本編
いざないの唄
「エルナ?ちょっと話があるんだけど……」

部活の顧問のサーナイト種であるコーラル先生から職員室に呼ばれた。

「はい、ただいま伺いました。お話とは何でしょうか?」

「実はね……」

実も何も、私の部活は部員私だけ。
私は合唱部に所属しているけど、私は伴奏として入部した。

ノーネット学園の合唱部は地区予選をくぐり抜けたことがない。
というか、そういうコンクールというものは地区予選すら通り抜けるのは大変なのだけれど。

コンクールの制度は金、銀、銅。私の学園は銅の常連校だ。
声を大にして言えることではない。

そして人数もこの状態で、合唱部も何もピアノ一人じゃ継続も厳しいため、
今年度で廃部予定なのだと宣告された。

まぁ当然だろう。3年生が引退してからというものの、私は1年3学期、2年1学期と、
弾きたい放題にピアノを弾いていただけなのだ。

ピアノを弾くのは楽しいけど、部活が廃部になるのは悲しい。でも、仕方のないことである。

「朝書いた和声でも使って小曲書いてみようかな……」

夏休み明けて一番の音楽室も、私一人だった。
広い部屋にピアノの音が清く、けど寂しく響いた。
でも、ピアノの音は私の癒しだった。

ポーン、ポーン……

「ベース単純にしないで下降形にした方がいいかな。
T、X5(6)、Y、V 9……」

こんな性格だから友達できないんだぞ、とかよく言われるのだけど、
これが私の至福であると理解されないのがとても悲しい。
でもロザは会ってすぐなのに、私に打ち解けてくれた。

「うーん、私音楽のことはあんまりわかんないけど、絵だって同じだと思う。趣向の使い方がね」

私にとって彼女はかけがえのない存在。
それから絵も見るようにはなったと思う。

昔から級友という友達もいるけど、今はバラバラだし、あまり多くはない方なのだ。
孤独を愛する訳ではないけども……。

ってそんな話はどうでもよくて。

始業式から一夜明けて、久しぶりの授業のせいか、とても疲れてるけど、今日もいつも通り音楽室へ歩みを進める。

そういえば、グラツィア君とも何もないなぁ。
かのブローンカントとは言ったけどやっぱり普通の学生だよね。
まあ、この考えも田舎の思考回路なのかしら……。


「―――――……」


……ん?


「……ア――――……」


何の音かな。

歩みを進めるごとに音量は厚みを増していく。
間違いなく音楽室からだ。

とても深く、美しく、私の周りを包むような声。
誰の声だろう。好奇心に揺さぶられ私は扉を小さく開けた。

息を呑んだ。

あの水色の毛並み。


間違いなくグラツィアだった。


少し呼吸の音がして、ポーンと基準音だろうか、DとGを鳴らす。


―― Ich liebe dich. so wie du mich ...


グラツィア君の声はあの時だけだったが、声は低かったため、今聴いている声が別人のようだ。
とても優美で繊細なテノールは私の心を浄化した。


この声に合わせたら伴奏も奏でやすいだろう……
頭をよぎった頃には私はピアノの前にいた。


―― in deine Klagen ...


この歌を知っていた私は、彼の声に合わせて大人しく伴奏を追加した。
彼は歌いながら突然追加された伴奏に目を向けたが、少し微笑んだような表情をして、向き直った。

2匹の呼吸が合う。

厚く熱のある男声と、繊細なピアノが交差する。

私はその空間に酔いしれた。


終奏を弾き終えると、拍手の音が聞こえた。
この音に我に返った私は、一体誰が聴いていたのかと鼓動を速める。

音の先は当然グラツィアだった。

少し冷静になってみると、何を血迷った行動に出ているのだろうと顔を紅くさせる。

「あっ、あの、その、失礼しました!」
「えっ、ちょっと待って」

その場の空気に耐えきれなくなった私は大きく御辞儀した後に駆けだしたけれど、グラツィア君に引き止められる。
胸がとても早く拍を刻む。

「君、僕の隣の席の方だよね……?」

私は長い沈黙を行使したためか、彼の方からそれを破ってきた。
私は目を見開いた。私なんかを覚えてくれるとは。

「間違ってるかな……?」

彼が少し不安そうに更なる質問を掛ける。私はその声で気を戻し、慌てて首を振る。

「いえっ。えと、その、2年C組の、エルナ=ハーモニアですっ」

動揺を隠そうともせず、元の質にも屈服し、途切れ途切れに自己紹介をする。
こんな場面をロザに見られたらきっと笑うだろう。私も客観的にみたら小さく笑ってしまいそうな気がする。

案の定、彼も、会った時よりも自然に、柔らかな微笑みを私に見せて、私の応答をした。



私の放課後は、その日を境に一転する事になろうとは、未だ予期するだに至る余地もなかった。
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Luna = Lenezza ( 2012/10/28(日) 02:04 )