エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜 - おまけの章〜星屑の溜まり場〜
おまけ6 雨ときどき晴れ
 どんよりとした灰色の雲が立ち込め、澄み切った青のキャンバスを見る見る内に覆い尽くしていく。灰の世界に一面侵食されきったところで、悲しみに暮れたように空が泣きだした。しとしとと降ってくる雨粒に、顔をしかめて立ち尽くすイーブイが一人。いつもピンと立っている耳や尻尾も力なく下を向き、自慢のオカリナもすっかり濡れてしまっている。
「雨が降るなんて、聞いてないよう……」
 アルムは鬱屈とした様子で空を見上げる。雨雲に完全に占領されていて、しばらく蒼穹を拝めそうにない事は火を見るよりも明らかである。体毛に水滴が付着して重みを増していき、徐々に動く事すらけだるく感じてしまう。今さら雨宿りもないだろうと我慢を決め込んだところで、ふと自分をすっぽり覆うような影が現れた事に気付く。
 影の出現と同時に、頭上から打ち付けていた雨粒がぱたりと当たらなくなり、アルムも不可思議に思う。後方に首をもたげてみれば、そこには長い茎が付いたままの蓮の葉を手にしているジラーチの姿があった。
「アルム、みーつけた!」
 嬉々とした様子のティルは、その喜びを体で表すように、浮遊しながら葉っぱの傘を大きく振る。その拍子に溜まっていた滴が宙を舞う。雨粒と並んで落ちるそれは、アルムに当たる事こそなかったが、その結果として再度アルムは雨に晒される事になる。離した後でようやく気付いたティルは、慌ててアルムのところに傘を持っていく。
「あっ、ごめんごめーん! これじゃ持ってきた意味ないもんね!」
「まったく、ティルったら……。ところで、この傘はティルが探してきてくれたの?」
「うん! アルムは持てないだろうし、濡れないようにって思って探したのー!」
 得意げに胸を張って、自分の成果を報告する。そんなティルの無邪気さが微笑ましくて、アルムも揃って笑顔を見せながら、前足でティルを呼び寄せる。「なーにー?」と暢気に降りてきたところで、アルムはその星型の頭を軽く撫でる。
「ありがとう。ティルは優しいね」
 もっと笑ってくれるかと思いきや、ティルは一瞬きょとんとして止まってしまう。何か悪い事でもしたのかと不安になるアルムをよそに、ティルは次の瞬間には歓声を上げた。
「やったー! アルムに褒められたー!」
「そんなに喜ぶことなの? えっと、気持ちに嘘はないけど、軽く褒めただけなんだけどなあ」
「だって、アルムには叱られる事多いイメージがあるんだもーん」
「うっ、それは……」
 改めて思い返してみれば、ティルの事をちゃんと褒めた記憶がパッと浮かんでこなかった。年上ぶって面倒を見ようとはしているものの、嗜めたりする事ばかりしていた気がして、頑張った事を称賛した事はない。ティルには追及するつもりなど毛頭ないのだが、アルムには突き刺さる事実であった。何よりアルム自身が、兄であるルーンに褒められていたような事が最近なくて、寂しく感じていたところなのだ。
 雨や空気の冷たさや重苦しさも相まって、アルムは申し訳なさから顔を俯けてしまう。だから、不意に自分の頭を撫でる感触に、触られるその時まで気づかなかった。
「アルム、えらいえらいー!」
「ティル、なんで僕の事を褒めてるの?」
 アルムは素っ頓狂な声を上げて、さっきのティル以上に戸惑って狼狽える。だって、自分は褒められるような事を何もしていない。それどころか自責の念が芽生えたばかりだというのに。だからこそ、ティルが無垢な笑顔を浮かべて撫で続けている事が、到底理解しがたかったのだ。
「だって、アルムはいつもみんなの事を見てる! 仲良くしてる! それに、ボクのお世話もしてくれる! だから、褒め返しー!」
「あはは……ティル、本当に君は――」
 単なる気まぐれなどではない。ティルはティルなりに、アルムの事を見て、気遣おうとしていたのだ。ずっと褒められることなく頑張り続けてきた事が、ティルの言葉と行動で報われる気がした。そんな思いやりが嬉しくて、くすぐったくて。気が付けば、顔が思わず綻んでいた。空模様は相変わらず雨が止むことのない暗澹たる様相であったが、小さな小さな傘の下では、二つの太陽が一層の輝きを増すのであった。


コメット ( 2018/05/08(火) 21:51 )