エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第一章 漆黒の空間に流れる一筋の星〜出会いと困惑と旅立ち〜
第四話 ジラーチの外出〜儚く美しいノヴァの輝き〜
 必要な情報も収集し終えた所で、アルムは家まで逃げ帰るように戻ってきた。別に誰かに追われている訳ではないのに、何故かここまで全力で走ってきた為に、大分息が上がっていた。
 扉の前で一旦息を整えた後、中に入って部屋に戻ったアルムは、途端に言葉を失った。部屋で待っているはずのジラーチの姿が、どこにも無かったのだ。
 とりあえずは家の中を隅から隅まで、それこそ草の根を分けて捜したが、何処にも見当たらなかった。そうなると、他に考えられる可能性は一つで、外に行ったのは間違いなかった。宛ても無いが、アルムはとにかく急いで外に飛び出していった。



「はぁ、もう何処にいるんだろうな……」
 失踪を確認してから、かれこれ一時間程村の中を歩き回ってみたが、ジラーチは一向に見つからなかった。公にするのは芳しくないと考えたのか、ジラーチという名前は伏せておいた上で、聞き込みをして回った。村の皆に外見上の特徴を説明して、見ていないか聞いてはみたものの、こちらもさっぱり駄目だった。
 シュエットの家への行き来と一時間の捜索で疲れきったのか、遂にはがっくりとうなだれたまま足を進め始めた。内心では、あの彗星にでも帰ってしまったのかと落ち込んでいた。そうして気力を失って下を向いて歩いていると、突然誰かに頭がぶつかってしまった。
「あたた……ごめんなさい」
 咄嗟に謝りながら俯けていた顔を上げると、そこには優しくアルムに微笑みかけているブラッキー――ルーンの姿があった。思わずアルムは呆けて立ち尽くす。
「どうしたんだ、アルム。こんなところで俯いて歩いてるなんて、何か嫌な事でもあったのか?」
「う、うん。実はね――」
 アルムは正直にこれまでの経緯を話す事にした。昨日の夜、村の外れに隕石らしき物が落ちた事。そこにいたのは、幻のポケモンだと言われるジラーチで、家に連れて帰った事。そして、家にいるはずなのに、いつの間にかいなくなっていた事を。
「ごめんなさい、黙ってて」
 ルーンは顔色を一切変えずに、ただ黙って弟の告白を聞いていた。申し訳なさそうに声を消え入らせるアルムを見て話し終えたと判断すると、前足でアルムの垂れている頭をそっと撫でて口を開いた。
「何だ、そんな事か。それなら、早くオレに言えばいいのに。確かに幻のポケモンってのには驚いたが、別に何かしようなんて思うはずないだろ?」
 この言葉を聞いた瞬間、アルムは全てが杞憂だったと思い始めると同時に、何故早く言わなかったんだろうと後悔した。これでようやく隠す必要もなくなったと思うと安心するが、一方でジラーチがいなくなった事が再び現れて心の中を支配した。
 もし、本当にもう帰っちゃってたら――そう思うと、寂しさがふつふつと込み上げてくる。気がつけば、瞳が自ずと潤んでいた。
「心配するな。多分この辺にいるはずだ。お前の事をそんなに気に入ってたんなら、そう簡単に離れるはずがないだろ」
「そう……なのかな? でも、もし何処かで迷ってたら……。それに、他の皆はジラーチの事どう思うかな?」
 自分の心情を察して掛けてくれたルーンの言葉を聞いて、少しは希望が持てた。しかし、それとは別に問題があるのではないかと考え、アルムは口に出した。ルーンはそれを聞き、再び前足でアルムの頭を軽く叩いた。
「大丈夫。オレがちゃんと見つかるまで捜してやるし、例え皆が反対しても、オレはアルムの味方だから安心しな」
 困った時や哀しかった時。いつも傍にいて励ましてくれた笑顔が、目の前に見えた。ルーンの嘘偽りの無い優しい言葉に、アルムは全ての不安が取り払われ、ほっと一安心した。そして、これ以上ない満面の笑みを浮かべながら、アルムはルーンに思い切り抱き着いた。
「ありがとう、ルーン兄さん。いつも頼れる兄さんのこと、大好きだよ」
「全く、いつまで経っても甘えん坊なのは変わらないな……」
 突然であるにも係わらず、ルーンは体当たりに近いアルムを慣れた感じで受け止めた。安心させる為に見せたものとは異なり、その顔は綻んでいて嬉しそうである。
「えへへ……だって、ルーン兄さんは、いつも暖かくて優しいんだもん」
 アルムはルーンの胸に顔を埋め、目を閉じて温もりを感じていた。まるで昨日のジラーチのように甘えるような声を出して、至福の一時を堪能する。
 しばらく兄弟の微笑ましいやり取りをした後で、ルーンの提案により、アルムがジラーチと最初に出逢った場所に行く事にした。無論慌てて頭の働かなかったアルムは、すっかりその場所を捜すのを忘れていたのである。



 数十分掛かって問題の場所に辿り着いた時、ただちにルーンの予想が正しかったと証明された。家から脱走したジラーチは、自分が昨日降り立った場所に座り込んで、じっと空を見つめていた。
「ジラーチ! こんな所にいた!」
「あっ、アルムだー。どうしたの? それと、その人だーれ?」
 アルムの心配を余所に、ジラーチは至ってのんびりした口調で問い掛けてきた。僕達の苦労も知らないで――と責め立てたくなったが、怒りを鎮めて呆れ気味にジラーチの顔を見つめる。
「どうしたのじゃないよ! もう、心配したんだから……。因みにこっちはルーン兄さんだよ」
「宜しくな、ジラーチ。アルムの兄のルーンだ」
 アルムは頬を膨らませるが、ジラーチは全く悪びれる様子もない。叱るのはこの際諦め、ルーンの紹介と挨拶を済ませた。ジラーチもルーンがアルムの家族だと分かると、ルーンの周りをぐるぐると軽快に飛び回って、警戒心の無い楽しそうな表情を見せる。
「ところで、ジラーチは何でここにいるの?」
「うんとね、あれを見たかったから!」
 勝手に出ていった事を咎めずに、出ていった理由を尋ねるアルムに、ジラーチは空のある一点を指してそう答えた。
 二人も首を(もた)げてその指し示す方向を見てみると、そこには三人の後方で燦々(さんさん)と照り輝く太陽とは別に、まだ明るい青空で光を放っている何かがあった。夜空ではなく、この青空の背景で。
「あ……あれは何!?」
「ああ……あれは多分“ノヴァ”だ」
 二日続けて未知の物体を目の当たりにして、アルムはただ驚くばかりだった。それと対照的に、ルーンはその正体が何か分かっているらしく、光り輝く物の名前らしき単語を口にした。
「“ノヴァ”?」
「そう。別名は、新星。簡単に言うと、星が爆発してるんだ」
 聞き覚えの無い言葉を復唱するアルムは、目を凝らして不思議そうに唸り続けた。説明が必要だと思い、ルーンは進んでその役を買って出た。
「時には“スーパーノヴァ”って、星がその一生を終える大規模な爆発もあるんだ。確かに光り輝いてて美しいが、とても儚いもの。儚いと言っても、結構長い事続くんだけどな……。この際だから、覚えておくと良いぞ」
「そうなんだ。ルーン兄さんって物知りだね」
 未だ修めていない知識を披露され、アルムは一種の憧憬の念を持ってルーンを見つめていた。その一方で、説明をしている間も、ジラーチはずっと何かに集中しているとも物悲しいとも取れる表情で、その光をただぼんやりと眺めているのだった。



 三人はしばらくその珍しい光景を見続けて満足したところで、家に戻る事にした。上に向けて固定していた事で凝っていた首を解しながら振り返った時、ルーンは何者かの視線と気配を感じた。
 二人には気付かれないように、そしてその気配に気付かないふりをしながら歩き、不意打ちを掛けるように気配のする叢の中に飛び込んでいった。突然のルーンの行動に戸惑う二人の前に、慌てて叢から飛び出してくる一人のポケモンがいた。
「いてて……ルーンさん、俺ですよ」
 前足で頭を摩りながら呟いたのは、シュエットの家で会ったガーディのヴァローだった。思わぬ者が、しかも思わぬ形で登場し、アルムは困惑していた。
「ヴァロー、どうしてここに?」
「お前の行動が怪しかったから、後を付けてみたんだよ」
「あはは……ばれてたんだ」
 ここにいる理由を聞き、アルムは苦笑を浮かべるしかなかった。こうなっては今さら隠す必要もないため、帰る道すがらヴァローにもジラーチの事を話す事にしたのだった。



「へぇー。彗星から落ちてきた、か……。俺にはさっぱり分からないけどな」
 話を聞き終えたヴァローだが、完全には状況を理解出来ていないようであった。それでもアルムの言う事を信じてはいるらしく、ジラーチをまじまじと見つめては感嘆の声を漏らした。
 対するジラーチは、ヴァローが敵ではないと見なしたらしく、いつの間にか懐いて近くを飛び回ったりしていた。一見すれば怪しい出で立ちの謎の多い存在だが、慣れてしまえば一緒にいるのが楽しくさえ感じた。そうこうして歩きながら話している内に、四人はアルムの家に着いた。

 その後、両親やリアスにルーン達に言ったのと同じように、アルムはジラーチについて説明した。母親のエーフィとリアスは仰天していたが、父親のサンダースは何となく感づいていたように落ち着き払っていた。
 最初こそ驚いていたものの、時間が経つにつれ次第にエーフィもリアスもジラーチと打ち解けていった。リアス曰く、その無邪気さに不安など飛んでいってしまったそうな。
 結局家族も全員一致でジラーチを迎え入れる事になった。それにはアルムとジラーチは抱き合ったまま二人で飛び上がって喜びをあらわにした。これで晴れて、ジラーチを家族の一員として迎え入れ、一緒に楽しく過ごす事が出来ると思ったからである。
 そんな中で、当のジラーチは、笑顔とは別の顔を覗かせていた。まるで別人のように豹変し、何かに興味を持ち始めているような、何処か先を見つめているような、そんな印象をアルムは受けた。しかし、それも一瞬の事に過ぎず、最終的には何事も無かったかのように振る舞うのだった。




コメット ( 2012/07/04(水) 21:07 )