番外編のアフターストーリー
オーキド side
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マサラタウンのオーキド研究所にて
「ほほう・・・・・いい顔をしておる。」
朝のコーヒーを飲みながら、今朝の新聞を読んでいたワシは、研究室のホットコーナーで満足げに頷く。
『またもやロケット団!?ポケモンは無事奪還!』の見出しが一面に載った新聞。
その記載写真には、マサラを旅出った青髪の少女が写っていた。右手に感謝状を持たされ、頬を赤らめて目を反らしている少女は、初めて会った時とは顔つきが変わり、少し柔らかくなったように思えた。
「なになに・・・『トレーナーのポケモンの窃盗事件に関与していたと思われるシロヤマ組員2名を、旧クチバ港にて現行犯逮捕。と同時にロケット団2名を逮捕し、警察は犯行経路を詳しく取り調べる次第。クチバ警察は、今捜査に協力頂いた新米ポケモントレーナー【匿名希望】を呼び、署内で表彰を行った。』
そうか、もうクチバシティに着いたか。・・・あのロケット団を引っ捕らえるとは、なかなか肝の座った子じゃな。早くも一つ星トレーナー昇格か。」
流石、ワシが目をつけただけはある。これからの成長が楽しみじゃわい。
「オーキド博士。」
ドアから助手が顔を出した。
「お客様がお見えです。えっと、ルナさんのご両親のようで。」
「おぉ解った。通しなさい。」
助手は部屋から出ていく。
ワシはインスタントのコーヒーをふたつ用意し、テーブルの上に置き、客席用のソファの上にあるゴミを払い除けた。
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「オーキド博士。」
「おはようございます。」
「おお、こりゃどうも。散らかっていてすみませんな。」
部屋に入ってきたのは、ルナの両親。
二ヶ月前に、マサラに越してきた内科の医師。
その父親は、白衣を着ており、無精髭を携えながら、明るく笑顔を振り撒く様は、とても印象のいい気さくな先生に見えた。
母親は、身長は父親とあまり変わらないが、ふくよかな体型をしていた。少し気が強そうで、体格は父親よりもガッチリとしているが、凜として優しそうな佇まいに、とても包容力のある人だと思ってしまう。
ワシは二人をソファに座るよう促した。
「オーキド博士。ルナにポケモンを持たせて頂いたみたいで、ありがとうございました。」
ルナの父と母が頭を下げた。
「いいんじゃよ。頭を上げてください。・・・・・まぁ、女の子ですから少し躊躇ったんですが、・・・ポケモンがいた方が心強いからのぅ、この御時世は。」
「ええ・・。いきなり旅を始めると聞いた時は、隕石でも降るのかと疑ったくらいですからね。」
笑い声が少し響く。
「ルナ君は、将来医者を継ぐのかの?」
「いいえ、まだ保留中です。あの子もボーッとしていて、先の事考えずな性格ですからね、亭主に似て。」
「ほっとけ。」
「ははは、・・・・・・ルナ君は確か。」
「ええ、トキワの学校で少々・・・」
・・・・・ルナ君がトキワに住んでいた時、学校で酷い虐めを受けていたのは聞いていた。独りよがりでそっけない性格は、周りから見れば煙たがれる要因かもしれん。
まあ、その年頃の子は、そんなもの取るにこしたことのない、些細な日常じゃ。虐められればケンカしたり、泣いたり、不登校になったりと、なにかしらのシグナルが発する。
じゃが、ルナ君は特殊という可きか、別物というべきか。
学校やクラスで虐めを受けても、何でもないように反応を示さなかったようじゃ。それを面白く思わぬ子達が、だんだんとエスカレートしていったのじゃろう。
下駄箱にゴミ、ロッカーに落書き、机に花瓶、体操服に泥、石を投げられ、けつられ、髪を切られ、影からクラスメートのポケモンに襲われた事もあったらしい。
男子からの虐めよりも、女子からの非難の方が酷かったようじゃ。中には同情を買って味方になろうとした者もいたのじゃが、ルナ君の突き刺すような目を見て、誰も干渉しなくなったらしい。
目の前の両親も、娘の異変に全く気付かなかった。まあ、医者をやってる以上、滅多に家に帰れる状態ではなかったようじゃ。
両親が悪いわけではない。ただルナ君が、ずっと黙っていただけだったらしい。
学校帰りに、泥を投げつけられたら、『転んだ』と。
物を隠されたら、『なくした』と。
クラスメートのポケモンに噛まれたら、『野生のポケモン』と。
両親がこれはおかしいと疑念を抱き、学校側に問い詰めれば、教師でさえルナ君をあしらっていた始末。これにはさすがの温厚な父親も怒ったようじゃ。
逆に母親は、ルナ君に問い詰めたようじゃ。「なぜ何も言わないの」か。「なぜやり返さないの」か。
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・・・ルナ君はその時既に、声が出なくなっていた。・・・。
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度重なるイジメ、理不尽な暴行、精神的な圧迫。・・・自分自身を殻に入れ、心を閉ざしてしまったルナ君は、重度の鬱病にかかってしまった。
淀んだ目をし、窶(やつ)れた風貌のルナ君を見た両親は、このままでは娘の心が壊れてしまうと感じ、自然の多いマサラに引っ越したという経緯だった。
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ルナの母 side
「あの子も、もすこし協調性ってもんがあれば別なんですが。・・・何にも関心がなく、何にも興味を持たない。・・・情けない娘です、ホント。」
私は目の前のコーヒーを少し啜る。
「・・・医者の仕事が忙しいのを理由に、アイツに構ってやれらなかった。・・・・・アイツはきっと、俺達に心配かけたくなかったんだろうな・・・。だから色々黙ってた。俺達も、あの時はやりきれない気持ちで一杯でした。」
「ふむ・・・。お二人共、今朝の新聞を見ましたかな?」
オーキド博士が言う。
「ええ。」
「見ました。」
テーブルに置いてあった今朝の新聞の表紙の記事を見る。
娘がクチバの警察官達に囲まれ、称賛を受けて、顔を俯かせて照れている。その周りには、フシギダネやピカチュウやディグダが、仲睦まじくくっついていた。
「これ以上ない便りですよ。」
「・・・ホント。」
家にいたあの子が、こんな表情をするとは思わなかったから、少し複雑な感情が渦巻いた。
「親の俺が言うのもなんですが、アイツは本当にぶっきらぼうな奴で、自分をさらけ出すという事を一切しない子どもでした。・・・・・こんな明るい顔、いつ以来だろうなぁ。」
亭主が、新聞を横目に、言葉を漏らす。
「ルナ君は13歳じゃ。成長が著しい時期なのじゃろう。ポケモンとの出会いもきっかけになったのかのぉ。」
オーキド博士が言った。
・・・・・ホント、マサラに来てからあの子、変わったわ。
まるで、人が変わったかのように。
「・・・・・・・・オーキド博士。実は、ルナの事なんですが、ポケモンを貰う以前に、妙な出来事に出くわしまして。・・・それからなんです、ルナが急に喋れるようになり、性格も変に明るくなった。
・・・まるで、ウチのルナじゃないみたいに。」
亭主が、私の考えを見透かしたように言った。
「・・・・・どういう事じゃ?」
「実はですね、マサラに来る日の事なんですが・・・。」
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ルナの父 side
あの日は今から2ヶ月ちょっと前。
引っ越しの手続きを済ませ、大型の4WDに荷物を詰め込んで、1番どうろの下り道を車で進んでいた時だった。
「あんた、よかったのかい?トキワ市立の病院やめて。」
「いいんだよ、るせぇなあ。・・・・・今まで忙しくてルナに構ってやれなかったしよ、マサラで小さな医院設立して、のんびりやっていこうって言ってんだろ。」
女房の小言に愚痴をこぼす。
「気分転換ってヤツだよ。トキワのまずい空気すうよか、マサラの自然の中で生活すりゃいいじゃねぇか。」
「・・・・・・・・・・。」
後部席で、じっと押し黙ってる一人娘のルナが、ミラー越しに見える。
「・・・ルナ、もう学校の事は忘れな。マサラでの生活が落ち着いたら、そこで友達見つけりゃいい。」
「そうだよ、ルナ。ちょっとは自己主張して、明るくしないと、いつまでも誰とも馴染めないよ。」
俺と女房がルナを宥める。
ま、引っ越しの理由は、俺の仕事の都合だと表面上では言ってあるが、本当の理由は、ルナが学校で虐めを受け、これ以上続けさせるのは、親として心許なく思ったからである。
「・・・・・・・・・・。」
ルナは無反応だったが、少し頷いたように感じとれた。・・・車の振動ではないと信じたい。
「(ルナもルナだが・・・トキワの同年代のガキ共もどうしようもねぇな。ルナが学校を出ていく日まで、侮蔑な目線を向けやがって・・・。親がクズだから子もドクズなんだよ、クソ!)」
俺は少しアクセルをふかした。
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その時。
不思議な出来事が起こった。
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突然、車の窓から映る景色が、紫色の色調に染まった!
「は?」
「え?」
「・・・・・・・?」
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俺達は、突然の未曾有な出来事に驚きを隠せない。
なぜ、目の前が紫色に染まっているのか?
塗り潰されてるわけではない。ただ、まるでワインの中にいるかのような感覚で、視覚が麻痺したかのように少し目眩がしたのかと勘違いする程だ。
目の前の景色はそのまま。車も普通に動いてる。視界以外は、なにも異常はない。
女房やルナを振り向くと、勿論紫色。
カラーコンタクトを付けたかのような、すべてが紫のトーンに包まれた。
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・・・・・・・・5〜6秒くらい経っただろうか?
ようやく紫の光が消え、元の色調に戻る。
「・・・・・なんだい今のは?雷かい?」
女房が口ずさむ
「・・・なわけねぇだろ。ポケモンか何かじゃねぇの?」
エスパータイプか何かがイタズラに、何か技を使ったのだろうと、勝手に推測する。
「この辺にポケモンなんているのかい?草むらに入ってるわけでもないのに?・・・気味悪いねぇ。」
謎の紫色の光の現象にどぎまぎした俺は、改めて運転に専念しようとした所だった・・・・・・・。
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・・ドサッ!!
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後部席にいたルナが突然倒れた。
「ルナ?」
女房が助手席からルナを振り返り、娘の様子を見た。
「・・・・・・・・・・・・。」
糸の切れたパペット人形のように、ルナの身体は動かない。
女房が助手席から後部座席に急いで移り、ルナの身体を起こした。
俺は車を停めた。
「おい!ルナ!どうした!?」
突然倒れたルナに、俺は焦りを感じた。
女房がルナを何度も起こそうとしても、全く醒める気配がない・・・!
女房が、ルナの瞼(まぶた)をこじ開けて、瞳孔を確認した時、女房の身体が震えた。
「あ・・・あんた・・。」
女房が強張らせた声で俺をよぶ。
「・・癲癇(てんかん)だよ、この子!」
「は・・・・はあああぁ!!?」
て、癲癇!?
ルナは生まれて一度もンな症状になった事ねぇぞ!?真性癲癇か!?
女房は看護士の端くれだから、いい加減な事はいわねぇし・・・。
「貧血だろう!?」
「バカだね!貧血で白目むいて泡吹いて倒れるのかい!?」
痙攣は、意識障害等の発作を繰り返す脳疾患と言われている症状だ。発症率は人口の1%前後で、てんかん発作の原因としては、出産前後の酸素不足、頭部外傷、脳卒中、脳の感染症、脳の発生異常がメインで発症する。
・・・その他にも、それらを誘発する原因として、ストレスや体調不良、強烈な光や音などの刺激による因子が挙げられる。
俺はルナの様子を見た。
娘は完全に気を失っており、しかも硬直しているのか、少し強張っていた。
口は半開きの状態で、舌が引っ込んだ状態で強直しているのだろう、口から泡を吹いていた。
さっきの光と関係があるのだろうか?・・・・クソ、わからねぇ!
俺はハンドルを急転させ、車をUターンさせ、トキワ方面へ急行した。
「おい!引っ越し業者に『遅れる』って電話しろ!ルナの症状をしっかり見とけ!トキワの病院へ急ぐぞ!」
車はデコボコ道に揺らされながら、トキワの病院へと向かう・・・。
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オーキド side
「・・・・紫の光・・か・・・・。」
ルナの父は、話を一通り終え、手元のコーヒーを飲んで一息入れた。
「・・・診察によると、原因不明の意識喪失で、脳波にも異常はなかったので、まあ後遺症もなさそうだから、いいかと思いながら病院を出て、再度マサラへ向かった次第で。」
「・・・ルナはその時の事を覚えていないようでした。」
・・・・要するに、二人が直面したという謎の紫色の光によって、ルナは意識を失い、そのショックで精神面で変化があらわれたのではないかと思っておるわけじゃな。
「ふむ、ワシもそのような光の現象は聞いたことがないのう・・・。1番どうろにはコラッタとポッポぐらいしか生息しておらん。」
「・・・考えすぎでしたかね。」
ルナの父が小さく溜息をついた。
「お、そういえば。ルナ君にポケモンを持たせてしばらくした時じゃった。ルナ君がワシの所に相談に来とったよ。なんでも、モンスターボールを投げるのが苦手で、どうすればいいかと聞いてきたもんじゃから、特注の捕獲銃を渡してやったら、喜んどったわい。」
「・・・・・?」
「え・・・?」
両親が首を傾げる。
「ボールを投げるのが、苦手・・・。ルナの奴、そう言ってたんですか?」
父が怪訝そうに思考にふけながら聞いた。
「うむ。ワシは詳しく存じないが、孫の話によると、小さい頃からコントロールが苦手で、キャッチボールで練習しすぎて肩を外したとか。」
ワシは少しはにかみながら話した。
すると、両親はふたりして顔を見合わせてしまった。驚いているようだ。
「(・・・あいつ、いつ肩なんか外したんだ?)」
「(キャッチボール?・・・うちにグローブとボールなんてあったかしら?・・・じゃあ友達と?いや、あの子はずっと家にいたし・・・。)」
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両親は、開院の時間だからと仕事に戻っていった。
再び休憩室が静寂になる。
「(・・・・・そういえば、ルナは・・・初めて会った時、ポケモンの事を全く知らなかったそぶりをしておった。・・・・・・トキワの学校では、普通科目の他にも、ポケモンに関する授業は必須科目の筈。・・・・さっきの話にあった、謎の光が原因で、記憶障害が起きたというのか・・?)」
ワシはコーヒーを片付けた。
「(・・・ま、考えすぎじゃろうて。・・・気掛かりなのは・・・・・とても、イジメを受けるような子には見えんがのぅ。)」
新聞に写る、無表情の少女の写真を見ながらそう呟いた。
side out
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タマムシシティ 某所
バシィン!
男は、新聞を掴む手を震わせた後、目の前の四角テーブルにたたきつけた。
「おい!」
「は、はい!」
男は、部屋の隅にいる部下に言い放つ。
「ムツミを呼べ!」
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幹部室の入口のドアから、ノック音が響く。
「し、失礼します。」
緊張した面持ちで、黒い服装に『R』のイニシャルのついた格好を身にした女、ムツミが部屋に入る。
男は部屋の奥のリクライニングの椅子から立ち上がった。
「ムツミ・・・・。」
「は、はい!」
緊迫した空気が流れる。
「・・・3日前、お前が言った報告をもう一度言ってみろ。」
「は・・はい!えと・・・『ヤマブキシティに潜入し、団員2名に暴行及び逃亡を図ったリナとカスミ。以下2名を始末、並びに証拠隠滅の完了。』です。」
ムツミという女は、以前ヤマブキにて妨害をしたトレーナーを倒した事で、幹部に昇進していた。
「・・・・そのリナって奴の外的特徴は?」
「えと・・・青髪のガキで、背中に銃を背負った女ですが。」
「・・・つじつまが合わねぇな。」
男は新聞を女に見せる。
「・・・・・え!?」
ムツミは驚愕した。
そこには、銃を背負った青髪の少女が、新聞の写真に写っていた。日付も今朝の記事だった。
「(そ、そんな!・・・た、確かにあの時私がトドメをさした筈よ!?)」
「・・・お前はこの俺にウソの報告をしたって訳だ。」
新聞の記事の内容は、クチバにてロケット団の下っ端が、計画失敗に終わって逮捕されたという、彼等にとって実に空しい知らせだった。
ところが、その記事の写真には、以前ムツミが倒した筈であろう、青髪に銃を背負った少女が、無表情のまま顔を赤らめ、表彰を受けていた。
「ち・・違います!何かの間違いです!」
「・・・・・・・・。」
男は、ムツミの目をじっくり見る。
「(・・嘘はついてない様だな。『暗示』でもかけられたのか知らんが、現にあの女は生きている。間違いない。)」
男はもう一度写真を見た。
忌ま忌ましい女の足元に写っているフシギダネ、ピカチュウ、ディグダ。
男は、自分の頭に巻いてある包帯を、軽く触れた。
「・・・ムツミ、幹部隊長の俺の前で良い度胸だな。」
「本当です!本当なんです!」
ムツミは何度も言う。
「・・・・・・・まあいい、下がれ。」
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男はムツミを部屋から追い出す。
男はボールを取り出し、ゲンガーを繰り出した。
「・・・・・ゲンガー。」
「ケケ?」
「・・・今の女、喰ってもいいぞ。」
「ケーケケケケケケケケ!!」
ゲンガーは嬉しそうに舌なめずりをし、その姿を影に溶けるかのように消していった。
・・・ドアの向こうから、ある女の悲鳴が響き渡るが、男は気にも止めない。
男は新聞を手にとり、青髪の女を睨むように一瞥した。
「・・・・・クソアマがぁ、てめぇにつけられた傷が疼いて疼いて仕方ねぇ。・・・・・あの時はよくも崖から突き落としてくれたなぁ。」
男は、青髪の女の写真を引き裂いた。
「・・・楽には殺さねぇぞ・・・ククククク・・・・ハハハハハハハ!!!」
床には、顔が半分に割れたように、少女の写真が落ちていた。
ルナ side
「・・・・・くしゅん!」
「ルナ?風邪でもひいた?」
「・・・・・・・・・カスミ。」
「何?」
「・・・・・・私の・・噂した?」
「用途違う。」