エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜 - 第一章 漆黒の空間に流れる一筋の星〜出会いと困惑と旅立ち〜
第一話 運命の遭遇(であい)〜彗星からの訪問者〜
 家族と過ごす暖かな時は心を充足しながらゆっくりと流れ、いつしか外界は夜の(とばり)を完全に下ろしていた。夕食を食べ終えたアルムは、日中見えていた物を全て飲み込んだ屋外へと足を踏み込んだ。いつもならこのまま家の中で寝るまでのんびり過ごすのだが、今日は何故か外に出て夜風に当たりたい気分だったのだ。
 外は先程よりも闇に染まっており、家の明かりの届く所以外はほとんど暗闇だった。だからこそ、夜空に浮かぶ瞬く星々は、一層輝かしく綺麗にアルムの目に映った。
 しかも今日は特別な日らしく、技として存在する物ではない、自然の流星群が、空を覆う黒い布を背に降り注いでいた。次から次へと落ちていく星と光の筋を見つめながら、再びアルムは物思いに(ふけ)っていた。
「進化しなくてもいいって言われても、どうせ誰も僕の気持ちなんて分からないんだ……」
 ぼんやりと宙を眺めながら大きく漏らした嘆息が、静かに闇に溶け込んでいった。実のところ、周りの皆が思う以上に、アルム自身は深刻に悩んでいたのである。別に肉体的に強くなって誰かと戦って腕試しをしたいとか、自らを鍛え上げたいという訳ではない。ただ、自分だけが進化前の状態という事で、何か力を必要とする事態になった時などに仲間外れにされるのが怖かった。
 もちろん周囲の見知った者達や友人達がそんな態度を見せているのではない。アルムが一人で劣等感を抱いているに過ぎないのだが、ルーンを除き、その事に周りの皆が気付いていないのも事実だった。それ故に、誰にも打ち明ける事が出来ず、一人で抱え込んでしまっていたのであった。
「あっ、凄く綺麗な流れ星だ。僕の心もあれで綺麗に掃除してくれないかなぁ――なんて。あれは流れ星であって、箒星じゃないもんね」
 一時の負の感情に身を委ねたところで、独り言を呟きながら、ふと夜空を見上げた。無数の光が点滅して黒一色が広がる空間を彩っているのを見ながら、魅了されてうっとりとした表情になる。
 条件が揃わないと滅多に味わう事が出来ないような時間を楽しく過ごしている中で、今までずっと魅入っていたアルムが、急に何か異変に気づいて飛び上がった。
「なっ……あれは何!?」
 アルムは思わず自分の目を疑った。折しも先程冗談で言ったつもりの箒星(彗星)が、突如としてその存在感を存分に示しながらアルムの視界に入ったのである。とてつもなく巨大で、まるで艶やかな髪のように棚引く光の尾が美しい。他の流れ星や空に浮かぶ星と比べても、その明るさの違いは歴然である。普段なら夜の空でとりわけ異彩を放っている月も、彗星にすっかり追いやられていた。子供ながらにその風情を感じながら見つめていると、その彗星から一筋の光が放たれ、流れ星のように落ちていくのが見えた。
 その光はただ真っ直ぐと下に落ちていくのではなく、こちらに向かって進んできていた。時間が経過するにつれ光は徐々に大きく、眩しくなっていき、遂にはレインボービレッジの端の方に落ちたのが目視で確認出来た。落下の際に全く音も衝撃波も来なかったのは不思議だったものの、興味本位でアルムは落ちた場所に向かう。それはもちろん、流れ星はほとんどが地上に落ちる前に燃え尽きてしまう物であるという事を知っている上での行動であり、興味本位で身体が自然と動いた。




「こ、これは……」
 流れ星、もとい隕石と思われる物が落ちた現場に駆け付けたアルムは、一人驚きの声を漏らす。落下地点にあったのは、隕石やそれにより出来たクレーターではなく、一つのぼんやりと淡い光を放つ繭だった。これで音や衝撃波が無かったのも頷ける。そして村の端の方である為、ほとんど頼りに出来る明かりが無いこの場所まで来れたのも、光る繭のおかげとも言える。
「あれは何だろう? 見た事無いけどなぁ」
 頭に疑問符を浮かべながら、今まで見た事も無い物に、アルムは恐る恐るながら近付いていく。何か危険な物であった時の為に警戒も怠らないようにしながらではあるが、どちらかと言えば恐怖よりも期待や喜びで胸が騒いでいた。そして残りほんの数メートルの距離に迫った時、突如アルムの接近を察知したかのように、浮遊していた繭が強く光り出した。その眩しさに、アルムも目を瞑って足を止めた。
 瞼越しに光が和らいでいくのを感じつつ、完全にそれが止んで目を開けた時、そこにいたのは物体としての繭ではなく、歴としたポケモンだった。星型の頭から短冊のようなものが垂れ下がっており、お腹の部分には閉じた目のようなもの、背中には羽衣があるポケモンである。頭と羽衣は黄色く、短冊のようなものは青緑色となっているのが見えた。
「ふわあ〜。ここはどこ〜?」
 閉じていた目をゆっくりと開けて両手で擦りながら、そのポケモンは如何にも眠そうな声を上げた。とりあえずは出方を窺う為に、アルムはその場に立ち尽くしてじっと謎の相手を観察する。
「うん? 君はだーれ?」
 着地から時間がしばらく経ってから、ようやく自分に視線を向けている存在に気付いたらしい。覚束なく宙を漂っているポケモンは、同じようにアルムの方を凝視しながら、間延びした調子で問い掛けた。
「えっ? ぼ、僕はアルムって言うんだけど……。それじゃ、君は?」
 素早く振り向いてきた事に驚きながらも、アルムはたどたどしく返した。自分に危害を加えるのではないと直感的に悟ったのか、瞼をぱちぱちさせている目の前のポケモンは、やや間を置いて口を開いた。
「ボク? ボクはね、ジラーチって言うんだ」



コメット ( 2012/06/25(月) 23:59 )