私は「クロキ」?それとも「アオヤギ」?
1日目 その2
「おや?食べないんですか?ヘッド」
男がシュークリームをゆらりゆらりと揺らしながら話してくる。
「い、いや……そ、その……」
青柳は腹を押さえ……
「さっきご飯食べたばっかりで、お腹いっぱいですから」
嘘だ。
本当は朝から何も食べておらず、びっくりするほど腹が減っている。
「おい久保!てめぇ新入りのくせにヘッドに絡む気か!?」
桐生と言った男が、久保という男に対して言った。
「いや?俺はヘッドが喜ぶかな〜と思って出しただけなんすけど」
「ダメに決まっているだろう!?ヘッドは常に腹が減っている状態ではないのだ!」
状態!
「ヘッド、すいません。さぁこちらへ」
桐生に促されるまま、青柳は奥に向かった。
「……」
「……」
・ ・ ・ ・ ・
「えぇっと?
「えぇっとて!?……ヘッド、どうしたんすか?今日」
桐生が青柳の額を触る。
「熱は……ないみたいっすね」
「……」
そういえば、今は何時なのだろう?
相当お腹が減っている。
「では、今日調子が悪そうなヘッドの代わりにオレが」
「おぉ藤代、言ってくれ」
藤代と呼ばれた恰幅のいい男はこう言った。
「実は今日これから、強硬派の神川 智則(じんかわ とものり)と交渉する約束がある」
にわかに色めき立つ空き地内。
「神川……!?あいつがだと……!?」
「なんで強硬派でも実力者の神川が、急にヘッドに話を……?」
「これ、絶対に罠なんじゃねぇの?」
そんな中、青柳は……
「神川さんって、誰なんですか?」
・ ・ ・ ・ ・
「「「えぇ〜〜〜!?」」」
なぜかどよめく。
「……?」
「強硬派の神川を知らない!?」
「そんな!?あいつにポケモンを奪われたり病院送りにされた仲間が浮かばれねえええ!」
「終わりだ……もうマーシレスキングラーは……終わりだ……!」
口々に青柳の悪口を言う。
「……」
「待て」
藤代が青柳に近づいてくる。
「な、なんでしょう?」
「……あのさ、お前……本当にヘッドか?」
「!!?」
青柳の心臓が、飛び出しそうになった。
もしや……バレてしまった?
チームの目線が一斉に青柳に飛ぶ。
「それなら説明が付くよな。こいつがそもそもヘッドじゃねぇなら……
 好きな食べ物も食わねぇし、神川の名前を聞いて棒立ちもしねぇはずだからな」
「そ、そっか……さすがだぜ藤代」
「てめぇ……ヘッドをどうしたんだコラ!?」
そこへ、
「やめないか!」
桐生が言った。
「お前たちにはわからないだろうが……」
まさか、自分を助けてくれるのか?
自分がクロキという人間でないことを、言ってくれるのか!?
「ヘッドは今記憶喪失なんだ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?
「俺は見たんだ。ヘッドが男達に拘束されていたのを」
「ま、まさかそれは……」
「あぁ。強硬派と見て間違いない。そいつらがヘッドを縛り付けて、なぶり殺しにしようとしていたんだ!
 そしてヘッドは……きっと、下水道への連行中に……頭を打ち付けて……!」
え〜!?泣く!?
「そ、そんなことがあったんすか!?」
「す、すいませんヘッド!ヘッドぉ!」
「……あ、いや……」
だが、これは桐生がくれた最後のチャンスでもある。
青柳は軽く咳払いしたあと……
「いや、大丈夫です。多少記憶は抜け落ちていますが、いずれ思い出していくと思います」
と、「クロキ」になった。
……ここでもし、バレでもしたら危険にも程がある。
多分自分はこの不良たちにギッタギタのメッタメタの、コテンパンのフライパンにされて……
「でも、良かったっす!ヘッドが無事で!」
藤代に至っては桐生のが移ったのか、号泣している……
「……ではヘッド、俺たちの目的も覚えてないってわけっすよね」
「目的……?あ、はい」
「では俺が説明を」
桐生は、青柳に対して説明した。

現在、マーシレスキングラーは、穏便派、強硬派の二派に分かれている。
クロキ……黒木 ゆかりという人物が率いているのは穏便派の方だ。
2週間ほど前のある日、ナンバースリーだった織部 進(おりべ すすむ)が突然謀反。
ナンバー2である秋月 竜二という人物を殺害。
黒木はそれにひどく激昴。
しかしそれを皮切りに、メンバーは次々と謀反。
今では穏便派は10人ほどしかいない。
仕方なくマーシレスキングラーは、その10人で戦うことになった。
「ですが今朝、こんな手紙が届いたのです」
桐生が手紙を取り出した。
「?」
その手紙に目を通す。

オレたちが真のヒウンのリーダーになる、マーシレス・サザンドラだ。

ヘッド……いや、黒木!てめぇの居場所などこのヒウンにどこにもねぇ。

5日後、次の日曜日までに、てめぇの魂を取ってやる。

それまで、首洗って待ってるんだな!

「これは……さっき言っていた、織部という方が?」
「差出人はわかりません。ですが、そう見て間違いはないかと」
これはとんでもないことに巻き込まれてしまった。
青柳のない知恵でも、それがはっきりとわかるほどである。
「それで……私はどうすれば……」
恐る恐る聞く青柳に、藤代はこう言った。
「ヘッド、あなたはここで待っていてください。強硬派は、オレたちが何とかしてみせます」
神川という人物との交渉……
ない知恵をひたすら絞る。
「その交渉、私が行きます」
青柳はそう言った。
なぜ、こういったことを口走ってしまったのかわからない。
だが……今、私は黒木 ゆかりだ。
もし本物の黒木 ゆかりが戻ってくる時、そこに「帰る場所」がなければ……
黒木は、ただひとり孤独になる。
それに、自分と間違えられるほどそっくりなはずだ。
どのみち、自分に逃げ道なんてない。
「ヘッド、でも、危ないです」
そうと決まれば、少しでも自分をヘッドっぽく、かっこよく見せなければ。
「でも、神川は相当な実力者……なんでしょう?」
「そ、それはそうですが……」
「実力者には上に立つ者が対応しないといけない……そんな気がしたんです」
「……」
桐生が顎に手を添える。
「どう考えても罠なんですが、それでも行くんですか?」
「お前は黙っていろ久保。ヘッドが決断されたのだぞ」
「いや、だからどう見ても罠でしょう。神川が僕たち穏便派の実力者を釣り出すための、ね」
「いちいち新入りが口出しするな!……だが、確かにヘッドひとりでは不安があるな」
どうやら久保の言うことに従うようだ。
「では、その交渉、俺も行きましょう。記憶喪失になったばかりのヘッド一人に行かせるわけにいきません」
「ありがとう。えっと……」
「桐生 隼人(きりゅう はやと)です。いつもと同じように、桐生と呼んでください」
「わかりました」
そして出ようとした時だ……
「そういえばヘッド、あいつらから、ポケモンを取られていませんか?」
「え?」
ポケモン……?そういえば、

昼間ぶつかった男に、ポケモンを取られていた。

「ない……ですね」
「やはり……あいつらはヘッドの動きを止めようとしていたのか」
藤代が話す。
「では、俺のポケモンを分けましょう。少しヘッドのイメージにはそぐわないかも知れませんが……」
桐生からモンスターボールを手渡された。
中には、白を基調とした、桃色混じりのポケモンがいた。
「か……かわいい……!」
「ニンフィアです。本当は空き地で傷ついたイーブイを拾っただけなんですが……
 今ではすっかり俺に懐いてしまって。この緊急事態です。ヘッドが使ってください」
「わかりました、ありがとうございます!」
そしてすぐに言う。
「むーんふぉーすってなんですか?」
「……へ?」
今のは記憶喪失ではない。

本当にニンフィアというポケモンを知らないだけ。

生まれてこの方、ポケモンというものを触ったことがない。
まして、ポケモンバトルなどやったことがない。
では、あのニャオニクスはどうしたのか?というと……

逃がそうとしていた人から受け取っただけだ。

「仕方ありませんね……ポケモンバトルは俺が何とかしましょう」
「ごめんなさい、負担かけてばっかりで……」
「いえ、今までずいぶん世話になったんです。今度は俺が恩義を返す番ですよ」
そう言うと、桐生は握りこぶしを作った。
「……午後4時30分にカフェ憩いの調べで待ち合わせだ。桐生、ヘッドをくれぐれも頼むぞ」
「おう!ちなみに今何時何分だ?」
「今……午後4時10分」
「「……!」」



カランカラン!
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
店内を見渡す。
「よかった、まだ神川は来てないみたいです」
「はぁ……はぁ……」
空きっ腹に効く全力疾走だ。
「何名様でしょうか?」
「2名……いや、待ち合わせも合わせて3名だ」
桐生が店員に言うと、店員は私たちを禁煙席に通した。
「……き、桐生」
「どうしました?ヘッド」
「ちょ、ちょっと、神川が来るまで何か食べませんか?」
「そうですね。ちょうど小腹も空いてきました」
イエス!
「……では俺は……」
「見てわかるだろう。2名だ!」
「はぁ?お客様、どう考えてもお一人ですよね?」
「バカか?貴様は……俺がこのような喫茶店に来る。すなわち、2名以上で来ると、なぜ推察できない!?」
突然店内に入ってきた男の声で、桐生の注文は遮られる。
「ちなみに俺は腹が減った。大至急ナポリタンを頼む!」
ナポリタン……あぁ、食べたい……
「……お客様」
「なんだ?」
「店内は静かなので、お静かに……」
「貴様!俺に命令する気か!」
男と店員の言い争いは続いている……
「こんな場所で言い争いしないでくれるかな?おちおち交渉も出来やしない……」
「!?」
青柳は正面を向き直すと、驚きのあまり目を三角にした。
その子には灰色の髪をした、死神という言葉がよく似合う男がいたのである。
「……あ、あなたが……神川……?」
「おや?キミとは少し前に会ったばっかりなんだけどねぇ。交渉相手の名前を忘れるかな?」
「あ、いや、その……」
桐生が口を挟む。
「ヘッドはお前たちの仲間に襲われ、記憶喪失になっているんだ」
「ふうん。でもそれは君が悪いんじゃないか?」
「え?」
神川はふんと鼻をならし、こう続けた。
「それだけ君たち穏便派だけでは何も出来ない、ということだろう?
 一番の実力者であるキミですらこのザマだ」
神川は机の上に足を乗せながら続けた。
「何?」
「キミたちマーシレスキングラーは、このヘッドの甘さ故に多くの不満を募らせ、
 このヘッドの甘さ故に己の身を守る強さも我らに劣り、
 そしてこのヘッドの甘さ故に、この世から必要とされはしない。
 そう、あの秋月とかいう奴のようにね」
それを聞いた瞬間、桐生の血液が沸騰した。
「落ち着いてください」
「……す、すい、ません」
なんとかなだめる。
「おや?ついにまともに発言まで許されなくなったのか。落ちるところまで落ちたようだね。
 やはりキミたちにはここで死んでもらう以外に道はないみたいだ。
 最後の餞別として、コーヒーを頼んであげようか?」

「甘いものが好きなキミのために、ガムシロップを大量に入れたものをね」

バタン!
「は、話がめちゃくちゃです!それに、私はガムシロップなんて毒物、絶対に必要ないですから!」
青柳はたまらず大声を出した。
自分の死や、桐生が死ぬ可能性で大声をあげたのではない。
ガムシロップがただ単に嫌いだから。
店内の視線が、一斉に青柳に向く。
「……ヘッド、声でかすぎです」
「ご、ごめんなさい……」
「……」
はぁ。と息を漏らした神川。
「威勢の良さだけは買ってあげてもいいよ。だから……」
神川は指さした。
「さっきからボクたちの話を聞いている、あの男を何とかしてくれ」
「え?」
さっきナポリタンを頼んでいた男だ。
「……」
確かに、この交渉という内容を聞かれ、警察沙汰になったら困るのは自分自身だ。
「……」
青柳は男をじっと見据える。
「ヘッド、ここは俺が」
「え?」
桐生が立ち上がり、男の元へと歩みだした。
「てめぇ!何ヘッドのことジロジロ見てんだよ!……てか、俺の声が聞こえてるなら反応しろ!」
そっち!?
「すまん。下等動物の話す言語を理解できるほど俺は賢くない」
「なぁにぃ!?」
まずい。いきなり大声で喧嘩を始めた。
ざわめきだす店内。
「ちょっちょっと、桐生さ……桐生……神川もいますし、今ここで暴れたら……」
これ以上騒動が大きくならないうちに桐生を抑えようとするが……
「ヘッド!ちょっと黙っといてください!今すぐこいつ、黙らせてやりますから!」
「そうじゃなくて、周りの人に迷惑がかかりますって!」
腕を引っ張るが、桐生は止まろうとしない……
「だからなんです!あなたは馬鹿にされているんですよヘッド!」
「あ、いや、その人は私を見ていただけなんで馬鹿にしてはないんじゃ……」
「なんと!?あなたはどっちの味方なんですか!」
もはや怒るポイントも意味がわからない。
「そろそろいいかな?いい加減早く帰んないと、{ナンダコレ珍八景}始まっちゃうんだけど?」
席を立とうとする灰色の髪のロングヘアの男。
「!?」
まずい。
ここで交渉が決裂すれば、すべてが水の泡だ。
「……」
多少はしたないが、こうするしかない。
青柳はほかの客が食べ終わったパンケーキのナイフとフォークを拝借し……
ジャキン!
「!?あっ……あっ……あっ……!?」
桐生の首筋に突き立てる。
「いい加減にしなさい。まず店内の人に謝りなさい?あんなに大声を上げたのだから」
「す、すいません……ヘッドぉ……!」
「聞こえなかったのですか?ならその耳は必要ないですね」
次にナイフを耳に突き立てる。
「ひほう!?す、すいません……店内の皆様、すいませんでしたぁ!」
「……」
ジリジリとナイフを桐生の耳に寄せたあと、引き離し……
「……と、言う劇の流れでいいですよ……ね?」
と、神川に言った。
ここで本当の抗争が起こっている。そう思わせたくなかったからだ。
「あ、あぁ……うん」
そう言ったあと、青柳は桐生とともに椅子に座り直した。
「で、どうするんです?神川さん。これでもあなたは、私が弱くなったと言うんですか?」
「……ふん」
「答えてください」
すると神川は……
「そうだな……これから話すことはここでは少し場所が悪い。場所を変えよう。
 交渉の続きは、そこで行う」
「……はい」
罠のようだが、青柳は神川についていくほかなかった。
「ヘッド」
桐生も慌ててついてくる。



そして、カフェを出た時だった。
ゴス!
「……!」
突然背後から、何者かに殴られた。
「やれやれ、やはり甘い」
視界が揺れる。ぼやけて遠くなる。そして……

青柳と桐生は、そのまま意識を失った……

バタフライ ( 2016/06/30(木) 22:04 )