エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















小説トップ
おまけの章〜星屑の溜まり場〜
おまけ3 花の村の感謝祭裏話〜おばけさん、こっちにおいで〜
 傾きかけた太陽によって赤々と染まった夕焼け空は、それまでの爽快で澄み切った蒼天の面影を微塵も残さない、力強くも美しい背景へと変貌していた。その儚い時が終わりへと向かう前に、音の祭典に酔いしれて静寂に包まれていた村の空気は、暗澹(あんたん)たる夜の雰囲気を覆すべく一気に活気を帯びていく。村のポケモンたちは夕暮れを迎えるまでに各々が準備していた自慢の“お菓子”を持って、家を訪ねてくる子供たちを待ち構えるのである。
 アルムやヴァローがラックやガートの話に衝撃を受けていたちょうどその頃、同じ村にいて思い切り祭りを満喫している者がいた。星のような形をした頭から三つの短冊を下げているその子供は、背中に白い綿毛を背負った妖精のようなポケモンを脇に従えながら羽衣で優雅に低空を飛び回っていた。その両手には桜色をした楕円形の焼き菓子が握られており、頬張る度に顔を綻ばせながら村を移動している。

「エルフーンくん、すっごく楽しいね! このお菓子も美味しいし、ボクこんなの初めて!」
「そう? 楽しいなら良かったよ! ボクもね、ちょっと前に知って良く来るようになったんだけど、悪戯する――ううん、遊ぶにはうってつけだからね。ふっふっふー」

 何か良からぬ事を企んでいるような怪しい笑みを浮かべるエルフーンにも、ティルは笑顔で以って応じる。いくつか“例の台詞”を口にしながら家を回る内に、二人はすっかり意気投合していた。最初の数件は甘えた声で脅かして大人のポケモンからお菓子を貰うだけで満足していたのだが、いつしか本当に悪戯をするとしたらどうしようか――などという話題になり、それを実行しようと考えていたのである。祭りの楽しい雰囲気に呑まれてティルも楽しくなったのか、乗り気になってエルフーンにくっついていた。一番近い標的を見つけて早速行動に移る。
 まずは叩ける扉のないノック代わりに、入り口脇に置かれたベルを大きく鳴らす。音色を聞いて家の中から姿を現したのは、細い蔓の体で頭部の蕾を支えているポケモン――マダツボミであった。地面に降り立つのではなく、あえて宙に浮いた状態でマダツボミと向かい合う。

「お菓子くれないと悪戯しちゃうぞー!」

 既に何度も言ってきたため、ティルが慣れたようにはつらつとした声を上げる。案の定マダツボミは来客者に用意したお菓子を渡そうと、一旦二人に対して背を向ける。そうしてお菓子さえ出せば何もしてこないと油断したところが彼らの狙い目だった。視界の外にいたエルフーンが低い体勢になり、マダツボミの細い足を勢いよく引っ張る。足元など見ていなかったマダツボミにとっては不意打ちであり、あえなくその場にすっ転んでしまう。

「やったー! ボクの作戦成功だいっ! こういう悪戯って面白くなあい?」
「うーん、でも……うん、よく分からないけど面白いかもー!」

 マダツボミの体の構造や背丈の低さもあって、転んだところでちょっと驚いた程度ではあるが、それでも度の過ぎた悪戯には間違いない。ティルにだって多少の善悪の判別は出来る。だからこそ楽しむべきか一瞬迷ったのだが、エルフーンのみならずマダツボミも笑っているのを見て、これも祭りの特権で許されているのだと感じた。次の瞬間には、ティルも揃って笑顔を弾けさせていた。

「よーし、じゃあティルくん、行くよお!」
「うん! このお菓子は貰っていくねー!」

 悪戯しておいてちゃっかりお菓子を貰って満足しつつ、二人は意気揚々と次の家へと突撃を仕掛けていた。犠牲となったのはコノハナというポケモンで、苦手な鼻先を触られて力が抜けている間に、この村の花から作った染料で顔中に落書きをされるという始末だった。それに対してもコノハナは怒る事もせず、苦笑を浮かべたまま最悪な悪戯コンビを見送っていた。
 その後も悪戯という名の快進撃は留まることを知らず、行く先々で大人たちを脅かしてはお菓子を貰ってを繰り返した。しかし、その数が十件まで達しようとしたところで、飽きが来たのかはたまた疲れたのか、歌えや踊れやと盛り上がってる中心部からは遠ざかっていた。二人が静かな散歩場所として選んだのは、喧騒から離れてひっそりとした林の中で、祭りで使われているお面のようなお化けが本当に出て来そうな不気味な空気を醸し出している。

「いーっぱい脅かせてボクは満足だよお! こういう時じゃないと大人をびっくりさせる事が出来ないし、本当にティルくんと一緒に遊べて良かった」
「本当に? ボクもだよ! エルフーンくんと悪戯して回れて楽しかったもん!」

 この陽気な二人にかかれば、先の見えない暗い小道も何のその。仲良く手を繋いで快活な声を飛ばしていれば、幽霊も恐れを成してたちまち逃げていく。二人ならどんな者が来ようと怖くない――はずだった。
「ね、ねえ、ティルくん」
「なーに?」
「あ、あそこに光ってるのなんだろう」

 エルフーンが恐る恐る指差した先には、涙型をした紫色の光がゆらゆらと揺れていた。ぱっと見では火の玉に見えるが、この村には“おにび”を操るような炎タイプのポケモンはいないはず。もしや本物の幽霊が寄り付いてしまったのではないだろうか。エルフーンがそんな考えに及んで火に怯えながら遠目で見守る中、ティルは我関せずと飛んで接近していく。

「おばけさん、こんばんはー」

 ティルが躊躇うことなく声を掛けると、炎は反応して大きく揺らめいた。そして何故かティルから逃げるようにしてそそくさと大木の後ろに隠れる。だが、真っ暗な中でその明かりを見逃すはずもなく、ティルはすぐに追いついて再度コンタクトを試みる。逃げられた事で逆に追いかけっこでもしたいのかと勘違いしたのか、今度は遠くの友達を呼ぶ時のように声を張り上げる。

「おーばけさん! こーんばんはー!」
「ひゃあっ!」

 暗翳(あんえい)に潜んでいたその正体は、幽霊でも火の玉でもなかった。大声に驚いて地面に倒れたのは、白い蝋のような体の天辺に紫の炎を灯しているヒトモシだった。動きが止まって近づけた事で、ヒトモシの頭がちょうど良い松明代わりになって、暗闇の中でも三人の姿が朧げながらも見えるくらいになる。

「こんばんはー」
「こっ、こんばんは」
「なーんだ、君はヒトモシじゃないかー。びっくりさせないでよね」

 軽口を叩くエルフーンではあるが、ティルがその正体を晒すまでは木の背後に隠れていた。そんな先刻までのみっともない素振りをおくびに出す事なく歩み寄ってくると、ヒトモシもびくびくしながら頭を下げた。そして近づいてきた二人に視線を向けた時にヒトモシの目に映ったのは、にこにこ笑いかけている黄色の星頭と、緑の角とつぶらな茶色の瞳がある――はずのところに青と金の棺桶のような顔が張り付いていた。

「ひゃあああああおばけええええ!!」

 見つかった緊張感に加えて予想外の顔があって、驚きは最高潮に達していたらしい。耐え切れず絶叫したヒトモシは、そのまま感情が乱れたまま林の奥へと一目散に逃げていってしまった。明かりのなくなった暗がりの中で、背中の綿の中に隠していたお面を外し、エルフーンは悦に入った表情を見せる。

「あー面白かった。お化けって自分の事じゃんねー」
「もー! せっかくお友達になろうと思ったのに、びっくりして逃げちゃったよ!」

 けたけた笑うエルフーンに、ティルは頬を膨らませて怒る。今まで反発もせずに共に悪戯をこなしてきた相方が、突然ここに来て自分のやった事に対して歯向かった。その事に少なからず動揺するエルフーンだったが、ティルの思いを尊重して汲み取る事にする。

「分かったよ。追っかけて謝れば良いんでしょ。どうせどこにいるかもすぐ分かるし、早く行こうか」
「うん! 行こう行こう!」

 再び笑顔が戻ったティルは、大きく羽衣を広げて滑空する。エルフーンも負けじと持ち前の素早さと身の軽さを活かして後について行く。目指すは前方に小さく見える、紫色の目印。相手が蝋燭のような体での移動ならば、速く動ける二人共にすぐに背中が見えてくるはずと考えていた。しかし、予想以上にヒトモシの逃走速度が速く、宛ては見事に外れる事となった。このままではいつまで経っても追いつかないと踏んだエルフーンは、ここでとっておきの“わざ”を使うことにする。

「吹けよ“おいかぜ”! ボクらを後押ししたまえ!」

 それは魔法風に唱えた中にあった“おいかぜ”であった。背中から吹き付ける強烈な風は、二人の速度を自ずと飛躍させる。秘策を発動した甲斐もあってか、あっという間にヒトモシに追いついた。捕まえようにも無理矢理押さえ込むのは憚られたので、エルフーンがわたほうしをばら撒き、ヒトモシの行方を遮って足を止めさせた。パニック状態から引き戻された事で、ヒトモシもやっと落ち着いて一息吐いた。

「脅かしてごめんなさい」
「う、うん、別に……あれは良いよ」
「ありがと。ところで、君は何でこんな暗いところにいるのさ。祭りはあっちでやってるんだから、明るいところに出て盛り上がろうよ」
「わかってるよ。わかってるけど……」

 エルフーンに脅かされた事は許したものの、まだ何かあるようでもごもごと口ごもっていた。祭りが催されているこのタイミングで林の探索などありえないだろうし、ましてや祭りに行きたくないなどもっとありえない。この日にこの村にいるのに、あえて祭りを避けていたのならば何か理由があるはずだと二人も感づいた。ここは変に構えず、直球勝負で押し切ってみる。

「ね、一緒に遊ぼうよ! きっと楽しいよ!」
「でもさあ、ほら、あれって草タイプのポケモンのお祭りでしょ。ゴーストタイプの子も雰囲気が好きで混じってるらしいけどさ……」
「君だってゴーストタイプじゃないか。何がいけないの?」
「だだだ、だってさ、自分は炎タイプも入ってるからさ……行っちゃいけないのかなあって……でも楽しそうだから遠くから見るくらいなら良いかなって……」

 要するにヒトモシは遠慮していたのである。祭りには参加してみたいが、場違いだと思って眺めるだけにしていた。それならば辛うじて祭りの様子が見え、騒いでいる声なら良く聞こえる林に隠れていたのも納得がいく。自分の好奇心との間で葛藤して、選択したのが誰にも迷惑のかからない方法だった。もじもじして消え入りそうな声も自信のなさの表れ、見兼ねた二人は顔を見合わせてにっこり笑う。

「そんなの関係ないよね! ティルくんもボクも、よそから来たんだ。だけど、みんな優しくしてくれたし、気にせず楽しく振る舞えたもんね?」
「そーそー! エルフーンくんとたっくさん遊んで、たっくさんお菓子食べて、すっごく幸せ! ヒトモシくんも、ボクたちとお祭りに混ざりに行こうよ! 追いかけっこしたから、ボクたちもうお友達でしょ?」

 暗闇など吹き飛ばしてしまいそうな全開の明るさを表に出しながら、二人で優しく手を差し伸べる。だが、ヒトモシは黄色い瞳を震わせ、頑なに手を取ろうとしない。あとひと押しが足りないらしい。

「でもね、その、ほら、君達は草タイプと鋼タイプでしょ……。自分に触ると熱いよ。炎は苦手でしょ。だからね、もう自分の事は良いからさ――」
「そんな事気にしないよ! ほらほら、早く行かないと楽しいのが終わっちゃうよー!」
「熱いのなんか何ともないからさっ。きっと誰かと一緒なら怖くないって。手を繋いで、三人で悪戯しに行こう!」

 両脇から強引に手を握られると、強ばっていたヒトモシの表情が緩んだ。誘ってくれる相手がいるのが、優しく手を差し出してくれる友達がいるのが、こんなにも心強いなんて。嫌な顔一つせず、苦手なタイプである自分に近づいて手を繋いでくれた。それが堪らず嬉しくて。ヒトモシは魔法にかかったように心が解れていった。最初は引っ張られるだけだった彼も、歩調を合わせて活気に溢れた村の中心部へと走り出す。まだ祭りの後半は始まったばかり。仲間が一人増えた事で、楽しくなるのはまだまだこれからだった。

 ――ガート達の過去話を聞き終えたアルム達が合流するのは、これよりもう少し後の事。彼らが着いた頃にはそれまで以上に遊び散らかされているのであるが、アルム達はティルとエルフーンとヒトモシの間にあった出来事を知らされる事はない。これは、ほんの些細だけど、ティルの思い出の一ページとしていつまでも残るお話。偶然か必然か、ハロウィンという名の感謝祭に起きた、ティルとエルフーンとヒトモシしか知らない、一夜の楽しい楽しい導かれし出逢いだったのである――。

―――――――――――――――――――
【おまけのおまけ】

「ところで、ガートさんはシャトンの事をどう思ってるんですか?」
「どうもこうもない。あいつは俺が守ってやらないといけないと思ってる。それだけだ」
「ふーん。ぶっきらぼうかと思ったら、妹には意外と優しいんだな。意外と」
「意外とは余計だ。ここで切り刻まれたいか」
「喧嘩はダメでし! それにお兄ちゃんは、本当に優しいんでし!」
「もういいシャトン。言わせておけば良いさ」
「そうなんでし? だったら仲直りでし! やっぱりお兄ちゃんは優しいでし!」
「はあ。シャトンは何だか微笑ましいんだけど、もう一方がねえ……」
「言うなってアルム。耳だけは良いんだから聞こえるぞ」
「わざとだろ貴様ら。やっぱり一度痛い目に遭いたいようだな」
「喧嘩はダメでし!!」

 〈終〉

■筆者メッセージ
しょうもない事ですが、サブタイトルの“おばけさん”は“おまけ3”に響きが似てるので採用した次第です。もちろん内容にもちょいと関係はしてますけどね。

というわけで、某所では1年以上前から書きたい書きたい言ってたのをようやく仕上げることが出来ました。有言実行出来てほっとしております。第十章で仄めかしたのもあるので、時期的にはちょうど良かったのかな……?
では、また本編の方もお楽しみいただけると幸いです。

※余裕があればシャトンとガートのお話も別個に書きたかったのですがいかんせん時間がなかった……!
※11/23追記 キャラトの形ですがおまけのおまけを追加しました。悪ノリしました。
コメット ( 2013/10/31(木) 23:23 )