エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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おまけの章〜星屑の溜まり場〜
おまけ5 グラスレイノの夏祭り〜想いは花火のように弾けて〜
 周囲を山々に囲まれている事で、他の平地や盆地よりも特殊な気候を持っている地域も存在する。アルムが訪れた王国――グラスレイノもその一つであり、雪が余所よりもたくさん降り積もる事で有名である。噂では年中雪国だとも言われており、もしそうならば、氷タイプや水タイプのポケモンが比較的多いのも頷ける。
 だが、実際のところは異なる。他よりも雪が降る時期は長いのだが、天からの高熱の恵みたる太陽光を嫌というほど受ける期間も確かに存在する。それが単に他の地域よりも極端に短いだけなのだ。そんな太陽の恩恵を享受出来る貴重な時期に、国が総出をあげて祝う祭りが催されるのだ。
「で、僕達はその祭りに招かれたっていう事なんですよね」
「ああ。君達には窮地に陥った時に世話になったからな。言葉を重ねても足りない、ほんのささやかなお礼のようなだ」
 伝書鳩ならぬ伝書ポッポからの手紙が届いて、アルム達は詳しい理由も分からぬままにグラスレイノまで招かれた。今しがた王子のオルカから説明を受けた事で、ようやく得心がいったという具合である。ただならぬ事態かと身構えていたアルムにとっては、楽しい祭りへの招待はむしろ願ってもない事であった。オルカにもとびっきりの笑顔を向けて、喜びをいっぱいに表現する。
「それと、出店での代金は私が持つ。だから、気にせず自由に楽しんできて欲しい」
 太っ腹な宣言と共に、滞在中はあまり見る事のなかった、オルカの柔和な表情を改めて目にする事となった。これが本来のオルカの姿であり、不思議と惹かれるところがある。ティルを筆頭に意気揚々と町に繰り出そうとする中で、ふと更なる疑問を抱いたアルムが立ち止まる。
「ところで、オルカさんは一緒にお祭りには行かないんですか?」
「ああ、私は私でやる事があるからね。一応ここからも祭りの様子は見えるから、それで満足さ。代わりに楽しんできてくれると嬉しいよ」
「せっかくなら一緒に回れたらなあって思ったのに。残念です」
 オルカもにっと笑っては見せるが、隠しきれない一抹の寂しさは、対面しているアルムにも伝わってくる。だが、わがままを言ったところでどうしようもないのも事実。諦めてすごすごと皆の後を追うのとすれ違うようにして、今度はアカツキがオルカの方に歩み寄っていった。
「国が元通りになり始めたからって、あんまり根詰めんじゃねえぞ。せっかくの祭りくらい、羽を伸ばしたらどうだ。――何も考えずに誰かと楽しい時間を過ごす機会なんて、そうそうなかったんだろ?」
「アカツキ、君は気遣ってくれてるのかい? ありがとう。僕はその言葉だけで充分さ。また何か発散したくなったら、その時はその時で考えるさ」
 いくら脅威は去ったとは言え、放って置いたらまた一人で抱え込むかもしれない。オルカはそういう性質だという事を嫌と言うほど分かっている。だからこそ、不安を抱いていたアカツキとしては、その返答では不十分だった。しかし、オルカも他人に心配をかけるのを極度に嫌うが故に、こうなっては譲らない。それは百も承知での進言であり、箴言でもあったのだが、届いてはいてもあいにく取り入れてはもらえない。アカツキも口うるさくするのは気が引けて、小さな溜め息を残して王宮を去っていった。

 一時期は閑散としていたのが嘘のように、町は活気付いている。雪も全て融けきっていて、歩行を妨げるものはない。この地での温暖な気候には慣れないが、体を撫でていく風は若干涼しいくらいで、心地よい事この上ない。鈍色でしか覚えのなかった空は、その原因たる雲を風の神が吹き飛ばしたようで、透き通るような青がどこまでも広がっている。空から零れる真珠色の光は、体を焼くほどに強烈なものではなく、きらきらと大地に降り注いでいる。
 かつて訪れた時には、見渡す限り全ての窓や扉が閉まっていて、俗に言うゴーストタウンかと見紛う程に寂れていた大通りも、その面影をほとんど残すところはない。街路樹に沿うようにして露店がこれでもかと立ち並び、大勢のポケモンが行き交っている。ようやく見えた栄えた一国らしき姿に、アルム達も故郷ではないながらも安堵を覚える。と同時に、露店から次々に漂ってくる空腹を刺激する匂いに、自然と向かう足も速くなる。
「ティルー! あんまりはしゃぎ過ぎて、迷子になっても知らないよー」
「だいじょーぶだいじょーぶー! それに、迷子になった事があるのは、アルムの方でしょー?」
 自慢の羽衣でふわふわと浮かんでいる星の君に注意を促してみれば、返ってきたのは鋭いとしか言えない痛烈な一言。それも無邪気な顔をして悪びれる様子もなく言うものだから、余計に突き刺さる。アルムは思わず痛いところを突かれて、ぐうの音も出なくなってしまう。
「ははっ、こりゃティルに一本取られたな」
「むっ、ヴァローまで笑う事ないじゃないかあ」
 左を向いてみれば、友人であるガーディ――ヴァローが声を押し殺してくつくつと笑っている。前へ出すための足で軽く小突いてみれば、悪い悪いと半笑いで謝ってくる。本当に謝る気があるのだろうかと頬を膨らませるが、それも互いにとってご愛嬌。顔をしばらく見合わせたところで、ふっと吹き出して笑みが零れてくる。
「でも、アルムが迷子になってくれたお陰で出会えたんだから、私は良かったと思うけどなあ。アルムはそうじゃないの?」
「ううん、僕ももちろんそうだよ! シオンと出会えて良かったもん。僕が迷子になったからだもんね」
「それ自体は決して誇る事じゃないけどな」
 ヴァローとは逆サイド、アルムから向かって右側を歩く女の子のマリル――シオンがせっかくフォローを入れてくれたというのに、またしてもヴァローが茶化してくる。だが、それは笑顔が広がる促進剤であり、またしても無邪気な笑い声が増える。与り知らぬところで盛り上がってる事に遅れて気づいたティルが、高い位置からアルム達の元に戻ってくる。
「迷子になったと言えば、僕がいる森に来た時も、確か同じように皆とはぐれて一人迷子になったんだっけ、アルムくんは」
「もう、ライズまで余計な事を思い出さなくても良いじゃないかー! 皆忘れてたのにっ」
「あははっ、ごめんごめん。でも、あれもアルムくんが迷子になったからこそ出会えたんだなあって思って。そう考えると、ここの皆ってアルムくんと出会う事で繋がったって言っても過言じゃない。ある意味すごいと思わない?」
「そう、なのかな? だとしたら嬉しいなあ」
 後ろから近付いてきたマイナンのライズは、アルムの視界に入るようにぐるりと回りこみ、今度は先頭を行く形で後退するように歩き出す。にっこりと微笑みかけられて、真っすぐな視線を向けられて、アルムも少し気恥ずかしくなってしまう。だけど、決して嘘じゃないとばかりに周りの友達も頷いてみせ、改めて仲間が増えた喜びを噛みしめる事となったアルムは、露店の始まる地点に着いたところでもう一度顔を綻ばせる。
 城からそこそこの距離を歩いて、祭りの中心地たる大通りに辿り着いた頃には、程よく日も暮れかけていた。妙に雲も多いせいか、それとも時季の影響か、橙色の層と紫色の層が生まれて美しい反物のように広がり、不気味さの中に情緒すら感じる、得も言われぬ鮮やかさを織り成している。露店には照明となる提灯も灯り始め、いよいよお祭りムードと言ったところである。
「一応オルカの奢り、だったっけ。それなら、遠慮せず好きなの食べて良いって事だよな!」
「故郷での祭りの時みたいに、食べ過ぎには注意だよ」
「うるせえよ。心配しなくたって、あんな恥ずかしい事はもうしねえっての」
 苦笑交じりに憎まれ口を叩きつつ、ヴァローはいの一番に近くのポフレショップへと駆けていった。それを見たティルも追おうとするが、すぐに止まってきょろきょろと見回した後で、再びアルムのところまで戻ってくる。
「ねーねー、ボク、あれ食べたいっ!」
 ティルが嬉々として指し示した先に並んでいたのは、赤と黄色の混じった球状の木の実――ヒメリの実を棒に刺して水飴でコーティングした、ヒメリアメと呼ばれるものだった。琥珀色にきらきらと輝く美しい飴細工に魅了され、あれこれと迷っていたように見えたティルの視線は完全に釘付けになっている。ご馳走になって良いのか少し躊躇していたところへ、シオンが遠慮しなくても良いのよと最後の後押し。アルムもようやく踏み切る事が出来て、即ヒメリアメを店員のペロリームから受け取る。ティルは念願の品を手に入れられ、目を輝かせながらパクリと頬張った。
「どう? ティル、美味しい?」
「うん、すっごく甘くておいしい! はい、アルムもあーん」
「えっ、僕は良いよ」
「良くないー! アルム、手で持って食べられないでしょ? それに、おいしいもの一緒に食べたいもんっ!」
 二の句を継がせる事もなく、ティルはアルムの口に強引にヒメリアメを押し込んだ。完全な不意打ちではあったものの、ティルの思い自体は嬉しい事この上ない。それを味わった上で口に入ったヒメリアメを舐めてみれば、リンゴの爽やかな香りが広がると同時に、口いっぱいに飴の甘さが後を追うようにやってきて、幸せな気持ちで満たされていく。
「どう? アルム、おいしい?」
「うんっ、美味しいよ! ティル、ありがと!」
 心の底から喜びを感じて、ティルへの感謝もこめてにっこりと微笑む。同じものを堪能して、同じ気持ちになって、それがティルにとっても嬉しかったのだろう。こちらも喜色満面といった様子で、大口を開けてヒメリアメを口に入れる。シオンも目を細めて見守っているところ、今度は一時離れていたライズがずいと前に出る。
「じゃあ、こっちのはどうかな。すごくふわふわで、美味しそうなんだけど」
 その手に握られていたのは、またしても木の棒だった。だが、その先に付いているのは飴ではなく、まるで雲のようにもこもことした真っ白の物体であった。ヒメリアメに夢中になっていたティルも、新たに関心を惹かれて下りてくる。
「ねー、それはなーに?」
「確か“わたあめ”って言ってたかな。二つ貰ってきたから、皆で食べよっか」
「うん!」
 まずいの一番にライズからわたあめを受け取ったティルが、ヒメリアメを口から出して、一口かぶりつく。瞬間、飴のように噛みつく感触を得る事もなく、見た目どおりふわふわの綿を食べているように勢いよく頬張った。いっぱいいっぱいまで詰め込んだところで、棒を引き離し、上手くちぎって食べる。
もぐもぐとして顔を緩ませていたティルは、既にその一つを独り占めにする気満々らしい。それを予想してか否か、ライズはアルムに食べてもらおうとして残していたもう一方のわたあめを目の前に差し出す。アルムも負けじと大口を開けて食いついて、真似るようにいくらか引きちぎる。べとべとになった口の周りを舌で軽く舐めつつ、ふわふわした不可思議な甘味を取り分だけ平らげる。
「アルム、あのね、実は――」
「アルムー!」
 シオンが何か言いかけたところで、別の声によって遮られる。元より我の強いタイプでないシオンは、自分が言葉を押し殺すことによって身を引く。アルムも気づいてはいたものの、結局は新たな訪問者に遮られてしまう。
「さっきのわたあめっての、どこにあるのー?」
「あっちの方だよ。よっぽど気に入ったのかな。連れてってあげようか?」
「ほんとにー? ライズ優しい! ありがとー!」
 いつもならアルムと交流しに動くはずのライズだが、ここは空気を読んだらしく、ティルを引き離す係に回る事にする。躊躇っている彼女に気付いたのはライズだけではない。屋台の方に興味があるフリをして、ちらちらとアルムの方を気にしているらしいシオンに視線を配って、アカツキも珍しく破顔一笑する。
「二人だけじゃいざ迷子になった時心配だからな。この先の広場で落ち合うって事にして、おれはこっちに付いていってやるよ。あのガーディの奴たちも、忘れずに拾っていってやる」
 この国の住人でもあるアカツキがいるなら離れても一安心だと、二人はライズ達を見送る。シオンもこの国にある程度は精通している以上、迷う事はないだろうとの信頼があっての事である。あれだけ賑やかしかった一行も、中々ばらばらに行動する機会はなく、アルムは久方ぶりにシオンと二人きりになる。





 撫ぜる風は未だ冷たさを纏っている――むしろ日暮れに際して増しているのは間違いないのだが、いつしか不思議と体が火照っていて、風の涼やかさが負けるくらい暑く感じる。今更意識する事などないはずなのだが、この祭りという特別な雰囲気も相まってか、この状況に妙にそわそわしている自分がいるのもアルムは否定出来なかった。
「そういえば、こうやって二人きりになるのも、私たちが出会った時以来かしらね」
 喧騒の中で続いていた二人の間の静寂を破ったのは、隣にいるマリルの方であった。皆がいるところでは頻りにアルムを気にしていた彼女も、こうして邪魔される事なく寄り添える状況になった事で、一層落ち着いたようにさえ窺える。
「う、うん。今まではずっと、皆と一緒だったもんね。これまで短いようで長い旅の中、ずっと。だから、久しぶりにこういうのも良いよねっ」
 妙にどぎまぎしているアルムの様子を見ても、シオンはどこか嬉しそうに口元を緩ませた。からかってるのか、単に楽しんでいるのか。シオンの真意が量りかねるアルムは、少し頬を膨らませて不服そうにそっぽを向く。だけど、アルムもそれが本意ではない。気まずいと一瞥してみれば、シオンは表情も変わらず佇んでいた。
「久しぶりだけど、何だか新鮮ね。うふふ、こういうのもたまには良いわね、本当に。上手く皆と離れられただけだけど、あなたとこうして、見知った場所を気長に歩けて良かった」
「シオン、本当に僕で良いの?」
 アルムの脳裏に浮かぶのは、この国の王子であるオルカの姿であった。王子と王女ならば絵的にも映えるし、普段一緒の時間を過ごす事も少ない身分同士であるなら、この機にこういう場を歩くには適切だと思って口走ったのだ。シオンは思わぬ切り返しに一瞬きょとんとして見せるが、すぐに顔を綻ばせて、アルムを真っ直ぐに見据えて言の葉を口にする。
「ううん、違うわ。アルム、私はあなたで良いんじゃなく、あなたが良いの」
 二人の視線が交わり、柔らかい笑顔が伝播して、一気に満開に咲き誇る。天高く浮かんでいる雲の上にでも乗ったかのように、心が軽くふわふわと浮いているような錯覚すら覚える。火照っていた体の熱が最高潮に達し、アルムはシオンを真っ直ぐ見つめていられないくらいだった。嬉しいはずなのに恥ずかしくなり、目を合わせたいのに逸らしてしまう。心の中があべこべになっていたのだ。
「僕が、良いんだ。シオンは、そう、言ってくれるんだね。ありがと」
「うふふっ。お礼を言うのは私の方。ここまで私を引っ張ってくれてありがとう、アルム」
 照れ隠しから身を引き気味だったアルムに、シオンはさらに接近する。体が触れ合い、密着する。瞬間、アルムの心境を代弁するかのごとく、破裂音を纏った火花の花弁が空で大きく咲いた。夏祭りの催し物の一つが、空を彩る光の花――花火の打ち上げだったのだ。美しく展開される花火に、アルムとシオンは目も心も奪われる。
「――はあ。やっぱりシオンにはまだ手が届かないか」
「王子よ、こんなところで何やってんだ? こそこそやってるだけじゃ、もどかしいだけじゃないのか?」
「アカツキ、見ていたのか。ま、ここは僕の出る幕じゃないって思ってね。はあ」
 王子が頻りに溜め息を吐いている姿は、決して国民の前で見せられたようなものではなくなっている。普段の凛とした勇ましさは完全に形を潜めており、今は一人の異性に思いを馳せる、ただの少年へと戻っていた。いつもは虚勢で隠している子供っぽさを覗かせた事に、長年の付き合いがあるアカツキも、傍らで顔を綻ばせていた。
 ――暑かった夏も、もう少しで終わりを告げようとしている。そんな最後の一時くらい、好きな人の隣で、心安らかに過ごしたいもの。久方ぶりに、そして初めて故郷の者以外とそれを叶えたアルムとシオンは、輝かしい花火が全て終わるまで、ずっと互いに寄り添って離れなかったのだとか。


コメット ( 2017/10/28(土) 22:17 )