プロローグ(2)
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「・・・その事はもう警察に?」
「ああ、道場は閉鎖。この子の養育権に関しては、シバさんが行方不明だから・・・。」
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・・・声が聞こえる。
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「・・・ひどい話ですねぇ。」
「ヤマブキは昔から治安が悪いようだし。」
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・・・いい匂いがする。
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「・・・そのシバさんという方は?」
「一年前まで、カントーとジョウトのポケモンリーグの四天王に就いていたんだ。以後、足取りも掴めないまま、消息を絶っている。」
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・・・・身体があたたかい。
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「この子の名前は?」
「ああ、名前は・・・。」
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・・・・・・?・・・どこだ、ここ?
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ガバッ!
目を開けて身体を跳ねて起こす。布団が跳ね上がり、黄色のパジャマ姿の自分が、ベッドの上で立ちほうけていた。
「おぉ、よかった、元気そうだ。」
「あら、おはよう♪」
おれは、目を丸くして立ち尽くした。
寝起きだから、脳が覚醒していない。現在の状況を整理していく。
そして、おれはハッとして、ギロリと部屋にいる二人を睨めつけた。
「・・・(な、何がどうなってんだ?おれ、こんな部屋しらねぇぞ?誰だよこいつら?)。」
目の前の男と女を冷たい目で一瞥しながら、疑問を浮かべる。
「身体は大丈夫か?」
「・・・・・・・。」
男が話かける。少女は黙る。
「アズサちゃんだっけ?」
「・・・・・え?」
女が名前を呼んだ。途端に、眉をひそめる。
「な、な、なんでおれの名前を?・・・っつーか、誰だアンタら?」
「今から話すよ。」
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アズサ side
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・・・・・き、急にそんな事言われても・・・。
え、え〜と、目の前の男のセンリが道場破りで、おれを引き取って?
おれは丸一日寝ていて?
おれは今日からこの家の家族?
・・・わ、わっけわかんねぇ!?
まあ、おれはヤマブキの道場飛び出したから別に帰る場所もないんだけどよ・・・。
「・・・アンタらも変わってるな。こんな体中傷だらけの女、わざわざ引き取るなんてよ。なんか企んでるだろ。」
軽蔑の目を保つ。
おれは捨て子だ。虐待を受けた。だから甘い考えは全部捨てろ。この俺にいいことなんて一つもない・・・!
「ねぇアズサちゃん、お腹すかない?」
「・・・・・・・(は?)」
「アズサちゃん、丸一日寝てたからペコペコでしょう。シチューつくってあるの。一緒に食べましょう。」
・・・センリの妻(?)が俺に馴れ馴れしく言う。
「おう、私のママのつくる料理は天下一品だからな。」
「やだもう、パパったら♪」
・・・・・イチャイチャとアメリカントークかよ、うぜぇ。
「・・・いるかよ。」
「遠慮するなよ、さあ。」
センリが手を伸ばす。
おれは身じろぐ。
「・・・・・・・・。」
「私の息子も紹介したいんだ。さあ、下へ降りよう。」
「・・・・・・・・。」
おれは、差し出された手を払いのけ、ベッドから降りた。センリのママ(妻)が、おれの頭を撫でる。
「綺麗な髪の毛ね〜。艶があって。」
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・・・トクン・・・。
・・な、なんだ?今の?
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「う〜ん、アズサちゃん先にお風呂入りなさいな。当分入ってないでしょう?」
センリのママが言った。
「そうだな、そうしなさい。ご飯はその後でいい。」
センリも促す。
「・・・・・・・・。」
・・・どうせ何言っても、入らされるんだろ。勝手にしろ。
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一階に降りる。センリと妻に、風呂場に案内されていると、一人の男子とすれ違った。
「お帰りなさいユウキ。手は洗った?」
「ただいまー。今からだよ。」
白い髪の毛?をバンダナで覆った、おれと同い年ぐらいの男がいた。
「アズサ、紹介するよ。うちのせがれのユウキだ。」
センリがユウキという男を指す。
「あれ?誰だ?この傷だらけの子 「ユウキ!!!!」
・・・びっくりした。白髪の男が喋ってるのを遮るように、センリが馬鹿でかい声をだした。
センリは真剣な眼差しで、静かに怒りを表しながら、ユウキを見据えた。
ユウキも最初は驚いていたが、あ、という顔をした後に、苦々しい面を浮かべた。
「・・う、うん。ゴメンね、キミ。」
ユウキはおれに謝った。
・・・・・・何にだ?
おれは、今のやりとりが全然理解できなかった。
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脱衣所に連れて来られる。センリとあの白髪はリビングにいる。
湯気が立ち込めていた。シャンプーの香りが混じった湯気を吸い込む。カラカラだった喉が少し潤うような気がした。
「・・・・・・!」
脱衣所には洗濯物が干されていた。
・・・おれの道着もある。センリが持ってきてくれたのだろうか?というか、そもそもおれが着てたんだったな。
・・・今はなんか黄色いパジャマ着てるけどよ。
「・・・・・・・なあ、あれ。」
近くにいたセンリの妻に、かかっている道着を見せる。
「あれ、アズサちゃんのでしょ?あちこちほつれて破れてたから、直してあげたのよ。」
・・・ついこの前までボロボロだった道着は、綺麗に継ぎ目も目立たない程修復していた。
「(おれも、穀潰し共の道着を洗ったり、縫ったりしてたな。)」
「さあ、脱いで脱いで、しっかり温もりなさいね。」
センリの母がおれを急かす。
おれはパジャマを脱ぎたかったが・・・。
「・・・・・・・。」
どうしても・・・周りに人がいると、意識してしまう。
「大丈夫よ、驚いたりしないわよ。」
微笑むセンリの妻。
「・・・・・・・。」
一気に着物を剥ぎ、裸になる。
相変わらず好きになれない自分の体。
点々と肌に黒ずむ痣(あざ)。
腫れすぎて、つねに赤みを帯びた箇所も多い。
背中は皮膚が剥げて、泥の色に染まる。
そして額には、誰もが目を背けたくなるような、深い谷。人差し指一つはまるだろう。
・・・・・センリの母がまじまじと身体を見る。
・・・慣れたつもりのはずなのに、身体が震えてきた。
「じゃ、そのままね。」
「・・・は?」
・・・センリの母はおれの背後にいた。
ピト・・。
「わひゃっ!?」
・・・へ、変な声出しちまった・・。何したんだこいつ!?
「化膿止めよ。冷たかった?・・・せっかくお風呂入るんだもの。水ぶくれとかしたら大変よ?」
・・・・・かのうどめ?
「・・・よっし、背中はオッケーね。コッチ向いて、前側塗るから。」
しばらく、センリの妻にされるがままになったおれだった。
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センリの妻は外に出て、おれは風呂場に入る。
渡された柔らかいウールのスポンジで、ゆっくりと、軽く身体を擦った。
頭を洗う。かのうどめの効果だろうか、お湯の痛みが全くしない。
おれは、湯舟に肩まで浸かった。
「(・・・道場じゃ、シャワーだけだったな・・・。風呂は身体が痛くて入れなかったし。・・・・・・・・・風呂って・・けっこう・・気持ちいいな。)」
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・・・トクン。
・・・まただ、何なんださっきから。
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おれは風呂から上がると、センリの妻がバスタオルで俺の頭をふく。
「・・・・・いい、自分でやる。」
制止を呼び掛けるが、
「痛かったら言ってね。」
「・・・・・・・・。」
センリの母は聞く耳持たず、俺は身体を丁寧にふいてもらう。
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着替えを貰い、センリの妻とおれは、リビングに向かった。
「お、よくあったまったか、アズサ?」
センリが新聞から目を放して一瞥する。
「そこに座っててね。すぐに持ってきてあげる。」
誘導されてテーブルのイスに座る。目の前には、スケルトンのガラスの台テーブルが置かれ、それを囲うように、4つのイスがある。
センリの母は、向かいのキッチンでサラダや揚げ物を並べている。
おれは立ち上がり、キッチンにいるセンリの妻のところへ行く。
「ん?どしたの?」
「・・・・・・コップ。」
「あ、ゴメンね。風呂上がりだから喉渇いたかしら。」
センリの妻が食器棚からグラスのコップをひとつだした。
「・・・・・・・・4つ。」
「へ、よ、4つ?」
「・・・・・・・・あんたらの分、4つ。」
「・・・あら!手伝ってくれるの!?」
センリの妻は目を見開いた。
「・・・・いつもやってたし。」
ジト目で、早くコップを渡すよう促すおれだった。
「(そうそう・・・穀潰しの先輩が稽古終わるまでに配膳できてなかったら、殴られたな・・・。)」
おれの中で、下積みの仕事はもう、3才を過ぎた時から、日常の習慣になっていた。
おれはテーブルを台ふきで拭いて、箸とスプーン、小皿に茶碗。コップに飲み物を注いで配膳していった。
「・・・たいしたもんだな。ユウキの奴にも、見習わせてやりたいよ。」
センリがおれを講評する。
「・・・・・・酒は飲むか?」
「へ?」
「・・・・・・・・なんでもない。」
おれは、冷蔵庫の横にあった焼酎のビンを見て、コップにお湯で割ろうかと思ったが・・・・・・なにやってんだ、おれ。
「(湯を沸かさすのを忘れる度に、蹴られたっけな。そういや。)」
「(・・・気も回るし、気遣いもできる、か。・・・・・突っ掛かるような態度だから心配したが、アズサは本当にいい子だな。さすがはシバさんの子だ。)」
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皆が食卓についた。ユウキもイスに座っている。
「「「いただきます。」」」
「・・・・・・・・・。」
おれは、箸に手をつけなかった。
「ん?どうした、食べなさい。」
センリが促す。
「・・・・・・・・食欲ねぇ。」
テキトーに言い放った。
食欲がないのはウソじゃない。
・・・だんだんと憂鬱になってくるだけだ。
「食べてみなって!母さんのメシ、すっげぇウマいんだぜ!」
ユウキがシチューに食いつきながら言う。
「・・・・・・・・・・・。」
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コイツら何がしたいんだ、さっきから!?
厄介者が増えて、邪魔に思わねぇのか!?
っつーか!何でおれをここへ連れてきた!?
「おい、なんでおれを連れてきたんだ?」
全く解らない。おれはもう少しで死ねたはずだった。駅のホームで、ひとりで、ひっそりと。
ところが、目の前の男が現れ、おれを病院へ搬送した。
それだけではない。追い出された道場に単身で乗り込み、バトルで全勝して看板を奪いとったらしいじゃねーか!?しかも、『看板を返して欲しければ、アズサをこちら側に譲渡しろ。』と言ったらしい。
何がしたいんだ、この男は!?
「・・・・・・・・。」
センリが黙ったまま、手に持つ箸を置き、近くにあった水を一口飲んで、おれの方をみた。
「・・・アズサ。・・・君が駅のホームで倒れているのを見たとき、なにかの間違いかと思った。
道着を着ていたから、武道を通じていて、精神的にも鍛えられているはず。
・・・なのに君は、10歳の年頃で、してはいけない目をしていたんだ。」
「・・・・・しては・・・いけない目?」
「そう・・・。全てを拒絶し、一切何も信じずに、他人も自分自身も嫌い、孤独な瞳をしていたんだ。」
センリが再び水を飲む。
「翌日になって(正確には、倒れたアズサを発見してから、アズサは一日半以上寝ていた。)君の事を調べてみた。・・・シバさんに拾われて・・・実子としてシバさんの家族になった。・・・・・だが、シバさんが行方不明になって一年が過ぎ、待っても待っても帰らないシバさんを、君は信じて待ちつづけたんだろう。・・・あれだけ周りに煙たがれて。」
「・・・・・・・。」
「・・・アズサ。・・・確かに、見ず知らずの人間を迎え入れようというのは、おかしい事だろう。」
「オマケに虐待児だぜ。」
鋭く睨み返した。
「まあ、そう僻(ひが)むな。・・・・・では、何故シバさんは君を助けたんだ?」
「・・・・・・・・・それは・・。」
「私も同じさ、その時のシバさんの気持ちと。」
「・・・・・・・・・・。」
「アズサ。」
「・・・・・?」
「君だけの名前だろ?誰が授けてくれたんだ?」
「・・・・・・!」
「・・・シバさんの行方は、各地ポケモン協会で捜索の申請が行き届いている。・・・いなくなったわけではないさ。きっとすぐに帰ってくるさ。」
「・・・・・・・シバ・・。」
おれは、拳を握りしめた。
そうだよ、おれはシバの娘だ。
どれだけ煙たがれようが、忌み子だと言われようが、おれはシバを信じる。
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シバのように、最強の武道家になる。
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けど俺は、あの道場のボンクラ共にも勝てなかったっけな・・・・。
・・・・・勝ちたかったな・・・。
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「・・・・・なあ。」
「なんだ、アズサ。」
「シバがさ、強くなるには力だけではダメだ、心も強くなれって、口癖のように言ってたからよ、今でも覚えるんだけどさ・・・。」
「いい言葉じゃないか。そうさ、ポケモントレーナーの世界でも、心なくして強さは得られない。」
「でもおれさ、負けん気はあったから、何度やられても、何度もリベンジして、何度も戦った。それでも、一度も勝った事ねぇ・・・。
・・・・・・・ボロボロになって動けなくなった時もさ、おれの心の中じゃ、『畜生畜生!』って再戦に燃えてるんだ。
・・・・・あいつらは、単に弱いって言ってやがったけどよ。
・・・おれ、シバの子の資格ねぇよ、絶対に。」
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・・・・・おれ、なにしてんだ?
目の前にいるのは、赤の他人だぜ?
何悩み事相談みたいな事してんだろ?
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おれの愚痴を黙ってきいてくれた3人は、ずっとおれの方を見ている。
ユウキが口を開いた。
「だったらさ、もっと練習して強くなれよ!負けない気持ちがあるなら絶対に勝てるさ!自信持てって!空手やってんだろ?」
センリの妻が言う。
「そうね。そのシバさんに近づく為に、一生懸命頑張らなきゃ。見返すとか、やり返すとかの強さは、わたしはあんまり好きじゃないわ。」
センリが言う。
「・・・・・・つらい時は、一人で抱えるものじゃない。ちょっと、イロイロ大変だっただけだもんな。
・・・・・いつまでも、此処にいなさい。」
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・・・トクン、トクン、トクン。
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ああ、解った。
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この、トクンという音は。
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『安心』
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かつて、シバと一緒にいた時に感じたヤツだ・・・・!
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「・・・・・・・いただきます。」
おれは、スプーンでシチューを掬い、口に入れた。
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おれは、二口目を食べる。
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目から、熱い水滴が垂れる。
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なんだか、うまく飲み込めない。
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「・・・・・・!・・・・・!・・・・・うううぅぅぅ・・・・!」
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ああ、おれ、こんなにも嬉しいんだ。
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シバ、おれ、シバに助けて貰ったとき、このぐらい嬉しかったんだ。
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・・・もう一度会いたいよ。シバ。まだ、ハッキリとお礼言ってないよ・・・!
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「うぅ・・・!うぅ・・!えっぐ・・!・・ぅぐ・・・!・・ぅぅうう・・・!」
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スプーンを落とした。俯くように顔を背けた。
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センリの妻、・・・いや、母さんが、わたしを優しく抱きしめてくれた。
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「ぅぅううああああああああ!!あああああああああ!!・・・・・っ畜生ーーーー!!っっ!っぅわああああああんんんんん!!!!」
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センリ side
「(・・・ようやく戻ったな。その目だよ。温もりを知った時の目。
・・・この子には、愛情が必要だったんだ。
けど、もう大丈夫だな。)」
俺の妻に泣き崩れるアズサを見て、安堵の息をふく。
「・・・・・・(じ〜ん)。」
「ふっ、どうしたユウキ?もらい泣きか?」
「へ!?い、いや、違うよ!」
「そうか?・・・アズサはいい子だ。誰かが守ってやらなきゃいけないぞ。ユウキ。」
「ん?」
「兄貴として、アズサを頼むぞ。」
「うん。解っ・・・・・て、ええええ!?」
「驚く事か?アズサは家族になった。アズサはお前の妹だ。決定。」
「け、決定って・・・。」
「最初はあの子も色々と戸惑うと思う。私は出張が多いからあまり家にはいられない。・・・・・アズサを守ってやれ、お兄ちゃん。」
「・・・!・・・・うん!」
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side out
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こうして、アズサはユウキの妹として、暮らす事になった。
ホウエン地方のミシロタウンへ引っ越すのは、これから3年後のこと・・・・・。
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