2日目 その1
アジトに戻ってくると、既にほかのみんなが戻ってきていた。
「ヘッド、お疲れ様です」
その全てが、青柳に対してねぎらいの声をかける。
「ありがとうございます」
「随分遅かったじゃねぇか、桐生」
「い、いろいろあったんだよ」
と、藤代に対して言う桐生。
「ヘッドが牛丼食べてたから」って言わなくてよかった……
「そういや……久保は?」
「あぁ。自分ちで寝るって言って、早々と帰りました」
「ちっあいつ……新人のくせに」
苛立つ桐生。
「……えっと、今からどうします?」
「そうですね……一度休みましょう。また朝や昼に、強硬派からなんらかのアプローチがあるかも知れません」
「ええっと、休むって……どこで?」
……青柳はヒウンのアパートに住んでいる。
だがもしここで出てくる時や帰る時を誰かに目撃されたら、取り返しがつかないことになるかも知れない。
黒木 ゆかりがヘッドである以上、家が知られている可能性もあるからだ。
「……う〜ん……」
「なんなら、ここで寝ますか?」
「え?」
ボロボロのソファやボロボロのベッド、そしてボロボロの掛け布団。
それを使って、チームの面々が眠っていた。
「俺は地面でいいです。ヘッド、さ、寝てください」
そこには、そこそこ綺麗なベッドが置いてあった。
「……いいんですか?」
「遠慮することないですよ」
「ありがとう。桐生」
体が疲労しきっている。
青柳はベッドに寝転び、そのまま寝息を立てた。
しばらく経って目が覚めた。
「……」
当然、眠れないからである。
ベッドが硬く、思ったより寝にくい……
そういえば今、何時なのだろう。
ふと、考え込んで、思い出す。
「あ」
そういえば今日は、ウラリーグスペシャルの収録だったはずだ。
もし、私が抜けていたとなると、どうなっただろう。
自分を買いかぶる思いはないが、スペシャルはちゃんと収録されただろうか?
「……」
気になったので、今日収録に出るはずだった電話番号を知っている親友の坂本 凛に電話……
と、しまった。携帯は家に置きっぱなしだ。
青柳は仕方なく、ほかのメンバーを起こさないようにして空き地を出た。
サムビアに出たところで、電話ボックスに入り、坂本に電話をかける。
確か坂本とは、2年前ぐらいに
「ちょっと修行してくる」
と、坂本が言って、カロスに旅立ってから以来の再会だ。
そして……
「もしもし」
「あ、もしもし?凛ちゃん?」
「ひさ……あ、さっきはお疲れ様」
そうだ。一応共演したことになっているんだった。
「あ……」
すると坂本は……
「さっきはありがとう。ごめんね。修行したのに、肝心な時に何にも出来なくて……」
「……え?」
「ほら、ちゃんとお礼……言えなかったからさ」
さっき?肝心な時に何もできない?なんのことだろうか。
「あ、あぁ。うん」
「……?どうしたの?アイちゃん。疲れちゃった?」
「え?そんなことないよ?大丈夫」
ん〜?という声が電話の向こうから聞こえる。
「アイちゃん。今どこにいるの?」
「え?今?……帰ってる途中だよ?」
本当は帰られるかどうか危うい状況なのだが、ここで本当のことを話したところで坂本が信じてくれるかどうか。
「そう……?」
「ヘッド〜〜〜!」
「!?」
突然桐生の大声が聞こえた。
「あ、ご、ごめん。切るね」
「えっちょ」
ピッ!
坂本には悪いが、ここで自分が誰か別の人間と話していた。そうばれるとまずい。
「き、桐生。どうしたの?」
電話ボックスから出て、冷静に(ただし心臓を高鳴らせながら)言う。
「あ、いえ。ちょっと起きたら姿が見えないので、もしかして何かあったのかと……」
「大丈夫ですよ。心配させてすいません」
桐生はふうと息を吐き、こう続けた。
下水道に戻ると、桐生が多くのポケモンを呼び出していた。
「いけね。慌てすぎて忘れちまった」
ポケモンをモンスターボールに戻す桐生。
「何をしていたんですか?」
「ポケモン同士を戦わせて、鍛えていたんです。いつヘッドが助けを求めてもいいように。
俺は、頭も悪いし、運動神経も良くないし、どうしようもない男なんで。
せめてポケモンだけでも強くありたいんですけど……無駄ですかね」
「そんなことない。そんなことないですよ」
自分の命を救われたんだ。
桐生には感謝の言葉もない。
「……」
それにくらべ、私はどうだろう?
罠とわかっている神川にひっかかって、命の危機に勝手に陥って、
そしてほかの仲間に助けてもらってここにいる。
なのに、自分はそもそも、戦う方法ですら持っていない。
「桐生。ちょっと、相談が……」
「はい?」
「私に……ポケモンを教えてください」
「ポケモン?でも、ヘッドはマーシレスキングラーナンバーワンの実力……あ、そっか」
ようやく私が記憶喪失(という設定)なのを思い出したようだ。
「では、簡単なところから教えますが……今で大丈夫ですか?明日でもいいですけど……」
「私は大丈夫ですよ」
アイドルをやっていれば深夜にまで仕事が及ぶことがしょっちゅうだ。
多少の眠たさは制御できる。
……まぁ、先程は疲労に負けてしまったのだが。
「……では、まず……」
1時間後。
「と、いうわけです。あとは習うより慣れろですね」
「そ、そんなに……覚えなきゃいけないんですかぁ……?」
頭がぼーっとしてくる。
正直、20分以降から何一つ頭に入ってこなかった。
「あ、ヘッド。難しかったっすか?」
「え、えぇっと……」
「結果的にニンフィアって、何ポケモンなんですか?」
「ヘッド、やっぱり俺たちが戦います」
「……?」
「……ド、ヘッド!」
「ん……」
空き地の中で目を覚ます青柳。
ベッドがやや硬めだったからか、腰が痛い。
が、それなりに疲れは取れた。
トタン屋根に雨が打ち付け、独特のリズムを刻んでいる。
「実は少し、面倒なことが起こってしまって……とにかく起きてください」
面倒なこと……?
「どうしたんですか?」
「えぇ。実はヒウンでも有名な暴力団の楢崎組が、俺たちにコンタクトを送ってきたんです」
「楢崎……?」
青柳には、その名前に聞き覚えがあった。
確か、自分が初めて出演したドラマで、主人公役を演じていた子役出身の女優……
楢崎 深音(ならざき みおん)と、同じ名前だ。
……流石に、偶然……だよね。青柳は無理矢理にでも納得した。
「あぁ。ヘッドは記憶喪失だったんでしたね。俺が説明しましょう」
藤代が説明をする。
「楢崎組は、ヒウンにある暴力団のひとつです。
楢崎 一也(ならざき かずや)という男がカシラを張る、割と大きめの暴力団です。
実はその楢崎組に、鯉村のヤツが捕まってしまいまして……」
「鯉村……?」
「はい。久保と同じく新入りの奴です。詳しくは、これに」
藤代は、電話を渡してきた。
「えっ……私に……出てって言うんですか!?」
「申し訳ありませんが、ヘッドに用があると言って聞きません」
「……」
恐る恐る電話に出る。
「も、もしもし……!」
「ほ〜う。テメェが黒木 ゆかりっちゅう奴か」
「あ、はい……」
ドスの利いた声というのを、初めて聞いた。
「あぁ。名乗るのを忘れてたな。俺ぁ楢崎 和也。
楢崎組のカシラ張らしてもらってんだ。
最近テメェらの組に痛い目合わせられてな。俺らがその報復ってやつをやりたいんだけどよ。
構わねぇよな?あ?」
「……」
痛い目……?まさか、強硬派に?
「ま、待ってください」
「待たねぇよ。今からコイツの首を切り落としてやるだけだ。おいお前、なんか言うことねぇか?」
「……」
電話の向こうにいる鯉村は、何も言わなかった。
「待ってください!むやみに人を殺して、楽しいんですか!?」
「むやみに?じゃあお前んとこのチームにボッコボコにやられたうちの奴はどうやって言うんだ?」
「あ、いや、それは……その……」
「……」
楢崎は、はぁっと息を吐いて、こう続けた。
「ま、俺も鬼じゃねぇ。お前が来るまで待ってやるよ。場所は……俺らの事務所だ。
あぁ、だがあまり大所帯は好きじゃねぇ。お前らは……お前含めて3人だ」
「……」
「返事をしやがれ」
青柳は少し迷って……
「わかりました。今から行けばいいんですね」
「あぁ。待ってるぜ。黒木さんよぉ」
電話は一方的に切れた。
「へ、ヘッド、行くんすか?」
「もちろんです。もし鯉村さんに何かあったら、私の責任ですし」
……不思議と恐怖はなかった。
藤代の言うことが本当なら、相手は本物の暴力団員だ。
正直命がいくつあっても足りない気がする。
なのに、なぜか青柳は行くと言った。
「罠かも知れませんぜ」
と、藤代。
「罠だとしても、です。私は仲間が居るなら、助けたいです」
それに、青柳には思っていることがあった。
あの楢崎 深音の父だ。きっと典型的な外道ではないはず。
……
いや、組を組んでいるぐらいだから、悪い人……なのだろうか?
空き地を出ると、外は雨が多少強くなっていた。
空き地にあった傘を差し、外を桐生、そして久保と歩く。
「なんでお前までついてくるんだ」
「いやいや、だって俺も黒木ヘッドが心配ですし」
「嘘つけ!なんか怪しいんだよお前!」
「二人共、やめてください」
たしなめると、二人はおとなしくなった。
「す、すいません」
「……」
雨はだんだん強くなっていく。
「……」
そういえば、あの日もそうだった。
兄が私に対してこう言って、家を出ていった日も。
「お前は本当に臆病だな」
「目の前で起こった出来事から、なんで目を背けるんだ?」
「お前には失望したぞ愛華。もう会うこともないだろう」
「ヘッド?」
「え?」
はっと我に返る。
「あ……すいません。ちょっといろいろ……思い出してて」
そしてふと大きなオーロラビジョンに目をやると……
「……あれ?」
ハジマリマデ
13:00:29
13:00:28
13:00:27
「なんだ?」
「……?」
不思議な顔を浮かべる青柳と桐生。
「何かの……カウントダウンでしょうか?」
「いや、それはそうでしょう。見ればわかりますよ」
背後には……ソフトクリームと明太子?
とりあえずそれっぽい見た目のものが映っている。
「……」
だが、「なんで明太子とソフトクリームなんでしょう?」なんて恥ずかしすぎて聞けない。
そう思って久保の顔を見ると……
「だ、ダー……ク……ライ……!?」
だ、だー。く。らい?
あのポケモンはどうやら、「ダダークライ」というらしい。
というか、ポケモンだったのか。青柳は今更なことを思っていた。
「おい久保、行くぞ」
「え?あ、あぁ……すいません。ちょっと俺、行くところができたんで」
「はぁ?」
それだけを言うと、久保は脱兎のごとく走り出した。
「おい!待てよ!」
追いかけようとする桐生だが……
「待ってください!」
慌てて青柳が止める。
「な、何でですかヘッド!大体あいつ新人のくせに生意気だし何しろあやしい」
「その前に楢崎組に行かないといけないでしょう!?鯉村の命もかかっているんです!」
「で、ですが……」
「それとも鯉村を見殺しにするんですか!?」
若干語気を荒らげる。
「……す、すいません」
「そう、お前らはまず組長に会うべきだろうが」
「え?」
そこには3人の黒服が立っていた。
「お前ら……楢崎組のヤツらか」
「あぁ。組長がテメェらを待ってる。今すぐこい」
「嫌だ。と言ったら?」
青柳が言うと、
「オレたちは組長からこう言われてるんだ。オレたちの命令に従わなかったら」
モンスターボールを取り出す。
「ここで亡き者にしろってな」
「……」
仮にここで言うことを聞かなければ、鯉村の命もないかも知れない。
「てめぇ、人をさらっといて」
「わかりました」
「ヘッド!?」
桐生が青柳に詰め寄る。
「戦わずして降るなんざ、それでもヘッドなんすか!?ここは戦いましょうよ!」
「……直接お話をしないと、何も進まない気がするんです。
それに私たちの目的は無駄に関係を悪くすることでなく、鯉村を助けることでしょう?」
「……」
すると桐生は……
「それだと、ダメなんです」
「え?」
「覚悟を決めたときは、戦わなきゃダメなんです!」
桐生がポケモンを出す。確かあれは……メガヤンマだったかな。
「……!?」
大事なのはそこじゃない。今は桐生を止めないと。
「桐生!」
大声を上げる青柳だが、桐生はまるで聞かない。
「ちっ仕方ねぇ。なら……」
だがその時だ。
「!?」
黒服の誰かひとりが何かに気付き……
「やべ、逃げろ!」
「え?……なっ!?やべっ!」
3人全員が、どこかへ逃げていった。
「……?」
首をかしげる。
「……ヘッド」
「?」
「すいませんでした。熱くなってしまって……」
「……」
桐生の気持ちも分かる。
こんな物騒な世の中、戦わないと生き延びれられない。
昨日の自分自身がそうだったじゃないか。
でも……
……にしても、どうしてさっきの黒服の3人は逃げ出したのだろう?
「ヘッド。急ぎましょう。さっきの男たちがまた来ない可能性がないわけではありません」
「……はい」
北大通りに、その事務所があるビルがあった。
しかも……
「あっ」
ちょうどバルジーナプロダクションの向かいに。
「……」
そう。この場所に行くのが、自分自身の目的だった。
だけど……
「あれ?どうしたんすか?ヘッド」
「え?……あ、いや。何も」
「……あのビル。確かバルジーナプロダクションって芸能事務所が入ってあるとこっすよね?」
「し、知っているんですか?」
はい。と桐生。
「ここに所属してる青柳 愛華ってアイドル……」
「!?」
それは私だ。
「大っ嫌いなんすよね」
「……え?」
「なんか自分のことを小悪魔とか言って、どう見てもうぬぼれてる感じが嫌いです。
なんなら俺、あいつの出てる番組は見てませんもん。
CDなんてもってのほかっすよ。ほんっと嫌いっす。早いとこ引退すればいいのに」
「そ……ソソソソ、ソウナンデスカー……」
怒りと悲しみに負けないようにするのに必死だった。
「……?」
すると桐生、
「……そういやヘッド」
「よく見たら髪型といい青柳 愛華に似てますよね」
なっ……!?なっ……!?なっ……!!?