ワカバタウン〜ヨシノシティ
・・・・・・・・・・・・。
・・・身体が思うように動かねぇ。
・・・辺りが暗くて、静かで、何も感じねぇ・・・。
目が開かねぇし、耳も聞こえねぇし、身体がかなり冷てぇ。
俺は・・・・・このまま死んでいくのか・・・・・?
手先に力が入らなくなった。体中の血が遅滞している。寒いとも言い難く、冷たいとも言い難い。
ただ、身体が凍えていく。まるで、自分の身体が、他人の身体に思えてくる。
・・・・・・?
・・・誰かが俺を揺すってやがるな。何をされたかぐらいは理解できる。たが、意識がすでに朦朧としている。
できれば、俺の目が覚めるまで、強く揺り続けてくれ・・・。
・・・・・・?
・・・・・左・・胸・・?
継続的に、間を置いて、テンポよく、俺の左側の胸部が圧迫される。
・・・心臓部を中心に、体の内から、あたたかな温度を感じ取れ始めた。
ただ、俺を押して圧迫している誰かの手。
・・・冷てぇ手だった。水に濡れてるのか・・・?
・・・・・水?濡れてる?俺も?
・・・・・・・そうだった、思い出した。
テンポよく胸を押していた手の感覚がいつの間にか無くなっていた。
再び、静寂が押し寄せる。
俺、コイツに・・・・。
次の瞬間・・・。
・・・・・・・・・あったけえ。
一気に、身体が火照るようだった。さっきの心臓マッサージよりもだいぶ楽になった。俺の呼吸気管を中継して、暖かい春の様な風が、俺の全体の温度を上げていく。
俺の口から喉へ、肺へ、胸へ、腹へ、そして全体へと・・・・・・。
・・・・・・・・?
・・・・・なんで・・・・・口から・・・・・?
うっすらと目を開けた。
その瞬間、
今まで感じた事のない未知なる感覚が、唇から伝わる。
今まで匂った事のない甘美な香りが、鼻腔に広がる。
意識が覚醒した。
一気に体温が上昇した。
「・・・・!?・・・・(がぽぉ!)」
胃から逆流した水が、勢いよく口の中から外へと吹き出した。
「うぉあああ!生き返ったあああ!」
「・・・・げほっ!げほっ!ごほっ!・・・・げほっ!」
「大丈夫!?大丈夫!?(バンバン!)」
気管支に詰まった水を切ろうと俺は必死に咳込む。俺の背中を強く叩く奴がいる。
俺は既に倒れた身体を起こして、膝で立てるように回復していた。
「・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・。」
息が整う。さっきまでの凍てつくような感覚はもうない。
「ラック!平気!?」
俺は、さっきから騒がしい声の主を一瞥し、ギロリと睨めつめる。
「・・・・・・誰のせいだと思ってやがる・・・!」
「えへへへへ〜〜〜〜。いや〜〜生きててよかったよかった♪」
互いの感情はまるで噛み合う事を知らない。俺は怒りくるって言い放つも、目の前の女はヘラヘラと頭を掻きながら、照れ笑いをこぼしている。
・・・・・なんでこんな目にあってんだ・・・俺・・・。
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ワカバタウン
マツリ side
「・・・・・ん〜〜〜!よく寝た〜〜〜!」
カーテンから射す太陽が眩しい!
時計を見た。5時。ジャスト!!
アタシはベッドから飛び降り、脱ぎ慣れたパジャマを放り投げて、下着とタンクトップを脱ぎ、生まれたての姿になる。
ぐぐぐっと、腕を上げて自分の身体を伸ばす。最近変化してきた体を、特にくびれや胸を強調するように、くいくいっと捩る。
「今日は〜〜〜楽しみな日だ〜〜〜!」
アタシは椅子に掛けてあった水着を着て、一階に下りた。
「おはよーかーさん!」
アタシのかーさんは既に起きていた。
「おはよう、今日も泳ぐの?折角の門出の日だってのに。」
かーさんはアクビをした。
「日課日課〜!にしし、行ってきま〜す!」
水着姿で外に出たアタシは、直ぐさま左へ曲がって突き進む。
「(家を出て、左へ曲がって、突き進む。やった!五七五完成した!)」
ここワカバタウンへ引っ越して一ヶ月。
今日は、ついにアタシにもポケモンが貰える!
アタシのとーさんと同じ、トレーナーになれるんだ!
浮き立つ足を更に速めて、目的地へとダッシュ!
・・・・・到着!
見渡す限りの綺麗な河。ここは、ジョウトとカントーを分かつ境界線なんだっけ。
ま、そんな事はいいや!泳ぐぞ!
ドン!!
準備体操なしにアタシは地面を思い切り蹴り上げ、広い水の中へと引きずりこまれていく。
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「ふぃ〜〜〜、ただいま〜〜〜。」
濡れた髪をタオルで拭きながら、家に帰った。
時計は・・・6時、まだまだだいじょぶ!
「ほらほら、ちゃんと拭いてから上がってよ!」
「ん〜。あ!アタシ外にあるやつ、収穫してくる!」
アタシはビーチサンダルを履いて、家の外の側にある、小さな畑へやってきた。
種類ごとに区分してあるし、小さな看板を作って挿したから間違わないよ〜。
季節は夏。
撓わに実った黄色い実がひとつ、凛と輝いていた。
ちいさな看板には『とーもころし』と書かれていた。オッケー!!収穫収穫〜!!
アタシは取ったトウモロコシを手に、家に帰る。
「かーさーん!ホイこれ!」
「あらぁ、随分大きいわね。」
「えへへ〜〜、湯がいてバターコーンにしよっと!」
「・・・手間かかるんじゃない?」
「いーのいーの!時間あるんだから!」
アタシはエプロンをし、子鍋に水を入れる。
「マツリ、あんた着替えたらどうなの?水着のままで。」
「ええ〜?大丈夫大丈夫〜!」
「着替えなさい。」
「ま〜ま〜、いっつもの事だしさ〜。」
「着替えなさい。」
「おいっス〜〜!!」
・・・かーさん、三回目からは容赦なくなるからね〜(笑) アタシは駆け足で2階の部屋に戻って着替えた。
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・・・時間は・・・8時!
約束の時間は、8時15分!
朝ごはんは食べた!荷物はオッケー!水着もちゃんと入ってる!トイレも行った!
「・・・んじゃ、そろそろいくね、かーさん。」
アタシはビーチサンダルを履く。
「マツリ、ちょっと待ちなさい。」
かーさんが手櫛を持ってやってきた。
アタシの髪を優しく梳かしてくれた。
「ホントにそそっかしいわね、マツリは。」
「えへへへ♪」
アタシはかーさんの体に顔を埋める。
「こら、出来ないじゃないの。」
「・・・・・・・・。」
「・・・どうしたの、マツリ。」
「・・・・・かーさん。」
「ん?」
「・・・・・かーさん・・・、アタシ、とーさんみたいになれる?」
「ん〜?越えるの間違いじゃないの?」
「・・・・・。」
かーさんがアタシの頭を両手で抱いた。
「自信を持って、ね。・・・少々くじけても腐っちゃダメよ。」
「・・・・・ぐす・・・・・・・・ん・・・んじゃ!いってきまーーーーーす!!」
碧の髪を靡かせて、二つのリボンを左右につけて、迷彩色のジャケットにカッターシャツ、焦げ茶色のミニスカートをひるがえし、アタシは門出を通過した!
さあさあ、目指すは、ウツギ博士のところ!!
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はぁ、はぁ、走ってきたから、少し疲れた〜。
アタシは研究所の前で立ち往生していた。
「(いよいよポケモンが貰える〜。最初の3匹はチコリータとヒノアラシとワニノコでしょ〜?いやでも、アタシはもう決めてあるんだ。でもいざとなると・・・いや〜緊張しちゃうよね〜〜。)」
アタシは玄関の前で思わずクネクネする。
パコン!
「あだっ!?」
突然頭を殴られた!?いったーーい!!
「てめぇ、何こんな所で突っ立ってるんだよ。」
振り向くとそこには、
「あ!おやぶん!どうしてここに!?」
アタシの膝下くらいの大きさのマリルが、腕を組んで踏ん反り返っている。
このマリルは、アタシのとーさんのポケモンなの。レベルは65だって(笑)。とーさんが死んでから、このマリルがアタシのとーさんの代わりなんだよね〜。一緒に遊んだり、泳ぎのコーチして貰ったり、ポケモンバトルを教えて貰ったりと、色々お世話になってるんだ。
「おお、マツリのかーちゃんに頼まれてな、おめぇ一人だと何かと気苦労が絶えねえからよ、この俺もついていく事にしたんだ。」
「ええええ!!?おやぶんもついてくるのーーー!!?ダメだよ〜、流石におやぶんの手は借りれないよ〜、今回はアタシ自身の修業にもなるんだしさ〜。」
「綺麗事抜かしてんじゃねーぞてめー!お前一人でジョウト地方歩かせてみやがれ!あっというまに地球の裏側へ来ちまうぞ!」
「う・・・・、で、でも地図もあるんだし!」
「読めた試しがあんのかよ、この方向音痴がああぁぁ!!」
アタシはガクッとうなだれた。
・・・あ〜あ、なんかやる気削がれちゃったな〜。確かに方向音痴の自覚はあるけどさ〜。隣の家に卵借りに行って隣町に着いたり、家の近くの河で泳いで洞窟に迷いこんだり、家から出るのに20分くらいかかる事があるくらいだもん。
「ま〜ま〜おやぶん!人間誰しも欠点や取り柄のひとつやふたつあるって〜♪」
「なにげに取り柄にしようとしてんな・・・。」
「えへへへへへ〜」
「褒めてねぇ!」
「はぅっ。」
「けっ、第一てめぇ、もし旅が終わってから一向に自宅に到着出来ねぇって、笑い者にされてぇのか?」
「・・・・い、いやかも。」
「そーだろうが。地理に関しては俺に任せろ。伊達にてめぇの親父とジョウト廻ったわけじゃねぇ。あと、バトルに関しては俺は一切不干渉でいかせて貰うからな。」
「うん!それは勿論!あ、でもアドバイスぐらいは・・・・いい?」
「・・・まあ、そんぐらいなら。」
「いゃったああああ!!」
マリルのおやぶんがついて来てくれる♪
もう怖い者なしだ〜♪
・・・あ、一応補足しとくけど、ウチのおやぶん、喋るからね〜。
すると、玄関のドアが一人でに開いた。
「あ、マツリちゃんかい?入ってくればいいのに。」
ウツギ博士がドアから顔を覗かせた。
「あはははは〜。ちょっとキンチョーしちゃって〜。」
アタシは照れ笑いしながら、頭を掻く。
「入っておいでよ。」
「は〜い!!」
アタシは研究所に入った。
奥の部屋に進む。
「ウツギ博士!今日はありがとうございます!」
アタシは博士に一礼をする。
「ふふふ、緊張するよね?」
「すっっっごい緊張してます!!」
「うん、誰も皆そんなものさ。君の事は君のおかあさんから聞いてるよ。おとうさんに憧れて、ポケモントレーナーになりたいんだって?」
「はい!アタシのとーさん、バトルも強いんですけど、水ポケモンをすっごく大切に思っていて、・・・・・でも、とーさん死んじゃったから、アタシがとーさんのバトンを繋ぎたいんです!とーさんが水専門のギルドを立ち上げたみたいに、アタシも水のエキスパートになりたいんです!」
アタシは、とーさんに対する気持ちを素直にぶつけた。
「・・・いい目だね。君のおとうさんは、ジョウトのポケモンリーグで殿堂入りを果たした。でもただの殿堂入りじゃあない。6匹まるまる水ポケモンで登録しての殿堂入り、だからとても名誉な事だ。・・・・・水タイプは、育てれば育てるほど水の技の威力は増大する。ただし、草と電気タイプには致命的だから注意する事。・・・この世界で最もポケモンの数の多いタイプが水なんだ。偏る事なく、しなやかな水のように、広い心を持つんだよ。それが、水ポケモンとのスキンシップに繋がるからね。」
ウツギ博士が、アタシにひとつのボールを手渡した。
「え?これ、ワニノコですか?」
「というか、キミはこの子以外選ばないでしょう。」
ウツギ博士は腹を抱えて笑っている。
「えへへへ〜。」
アタシはボールの開閉スイッチを押した。
中から、ワニノコが飛び出した。
「うっわああああああ!かっわいいいぃぃぃ!」
ワニノコの手を取り、ブンブン握手した。
「ワ、ワニ!?」
「アタシはワカバタウンに引っ越してきたマツリです!よろしく〜〜〜〜!!」
ニカッと、ワニノコに挨拶した。
「ワ、ワニワニ〜!」
ワニノコは手を強く握り返した。
.
.
.
さあさあさあさあ!
今からアタシの旅が始まるよ〜!
「ワカバタウンを出てみました!」
ここは29番どうろ。
雑木林や野生のポケモンの出る草むら、段差や曲がり道が、アタシ達の行方を阻む。
アタシはポケギアのアプリを開いた。
「えーとー、地図検索地図検索っと。」
ピ、ピ、ピ、ピ。
「アサギシティ?ちがうよ、ヨシノシティだから・・・あれ?ルート検索ってどれ?・・・あれ?画面変わっちゃった・・・・・・う、うぇ?あーーもーーわからないよーー!!おやぶーん!助けてー!」
アタシのモンスターボールからおやぶんこと、マリルが出てきた。
ゲシッ!
「いったぁ!?」
「てめぇ!ポケギアぐらい扱えねぇのかよ!んとに甲斐性ねー奴だなぁ。」
「ぶーーー。」
「貸してみな、・・・・・ふんふん、ここからヨシノシティまで、徒歩で6時間ってとこか。」
「・・・徒歩で6時間か・・・。走った場合は?」
「・・・・・・・・てめぇ、まさか。」
「その、まさか!」
アタシはワニノコをボールから出した。
「ワニ?」
「それではー!記念すべき第一回目の修業を発表しまーす!」
アタシはカバンからスニーカーを出し、ビーチサンダルと交換する。
「おやぶん、ヨシノまで何Km?」
「てめ・・・本気みてぇだな?」
「ワニ?」
アタシは靴紐をギュッと締める。
「・・・およそ24Kmだ。」
「よ〜し!今から2時間20分間!その間までにヨシノに着かない者は、罰ゲーーーム!」
「ワニャーーーー!?」
「ん?どしたのワニっぺ?」
「ワニワニワニャーーー!」
「・・・・・持病のヘルニアが再発したから休ませてくれだと。」
「さあ!張り切っていくよー!」
「ワニワニワーーー!?」
「まあ、なんだ、ワニッペ。怨むなら・・・てめぇの運命を怨みな。・・・この俺のようによ。」
「おやぶん!ワニッペ!しっかりアタシについて来て!」
アタシはクラウチングスタートの構えをとった。
利き足に重心をのせていく。
筋肉を捩らせるように、瞬発力を溜める。
「いくよ・・・・・・・ドン!!」
29番どうろを、ぶっちぎりでかけていく。
「おやぶーん!ワニッペー!先に行くからー!」
アタシは更に加速する。呼吸が乱れない程度に、少しずつ少しずつ、ギアを上げていく。
余分な動作をすりおとし、持続的な走りを意識して、素早く、風のように前へと進む。
旅の初日だしね〜!
この高揚感を!高まる気持ちを!
全部エネルギーに!!
アタシはスピードを落とす事なく、木々を抜けていった。
.
.
.
ヨシノシティ
アタシはポケギアの時計を見た。
あと30秒でタイムオーバー。
おやぶんとワニッペを、ヨシノシティの入口から見守っていると、蒼い体の2匹が、せっせと走ってくる。
「頑張れ〜!あと10秒だよ〜!」
おやぶんとワニッペは、アタシの10秒という単語を聞いて、目のいろを変えて、がむしゃらにラストスパートをかける。
「ゴ〜〜〜ル!みんなお疲れ様〜〜!遅刻はなし〜!」
おやぶんとワニッペは倒れこんでしまった。
「・・・・ば・・・・・相変わらず・・・化けもんだな・・・マツリは・・・・・・・スタミナ・・・・無尽蔵・・かよ・・。」
「・・・ワニニ・・・・。」
「ま〜〜、こちとら4歳からとーさんにしごかれてたかんね〜。」
アタシはおやぶんとワニッペを抱き上げ、最寄りのポケモンセンターに連れていった。
「(とーさんの言った通りだった。水ポケモンは、体内で水を生成する為の酸素が貯蓄されてるから、スタミナが多いって。・・・初めてでここまで走れるなんて・・・・すごいね。この子達・・・・お疲れ様。)」
.
.
「・・・回復まで時間がかかるし、ちょっと散歩しよ〜っと。」
ヨシノを散策中〜♪
「(・・・あれぇ?さっきの入口から、誰か走ってくる。)」
29番どうろから息を切らして走ってきた上下黒い服の男の子。同い年くらいかな?
オレンジの髪に纏わり付く汗を払いながら、ヨシノの入口にその男の子は入ってきた。
・・・・・!・・・・・さっきまであんな子見なかったよ?・・・走ってた途中もちゃんと人は見てたから、道中あの子はいなかった。・・・・じゃあ、ワカバタウンから走ってきたって事・・・!?
アタシのタイムが24Kmを101分55秒。(←アタシのは尋常じゃないだけだからさ。みんな気にしないでね♪)
おやぶん達を待って、ポケモンセンターに送って・・・ラグが30分くらい、足して・・・・・131分台からそれ以下か・・・・。
・・・・・ふつうだった(笑)
あれ?でも、全然疲れてなさそう。
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??? side
「はぁ、はぁ、はぁ。」
・・・ここまで撒けば追ってこねぇだろう。
フン、マヌケな連中だぜ。侵入者のひとりも気付かねぇなんてよ。
おかげで、俺はヒノアラシを頂く事ができた。本来ならワニノコを頂きたかったんだがな・・・。弱そうな女が先に貰ってやがったぜ。
弱い奴がポケモン持ってても、宝の持ち腐れなんだよ!
・・・・・まあいい、少し休むか、何時間も走って、クタクタだ・・・。
「ほぇ〜〜〜〜。」
・・・あ”?
誰だ間抜けな声で。
俺は顔を上げた。
「・・・・・!」
「にししし〜、速いね!キミ!」
こ、こいつはさっきまで研究所でワニノコを貰ってた奴!
い、いや、それよりも、何で俺よりも速くヨシノに居やがるんだ!?
俺は、こいつが研究所を出て直ぐにヒノアラシを奪い、29番どうろを走った。
自慢じゃないが、俺の足はそこらの奴に遅れるほどヤワじゃねぇ。
「(この俺様よりもっと速く走ってたっていうのか!?)」
「どこからきたの〜!?ワカバタウン!?」
・・・いけしゃあしゃあと話し掛けてきた女。っつーか、汗ひとつかいてねーなこのアマ。
「・・・馴れ馴れしいんだよ、失せろ。」
ゴロツキを追い返すかのように睨んで脅す。
「えへへへへ〜。」
「・・・何笑ってんだお前。」
「131,55」
「は?」
何言ってんだ、コイツ。
「キミのタイムが、2,11,55!!」
・・・段々と開いた口が塞がらなくなる。
「ワカバタウンからヨシノシティまでの距離が、約24Kmらしいんだって♪大体1Kmあたりで計算すると〜、・・・えぇ〜っと・・・・うーん・・・。」
女は突然考え始めた。
関わるだけでウザい。俺はその場を後にした。
「解った〜!時間÷距離だ〜!」
「公式の話かよ!!」
・・・思わずツッコミを入れてしまった。
「えへへへへ〜♪」
「褒めてねぇよカス。」
今度こそはと、足を速めてコイツから離れる。
「あー待って!解った!計算解けたから!」
「(ッチ、いい加減どついてやろうか?)」
「えっとね〜、131を24で割って、10のくらいが〜・・・0!・・んで1のくらいが・・・・・・・・・5!・・・・・・少数点が・・んと・・4だ!だから、クロちゃんは1Kmあたり5分24秒近くで走ってたんだよ!」
「・・・・・・・クロ?」
「あ、真っ黒い服だからクロちゃん。・・・・他の名前がいい?」
・・・・・・・っち!
面倒くさくなった俺は、ソイツを置き去りにして走った。
全速力で、追われないように。
・・・これだから女は嫌いだ。馴れ馴れしく近づきやがる。
「速いね!クロちゃん!」
「な!?」
・・・ば・・・馬鹿な!?
こいつ、アスリートか何かか?
「あ、アタシの足が速い理由?小さい頃からとーさんに鍛えられたんだよね〜。」
勝手に照れ出す女。
俺はそれでも振り切ろうとした。
だが、ちっとも振り切れない。俺は、体力尽きるまで、コイツから逃げ続けた。
.
.
.
・・・くそ・・・・っ・・・たれが・・!
何なんだこの女!
走っても走っても引き離せねぇ!
「ぅわあ、綺麗な湖〜!」
・・・しかも何で息切れひとつも無いんだよ!
「・・・おい女!」
「マツリ。」
・・・は?祭?
「アタシはマツリっていうの。そう呼んで。」
ソイツはそういいながら、俺に目線を交わす。
「・・・なんか俺に用かよ。」
コイツが付き纏う理由がわからねぇ。何が目的だ?
・・・まさか、ヒノアラシの事で既に連絡が回ってるのか!?
俺は顔を強張らせた。
「名前、聞いてないもん。」
「・・・・・・?」
「キミの名前。」
ソイツ・・・マツリとかいう女は、視線を俺から目の前に広がる湖に移した。
「・・・・何で教えなきゃならねぇ。」
「じゃあ、クロちゃんでいっか♪」
「・・・・・・・・・・ブラックだ。」
「ブラックか・・・、じゃあ、ラックで♪」
「CDラックみたいに言うな!?」
「じゃあ、ブラにする?」
「・・・・・・・・・勝手にしろ。」
「じゃあ、ラックにするね〜♪」
ニカッと、マツリは歯を見せて笑った。
・・・コイツは何がしたいんだ?俺を狙ってるんじゃねぇのか。
湖の奥から向かい風が吹いた。
・・・だいぶ息が整ったな。
俺は足を崩す。
隣を見た。あの緑髪の女は・・・?
・・・・・!?
カバンを置いたと思ったら、急に服を脱ぎ始めた。俺は顔を瞬時に背けた。
「な、なにやってんだお前?」
「にしししし!せっかく綺麗な湖だし!泳ぐの!」
は?泳ぐ?何故今?
マツリは着ている物を全部脱いだ。すると、既に着込んでいたのだろう、純白の水着を着ていた。
「ラックも泳がない?」
「・・・・・(プイ)」
マツリが俺の顔を覗く。
俺は顔を背ける。
目の前の湖は、雑草の生えた土手を淵にして、綺麗な円形を保っている。だが、目の前の淵は決して浅くはない。湖の水が綺麗だから水深がよく見える。光が射さない程、底が深い。
「じゃあ泳ごっと♪」
マツリはそういい、両足を揃えて湖にジャンプした。
・・・・・思わず見入ってしまった自分が恥ずかしくなる。
まるで、イルカのようだった。
イルカのようにたくましく、そして、美しい姿が、水の中に消えるまで、確かにそれはあったんだ。
水しぶきを上げて、波紋が綺麗にゆっくりと広がっていった。
「・・・・・・・・・・・?」
・・・・・ん?
「(・・・全然・・浮いてこねぇな。)」
俺は足を伸ばして湖を傍観するつもりだった。
・・・だがアイツ今、飛び込んだよな?
考えるに増して、時間も経過していく。
・・・もう30秒経つな。
「(・・・・・けっ。)」
俺は立ち上がり、その場を後にした。
さっさと逃げりゃよかったぜ。
アイツのほうからふっ切れやがったんだ。もう二度と会うのはゴメンだぜ。
おそらく、アイツが水から上がって俺がいない事に、わなわな震えるんだろうよ、ざまあみろってんだ。
湖を背にして離れていく。
・・・・・・・・・・・・。
「(・・・・そろそろ一分だぞ?)」
俺は振り返ろうかと試みたが、
「(ま、大方俺を脅かすつもりだろうよ・・・その手にはのるか。)」
俺はポケットに手をつっこみ、鼻で笑った。
再び歩き出す。
・・・・・だが、なぜだろうか。
進む歩幅が、段々と、狭くなっていくのは?
「(・・・・・この俺が心配だと?・・・・ざけんな。)」
俺はいきり立った。
・・・・・しかし、言葉とは裏腹に、身体が前へ進む事を拒絶する。
そしてついに、俺は立ち止まってしまった。
・・・・・・・・・・・・・。
「(・・・もう2分経ったはずだぞ・・・?)」
俺は湖を遠目で見た。
さっきまでと何も変わらない景色だった。
「(・・・・・・・・・・・。)」
時間は過ぎていく。
「(・・・・・・・・・・・。)」
10秒か経過する。
「(・・何やってんだあのバカが!!?)」
俺は上着を脱いで投げ捨て、全速力で湖に駆け込む!
あまり言いたくはないが、マツリに追っかけられてる時よりも、自分の自己ベストの時よりも、今走ってる瞬間が、歴代で一番速いんじゃねーのかって感じだった。
俺はアイツを助ける為に、湖に飛び込んだ!
・・・・・・・そう、飛び込んだ。
ザバッ!
「ラック〜♪見てみて〜、綺麗な宝石でしょ・・・え!?」
「は!!?」
俺の身体は萎縮し、精神的には唖然としたまま、
ドッポーーーーンッッ!!!
無人の湖に吸い込まれていった・・・。
.
.
.
.
マツリ side
「お前!どういうつもりだ!」
ラックが、アタシのタオルで身体を拭きながら、声を荒げた。
「いや〜〜、湖の底に綺麗な石みたいな宝石みたいなのがあってね〜。コケが多くってさ〜、なかなか掴めなかったんだよね〜。」
アタシは右手に握ってた石を、ラックに見せる。水色の勾玉の形をした石だった。
「理由になると思ってんのか!カス!ったく、神秘の雫ぐらいで・・・。」
ラックがぶつぶつと愚痴をこぼす。
「ラック。」
アタシはラックの前に歩みよる。
「・・・?」
「ラック、泳げなかったの?」
「るせぇ!」
.
・・・・・それなのに・・・、
アタシの事心配して、飛び込んでくれたんだよね・・・。、
.
「えへへへへへ♪ラック、カッコよかったじゃない!」
アタシは顔をラックにぐいっと近づけて、ニカッと笑った。
「・・・・・・・近ぇよ///」
「うにゃ?・・・あ!何!照れてんの?いや〜ん!ラックったらも〜!」
アタシは前屈みになって突き出た胸を、照れながら隠すように腕を交差した。
「・・・アホ。」
ラックはそっぽを向いた。