エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第十章 渓谷にある氷の国の現状〜王子と不審な影〜
第七十七話 アカツキの過去、国の未来〜全てを繋ぐ役者たちの行方〜
 壮観な街の光景を見下ろせる高台には、アルム達が抜けてきた以外にもいくつか狭い洞穴が点在している。分厚い雲に遮られて光が届かないという要因が重なって、中は入り口の時点から既に暗闇への玄関ともなっていた。その奥では孤独に焚き火を燃やして火に当たっている一つの影があった。全身の雪のように純白な毛に、目を引く濃い赤の毛で模様が施されており、人型に分類されないにも拘らず、二本の足でも立てるほど強靭な体躯を持っている。火が弱まったのを見計らって薪を追加するその両手の先には、黒光りする鋭い爪が二本備わっている。器用に爪で挟んでは投げる単調な作業の繰り返しの間にも、片腕は石窟の壁に摺り合わせて爪を研いでいたりと、自らを磨く事に余念がない。
「いつになったら恩返し出来んのかな、あいつに」
 独白と共に大きな吐息が漏れ、炎が一際大きく揺れ動いた。火影に映し出される風采には戦闘や逃亡の際に見せた精悍さは失せ、生来持っている威圧的な眼光の奥に秘めたる哀情がちらついていた。一人になった時に誰にも見えないところで自然と出てしまう本心を、本人は必死に押さえ込もうとする。選んだのは無心になることだった。気を紛らそうとして、絶えず形を変えている火をじっと一点に集中して見入っている内に、いつしか夢想の世界へと引きずり込まれていく。過去へと通じる扉と一体となった、薄れかけていた記憶の夢の中へと。







 それは数年ほど時を遡った頃の話。ザングースのアカツキはグラスレイノの城に仕えており、最初は雑兵の一人に過ぎなかった彼も、少しずつ功績を認められていき、王子の護衛役に任命されるまでになった。本人もその役職に就けた事を誇りに思っていたし、それ以上に以前から護衛役だったもう一人のポケモンと肩を並べるまでになれた事を光栄に感じていた。ここまで登り詰めたのは(ひとえ)に彼の努力の甲斐もあるが、その先輩に当たるポケモンに憧憬の念を抱いていたのが最も大きな理由だった。
「おいおい、地位が上がって浮かれてるんじゃないのか? “オーブ”なんて別名を貰えるのは、本当に特権階級くらいにならないと普通は無いもんだから分からなくもないが、いくらなんでも口元がだらしなくなってるぞ」
「う、うるさいな。滅多にない昇格なんだ。別に少しくらい浮かれたっていいだろ、“ダスク”」
「浮かれ過ぎは禁物だけどな。アカツキ、くれぐれも油断しないようにしろよ」
「せっかくここまで来れたんだ。うぬぼれた心でふいになんかしねえよ」
 先輩と後輩という立場ではあっても、それはあくまでも城の中の身分としての間柄であり、当人たちは遠慮せずタメ口で話せるほどに仲が良かった。普段は両者とも他人との付き合いが苦手で無愛想な面をしているが、互いには常に心を開けていた。その関係をさして嫌がっている様子もなく、コンビを組ませるといつも上手く行っていることは城内でも有名であった。それを国王が聞きつけた事で、この度二人の組み合わせが実現したのである。
「ところで、おれ達がその面倒を見る王子ってのはどんな奴なんだ? おれよりも早くから傍にいたお前なら分かるだろ?」
「簡単に言えば、歳相応の振る舞いを見せない聡明な方、と言ったところだろうか」
「何だそれ。ませたガキってことじゃねぇか?」
「実際に謁見してみればお前も分かるだろう。お前以外に交流を持ちたいと思った唯一のポケモンだ」
 直接の上司に当たる三闘士ともほとんど言葉を交わさない者の言葉は、より真実味を帯びている。だが、いくらあらかじめ好評を聞いていようとも、意図するしないに係わらず、他人の主観が若干なりとも含有していれば、それは完全な信用には至らない。アカツキも端から先輩兵士の事を疑ってかかっているわけではないが、少なくとも参考程度にしか思っていなかった。自分の見たものしか信じない、そんな信念を持つのが彼の強みでもあり、周りから称賛されるところだった。幾度となくこの国に貢献してきたのも、そこに起因するのが大きい。
「一匹狼を気取ってたあんたが言うなら、多少は見込みがあるって事か」
「“気取ってた”は余計だ。だがまあ、これから付き合いも増えていく内に、お前も分かるようになるさ」
 すかさず入れる突っ込みももはや手馴れたものである。ぶっきらぼうな二人が揃えば、負の要素が中和し合って友好を結ばせていた。他に親しく語り合う同士がいないからこそ、些細な言葉のやり取りの一つ一つが充実していた。頼れる先輩であり、仲間であり、同時に良き相談相手でもある“ダスク”の存在は、任命された後もアカツキに大きな影響を及ぼしていた。ダスクにとってもアカツキは良い刺激となり、指導と言う立ち位置よりは切磋琢磨に近いところがある。双方が無意識のうちに感じていたからこそ、ある意味惹かれ合うところがあった。
 昇格とは言え慢心を持たぬように心がけていたアカツキは、その後も鍛錬を怠る事無く日々の労働に励み、護衛役という重圧を撥ね退けて成果を上げていた。めきめきと実力を上げて城の者にも一目置かれるようになり、発展途上でありながら将来有望とされていた。当の本人も任ぜられた役に遣り甲斐を感じていたのもあって、自分と国の行く末に関して期待に胸を膨らませていた。幸運にも良い先輩・主人に恵まれ、順風満帆に見えた未来を脆くも打ち砕いたのは、アカツキが名誉ある地位に落ち着いてから大して日が経たぬ時の事だった。

 城のある重役とダスクとの間で(いさか)いが絶えない時期が続いた。どんな地位にあろうとも、全ての者に賛同を得る事は容易ではない。時として厳しい現実として襲い掛かる事もある。現に意見の相違をきっかけに派閥が生まれている事もあったが、国王の人柄と威厳によって鎮められていた。だが、これに関しては水面下で起きていたり国王が多忙に追われていたりと言った事態が重なって、周囲にはあまり認知されずにいた。中には見て見ぬふりをする者がいたのかもしれない。唯一ダスクが心を開いて打ち明けられたのが、アカツキだけだった。せいぜい愚痴の捌け口にしかなれなかったが、それが大きな心の支えとなっていた。
 その議論の種と言うのが、現在の王政を快く思わない者によって引き起こされたデモンストレーションであった。幸いにも三闘士が実力行使で鎮圧して一大事は免れたが、その際に力ずくで押さえた事に異論を述べる者が現れ、事態はややこしくなった。非暴力を訴えたのが他でもないダスクであり、王子が現場にいて狙われたとは言え、教育上は良くなく、将来国王の座に就いたときに悪影響となるのでは――と、護衛役に付加して世話係としての視点を交えて議論を展開した。ダスクの考えに賛同する者、過ぎた事は考えないほうが良いと諦める者がほとんど全員の中で、さらに抗議する者が現れた。まだ若いながらも法務を総括するような地位にあり、暴動を鎮める許可を出す役も担っていた存在である。通称は“ラクル”であった。
「あら、それでは私の判断を全否定する事になるんじゃなくて? あの場では止むを得なかったのです。後になって綺麗事を並べても困りますわね」
「たった二人の国民相手に三闘士が全力で捻じ伏せる必要はないと思うがな。そう命令したのもお前だと見たんだが。それともあれか、お前が全て仕組んだとか」
「だとしたらとんだ茶番ですわね。妄想も甚だしいわ。……少々気分を害しました」
 時々会議室で二人きりになって口論を繰り広げる事もあった。どちらも一歩も譲る事はなく、加熱すると大概は罵詈雑言の応酬で終わる場合が多かった。省略してしまえば子供の喧嘩別れのようでもあるが、その内容は惨憺(さんたん)たるものである。犬猿の仲とはまさにこの事で、何か起こる度に相容れない事ばかりであった。
「お二人とも、よしてください。せっかく国が上手く行っているのに、内側から崩壊を招くような事をしては無意味です。ここは仲良くしましょうよ」
 王子としての自覚をしっかり持っていたオルカは、事ある毎に仲裁に入っていた。相談されずとも薄々感付いていたようで、王子の言葉にはさすがに逆らえなかった。彼の身分に対する恐れからくるのではなく、屈託ない微笑を向けてくるその人柄には敵わないと思い知らされたからであった。さしものラクルも閉口しておめおめと退いていく。
「王子、見苦しいところを見せてしまった。俺とした事が不覚だった」
「そんな事は気にしなくても良いんだ。ただ、せっかくここに集った仲間達が離れていくのは見たくないからね。僕にとって城の皆は家族も同然だし。後でラクルの話も聞いてあげないと」
 オルカはどちらの立場にも立っていない。身近な者の間に亀裂が入る事を誰よりも恐れ、一心に修復しようとしていた。後継者として生まれた事はすなわち、この国に生きる者全ての生活を預かる事に直結する。幼き日より多くを学んだ成果か、はたまた生来持つ素質か。オルカは調和を取る、乱れた調和を修繕する事に長けていた。誰にでも優しく声を掛けて気を遣う面は、時折甘さだとして指摘される事もあったが、それでもその精神を押し留めたりはしなかった。ダスクもそんなオルカに惹かれて、護衛役に志願した。見事に抜擢された後は、国王以上にオルカに忠誠を誓って付き従っていた。オルカもダスクの思いに応じるように親しく接するようになり、単なる主従関係以上のものが築かれていた。
「王子、少し優しすぎやしないだろうか。威厳と言うものが感じられないぞ」
「威厳なんて要らないよ。僕としては信頼の方がよっぽど欲しいな」
 オルカは頬の四本の髭を小刻みに動かしてにっこり笑って見せる。正の感情が本心から表れる時の癖であった。あまりに真っ直ぐで眩しいが、その姿勢が揺らいでしまわないかがダスクの不安の種だった。
「いや、要る要らないの問題じゃなくてだな――」
「分かってる。国民に認めてもらうには、頼りにされるような存在にならなきゃいけない。でも、今だけは……」
 密かに心を砕いている配下の胸中をオルカは汲み取っていた。だが、心の内では、自らの理想を押し殺すようなことをしたくないという気持ちが勝っていた。若いながらに抱えている葛藤は、ぼんやりとではあるが面様にも表れている。悟られまいとするオルカは、逃げるようにその場を後にする。
「あれで将来この国は大丈夫なのか? いつ見ても頼りなさそうなんだが」
「王子は威厳よりも人柄で民衆を惹き付けるタイプだ。もちろんそれが悪いわけではないが、舐められる可能性があるからな。いずれ自覚すればそういった振る舞いをするようになるだろう」
 常日頃から傍仕えに勤しんでいたダスクが語る事には確固たるものがある。優しさだけではやっていけない事を示唆しつつ、一方ではそんな王子が好きでもあった。ずっと彼に付いて行きたい――いつかそんな事をアカツキに打ち明けたこともあった。間に入れない、目には見えない絆のようなものが窺い知れ、普段は疎いアカツキももどかしさを感じる。だが、王子の話をする時に決まって見せるダスクの穏やかな表情は、アカツキにとっても好印象を抱くものであった。そして、自分もいつしかその輪に入りたいと願う時もあった。その思いが一瞬にして霧散する、あの事件の日を迎えるまでは――







 まどろみの安らかさから解き放たれると同時に、鮮明に目に焼きついていた残像も霧散していった。夢うつつのところに懐かしさと名残惜しさとが大挙して押し寄せ、心のダムは氾濫しそうなほどになっている。願わくばあの頃に戻りたい。戻ってやり直したい。どこかで淡い望みを持っていた時もあった。だが、過ぎた時を戻せないのは分かっている。それならばせめて、あの頃の恨みや後悔を糧にして報復してやろう――反骨精神を持っていきり立ったのが敵対の始まりであった。引き返せないところまで足を踏み入れていたが、今更立ち返ろうなどという逃げの姿勢は捨て、不退転の決意で臨んでいた。
「よし、そろそろ行くとするか。絶対に追放の命を取り消してみせるからな、“ダスク”」 
 灰の中で僅かに燻っていた残り火を腕の一振りで掻き消した。吐息で吹き消さなかった背景には、心に最後まで絡みついていた躊躇を断ち切る意味が込められている。迷いが消えて立ち上がると、燃え残った切れ端から飛んだ火の粉が降り掛かってきた。煩わしげに爪で振り払うと、本当に最後のあがきは消え去った。代わりに受け継いだ物として、燃え上がる闘志を象徴する炎を瞳の内に宿らせている。
「あらあら、こんなところにいたのですか。道理で城の周辺を隈なく捜しても見つからないわけで」
 明鏡止水の境地にあったアカツキの心に、無数の(さざなみ)が湧き起こった。同時に覚える全身の毛が逆立つ感覚、これは先程まで浸っていた思い出の一場面で感じたのと全く同じだった。暗闇を唯一突き破る薄明かりが差し込んでくる位置に、アカツキの不安を煽る主が昂然と胸を張って立っていた。緑色の髪を模したような頭部からは二本の半円形の赤い角が生えており、短いスカート状になっている下半身からは緑色の細い足がすらっと伸びている。獣のような姿をしたポケモンの中では一際異彩を放つ容姿をしたこのポケモンは、種族名をキルリアという。
 アカツキは予期せぬ訪問者に対し警戒しながら必死に策を練っていた。狭い洞穴の中で退路を断たれている以上は、真っ向から抵抗するしか考え付かない。棒立ち状態から股を広げて踏ん張り、両腕の爪を構えていつでも攻撃に転じる事が出来る体勢を取る。
「お久しぶりですわね。あのダスクという名のポケモンが消息を絶って以来でしたか。もっと早くお会いしたかったものです」
「ハッ、お前の方から直々にやって来るとは思ってもみなかったぜ。いつもダスクに噛み付いていて反論ばかりしていたお前とは言葉を交わしたいとさえ思わなかったし、おれとしては願い下げだったしな」
 この時点ではまだ憎まれ口を叩く余裕が見られた。神経を尖らせて四肢に入れた緊張を解く事はなく、アカツキは岩壁に体を(もた)せ掛けているキルリア――ラクルに慧眼を向け続ける。
「まあ、もう少し泳がせておいても良かったのですけどね。この国としても潮時を迎えた以上は、いい加減放っておけなくなりましてね」
「おれごときの為にわざわざどうも。こっちとしても引きずり出す手間が省けたってもんだ」
「あらあら、謙遜なさらずとも良くてよ。私はあなたの力を高く買っているのですから。あなたは大きな戦力になりますしね」
 魂胆が無ければ出向くようなことはしない。キルリアの目的がはっきりしているならば、話は早かった。伸ばしていた左腕を真っ直ぐ振り下ろした。それはすなわち全てを断ち切る、交渉は決裂だという意志を、アカツキは自らの行動で示して見せた。
「『はい、よろしくお願いします』とか言って頭を下げるとでも思ったか。お前以外に怪しい奴はいねぇんだよ。ダスクのことに関しても、最近の王子の態度にしてもな」
「一体何の事かしらね。勝手に変な因縁をつけないで欲しいものですわ。私だってこの国の事を思って尽くしてきましたのに。突然辞めて城を飛び出したあなたにとやかく言われる筋合いはありませんわね」
「本当に白々しい奴だな。表だけ丁寧ぶってるくせに腹の中じゃろくでもない事を考えてるんだろ。全くもって胸糞悪いったらないな」
 嫌悪感を前面に押し出して威圧して見せるが、ラクルは悠々と構えてたじろぎもしない。アカツキとしても脅かす事を狙ったつもりではないにしろ、平然としている事は面白くはなかった。腹に据えかねて強く歯を食いしばり、足を曲げて身を屈める。先までのがあくまで恫喝の段階ならば、今は完全に臨戦の状態である。
「全く見苦しいですね。やはり似た者同士破滅の道に進む傾向にあるようで――あのもう一人の護衛役のようにね」
 逆鱗に触れるような言葉を発した事が、アカツキの最後の導火線に火を付けた。立てていた一層毛を尖らせ、怒りの矛先に向かって一直線に突進していく。単調な体当たりと見てラクルは身を翻す。だが、その移行の最中にアカツキは機転を利かせて速度を上げ、一気に相手方の懐に飛び込んだ。回避途中の意表を突く速攻ではあるが、ラクルはそれを見越して動きを一段階速めてかわした。元より気性の激しいアカツキを迎えに来るつもりだけあって、抗戦に移るラクルの身のこなしは鮮やかなものである。
「戦っているところを見たことはなかったが、なかなか良い動きするんだな。動きだけは」
 今のは実力が未知数の対手への小手調べに過ぎなかった。準備運動がてらの一手を終えたところで、アカツキは大きく息を吸い込んで気合いを入れる。ここからが本番だと暗に伝えるためである。腹に溜めた空気を吐き切る前にアカツキは地面を蹴った。その機動力は先刻のものを凌いでおり、あっという間にラクルとの距離を詰める。だが、アカツキが強靭な腕を振り切る前に、ラクルは軽やかなステップで居合いから離れた。
「そういえば彼も、私の攻撃は効かないとか言って一度歯向かってきた事がありましたわね。最後の悪あがきだったんでしょうけど、もちろん返り討ちにしました。同じくちんけな爪で私に傷をつけようとする事自体がおろかなのですわ」
 ラクルは煽って怒りを判断能力を鈍らせようと考えていた。鬱憤を晴らすかの如く次々と腕を振り上げて仕掛けてくるアカツキに、仲間を罵倒する旨の事を告げる。その一つ一つが暗示のようにアカツキに蓄積していき、腕は実直に反応して瞬間的に硬直していた。攻撃のタイミングも徐々にずれ始め、ラクルも思惑通りの展開にほくそ笑む。このまま言葉で弱点を攻め続ければ手に落ちる――そう睨んでいた。
「――そんなくだらねえ事で惑わされるかよ。お前みたいな最低な奴の言葉になんかな」
 ラクルの幻想を打ち破ったのは、まんまと陥れて掌で踊らせていたはずのアカツキ自身だった。脇に移動して腹部に爪を突き立てると、すぐさま伸ばした武器を収めて拳で殴り飛ばした。今のは警告と同時に猶予を与えるのが目的で、損傷を負わせるのは二の次である。壁際まで追いやられながら手加減された事を痛感したラクルは、見下して余裕綽々だった表情を初めて歪めた。
「つまり今のは私をこけにしたわけですわね? 良いでしょう。その侮辱を数倍にしてお釣りが来るほどにお返ししてさしあげましょう。後悔する暇も与えなくてよ」
 化けの皮が剥がれたラクルはとうとう隠していたものを現し始める。全身から薄紫色の霊妙な力が湯気のように立ち上っては紫電のように迸っていく。アカツキは牽制がてら稲妻を描く軌道で接近するが、爪がエネルギーに触れるところで身を引いた。単なる激昂による暴走ではないと直感が告げており、覚悟を決めたはずの体が一瞬武者震いをしてしまう。溢れる膨大な力に身の危険を感じたアカツキは、立ち位置が逆転していたことに気づくと、追撃を試みるのを諦める事にする。むざむざと逃げるのは性に合わないが、無闇に特攻をかけて失敗しては元も子もない。勇気ある撤退だと自らに言い聞かせ、アカツキは一目散に洞窟から飛び出した。
「尻尾を巻いて逃げましたわね。まあ良いですわ。下準備は整いましたから、後は城の方で待つのみですわね」
 力の放出を押し留めるラクルの顔には、不気味なまでの笑みが浮き彫りになっていた。暗い洞窟から出て見据える先には、立派な城とその奥に連なる山々が広がっている。国の全景を一望できる地に立つポケモンが何を思うか、それは誰にも知る由などなかった。激しさを増して身を刺すような白い嵐の中、吹き渡る風に身を晒している少女のようなポケモンの風体は、見た目の愛らしさを打ち消すほどの不気味な雰囲気を纏っていくのであった。

コメット ( 2013/04/06(土) 23:30 )