ナイトメア・ビフォー・ヒウンシティ
1日目 その1
「はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えのシュバルゴに対し、冷酷にヨノワールが言い放つ。
「無駄だ。すでにお前は取り囲まれている。おとなしく俺に降伏するんだな」
「降伏?ふざけるな。それは騎士道に反することだ」
「いつまでもいつまでも騎士道騎士道と、これだから古き世のポケモンは困る。
 そういった古き思想が、この国を腐らせているということに何故気がつかぬ?」
睨むヨノワール。しかしシュバルゴは……
「それが、オレの生き方だからだ」
と、槍を向けた。
「愚かな……いいだろう。その古き錆び付いた騎士道で、私を蹴散らしてみせよ」
「行くぞヨノワール……俺の槍は……お前の冷たい檻をぶち壊すための槍だあああああ!」
そしてシュバルゴはヨノワールに突っ込み……



「はい、OKで〜す」
「お疲れ様でした〜」
……ここは、ヒウンシティ内のとあるスタジオ。
今、「ポケモン無双2」のアフレコが終わったところである。
「ふう……」
緑色のロングヘアをしたこの男。
「緑川さん、お疲れ様です」
「あぁ、お疲れちゃ〜ん」
緑川 純一郎(みどりかわ じゅんいちろう)は、今やトップクラスの声優である。
43歳になる今もなお、第一線で活躍している。ちなみにヨノワールの声を担当していた。
「ここで休憩を挟みます。次1時間後なんで、食事済ませてきてくださ〜い」
スタッフの声が響く。現在の時刻は午後1時30分。
もうお昼時を過ぎている。
「ふう、意外と長かったですね。腹の音が入ったらどうしようかと思いました」
「ははは、俺もだよ。もう腹が減って腹が減ってしょうがない。お腹ヘリコプターってな」
飄々と後輩声優に話しかけたあと、ガラケーを開く緑川。すると……
「?」
「ん?緑川さん、どうしました?」
「あ、ごめん。ちょっと用事だ。食事、先に済ませといてくれ」
「え?あ、はい」



「……」
とある人物に電話をかける緑川。しかし……
「……」
人に聞かれたらまずい。一度エレベーターを使って下に降りる。
そして外に出たあと、改めて電話をかけた。
……緑川は、表向きは声優という職業。
しかし、その真の顔は……
「……俺だ」
電話をすると、その相手ははぁっと、ため息をついた。
「お仕事、だったんですね」
女性の声だ。
「あぁすまないな、少し時間がかかった」
今までの飄々とした口調から、真面目な口調に変わる。
「お疲れ様です。すいません。私が早くそちらに行っていれば」
女性の名前は甘粕 愛(あまかす めぐみ)。
「それで……どうなんです?ナイトメアは見つかりましたか?」
「見つかっていたら、今更飛ぶように喜んでいる」
「ですよね……」
「だが、時間はまだ5日ある。俺は決して諦めんぞ……国際警察捜査官の名にかけてな!」
ポーズを決めながら言うと……
「声、大きいです!」
「あ、すまん」



事の発端は、3日前にさかのぼる。
国際警察捜査官として、ヒウンの拠点にいた緑川。
この日もコーヒーを片手に、優雅な時を過ごしていたが……
「緑川さん」
「ん?」
同僚の川添 直人(かわぞえ なおと)が部屋の中に入ってきた。
「どうした?」
「それが……こんなものが届きまして」
川添の手に握られていたのは、「ミドリカワ ジュンイチロウ サマ」と書かれた封筒だった。
「ほう、人に対して{様}付けとは、最近の若い者のくせにわかっているではないか」
「いや、着眼点はそこじゃないでしょ。どう見ても怪しさMAXですよ」
「冗談だ。どれどれ、早速見てみるか」
封筒を破ると、そこには絵が入っていた。
「なんだ?」
その絵を見た瞬間、
「!?」
緑川は戦慄した。
それは、女性が血まみれで倒れている絵だった。
窓ガラスは割れ、血しぶきが無数に飛び、女性には夥しい切り傷が。
その絵を裏返す。

オ前ノ 罪ヲ 思イ出セ
次ノ 日曜日 復讐 シテヤル
ヒウンノ 空ノ 下ヲ
悪夢デ 支配 シテヤル
全テ 終ワリニ シテヤル
             ナイトメア

「なっ……」
「ど、どういうことですか?」
川添が言う。
「し、知らん……これは一体……」
まず、こう言った光景は見たこともないし、無論、ナイトメアという名前も聞いたことはない。
だがそれ以上に、悪夢で支配する……とはどういうことだ?
自分に対する恨みなら、何故このようなことを書くのだろうか?
「確か緑川さんの出身地って、ヒウンシティでしたよね?」
「……あぁ」
「もしかしてこのナイトメアという人物は、ヒウンシティごと緑川さんを……」
川添の声に、緊張感が走る。
「もう一枚ありますね」
もう一枚の絵を取り出す。
それは、キングラーをサザンドラが踏み潰しているイラストだった。
しかし、その絵には裏に何も書いていない。
「……」
キングラー……
確かヒウンシティには、マーシレスキングラーという不良グループがいたはずだ。
それを踏み潰す……つまり、これは正義を表す……というのか?
「どうします?緑川さん」
「……決まっているだろう。これは俺に対する挑戦状だ」
緑川は、静かに闘志を燃やした。
「俺たち国際警察を舐めたらどうなるか……身を持って教えてやろう」



「結果的には、ただ挑発に乗ってしまっただけじゃないですか」
「ふん。バカを言うな甘粕。俺は犯人の挑戦を受けることにしただけだ」
「だからそれを挑発に乗ったと……あぁ、もういいです」
甘粕は軽く咳払いをした。
「それで……どこで落ち合います?私も捜査状況を確認したいのですが……」
「そうだな……実はまだアフレコが終わっていないのでな。
 それに、マーシレスキングラーに偵察に言った久保の連絡も待たねばなるまい」
おそらくあの絵がいたずらでなければ、マーシレスキングラー内になんらかのトラブルが起こっているはずだ。
マーシレスキングラーになにか動きがあったのか、それを調べるため、すでにスパイを仕込ませてある。
いずれマーシレスキングラーに動きがあれば、連絡が来るはずだ。
「一応、午後5時半頃に、カフェ憩いの調べで落ち合うことにしよう。
 アフレコが何時まで続くのか、それもまだ定まっていないのでな」
「わかりました。では、何かあれば連絡します」
電話を切る緑川。
「……しまった」
随分な長話だったためか、すでに時計の針は午後1時50分をさしていた。
……まぁ空腹は制御できる。
緑川は元いたビルに入り直す。

スタジオがある7階へ、エレベーターで上がった。
「すいません。乗ります」
黒いポニーテールの女が、緑川と入れ替わるようにエレベーターに入る。
「はああぁぁぁ……!」
エレベーター付近で、顔をキラキラ輝かせている女性。
「……」
一度顔を下げたあと、再び上げる。これが自分の別の性格を使い分けるタイミングだ。
「どうしたの?小松ちゃん」
女性声優……小松 里奈(こまつ りな)は緑川に気付くと、
「だっだだだだだっだって!青柳さんですよ!青柳 愛華(あおやぎ あいか)さん!
 あたし!生で芸能人初めて見ました!」
「え?」
「今緑川さんがすれ違った女の人ですよぉ!握手までしてもらって、本当感激です!
 あたし、あと82時間は頑張れる気がします!」
「なんでそんな中途半端な……まぁ、よかったね」
しかし緑川は心の中で思う。
「……(あんなに髪が黒かったか……?)」
確か青柳 愛華は黒一色というより、もっと群青がかった色だったはず。
それに目つき……いくら事務所の方針で小悪魔キャラだとは言え、あそこまで鋭いものなのだろうか。
「あ、いけない!緑川さん!あと5分で始まります!」
「おっと、遅刻しちゃいけないな。急ごう!」
とにかくこのことは頭に入れておこう。
緑川は小松と共に、スタジオに向かって歩きだした。

バタフライ ( 2016/06/22(水) 21:21 )