エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















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第一章 漆黒の空間に流れる一筋の星〜出会いと困惑と旅立ち〜
第二話 ひとまずの帰宅〜お腹を空かせたジラーチ〜
「えっ、ジラーチ……?」
 聞き覚えの無い名前が口から飛び出し、アルムは首を傾げる。今までアルムは自分なりに他のポケモンについても勉強し、人並みに知識はあるつもりだったし、実際にあった。しかし、そんな彼でも知らないポケモンであったのだ。そこで、滅多に会えない存在である“伝説のポケモン”と“幻のポケモン”の二つが頭に浮かんだ。
「じゃあ、君は何故ここに?」
「何でって? うーん、分からない。それよりお腹空いたー」
 子供のように空腹を訴えてくるポケモン――ジラーチに、アルムは困ったような表情になる。どう見ても狂暴そうなポケモンには見えないが、怪しいのも事実である。このポケモンが何であれ、ここは見なかった事にしてそっとこの場から立ち去ろう――そう思って後ろを振り向いた時だった。
「あー、行かないでー! ボクも連れてって〜!」
 ジラーチが突然喚き始めた。あまりにも甲高い声を発するので、アルムも可哀相に思えて放っておけなくなった。だが、知らないポケモンであるから、どう対処していいかも分からない。黙ってあれこれと悩んだ末に、一つの決心をする。
「じゃあ、僕の家においでよ。何か食べさせてあげるから」
「わーい! アルムの家に行くー!」
 無邪気に笑うジラーチを見て不安も何処かに行ってしまったようで、ジラーチを自分の家まで案内する事にした。こうして一つの出逢いを果たした時、遥か上空から二人の姿を見つめていた存在に、当の二人は共に気付くはずも無かった。



 元来た道を辿って――とは言え、辺りが暗かった為に正確かどうかは分からないが――二人はアルムの家に到着した。辺りは出掛けた時よりも、一層暗闇の様を呈していた。小一時間しか外に出ていなかったものの、何故か久しぶりに帰ってくるみたいに嬉しかった。想像も付かないような体験をしたから、時間の感覚が長く感じたのだろうとアルムは一人で納得していた。
 そして、いざ我が家の扉を開けようとした時、伸ばしかけた足を一旦止めて考え込む。果たしてジラーチを家の中に入れて良いのだろうか、と。これまでの行動を見る限り別段怪しい様子は見られないし、何も問題を起こしたりしないだろうと考えていた。だが、家族の反応まではさすがに考えていなかった。突然見た事もないポケモンを連れて来たらどう思うだろうか、と。なるべくなら問題を避けたいと思ったアルムは、万が一の事を考えて、ジラーチを自分の部屋の外側の窓の前までこっそり連れて来た。
「いい? 僕がこの窓を開けるまでは、ここで待っててね?」
「うん、分かった!」
 ジラーチの返事を聞くと、後ろを何度も振り返りながらゆっくり一歩ずつ扉の前まで行き、最後にもう一度静止しているのを確認し終えると、開けて中に入っていった。
 夕食を終えてしばらく経っていた事もあってか、皆はそれぞれの時間を自分の部屋で有意義に過ごしているようだった。それは無論アルムにとっては好都合であり、帰ってきた事に他の皆に気付かれる事なく、自分の部屋へと入る事が出来た。
「ジラーチ? いる?」
「アルムー!」
 窓を開けた瞬間、ジラーチは元気良く飛び込んできて、そのままの勢いでアルムに抱き着いた。支えきれずに倒れた後に、両足でジラーチを引きはがす。
「ちょっと、離れてよ! もう、びっくりしたんだから……」
「えへへ。アルム、お腹空いたーっ」
「分かったよ。今取ってくるから、ここで待ってて。でも、絶対にこの部屋から出ないでね」
 ずっとあどけない笑みを浮かべているジラーチをその場に残して、アルムはそろそろと台所へと向かった。しっかりとジラーチにこの部屋から出ないようにと釘を打った事で安心しつつ。



 台所に着いたアルムは、オレンの実とモモンの実を何とかニ個ずつ抱えて食料を手に入れた。そこまでは良かったのだが、振り向き様に父親のサンダースの姿を視界に捉えた。予期せぬ事で驚きのあまり飛び上がったアルムは、木の実を床に落としてしまう。
「アルム、どうしたんだ? さっきもあまり食べなかったのに、木の実をつまみにくるなんて、お前にしては珍しいな」
「いや……今日は少しお腹が空いて。それよりさ、お父さん。ジラーチってポケモンの事、何か知ってる?」
 とりあえず木の実を持って行く理由を適当に答えて話題を変えながら、その上でジラーチの事について聞いてみる。
「ジラーチ? んー、名前は聞いた事があるんだが……。長老のシュエットさんなら知ってるかもな。でも、何でお前がジラーチの事を?」
「えっ? いや、ただ気になっただけだよ。それじゃこれ、貰ってくね!」
 質問攻めにされてはごまかしきる自信が無かったアルムは、悟られないように急いで木の実を拾うと、逃げ込むようにそそくさと部屋の中に入っていった。
「あっ、アルム、お帰り〜」
 ようやく一息吐けた自室の中では、ジラーチが笑顔で手を振りながらアルムを出迎えた。それを見て心が和んだアルムも、笑顔で以って応じる。
「はい、木の実、持って来たよ」
「ありがとう! いただきまーす」
 ジラーチは大口を開け、笑顔を崩さずに美味しそうに木の実を食べ始めた。一口食べる度に「美味しーい」や「甘ーい」などと反応をしながら食べるのを見る内に、アルムはジラーチが一体何者なのかなんてどうでもいいなどと思うようになっていた。それ程までに無邪気で、何か悪事を仕出かすようなポケモンには見えなかったからである。それでも、ジラーチは言うなれば迷子のようなもの。調べない訳にはいかないという事で、明日長老の所に行く事を決心した。そこまでは良かったのだが、一つ困った事も同時に浮上してきた。
「ねぇ、ジラーチ。君の家はどこ? それと、今日はどうするの?」
「んー、ボクの家は、あそこ」
 ジラーチが答えながら窓を開けて指で指し示した場所――それはもちろん、空に浮かぶあの彗星だった。彗星は今もまだ美しく光を放ち続けている。衰える様子はなく、むしろ先程よりも眩い光を放っているようであった。
「でも、アルムの家に居たい!」
「帰らなくてもいいの? 別に僕は構わないけど……」
 ジラーチの明るい返答に、アルムは小声で返した。しかし決してアルムは嫌な思いで小声で言ったのではない。逆に滞在を希望した事が嬉しかったのである。まだ一緒にいて色んな事を知りたいし、もっと仲良くもなりたい。そう思っていたアルムにとって、その答えは何よりも望んでいた物だったのである。
 一方でアルムの承諾を得たジラーチは、喜びを全身で表現するかのように凄いスピードで空中を飛び回り始めた。アルムもジラーチを弟を見るような暖かい目で見ながら、ジラーチの分も寝床の用意を済ませ、今日は早めに寝る事にした。その様子を見て、ジラーチもおとなしく地面に降りてきて横になった。
 柔らかいふかふかの若草のベッドの上で、アルムは思い切り体を伸ばし、今日あった出来事を順番に回顧し始めた。まだ暗くなり始めの頃、進化について悩んでいたらルーン兄さんに見つかったんだっけ。暗くなって外を出て星空を眺めていたら、彗星から何かが落ちてくるのを見て、その場所に行ってみたらジラーチがいて――。そんな事を考えている内に、アルムは深い眠りへと落ちていくのであった。横目ですやすやと寝息を立てているジラーチを見ながら。凄い体験をしたものの、至って落ち着いた心で――。




コメット ( 2012/06/26(火) 23:29 )