エトワール・フィランテ〜星降りの夜の導かれし出逢い〜


















小説トップ
第一章 漆黒の空間に流れる一筋の星〜出会いと困惑と旅立ち〜
プロローグ 〜始まりの夜〜
 ここはたくさんのポケモン達が仲良く楽しく共生している小さな星「アストル」。大きな街から小さな村まで点在し、そのいずれにも環境に適応して生活を営んでいる姿が見られる。そんな小さい大地の中でも小さい方に部類される村、レインボービレッジでの運命の出逢いとともに、この惑星(せかい)を揺るがす物語は始まる――。


 全てを明るく照らし出す太陽が形を潜めて辺りが夜の装いを見せ始め、木々や草花の鮮やかな色が漆黒の闇に染まっていく頃。集落から少し離れた広場で、真っ暗な夜空に散りばめられた光り輝く宝石のような無数の星を眺めている一人のポケモンがいた。他の体毛と同じ茶色でピンと立った長い耳があり、首元には膨大なの白い毛を生やしている。そして、体と比較しても、大きな涙形の尻尾を持つ――そのポケモンの種族名は、イーブイと言う。
「はぁ……僕だけか……」
 イーブイは空から視線を逸らして悲しげな表情を浮かべ、大きく溜め息を吐きながら呟いた。そんな哀愁の漂う少年の背後からひっそりと忍び寄る一つの影があった。その影は完全に闇と同化していて、イーブイはその接近に一切気付かないようである。
「なあ、アルム。またお前こんな所にいたのか?」
 真っ黒な影は真後ろまで来たところで足を伸ばし、イーブイの肩に優しく乗せて話し掛けた。振り返るとそこにいたのは、全身が黒い毛に覆われていてその身体のあちこちには黄色い輪の模様があり、イーブイよりも細長い耳に紅い瞳のポケモン、ブラッキーである。輪が淡い光を放っている事で、ようやく姿を視認できるまでになる。
「あっ、ルーン兄さん!」
 アルムと呼ばれたイーブイは、驚きから声を上げて飛び上がり、慌ててその場から逃げようとする。しかし、ルーンは動きを察して素早く回り込み、なるべく優しく弟の頭を押さえた。拘束されてアルムも観念したのか、足を止めてその場に座り込んだ。
「なーに逃げようとしてんだよ。前からそうやって悩んでるようだけど、何も気にする事なんてないぞ? 別に今は進化出来なくたってな。焦る必要はないんだから。さ、家に帰るぞ」
「うん……」
 元気なく耳を垂らしながら、アルムは小声で返事をした。そしてルーンに促されるままに、家に帰るべく、闇を内包している鬱蒼とした森の方へと歩き出す。頼りになる背中に付き従うアルムの瞳は、孤独だった時よりは光を取り戻していたが、それでも依然として暗いままだった。
 先に兄であるルーンに諭された通り、彼がここで悩んでいたのには“進化”が大きく関わっていた。実はこのレインボービレッジは、イーブイ達が多く住んでいる村。アルムの家族はもちろん、友達や近所にも比較的イーブイやその進化系が多いのである。
 そんな彼の周りの同年代の友達は次々と進化をしていったのに、自分だけが中々進化出来ないでいた。それが未だにイーブイという進化前の状態にあるアルムの悩みだった。まず進化するには、特別な力を宿した専用の道具を見つけ、ある特定の場所に行く事が必要なのだが、それには外の世界に出て旅をしなければならない。しかし、アルムは外の世界への恐怖から、その一歩を踏み出せずに村に留まっていたのである。
 恐怖と言っても、他のポケモンに会うのが怖いのではない。寧ろ色んなポケモンと交流を持ちたいとは思っていた。ただ、それを実行するだけの自信が無かった。進化前である事に加え、持ち技が少ない事もあり、外に出て万が一戦いになった時に、勇敢に立ち向かえるかどうか不安に思っているのである。


「よし、着いたな。ただいま。ほら、お前を待ってたんだから、先に入れ」
 暗影を前にアルムが心の中で葛藤する内に、どれだけの時間歩いたかは分からないが、小さなログハウスのような家の前までに辿り着いた。中からぼんやりと光が漏れており、いくつか影が動いて住民の存在も見受けられる。
 ルーンが木製の軽い扉をゆっくり開けると、中には美味しそうな香りが漂っており、夕食の支度が出来ているテーブルの周りに、三人のポケモンが座っていた。部屋の中は至って質素となっており、必要な家具以外はあまり置かれていない。
「遅いじゃないか、アルム。心配したんだぞ?」
 穏やかな声で最初に話し掛けてきたのは、黄色い体色をしており、首の周りや腰の毛が鋭く尖っているポケモン、サンダースであった。入って来たアルムとルーンの姿を確認すると、強張らせていた表情を緩めて安心したようにほっと一息吐く。
「まあまあ。少しくらい元気があった方が、アルムは良いくらいじゃないですか。ねぇ、あなた」
 サンダースと同様に微笑みながら二人を迎え入れたのは、額には紅い珠があり、二又に分かれた尻尾を持つ毛並みの非常に美しいポケモン、エーフィである。自らの念力で料理の盛られた皿を運びながら、横目で帰宅した二人の方を優しい眼差しで見つめている。
「本当よね。いっつもおとなしいアルムには、もうちょっと活発になってもらった方が良いわよねー。私もつくづくそう思うわ」
 少し悪戯っぽくアルムに向かって言い放ったのは、尻尾や耳が魚の(ひれ)のような形状となっており、全身が水色で滑らかな皮膚をしているポケモン――シャワーズである。先の両親二人とは別の笑みを浮かべながら、ゆっくりとアルムを見ながら歩み寄ってくる。
「うん、遅くなってごめんなさい」
「何を謝ってるのよ。あんたはどんどん外に出ていかないと。家に篭りっきりじゃつまらないんだからね」
「リアス、暇があれば出歩いてばかりいるお前が言えた事か?」
 謝るアルムの頭を尻尾で叩くシャワーズ――リアスに、ルーンは冷静に釘を刺した。思わぬ反撃に遭い、リアスが(おど)けたように舌を突き出した。表には出さないリアスも含め、アルムが戻ってくるのを心配して待っている辺りからも、絵に描いたように仲の良い家族と言える。
 そうしてアルム達が帰って家族五人が全員揃った所で、ようやく夕食を食べ始めた。ルーンはアルムが出ていった事を話さないようにしつつ、その後も終始、今日一日あった事などを話し合いながら楽しい食事を続けた。一家団欒で、いつもと変わらない光景。これが今日を境にしばらく見れない事になるとは、アルムはこの時思いも寄らなかった――。




コメット ( 2012/06/25(月) 20:45 )