1日目 その3
「……」
目を覚ますと、そこはプールバーのような場所だった。
まだ後頭部がズキッと痛い。
「あぁ、少し力の加減を間違えたようだ。許してくれるかな?」
目の前には神川がいる。
その隣には、血の気の多そうな男もいた。
「神川さぁん!なんでこいつぬっ殺さねぇんすか!?意味分かりませんよ!」
「まぁ落ち着け津川。まだ交渉が決裂したわけじゃない」
右隣を見ると、ようやく桐生も目を覚ましたようだ。
「!?」
「てめぇ!勝手に動くんじゃねえぞ!?」
津川と呼ばれた男が、モンスターボールを取り出す。
「先に言っておくが……」
神川がパンパンと手を叩く。
そこには、大量の男が青柳たちを取り囲んでいた。
「な、何……?」
「君たちは完全に包囲されている。ボクの交渉に従わない……それはすなわち、死を意味する」
「……」
緊迫した状況だ……この場合、自分が取るべき行動……それは……
「と、ところで神川さん」
「うん?」
「さっき言っていたナンダコレ珍八景って奴はもう見たんですか?」
それを聞いた神川は、ため息を吐いて青柳に言った。
「録画したさ。もちろん」
「でもさっき、始まっちゃうって……」
「あれは帰る口実さ。キミたちがあまりにつまらない様子だったからね」
すると津川が……
「そしたら神川さんがきちょぼんどこかんばさいてはねしきいてんだぞ!
あべりがたぐおもえ!
だいでいぎなりのんのはねしばしていらんだ!おめぇーみての奴ばぶっ殺すこどのどやしだぞ!?」
・・・・・・・
「津川、冷静になればどうだ?」
「すじょ……すんません」
「今の言葉、どこの方言なんですか?」
「ヘッド、気にするべきところはそこじゃないです!」
ごほんと神川が咳払いをする。
「単刀直入に言うと、ボクがやりたいことはただひとつ。
キミたちマーシレスキングラーを壊滅させ、新たに{あるお方}を主とする団体を作ることだ」
あるお方……?
青柳は記憶を思い返してみる。
確かこのようにマーシレスキングラーが穏便派と強硬派に分かれたのは……
秋月 竜二というナンバー2の人を、織部 進という人が殺して、
それに黒木という人が怒って、そこからバラバラに。
「それって、織部さんですか?」
「ですか?じゃない。これはボクたちにとって常識……
っと、確かキミは記憶を失っているんだったね。失礼失礼」
言葉とは裏腹に、こちらを嘲笑うような声色を見せる神川。
「……」
少し怒りを覚えたが……ダメだ。青柳は必死でこらえる。
「すでに名前も決まっているんだ。{マーシレスサザンドラ}。
織部さんの愛用するポケモンの名前だよ。まぁ、今キミたちに言ってもしょうがないか」
「で?お前は何が言いたい?こんな場所に俺たちを連れてきて」
桐生が聞くと……
「そうだな。賭けをしないか?」
神川は懐からコインを出した。サザンドラと、キングラーの絵が描かれていた。
「このコイン、表が出ればボクの勝ち。キミたちにはボクの言うことを聞いてもらおう。
逆に裏が出ればキミたちの勝ちだ。キミたちにここから出る権利をあげよう」
「……」
「それでいいね?黒木さん」
「……」
じっと神川を見つめる青柳。
「ヘッド?どうしたんですか?」
「……え?あ、いえ」
「言いでごどがあべらだばはっきり言えし!
それども神川さんの決まなぐたルールサさかきやうつもりか!?のサ様だおめぇー!?」
で、津川の言っていることは相変わらずわからない。
「津川、黙ってろ」
「す、すんません……」
「では、行くよ」
コインを放り投げ、右手で取る神川。
「さぁ、結果はどうかな?」
右手を開く。
「桐生。逃げましょう」
「何?」
「ヘッド?どうしたんすか?」
青柳は立ち上がったあと、神川の右手を見ながら言った。
「あなたはコインの柄を見せただけで、{どちらが表でどちらが裏か}は一言も言っていません。
つまり仮にあのカニの絵柄が出ても、腹話術師のみたいな絵柄が出ても……
あなたはどちらも{表だ}と言い張るはずです」
驚くほど冷静に言うことが出来た。
どの道自分には、不利な状況しか生まれないゲームだというのに。
「おめぇー!神川さんサケチつつもっけるどはいい度胸だの!
でゃぐそのかきやだ4番道路のメグロコのえさサしてやろうか!
おなごだかきやってみりょぐ的ながきやだしてらかきやってしべこゃせんぞ!」
黙って制する神川。
「……ははははは。随分と頭がいいようだね。確かに君の言うとおりだ。
ボクは一言もどっちが表でどっちが裏とは言っていない。
それにしても……サザンドラのことを{腹話術師みたい}とはなめられたものだね」
「あ、す、すいません……ポケモンの名前もよくわかっていなくて……」
「まぁいい。キミたちの知略に命じて、ボクは裏を出した。ということにしておこう」
神川は踵を返した。
「……もっとも、{出る権利}と言っただけだけどね」
その時、ポンという音がした。
「ヘッド!伏せて!」
「えっ?きゃあ!」
ズド〜〜〜ン!
目の前で墨が弾けた。
気が付くと男がオクタンを出していた。
さらにほかの男たちが、様々なポケモンを出してくる。
アリアドスやグラエナ、さらにはヘルガーなど……
無数のポケモンが、青柳と桐生を取り囲む。
「おら、逃げられるもんなら逃げてみろ!」
「ヘッド!ニンフィアを!」
「えっえぇ!?」
ポケモンの使い方など知らない。どうすればいいのかも。
しかし、この状況から逃げ出すには、ポケモンを使うしかない。
「ど、どどど、どうすれば……」
「真ん中のボタンを押してください!」
「は、はい!」
「やきやせらか!」
しかしその時、津川のウツボットのつるのムチが伸びて……
「ぐっ……!」
右腕を掴まれ、引っ張られる際に尻餅をついてしまう。
「おめぇーばいかしておかゆいばぜって神川さんやあべのかたのだばまサのら!
こごでぶっ殺してやら!」
なんとかふんばって耐えようとする。
だがずりずりと、徐々にウツボットに近づいていく……
「ヘッド!今助けっ……!」
「邪魔させねぇよ!」
桐生の前に、無数のポケモンが。
「エェい邪魔だ!どけ!」
そしてウツボットに完全に近づいたあと、神川はローブシンを出した。
「ひっひっひ、黒木、お前の骨が砕ける音はどんな音がなるんだろうな?」
「あっ……あっ……!」
恐怖から体が震え出す。
目に涙が溜まってくる。
「おっありゃ津川さんの{津軽ギロチン}じゃね!?」
「津軽ギロチンだ!黒木がリーダーの時はずっと禁じられてた、津軽ギロチンだ!」
狂気が満ちてくる……
「ギ・ロ・チン!ギ・ロ・チン!ギ・ロ・チン!」
周りの男たちが、一斉にそう叫ぶ。
「さ、どうする黒木?どこの骨を砕かれたい?」
「い、いや……嫌です!私は……!」
ギリギリギリギリ
「あうっ……!」
右腕に絡みついたウツボットのつるのムチが締め付けてくる。
「どの道腕は折れるけどな」
そして値踏みするように青柳の体を見つめたあと……
「よし、やっぱ魅力的な首筋だな」
ローブシンに腕を振り上げさせる。
「うきやむのし?うきやむだばおめぇーのんだののさどちかきやののさばうきやまなぐ!」
そしてローブシンが、腕を振り下ろす……
「!?」
青柳は覚悟を決めて、目を閉じた。
ドゴ〜〜〜ン!
再び目を開けると、ローブシンもウツボットも、大きくのけぞっていた。
「え?」
「ヘッド!大丈夫ですか!」
藤代と久保が、部屋の入口にいた。
二人共それぞれ、ドラミドロとコジョンドを出している。
今のは久保のコジョンドのストーンエッジと、ドラミドロのヘドロばくだんのようだ。
ほかのチームの仲間も、強硬派と戦う素振りを見せている。
「み、みんな……!」
「遅いぞお前ら!でも、ありがとな!」
慌てた津川は、派手に転んだ。
「おめぇーは藤代!なしてこしたら場所サいら!はねしが違うぞ!」
「お前……何言ってんだ?」
「のサ言ってんだりこっちのセリフだ!ちゃんど手筈通りサやりへって言っただろ!」
言い争う藤代と津川。
「ヘッド、今のうちにお逃げを、そして神川を追ってください!」
久保が言った。
「ヘッド!大丈夫ですか!?」
「大丈夫、歩けます!」
プールバーの中は、とんでもないことになっていた。
あちらこちらでポケモンが戦い合い、あちらこちらで物が倒れる。壊れる。
ポケモンの力がとんでもないことを、改めて確認した。
みんな「黒木 ゆかり」を守るために戦っている。
自分は本当は「青柳 愛華」なのに。
だけどみんなはそんな「青柳 愛華」を守るために戦っている。
それなのに、私は……
桐生に間違えられ、マーシレスキングラーに招き入れられてから、
自分がいかに何も出来ないかを嫌というほど痛感させられる……
神川を探して街を駆ける。
「くそ、あいつ何処に行きやがった……!?」
「もしかして、もうヒウンシティにいないのかも……」
「そんなはずありません!だって……」
その時だ。
「うわ!」
「おっと!」
路地裏に曲がろうとした時、青柳は上半身裸の少年とぶつかってしまった。
しかもその少年、なぜか手錠をつけている。
「てめぇ!ヘッドに何しやがる!」
「ご、ごめんなさい!」
隣にいる女の子が謝る。
しかしなんだろう。
この二人からは、何やらただならぬ雰囲気を感じる……?
「今急いでんだよ!お前に関わる暇」
話を戻そう。とりあえず神川を探さねば。
「ないのは今喧嘩する意味ですよ桐生!」
桐生は青柳に対し頭を下げた。
だが、やはり少年の手錠が気になる。
「あ、あの……なんで手錠を……?」
「あ……いや、その……」
なにか話しにくい様子だ。
その時、桐生がなぜか色めきだった。
「やっべぇ!ヘッド!サツが来ます!サツが!」
「サツ……?サツってなんですか?」
「警察ですよ!なんでか知らないけどパトカーも大量に来てるんですよ!」
「えぇえ!?」
自分でも驚くくらい、わかりやすくうろたえる。
まさか、この二人は……犯罪者?
だとすれば説明がつく。
しかし、犯罪者がここにいるならば、警察は何をしているんだろう?
「あ、あの!ちょっちょっと、助けてくれませんか!?」
「え?」
「この人、む、無実の罪で警察に追われているんです!助けてくれませんか!?」
無実の罪……?
本来なら、「だからなんだ」というのが普通なのかもしれない。
だが、青柳は……
「……桐生」
桐生に耳打ちする。
「この子たちを、助けてあげたいんですが、いいですか?」
「……わ、わかりました。ヘッドが言うのなら……」
「失礼」
近くにあった蓋付きのゴミ箱の中に二人組を入れると、目の前から青いスーツを着た男が。
「ヒウンシティ署、警部補の木寺と申します。先程こちらに、手錠をかけた男が来ませんでしたか?」
本物の警察だ……ライブで警備のために来ていただいたことはあるが、
こんなに間近で見るのは初めてだ。少し緊張する。
「手錠をかけた男……?桐生、知ってる?」
「いえ?俺は知りませんが……」
「そうですか……ご協力、感謝します」
敬礼をしたあと、木寺と名乗った男は去っていった。
それと同時に、パトカーのサイレンも遠ざかっていく。
随分とあっさりした取り調べだなぁと思ったが、あまり長く話されても困る。
「……おい、サツは行ったぞ」
ゴミ箱を開ける桐生。
「あ、あの……ありがとうございます」
ゴミ箱の中で、深々と頭を下げる女の子。
「礼ならヘッドに言えよ。俺だけなら興味なしだったぞ」
「あ、あはは」
しかしつくづく思うのは、なぜこの少年は手錠をかけているのだろう?
そもそも、どうして上半身裸なのだろう?
新しいファッション?
……いや、そんなわけないか。
結局、午後9時を過ぎたあたりになっても、神川の手がかりすら見つからなかった。
「……」
「くそ、神川のやつめ、何処に行きやがった……!?」
「……ごめん、桐生。私があの少年を匿ったばかりに……」
「ヘッドのせいじゃないですよ。それに……」
その時、
「……?」
不意に、体の自由が効かなくなった。
足取りが重い。ふらりふらりと足が左右に揺れる。
そして……
ドサッ
「!?」
青柳はその場に倒れてしまった。
「へ、ヘッド!?ヘッド!」
その桐生の声も、遠くに聞こえた……
「全く、朝から何も食べていないなら、先に言ってくださいよ」
「ご、ごめんなさい……!」
吉村家で牛丼を食べながら、青柳は話した。
牛丼のタレとごはんが絶妙に絡み合い、空腹を急速に満たしていく。
……だが、急にかきこんだ為か、食べ終わった時少し気持ち悪くなった。
「腹は膨れましたか?」
「うん。ありがとう」
わかりやすくスリスリと腹をさする。
「……ヘッド、そういや……」
「ん?どうしたんですか?」
「親父さんやお姉ちゃんのことも、覚えてないんすか?」
家族……?
「父親や、お姉さんがどうしたんですか?」
「やっぱり、覚えてないんすね」
桐生は詳しく話してくれた。
「ヘッド、前に話してくれたんすけど、ヘッドには親父さんとお姉ちゃんがいるんです。
だけど、お姉ちゃんとはある日に喧嘩して、そっからずっと音信不通らしいし、
親父さんも昔から心臓が弱くて、それで……
俺、ヘッドのためならいつでも一肌脱ぐつもりです。
だからもし、お姉ちゃんや親父さんに謝りたいのなら、いつでも俺に相談に乗ってください」
「……」
黒木には、そういう事情があるのか。
こんなことを言うのは不謹慎だが、自分と少し似ているのかもしれない。
青柳には年の離れた兄と、両親がいた。
しかし、両親はある日を境に離婚。
それ以降、父は酒に溺れ、女である自分にも、兄にも度々暴力をふるうようになった。
そして、父はあるとんでもない犯罪を起こしてしまう。
逮捕された父からは、サメのようなポケモンと、カエルのポケモンが押収された。
それから青柳は、自分の意思でポケモンを遠ざけるようになった。
……地獄のような日にも耐えてきた。
父が犯罪者というだけで、周りからはいじられ、野次られる毎日。
そんな時声をかけてきたのが、社長だった。
その時の社長の言葉を今でも覚えている。
「君のお父さんを、君の手で見返してやるんだ」
社長にお世話になったのは間違いない。
だけど、いつまでも小悪魔系としてアイドルを続けるのにも限界があった。
自分は自分のままでいたい。自分を偽りたくない。
だからこそ、アイドルを辞めたかった。
だからこそ……
「社長に……会わなきゃ」
「ん?ヘッド?」
「え?」
しまった、心の声がダダ漏れだった。
「社長?どういうことです?」
「……」
まずい、言い逃れできない。覚悟を決めた青柳。
本当のことを言おうと、口を開けようとした時だ。
「わかった!ヘッド、{金太郎電鉄}の大ファンなんですね?」
「……へ?」
「俺も大好きなんすよあのゲーム。面白いっすよね!?ちなみにデラックスが一番好きでした!」
……
助かった、ということにしておこう。
吉村家から出ると、桐生は青柳に問いかけた。
「ヘッド、これからどうします?」
「え?どうするって……」
「神川の手がかりは見つかりそうもないですし、一旦アジトに帰りますか?」
確かに、手がかりが見つからないなら情報をまとめる必要がある。
ほかのみんながちゃんと逃げおおせたのかも気になる。
「そうですね。桐生に任せます」
青柳は桐生に連れられ、アジトへと戻ることになった。
「?」
サムビアにたどり着いたところで、振り返る。
「?どうしましたか?ヘッド」
誰かに見られてる……?
「……あ、いえ、何も」
いや、気のせいなのかもしれない。
青柳はそのまま、ヒウン下水道に入っていった。
「……」
謎の男に、その様子を目撃されているとも知らずに……
「……あいつ。黒木 ゆかりじゃねえな」
TO BE CONTINUED…