその視線を向けるという単純なもの。結果として、アルムに一極集中する流れとなった。ヴァローにティル、シオンにライズに加え、ポリゴン2のレイルまでもが真っ直ぐにアルムを見つめていた。全方向から注がれる熱い眼差しに、アルムもさすがにたじたじになる。
「な、なんでみんなして僕の事を見るのさっ! せっかくだし平等にみんなで着ようよ、ね?」
「一着だけだろうし、みんなでってわけにはいかないよな? だから、おとなしく受け入れろ、アルム」
「そうよ。私もアルムが仮装してるところは見てみたいし、何より似合ってると思うわよ?」
 意地でも自分が避けたいヴァローに、仮装したアルムの姿に興味津々のシオン。両者が挙ってアルムを洗脳にかかる。当の本人も決して仮装を嫌っているわけではないが、押し付けられるような形になると、妙に反発心が芽生えるというもの。納得いかないという感じで、アルムは先の二人に向けて頬を膨らませて見せる。だが、似合ってるとの意を反芻する内に、満更でもなくなってきているのも事実だった。
「ラックさんの仮装を信用してないわけじゃないけど、似合ってなくても笑ったりしない? 約束してくれる?」
「大丈夫。ラックさんの手作りなら、きっと素敵なものに仕上がってると思ってるから」
 シオンのトドメの一撃。楽しみにしてる、と言わんばかりの笑顔を向けられては、無益な抵抗を続ける気はさらさら起こらなかった。ライズも何か言いたげにもごもごとはしているが、それに気づいた時には既にラックによる仮装が始まっていて、そちらに気を向ける余裕はなくなっていた。
 黒い布はニンゲンがよく羽織るマントと言うもので、頭からすっぽりと被る形で、ちょうど首元で襟元が止まるように編まれていた。それを通した後、今度は胸元にブローチを着け、そのブローチと同じ宝玉を額に着ける。仕上げは、残る三枚の羽を、アルムの尻尾に着けるだけだった。仮装自体に掛かった時間は短く、身に着けていても不快な重さは感じない。鏡で確認すると同時に、背中を向けていた皆の方にお披露目といった形になったところで、その正体は判明する。
「なるほどな。シャトンに着せたかったのは、兄貴分のガートの衣装ってわけか」
「でも、アルムが着けても似合ってると思わない? これはこれで可愛いっていうか」
「ああ、俺もそう思う。ティルの感想は?」
「うん! アルム、その仮装いいなー!」
 いずれもニューラに似せた装飾ばかりで、特徴的な部位を真似て作られているためか、アルムを含めその場の全員が答えを理解し、各々に感嘆の声を上げた。ニューラという種族は体躯や目つきもあって、かっこいい部類に入る。だが、仮装をしてもなお可愛いと言われては、かっこいいと言われる予想が外れてがっかりする反面、アルムもさすがに悪い気はしなかった。調子に乗ったアルムは、決め顔でマントを振るって見せる。その楽しそうな様子に、ラックも目を細めていた。
 仮装も無事に完成したところで、ぐうとお腹の虫が鳴る。それも同時に二方向。アルムとヴァローが即座にばつが悪そうに苦笑い。誰かが声を上げるでもなく、歩み寄ってきたラックが二人にお菓子を差し出す。ヴァローには赤みがかった、アルムにはティルが最初に食べたのと同じ桃色のお菓子と、別々のを見繕っていた。
「せっかく祭りを楽しみに来たのに、お腹が空いていては回る元気もなくなっちゃうでしょう。どうぞ、遠慮なく召し上がれ」
『いただきます!』
 息を合わせたようにほぼ同時にかぶりつく。甘さと共に幸せいっぱい、口に広がる優しさに、アルムは目を閉じて堪能する。一方のヴァローが頬張ったのは、マトマのみを少し練り込んだ、ぴりりと辛い仕様。だが、ほのおタイプであり、元々辛い味つけが好みのヴァローとしては、甘いお菓子よりも気に入ったらしい。満足げに即完食を果たした。
「俺が辛いのが好きだって、ラックさんに言った事はなかったはず。どうしてわかったんですか?」
「母親特有の勘とでも言いましょうか。皆さんの事を見ていると、雰囲気で何となく察しがつくんですよ」
「僕はてっきり、ラックさんが心を読めるのかと思った」
「私も」
「ふふっ、エスパータイプでもないのに出来たら、それはびっくりですね。もしかして、本当は出来てしまったりして」
「ラックお母さん、心が読めるんでし? すごいでし!」
 鈴を転がしたような声が、ラックの背後から聞こえる。予期せぬ声だが、その口調で姿を見ずとも誰だかすぐにアルム達にもわかった。今しがたラックをお母さんと呼んだそのエネコこそ、シャトンに他ならない。迷子にならないように監視役としてか、その後ろにニューラのガートも控えていた。
「んなわけねえだろ。ちょっとおどけてみせただけだ」
「そうなんでし? でも、お母さんはいろんな事わかって、本当に心が読めるみたいでし」
「まあ、それは確かに。俺まで見透かされてる時もあるしな」
「母は強いのです。例え血が繋がっていなくても、ね。ところでガート、せっかく戻ってきたのなら、見て欲しいのがあるのだけれど――」
 身をすっと引いて、自分を挟んで対角線上にいた相手の姿を顕わにする。自分と同じ体のパーツを仮装として着込んだイーブイの姿が、張本人であるガートの目にばっちりと留まる。瞬間、こおり状態でもなったみたいにガートの動きが止まった。
「それ、俺のつもりか」
「むふふー、どう? ガートお兄さま?」
「黙れ」
 おどけたように近づくアルムを、ガートは一蹴。ぶっきらぼうさは相変わらずだが、今回に限っては冷徹な視線を送るのではなく、むしろ対象であるアルムから目を逸らしていた。これは好機と見たか、良いおもちゃを見つけた猫のように、アルムはにやりとほくそ笑んだ。
「あれ、ガートさん、もしかして照れてるんですか?」
「うるせえ」
「またまたー。この仮装、最初はすごく戸惑ったんですけど、かっこよくて良いなって思ったんですっ。ダメ、でしたか?」
「……ダメじゃねえよ」
 視線を合わせてくれないのは強情ではあるが、少なくとも自分の姿に似せた仮装を気に入らないわけではないのは伝わって来た。それだけでも充分な収穫であり、アルム以外の面々も思わず笑みを零す。何やら笑われていると思ったのが不服なのか、すぐに鼻を鳴らして完全に顔を背けてしまう辺りが、結局のところガートらしかった。
 予期せぬ仮装で盛り上がりつつ、お茶会のようにお菓子を頬張って幸せな時は流れる。村の花に負けず劣らずの、明るくて、眩しくて、優しい会話の花が、ラックの家の前を起点に咲き乱れるのだった――。

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コメット ( 2020/10/31(土) 13:10 )