エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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おまけの章〜星屑の溜まり場〜
おまけ4 聖夜に訪れる不思議な出逢い〜楽しいパーティとプレゼントと〜【前編】
 普段は優しい緑色に包まれるこの村――レインボービレッジも、鈍色の雲が空を覆うようになってからはいつの間にか白銀の世界となっていた。住居の密集する林の木々にも化粧が施されており、太陽から降り注ぐ恵みが微小であってもそれを補うかのような輝きを放っている。村を幻想的な色に染め上げたのは、高い空から静かに舞い降りてくる白い結晶――俗に言う雪というものである。この気候の大きな変化が指すところは一つ――村に冬が訪れたのだ。
「うわぁー、すっごい綺麗だね!」
 雪が積もっているのを目の当たりにするのは初めてなのか、風が吹かずとも身を刺すような寒さの中で、星のような頭をしているポケモン――ジラーチのティルは元気に飛び回っている。呼吸を繰り返す度に自分の口から吐き出される白い息も、ティルにとっては魔法を使っているように見えて興味の的となっている。
「相変わらず元気だね、ティルは」
 元気いっぱいの太陽のようなティルとは対照的に、アルムは体を震わせながら星の君のはしゃぎのようを静かに見守っていた。イーブイである彼には耐寒にも優れたふさふさの体毛があるのだが、この寒さの中ではそれだけでは心もとなく厳しいものがあった。
「アルムはだらしないなー。少しはティルを見習えよな」
「毛皮もあって、体内に炎を宿しているヴァローには言われたくないよーだ」
 後ろから静かな足音を立てて近づいてくるのは、ガーディという種族上、体色からして如何にも暖かそうな容姿をしているヴァローだった。寒さを感じていない余裕の発言に、アルムも歯を食いしばって不服そうな顔をする。だが、結局はヴァローに抱き着いて温もりを得る事に切り替えた。

 誰もが極寒を厭って家に篭もりきりで暖を取っているのが常識な中で、三人は足並みを揃えてその寒い中を出歩いている。厳しい気候条件を堪えながら何をしているのかと言うと、先日リーブフタウンの図書館の管理人、ニドクインのクインが訪ねてきたところまで話が遡る。
 その際に手土産として、一冊の分厚い本を持ってきたのである。その本に載っていた、『冬の時季に行う“ニンゲン”の行事』という項目の中に、興味を引くような面白い事が書かれていた。名前は“クリスマス”と言い、モミの木に飾り付けを施したりプレゼントを交換するなどといった大まかな概要も書かれている。それを見て真っ先にやりたいと言い出したのは、他でもないティルである。もちろんアルムや家族を含めた他のみんなも異論はなく、総出で準備をする事にしたのである。

「ところで、ボク達は何処に向かってるのー?」
「この未知のイベントに参加してもらえるポケモンに会いに行くんだよ。本に書いてあった“サンタクロース”に一番近いポケモンにね」
 無論明確な目的があってアルム達はとある場所に足を運んでいた。その目的地はと言うと、レインボービレッジの中央部からは離れたところにあるこじんまりとした一軒の小屋である。他にこの周辺に暮らしている者はおらず、普段は留守にしていて冬の時季になると戻ってくるポケモンがその小屋の持ち主だという噂を信じて歩みを進めている。アルムやヴァローは実際にお目にかかった事はなく、あれこれ思いを馳せている内に怪しい存在ではないかと猜疑心よりも会ってみたいという好奇心の方が勝っていった。
「ねー、あれかなぁ?」
 自宅も遥か遠くに見える程の距離までしばらく歩いたところで、ティルが何かを見つけて指を指した。その方角には、屋根には既に大量の雪が積もっている、木製の一軒の小さな小屋があった。周りには噂通りに他の家は無く、三人が目指していた小屋に間違いないようである。
「こんにちはー。ノエルさん、いらっしゃいますか?」
 入り口の扉を軽くノックしながら、用のある相手が在宅かどうかを尋ねる。風もなく深々と雪が降っているため、自分達の息遣いだけが聞こえてくる中で応答がないか待ってみる。特に返事もなく一分程が経過した後で、ばたばたと慌ただしく駆ける音が徐々に大きくなってくるのが聞こえ、ぱたりと足音が止んだと同時に勢いよく目の前の扉が開いた。
「おおっ、良く来たのであるっ! ささ、外は寒いであろう。早く中に入るのである」
 随分と陽気な態度で出迎えたのは、全身が赤と白で彩られ、赤い帽子や袋状の尾のあるサンタクロースのようなポケモン――デリバードであった。その勢いの強さと特徴的な口調にたじたじになりながらも、三人は小屋の中に招き入れられる。たじろいでいたのはアルムとヴァローの二人だけで、ティルは初対面にも係わらずすっかり馴染んでいた。
 小屋の内部は外観から想像する以上に広々としており、床一面には冬の必需品とも言える暖かそうな絨毯が敷き詰められている。そこからふと左側に目を遣ると、暖炉の中で元気良く火花が跳ねたり弾けたりしながら、いくつも積まれた大小の薪が盛んに燃えている。扉を境界線として建物に入った瞬間から暖かい空気に包まれ、床を含め部屋が全体的に暖かいのも頷ける。
「今すぐお茶を入れてくるから、遠慮せず好きなところに座って温まりながら待ってるのであーるっ」
 暖炉の前まで案内すると、デリバードのノエルは小屋の奥の方へそそくさと歩いていった。引き止めるまもなくその場に残された三人は、せっかくの好意をむげにして立ち尽くすのも憚られて、各々ちょうど良い位置まで来て絨毯の上に座り込む。寒い外気温に晒されたせいですっかり凍えきっていた体は、暖炉が与えてくれる温気によって徐々に元の感覚を取り戻していく。座っている絨毯は体毛越しにも感じる程とてもふかふかしており、このまま目を瞑れば眠りに落ちてしまいそうなくらいに気持ち良い。
「お待たせであーる」
 うとうととして本当に寝そうになった時に、ノエルがお盆の上に紅みがかった飲み物の入った器を入れて戻ってきた。手を使えないアルムとヴァローの事を考慮して二人分のは深皿に注がれており、歩み寄る程にそこから漂う芳醇な香りは徐々に強くなってくる。三人の前にそれぞれ器を置いて、ノエルは自分用のコップを手に取りながら目の前に座った。このお茶に対してどういった反応を示すのかが気になるのか、自らは飲み物を口にせず三人をじっと見つめ続けている。
「えっと……それじゃ、いただきます」
 木の実のジュースとも異なる目の前の液体に困惑しつつも、あまりにも長時間凝視されてアルム達もノエルの心境を悟った。最初は恐る恐るであったが、鼻から入ってくる心地よい匂いに警戒心も薄れていき、思い切って紅みがかったお茶に口をつけて舐めてみる。
「あっ、美味しい。こんなの飲んだ事ないです」
 感想を求められた訳ではないが、自然と口から言葉が出て来た。味見で舌先を軽く付けただけだが、含んだ瞬間に爽やかな香気が口いっぱいに広がり、気がつけば二口目を飲んでいた。部屋中に立ち篭めていた香りも含め、ずっとこの匂いに当てられていれば心に安らぎが訪れるようである。仄かな甘みよりも香りが引き立つような、そんな今まで味わった事のないものに、感動と不可思議さが入り混じった顔をしている。
「美味しいであるか? 実はこれは木の実ではなく、葉っぱから作られた物なのである。と言っても、私は貰ってきただけなので詳しくは知らないのである。どうやって手に入れたか聞きたいであるか?」
「えっと――」
「聞きたい聞きたい!」
 矢継ぎ早に話していくノエルにはアルムも対応が追いつかなかった。どう答えるべきか戸惑っているアルムの横から、ティルが目を輝かせて元気に手を挙げた。興味津々なお星様と得意げなサンタを余所に、不用意な興味を持ってしまった事から、ノエルの紅茶に纏わる長い話が始まるのであった――。




 アルム達がノエルに会いに行っている一方で、アルムの家では一家総出で着々と会場の準備が行われていた。せっかくのパーティだから人数も多い方が良いだろうと言う事で、クインの他にもエネコのシャトン、ニューラのガート、ラフレシアのラックが招待されて集まっていた。アルム達以外にとっては初対面同士である彼らも、一つの共同作業を熟す内にいつの間にか打ち解けていた。
「それにしても悪いですねぇ。アタシの家でやってもよかったんだけど」
「いえいえ、人数が多くて賑やかなのは好きですから、気にしなくて結構ですよ。うちの子にとっても大切なお客さんですから」
「お誘い頂いたからには、お料理くらいのお手伝いは頑張ります。では、私の方も始めますね」
 クイン、エーフィ、ラックの三人は得意分野である料理を作ろうと、揃って台所に立っていた。クインの持って来た本のレシピを参考にして、クリスマス用の特別な料理をこしらえる事になったのである。材料を洗ったり食材を切ったりなど、三人がそれぞれ上手く役割を分担して、食卓を鮮やかに彩るパーティの主役を作り上げていく。エーフィの“ねんりき”を用いた下準備も手馴れたもので、続くクインがその大きな体で丁寧に木の実を切り揃える細かい作業を行い、ラックが最後に味見等の調理を施していく。即席の料理チームは大人数分の食事を瞬く間に完成されていくのだった。

「うーん。これはこの辺かしら?」
「いや、もうちょっと右の方が良いんじゃないか?」
 シャワーズのリアスとブラッキーのルーンの兄妹は、森から拝借して家の中に置かれた針葉樹に飾り付けを施していた。拝借と言ってもアルム一家に運ぶのは到底不可能であるため、大きい体のクインがその木を運び込んできたのである。具体的なデコレーションの仕方も詳しく書物に記されており、全く同じとは行かないまでもそれに近い物を使って器用に仕立てていく。本物の林檎や杖の形をした飴の代わりに実物のロッドをあしらったり、その他は本物のツリーと同じく蝋燭やリボン、綿と様々に用意していた。何でもクリスマスの本によると、二人が作ろうとしているのは“クリスマスツリー”と呼ばれる代物で、知恵の樹の象徴であるという情報まで書かれていた。
「それじゃ……この辺?」
「ああ。それくらいでバランスが取れるだろう」
 ルーンが下から見て指示しながら、台の上に乗っているリアスが器用に飾りを付けているといった状態で作業を進めている。しかし、綿やリボンなどはあらかじめ形にして引っ掛けるだけで良いにしても、残る飾りに関しては四足歩行のポケモンには少々厳しいものがある。大きく目立つ物を大方配置し終えたところで、リアスも一旦降りて休憩を取る。
「すごいでし! 飾りが綺麗でしね!」
 少しずつ煌びやかな衣装を纏い始めたツリーの真下では、その飾り付けに魅入っているシャトンが楽しそうに跳びはねていた。ぐるりと一周して外観を堪能した後は、床に垂れている綿に顔を埋もれさせたり離れて全体図を見て嬉しそうにしたりと、あくまでも自由気ままに振舞っていた。そんな妹と対極的な行動をするのがガートで、無邪気にクリスマスの雰囲気を楽しむシャトンの様子を部屋の片隅で静かに見つめている。この場に残る中では唯一両手を使える存在であるが、特に協力的でもなく傍観に徹していた。
「なぁ、ガート。少し手を貸してくれないか? オレ達だけじゃ無理なところもあるからさ」
「断る。俺はそんな下らない事に手伝うつもりはない」
 飾りつけの担当を決めた時からお願いしているのだが、初っ端からずっとこの調子であった。ようやく準備も終わりに近づいて作業も少ないと言うのに、ガートは相変わらずルーンの要望をあっさりと一蹴する。いい加減手伝ってくれても良さそうなものだとルーンも呆れ顔だが、やはりガートは一筋縄ではいかないらしい。しかし、ルーンにも秘策がないわけではなかった。
「ふーん、そうか。シャトンは飾り付けが完成するのを楽しみにしてるようだけどなぁ……」
 ニヤリと意地悪っぽく笑いながら、ルーンは上から見下ろすようにガートの前に立つ。ガートも“わざと”空けられた視界に入ったシャトンの方を一瞥すると、あどけない笑顔を見せながら何かを訴えるような眼差しを向けていた。シャトンに弱い事を見抜いていたルーンの――果てはその情報を先に伝えていたアルムを含めた兄弟の作戦勝ちである。
「くっ……わかったよ。手伝ってやるけど、あくまでシャトンの為だからな。そこをちゃんと覚えておけよ」
 鉄壁のガードも唯一の弱点を巧妙に突かれて遂に崩れた。照れ隠しも籠めて捻くれた事を言いながらも、ルーンから林檎や杖の飾りを受け取ると、ガートは素早い身のこなしで済ませていく。ルーンの指示したところに的確に取り付けては、一人で台をすぐさま移動させての作業を繰り返すガートの後ろ姿を見ながら、シャトンとリアスがそれぞれ別の思いを含んだ笑みを浮かべていた事はまた別の話であった。
「それにしても、ノエルさんを呼びに行った主達、随分と帰りが遅いです。早くしないと暗くなってしまうのに」
「大丈夫だ。アルムやヴァローくん達なら心配する必要ないだろう」
 玄関口でぼんやりと外の景色に目を遣っているのは、食卓と言った会場のセッティングを終えたポリゴンのレイルとサンダースであった。雪が降り頻る外を何度も眺めながら帰りを待っているレイルに、アルムの父であるサンダースは優しく説いた。だが、梃子でも動こうとしないレイルに苦笑を向けつつ、父も玄関口で気長に子供の帰りを待っていることにした。




「――がこうなってな、それでようやく持ち帰る事が出来たのであーる」

 アルムの家では順調に準備が進んでいた頃、アルム達はお茶を手に入れるまでの体験談を聞き続けていた。語り始めると止まらない性格らしく、旅の最初から懇切丁寧で事細かに話していき、飽きはしないが非常に長い冒険譚を聞かされていた。話にはいくつか脱線も多く、いつしか紅茶の話を聞いているだけで相当な時間が過ぎていた。
 時間だけで言えばまだ夕方であるのに、太陽が沈むのが早い冬という季節だけあってか外も徐々に暗くなり始めていた。優雅に舞い散る粉雪の白と空間を覆い始めた影の黒のコントラストは、見ていて綺麗ではあったが、用件があるアルム達にとってはそれどころではない。
「あの……ノエルさん。実は折り入ってお願いがあるんですけど……」
 なるべく機嫌を損ねないように、話が一段階したキリの良いところでアルムが切り出す。夜の帳が完全に降りきってしまっては、自分達が買えることもここに来た目的も意味を失ってしまう。また旅の話を持ち出される前に、言いたい事を頭の中でまとめあげる。
「ん? 何であるか?」
「実は僕達、“クリスマス”っていう“ニンゲン”の行事をしてみようって事になって、それで――」
「ノエルさんに参加してもらえないかと思って、今日は来たんです」
 最後の方を中々言い出さないアルムの代わりに、その態度に業を煮やしていたヴァローが言いきった。
「良いである。して、それは何処でやってるのであるか?」
「僕の家です。来て下さいますか?」
「私で良いのなら……悦んでである! では、ちょっと待ってるである」
 ノエルは今までになく会心の笑顔を見せると、部屋の隅にある一つの袋と赤い帽子、そして大量の暖かそうな毛で作られた赤い服のところまで駆けていく。その一式はノエルの格好と全く同一のものであり、ノエルがそのまま身に纏っても元の姿と遜色ないような衣類である。既に種族柄の姿があると言うのに、わざわざ重複するような道具を持ち出した事に疑問を抱くのを禁じ得なかった。
「ノエルさん、それは何なんですか?」
「これであるか? これは、自分と似たような者がいるというとある場所を訪れた際に、ちょっと貰ってきたのである。プレゼントを配る為の道具らしいであるが、私にも詳しくはわからないのである」
 顎の部分に手を当てながら、ノエルは過去を思い返すように呟く。この世界では見る事もないような変わった衣装に、好奇心の塊を抱え持つ星の君が興味を示さないはずがなかった。一式を見て話を聞き終えたティルが物珍しそうにはしゃぎながら近づいていく。
「ねー、これを着ても良いかなー?」
「うむ、別に構わないであるが――」
「ほんとに! ありがとうっ!」
 持ち主であるノエルの了承を得て満面の笑みを浮かべながら、ティルはその一式を身に纏い始める。ノエルに合うサイズの服も、長い羽衣や体の割に大きい腕を通してみると、意外とティルにもぴったりだった。帽子が上手く収まらない事には目をつぶるとして、全てを着終えた頃にはティルも本にあったサンタクロースそのものになっていた。
「ねえねえ、この袋に入ってるプレゼントを配るのー?」
「うん、そうであるが、しかしそれは――」
「じゃあ、ボク配ってくるね! プレゼント配りー!」
 サンタクロースの格好になってすっかり気分も乗ってきたのか、ティルは突拍子もない事を言い出した。それだけに留まらず、ノエルが忠告めいた言葉を告げ終える前に、何を思ったか小屋を飛び出していってしまった。
「ちょっ――ティル!? 待ってよ!」
「これが悪戯の部類に入るかどうかはさておき、とにかく追いかけないとな。ぼうっとしている暇があったら、見失う前に追いかけるぞ」
 突拍子もないティルの行動に慌てるアルムに対して、ヴァローはあくまで冷静に諭す。まずはノエルに一礼して詫びた後で、二人は困った悪戯っ子後を追うために急いで外に出ていった。うっすらと雲の合間から差し込む日光によって、暗澹たる中をちらつく雪がきらきらと光り輝いている、何処か神秘さも漂わせる白と銀の交差する空間へと――。



コメット ( 2013/12/25(水) 00:12 )