エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第一章 漆黒の空間に流れる一筋の星〜出会いと困惑と旅立ち〜
第三話 長老の家へ〜シュエットさんってどんな人?〜
 窓の隙間から差し込む暖かく柔らかな朝日。そよ風に静かに揺れ、木々の葉っぱが擦れ合う音。まるでコーラスのような小鳥の清らかな(さえず)り。そんな朝の到来を告げる自然の目覚まし時計で目を覚ましたアルムは、大きく伸びをしながら横に目を遣る。
 そこには、昨日出逢ったジラーチがすやすやと寝息を立てながら、体を丸めて静かに眠っていた。背中にある羽衣は、体を包むようになっている。その可愛らしい様子にくすっと小さく笑いながら、起こさないように静かに扉を開けて、アルムは部屋を出ていく。
「おっ、おはよう。アルム」
「あっ……お、おはよう。ルーン兄さん」
 顔を洗う為に洗面所へ向かう途中でルーンとすれ違い、挨拶をかわす。普段と変わらないいつもの光景なのだが、正体の分からないポケモンを自分の部屋に泊まらせているという緊張感からか、アルムは少し顔を強張らせていた。他の皆には隠しているからというのもあるのだろう。
「ん? どうしたアルム。何か変だぞ?」
「えっ? べ、別にそんな事無いよ。それじゃ顔洗ってきまーす」
 アルムの面倒を良く見てきたルーンには、アルムの異変がいち早く分かった。対するアルムも、気付かれまいと必死に平静を装いながら、その場から逃げるように洗面所へと向かうのだった。



 顔を洗い終えて戻っていくと、皆が既に食卓を囲んで座っていた。食卓の上にはラムの実が練り込まれたパンやモモンの実のスープ、パンに付けるブリーの実のジャムなどが並べられている。アルムは自分の定位置には座らずに、母親であるエーフィの近くに行って話し掛ける。
「ねえ、お母さん。自分の部屋で食べてもいいかな?」
 部屋にいるジラーチの為に、皆にはばれないように食べ物を持っていってあげないといけない。そうなると、自分の部屋に食事を持っていくのが一番怪しまれない方法だと考えたからである。
「ええ。もちろんいいけど、何処か具合でも悪いの?」
「ううん。別にそんなんじゃないよ。ただ、(たま)には外を見ながら食べるのもいいかなって思ったから。それじゃ貰ってくね」
 近くにあったバスケットにいつも食べるより多めのパンとジャム、そして深めの皿に入れてもらったスープを器用に入れると、零さないようにそっと運んで自分の部屋へと入っていった。
 窓を開けている為に涼しい風が吹き抜ける部屋の中では、いつの間にかジラーチが起きており、窓の外をじっと眺めていた。扉を開けた音で気付いたのか、ジラーチはアルムの方を振り向いた。その際に一瞬だけ寂しそうな顔を覗かせるも、すぐに明るい笑顔に戻った。
「あ、アルム。おはようー」
「おはよう、ジラーチ。さあ、朝食を食べよっか」
「うん! 食べる!」
 朝早くに起きたばかりだと言うのに、ジラーチは元気に声を張り上げて近付いてくる。さっき見せた顔が嘘のようで、アルムもあまり気にしない事にした。杞憂を抱くよりかは、今は食事を楽しもうと決め込んだからでもあった。



 朝食を食べ終えて一段落すると、アルムは何やら色々と部屋の中を歩き回って身支度を始める。身支度と言っても、そんなに大層な物ではなく、毛並みを整えたり、オレンジ色のバンダナを首に巻いたり――実際は結び目のある物に首を通していた――だけで終わった。そして、粗方準備を整えると、アルムは一旦部屋を出ていった。それからしばらくして戻ってきた時には、それぞれ種類の違う色とりどりの木の実が入ったバスケットを持っていた。
「今からちょっと出掛けてくるから、しばらくこの部屋で待っててね。この木の実は好きに食べていいから」
「うん、分かった!」
 まだまだ分からない事だらけで一抹の不安はあるものの、アルムはジラーチを残して部屋を出ていく事にする。そうして扉に向かおうと背を向けた時、昨日からの自分の言動を思い返すと、思わず苦笑を浮かべてしまった。まるでジラーチの兄か、はたまた親みたいだと。そして、いつも自分は皆にこんな思いをさせてると改めて考えたからでもあった。



 家を出てからアルムは長老の家に向かうべく、森の中をひたすら歩いていた。森と言うには狭いものの、高い木々が鬱蒼と生い茂っている森である為に日陰が多くて涼しく、比較的静かであるので、アルムはこの森が好きだった。何か悩みがあったりして一人でいたい時は、自分の部屋にいたりはせずにこの森に来たものだった。そしてこの森に佇む小さな一軒の小屋には、長老であるシュエットが住んでいる。アルムも何度も訪ねた事があるので場所や道順は良く分かっており、迷う事などはなく案外短時間で着いた。
 高い木々が立ち並ぶ中にぽつんと建っている小屋は、周りの花畑の手入れが行き届いている為か、周りの風景に上手く溶け込んでいる。見た目はアルムの家とほとんど変わらないが、強いて違いを挙げるならば、屋根や壁から苔がたくさん生えている所である。恐らくこの森の気候のせいであろう。
 そんな小屋のドアにあるフクロウの飾りの付いたドアノッカーをコツコツと叩くと、忙しなく床を駆ける音が聞こえてきた。その音が徐々に大きくなって突然止んだかと思うと、木製の小さなドアがゆっくりと開いた。そのドアの前で立っていたのは、四角い感じの耳に全身オレンジ色のふさふさな毛、その体にはいくつか黒いラインが入っている犬のようなポケモン、ガーディだった。
「おっ、アルムじゃん。どうした? シュエットさんに用があるのか?」
「あ、ヴァローこそどうしたの? 長老の家にいるなんて」
 来た理由を問い掛けられた事に対し、一瞬戸惑いつつもアルムも同じ態度で返す。呼び捨てにしたりタメ口だったりと、二人の口振りからして仲が良いようである。
 このガーディのヴァローは、レインボービレッジの子供の中では結構実力が高いと評判のポケモンであり、アルムはそんなヴァローとは昔からの仲良しだった。ある意味正反対な二人であったが、だからこそ互いの事を知る度に仲良くなり、今に至るのである。
「まあちょっと手伝いをな。シュエットさんなら奥の蔵書室で本を整理してるぜ。ついて来いよ」
 ヴァローに促されるがままにアルムは落ち着いた雰囲気の漂う小屋の中に入り、奥へと進んでいく。アルムの家よりも家具らしき物が少なく、更に質素な感じの小屋の中で、一際目立つドアがアルムの目に入った。立て札には、“古代書もある為注意!”などと書かれている。
 立て札を見て気が引けはしたものの、恐る恐るながら中に入ると、空気は外よりもひんやりしていた。壁には本棚がたくさんあり、棚という棚には本がきちんと収めされている。そして、一つだけまだ散らかっている棚を整理している一人のポケモンがそこにはいた。
「こんにちは、シュエットさん。アルムです」
「おお。良く来たの」
 アルムの挨拶に対し柔和な笑顔を見せたこのポケモンは、腹部には逆三角形の模様が六つ並んでいる梟のようなポケモン、ヨルノズクである。
「それで、何の用で来たのかな?」
「はい、ジラーチというポケモンについて知りたくて」
「ジラーチとな!? ふーむ……」
 ジラーチの名前に、一瞬ながら驚きの表情を見せるシュエット。直ぐさま冷静な態度に戻って片翼を顎の所に持って行く。そこからしばらく考え込んだ後、まだ整理されていない本棚を物色し始めた。
「おお! あったあった!」
 やや嗄れた声を上げると、シュエットは一冊の分厚い本を抱えてきて、中央の机の上に置いた――というより、その時響いた重々しい音を聞く限りでは落としたと言うのが正しいかもしれない。
 シュエットはそのまま(おもむろ)にページを捲っていく。そしてあるページを開いた所で捲るのを止めてアルムを手招きする。近寄ってシュエットが指差すページを覗くと、そこには“ジラーチ”という名前と、細かい文字で何かが記されている。しかし、アルムにはそれが読めない。
「これは古い図鑑でな。あらゆるポケモンの情報が古代文字で書き込まれておる。お主達には読めぬだろうから私が読もう。どれどれ……。“どんな願い事でも叶える力を使う。そしてそれ以外にも十二の力を司っているポケモン”とな。まあ幻のポケモンじゃから、あくまで言い伝えでしかないがの」
「そうなんですか。わざわざありがとうございました。でも、それ以外には何か書いてないんですか?」
 期待通り少しは情報が得られたものの、やはりこれだけではジラーチを知ったとは言えない。シュエットが隠しているはずなど無いとは思っていたが、アルムは念のため聞き返す。しかし、シュエットは「こんな小さな村じゃからの」と言って、苦笑いを浮かべるだけだった。
「そうですか……」
 返答を受けて、アルムは残念そうに俯いて耳を垂らした。その顕著な反応に、シュエットは訝しげな表情をしながら顔を近づける。
「のう、アルム。お主は何故そこまで残念そうな顔をしておるのじゃ? まるで未知のものに出逢って戸惑っておるみたいな……」
 鋭い洞察力で心の中を見透かすようなシュエットの発言に、アルムは僅かに飛び上がって思わず身を竦ませる。
「えっ……べ、別に何でもないですよ。ただ……噂で聞いたので興味が湧いただけです。それじゃ、ありがとうございました。この辺で失礼します!」
 あたふたしながら、アルムは何とかごまかそうとする。しかし、態度にすぐ表れてしまう為か、後半は逃げるようにしてシュエットの家を出ていくのだった。



コメット ( 2012/07/01(日) 23:39 )