ナイトメア・ビフォー・ヒウンシティ
2日目 その1
「……緑川さん。緑川さん」
「うん……?」
体を揺すられる動きで目が覚めた。
目を覚ますと、既に朝の10時。
10時間も寝ていたのか……
「あぁ、川添か。すまない。少し眠りすぎたみたいだ」
「それは構いませんよ。既に甘粕と久保は調査に向かっているようです」
「……」
そうだな。俺も向かわなくては。
改めて送られた絵を確認する。
しかし、このイラストは何を表しているのだろうか……?
あぁいった光景は見覚えがまるでないが、それよりも気になるのは裏の文章だ。

オ前ノ 罪ヲ 思イ出セ
次ノ 日曜日 復讐 シテヤル
ヒウンノ 空ノ 下ヲ
悪夢デ 支配 シテヤル
全テ 終ワリニ シテヤル
             ナイトメア

「緑川さん。今日はお仕事は?」
川添の声で我に返る。
「いや、俺はもう録り終えた。今日は1日オフだ」
モンスターボールを手に取り、外に出ようとする。
「そういえば緑川さん」
「む、なんだ?」
「昨日の夜、久保が何かしていたようですが、知っていますか?」
「……」
まさか、あれのことか?

件名:(無題)

川添さんは何かを隠しています

おそらく甘粕さんも何かを隠しています

重々ご注意を

「……」
「緑川さん?」
「いや、何でもない」
念のため伏せておいた。
久保の言うことは冗談に決まっているが、それで自分たちの関係がギクシャクするのも困る。
「そうですか。では僕は甘粕と会う約束があります。
 夜、またこの部屋で落ち合いましょう」
「わかった」



ホテルから外に出る。
「……」
とはいえ、調査と言っても何を調査すればいいだろうか?
クレセリア、ダークライ、ともに情報がないことから、捜査は暗礁に乗り上げていた。
外は雨が降っている。
道理で風が湿っていたはずだ。
とりあえず街を歩いて情報を集めよう。と思っていた矢先……
「?」
不意に、背後に気配を感じた。
「……」
その男は、ドンカラスを模した仮面を被っていた。
「……」
そして無言のまま、ドンカラスを出した。
「やるつもりか?」
「……」
ドンカラスが飛んできた。
緑川は冷静にウォーグルを出し、
「ブレイククロー!」
ドンカラスのブレイブバードをウォーグルが受け止め、そのまま弾き返す。
「……」
引き続き黒い衝撃波を撃つドンカラス。
あくのはどうだ。
「遅い」
ウォーグルが真上に飛ぶ。
「ブレイブバードとは、こうやるんだよ!」
ドンカラスに迫るウォーグル。
だが次の瞬間だった。
「!?」
ドンカラスがウォーグルを迎え撃ち、翼を素早く伸ばす。
「つじぎりかっ……ブレイククロー!」
ガキィン!
寸前のところで、翼を受け止めるウォーグル。そして……
「ばかぢから!」
そのまま翼を、足の筋力で締め上げる。
ウォーグルが勢いよく叩き落とすと……
ズウン!
重々しい音とともに、ドンカラスは地上に倒れ伏した。
「ふん。相手が悪かったな」
「……」
カチャ
すると男は今度は銃を構えた。
「な、き、貴様……!?」
「……」
そのまま銃口をまっすぐ緑川の胸に据える。
「……」
しかし不気味なほど、男から生気を感じない。
そこで緑川は……
「待て、お前の目的はなんだ!?何故俺を襲った!?」
命乞いをした。
「……」
ようやく男が、口を開いた。
「無論、この街を、{悪夢}で満たすためや」
「……」
悪夢で……満たす……?
「そうか、ならば……」
ウォーグルにブレイブバードを使わせる。
「お前に制裁を下すまで」
「何……?お前、今命乞いを……」
「ふん。命乞いをすればうっかり口を割ると思ったからな。案の定引っかかると思ったぞ。
 特に貴様のような、ポケモンの力を信じないような輩にはな」
男は明らかに激昴した様子で、
「……死んどけや」
引き金に力を込めた。
「ふっ」
所詮この程度か。もっと揺すればいろいろ吐きそうだ。
そう思っていた時だ。
「うわ!?もう撮影始まってるじゃん!?」
「まぁじだ!こんな場所で、しかも雨降りの時に撮影だなんて聞いてないでごわす!」
金髪の男とメガネをかけた男がやってきた。
「ちっ」
すると仮面の男は銃を下ろし、どこかへ立ち去っていった。
「待て!逃がさんぞ!」
追いかけようとするが……
「……くっ」
さっきの男は銃を持っていた。
この二人組が丸腰で、ポケモンも持っていないとするならば、この二人を避難させた方がいいだろう。
不本意に無視して、さっきの男が戻ってきて、この二人組に襲いかかったら。
そして無駄に騒ぎが大きくなったら……?
「貴様ら、ここに何の用だ?」
一応話しかける。
「え〜?何の用って、そっちが撮影してると思って見てただけじゃないですか〜」
「は?これまさか{バリギャル}の撮影じゃないんですか?詐欺じゃないですか〜。
 もしも〜し?詐欺じゃないですか〜?」
はぁ!?何故俺が怒られないといけない!?
親切心から起こした行動は、どうやらこいつらにとってはお節介らしい。
「何を言ってるんだ?俺はただ普通に通りかかっただけだ」
「お〜やおや。一般ピーポーでしたか。それは失礼しました」
「てかそれならそうと早く言ってくださいよ。期待して損した」
しかしイラっと来る言い方だ……
「いいから、貴様らは早く逃げたほうがいいぞ?」
一応避難を促す。
「へ?なんでどす?」
「さっきの男は銃を持ってたんだ。もしあの男が戻ってきたら……」
「そ、そんな!今帰るわけにはいかないんです!」
急にメガネの男が言った。
「な、どうして?」
「あの噂の……あの噂の真偽を確かめねば!」
あの噂?
まさか、さっきの男が言っていた言葉に、何か関係があるのだろうか?
「……あの噂って一体……」
「そ、それは……ここで待ってればわかります」



なぜかゴミ箱の裏に隠れる。
こんな場所に隠れてまで、得るべき情報なのだろうか?
「そもそもなんでこんな場所に隠れないといけないのだ」
「だって今日{バリギャル}の撮影なのでありますよ?場所はここって聞いてますし」
バリギャル……?
「で?その噂というものをそろそろ教えてもらえるか。俺は忙しいんでな。
 くだらない噂だというのなら、この場でお前たちから逃げるぞ」
「……」
するとメガネの男は……
「だって……だって……!」
「なっ……!」
急に号泣し始めた。
「わ、わかったわかった!最後まで付き合ってやるから、涙をおさめろ!」
ここで騒がれても面倒だ。
「8ビット(はちびっと)さんが泣くなんて、相当なことですよ……」
8ビット……?ハンドルネームのようなものだろうか?
「わっ誰か来ます」
二人組が隠れる。……ついでに緑川も。
「……アオヤギちゃん引退って、本当系?」
何かいかにも業界人のような声色の声が聞こえ、
「本当なんじゃないっすか?昨日からずっと噂になってるっすけど」
続いて控えめな男の声が聞こえる。
「まいったなあ。もし今日こなかったら、誰がキサラギ ミコトをやる系?」
「知りませんよ……最悪そこらへんの代役を担ぎ上げるしかないでしょう」
まさか、噂って……
「ま、事実ならしょうがない系か……ん?なんだあれ」
男の声は、そこで途切れた。
「……おい、お前ら、まさか噂って……」
「や、やっぱり……本当だったのか……」
「……」
8ビットと呼ばれた男は、嗚咽をこらえきれないレベルで泣いている。
「……だが、あの男たちが話していることが嘘という可能性もあるだろう?」
「うぞなわげないじゃないですがぁ!」
顔をくっしゃくしゃのくっしゃくしゃにして8ビットが泣く。
「あのごえ!アイぢゃんが初めで出たドラマの監督のごえですよぉ!DVDの特典映像で出てましだ!」
「一般素養の範囲ですぞこれぐらい!なんにもわかってないじゃないですか!」
だから……
「俺はお前たちとは違うごく普通の一般市民だ!それにこれぐらいの噂など興味なんかない!
 黙って聞いていれば俺を散々散々馬鹿にしやがって!」
緑川は、つい切れてしまった。
「もういい!俺は行くぞ!」
二人組から離れようとした時……
「最後まで付き合うって……言ったじゃないですかぁ……」
「は?」
すると8ビットは絶望したのか、突然懐から何かを取り出す。
まさか……銃か?それとも……ポケモンか?
「ぐぅ……!」
……取り出したのは、なんてことのないげんきのかたまり。
それを路地裏に向かって投げ捨てた。
「こんの……口だけ番長があああああああ!」
そして雄叫びをあげながら凄まじい勢いで街の風景の一部になる。
「あぁ、待ってよハチビットさぁん!」
「ま、待てぇ!訂正しろぉ!」
緑川も叫んだ。

「俺のどこが口だけ番長だ!」



二人組を追いかけたが、人々の雑踏にかき消され、どこにいるかわからない。
仕方なく緑川は、元来た道を戻ろうとした。
服は雨で濡れてしまっていた。
「まったく……ついてない」
とりあえず服を着替えなければ。
緑川は一度、ホテルに戻ることにした。
……ところで、オーロラビジョンを見る。
「?」
先程まで普通にバラエティ番組が映し出されていたはずだった。
しかし……

ハジマリマデ
13:25:36
13:25:35
13:25:34

「なんだ?」
これはなんかのカウントダウン……だろうか?
カウントダウンはすぐに、元のバラエティ番組に戻った。
一体何だったんだ?
カウントダウンの上には「ハジマリマデ」と書いていたし、
背景には、ダークライらしきシルエットが……
……!
「ダークライ……」

「無論、この街を、{悪夢}で満たすためや」

ヒウンノ 空ノ 下ヲ
悪夢デ 支配 シテヤル
全テ 終ワリニ シテヤル
             ナイトメア

まさか、このカウントダウンは……?
あれほどの事件が起こったのに、今ようやく思い出すに至った。
俺もまだまだだろうか。
緑川は急いで、甘粕に電話をした。
「……」
だが、甘粕はなぜか電話に出ない。
ならば川添だ。
「……」
……こちらも電話に出ない。
何かあったのだろうか?
ならば……
「……」

件名:(無題)

川添さんは何かを隠しています

おそらく甘粕さんも何かを隠しています

重々ご注意を

……久保は正直信用できない。
いきなり俺たちの信頼を引き裂くような真似をするのだから。
だが、久保ぐらいしか電話をかける相手がいないというのも事実だ。
緑川は久保に電話をかけた。
「もしもし」
「久保か。実は少し俺が考えていることがあってな。お前に伝えたいのだが……」
すると久保はなぜか押し黙った。
「どうした?」
「あ、いえ。……少し今忙しいので、11時半頃でもよろしいでしょうか?」
「……」
間違いない。
久保は何かを隠している。
「……わかった。では11時半頃に、スカイアローブリッジ側のゲート前で落ち合おう」
「はい」



ホテルの部屋で着替え、再びエレベーターに乗り込む。
そしてホテルを出たところで……
「すいません、少しお話を」
「ん?」
青いスーツの男に呼び止められた。
「どうした?」
「現在ヒウンシティに検問を張らせていただいています。少し捜査にご協力お願いしたいのですが」
「捜査?」
「はい。実は既にニュースでも報じられているのですが……」

「何!?」
木寺と名乗ったその人物が言ったことは、恐ろしいことだった。
なんと、木寺が所属するヒウン署から、男が拳銃を持って逃走。
後輩の刑事が殺害されそうになったらしい。
そしてその男を捕まえるために、今街のいたるところに検問を張っていると言う。
「……その男の特徴は」
「特徴?……そうですね。黒いスーツ姿、持っているポケモンはドンカラス。
 それに……関西弁を喋ります」
「……」

「無論、この街を、{悪夢}で満たすためや」

さっきの男……?
だが、こちらも決め手となる情報はない。
その決め手がない中で話しても、それはただの想像論に過ぎない。
「ところで、そろそろ身分証明書か何かをお願いできますか?」
「……」
ここで無視してもしょうがないだろう。緑川は、
「緑川 純一郎。43歳。職業は……声優だ」
と、自分のバイクの免許証を見せた。
「声優……では、今からお仕事で?」
「まぁそんなところだ」
「それはお引き止めしてすいませんでした。もう大丈夫ですよ」
「あんたも気をつけてな」
その時、オーロラビジョンに再び映像が写った。

ハジマリマデ
12:30:01
12:30:00
12:29:59

「また……あの映像か」
と、緑川が言うと、
「白井君の言うとおり……なのか?」
ん?
白井君の……言うとおり?
「刑事さん。その話、詳しく聞かせてくれないか?」
「え?何の話です?」
「いや、だから、今の話を詳しく聞かせてくれ」
「何を……」
「とぼけても無駄だ!」
緑川は、木寺を指さした。
「は?」
「今お前は{白井君の言うとおり}といったじゃないか!俺の耳をごまかせると思ったら大間違いだぞ!」
「あ、いや、別にそんなことを言っているわけではないです!」
「ある!」
「ないです」
「ある!」
「ないです!」
我ながら不毛な言い合いだ……
「とにかく俺は今から検問に向かわないと行けませんから」
「通れると思うな?この鬼の門番たる俺から通れると思うな!」
「なんなんですかいきなり!だいたい鬼の門番って……」
「ふん。包み隠さず言うなら今のうちだ。俺の怒りに触れる前に言え!」
木寺は明らかに困った顔を……
「というより警察が捜査状況を声優であるあなたに言う訳無いでしょうが!」
……していなかった。
「!?」
「あ、すいません。大声を出してしまって……」
「いや、いい」

その場を立ち去る木寺。
「……バカめ」
しかい緑川は、満ち足りた表情をしていた。
木寺が言っていた「捜査状況」。
つまり今、ヒウン中を巻き込む何かが起きている。
そしてそれにヒウン署の人物が関係している……
気になるのは木寺が言っていた「白井」という人間だ。
その人物が間違いなく、鍵を握っている。
あの映像を推理する上での、重要な鍵を。
その時、
「!?」
横断歩道の向こう側に、歩いている甘粕を見つけた。
「甘粕!」

バタフライ ( 2016/07/24(日) 20:47 )