1日目 その3
小松の部屋に上がり込むと、そこは整理整頓されていた。
「すいません緑川さん……いきなり呼び止めてしまって……」
「いいっていいって。それより一大事って何かな?」
「じ、実は……」
……それは、ひどく簡単なことだった。
緑川は、パソコンを調べる。
「……?」
「わ、わかりませんか……?」
なんと、買ったばかりのパソコンの電源がつかなくなってしまったという。
「……でも、どうして僕に?」
「だって緑川さん……プロフィールに得意なもの パソコンって書いてましたから……
ご、ごめんなさい、ご迷惑でしたよね……?」
「……」
なぜ俺がこんなことをしないといけない。
調べれば出てくるだろう?
それに、スマホがあるのなら、それを使えばいいだろう?
そして、驚く程簡単に原因がわかった。
「……」
電源のケーブルのコンセントがささっていないだけだった。
「直ったよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
こんなくだらないことのために、自分を呼んだのか?
「あの、一大事……というのは本当にこれだけかい?」
「はい、これだけです」
……なんだこいつは。これぐらい自分でなんとかしろ。
そういう思いでいっぱいだった。
だが、仮に変なことを言ってごねられるのも面倒だ。
「あ、そうだ。緑川さん。ごはんまだですか?」
「?もう済ませたが?」
「そうですか。ちょっと食べて欲しいものがあるんですけど……」
まごまごする小松。
……まぁ、時間はまだまだある。
調べたいこともあるが、ここは小松に付き合ってやろう。
「食べてほしいものとはなんだね?」
「はい。それは作ってのお楽しみです」
「え?」
それだけを言うと、小松は台所に向かった。
「あ、どうぞ。かけて待っていてください」
敷かれたカビゴン型の座布団に座る。
「……」
じっとしていても仕方がない。
正直、じっとしているのはあまり好きではない。ただし、コーヒーブレイクの時は除くが。
「ところで緑川さん」
「ん?なんだい?」
「緑川さんって、どうしても守りたいものってあります?」
「は?」
突然真面目な面持ちで聞いてきた。
「どうしたんだい?急に」
「いや、今日ポケモン無双の収録したじゃないですか。
それに登場するドレディアがあまりにもかわいそうで……」
なんだ、そういうことか。
「自分の演じたキャラにそこまで感情移入しちゃうかい?」
「あたし……しちゃう派ですね。本当ドレディアがあまりにかわいそうで……
あんな風に運命に翻弄されちゃうのって、本当に……」
そこまで言うと、小松は言葉に詰まってしまった。
「……」
小松の言い分は、何一つわからなかった。
ドレディアのキャラクターは、運命に翻弄され、味方に裏切られ、
どこまでもどこまでも不幸な目にあって、それでもマイペースに生き続けるというキャラ。
だが、それがどうしたというのだろうか?
裏切られた苦しみは、裏切られた者にしかわからないはず。
自分が裏切られることは未来永劫ないから、それでなのかも知れないが。
「ん?」
その時、携帯が鳴った。
久保からだった。
「あ、どうぞ。私、聞きませんから」
「いや、ちょっと大事な話なんだ。外で電話してくるよ」
「……そうですか?」
外に出て、久保に電話をかける。
「もしもし」
「あ、もしもし。こんな時間にすいません。お食事中でしたか?」
「俺は構わんぞ」
そう聞くと、久保は安堵した様子だ。
「それが……川添さんと連絡が取れないんです」
「何?」
そういえば、自分も川添とは今日は一度も連絡を取っていない。
いや、3日前からずっと、川添と話していなかった。
先程会った甘粕が、連絡をしてみた と言っていただけだ。
……まさか、
まさか川添の身になにかあったのか?
「甘粕さんはどうですか?」
「あいつとはついさっき会ったばかりだ」
「あ、そうなんですか?僕が電話しても出ないんで……」
「では、今から連絡を取ってみるか?」
「いえ、それはいいです。僕は今ちょっと忙しいですし」
忙しい?
「どうした?まさかマーシレスキングラーで、なにかあったのか?」
「はい。今ヘッドである黒木が強硬派の人物との交渉に向かったのですが、
いつまで経っても帰ってこないため、
現在僕たちで救いに行こうとしているところなのです」
「お前も行くのか?」
はい。という声。
「わかった。お前のことだ。下手をすることはないと思うが……くれぐれも慢心しないようにな」
「もちろんですよ」
電話を切った。
……しかし、川添はなぜ連絡が来ないのだろうか?
緑川はとりあえず甘粕の携帯に電話をかけた。
しかし、甘粕の携帯からは呼び出し音しか鳴らなかった。
「甘粕……?」
「……あ、あの……緑川さん……」
「ん?」
ドアを半分だけ開け、小松が見てくる。
「どうした……んだい?」
「ごめんなさい……エクレア作るつもりだったんですけど、チョコを切らしてました……」
「……」
そんなことなら言わなくてもいいだろう。
こっちは今、人の命がかかっているかも知れないのだ。
「すまない小松さん。ちょっと今からでないといけない場所が出来たから、今日はこれで失礼するよ」
「え?そうなんですか?すいませんお呼び止めして!」
「いや、構わない。また明日、頼むよ!」
そして階段を降りようとする。
「あっちょっと待ってください!」
「え?」
慌てて足を止める。
「緑川さん……」
「な、なんだい?」
小松の次の言葉を待つ。二人の間に、緊迫した空気が流れた。
「……あの……」
「どうした?」
「……」
「……緑川さんって、甘いもの大丈夫でしたっけ……?」
聞くんじゃなかった。
緑川は一度滞在先のホテルに戻ろうとする。
日は完全に落ち、夜空には星が見える。
だが風は少し湿っている。雨でも降るのだろうか。
そして緑川はもう一度、甘粕に電話することにした。
「も、もしもし」
……今度はあっさり出た。
「おい甘粕!俺の電話に出ないとはいい度胸だな!何を考えている!」
「……?あ、あの」
「どうせいつもと同じようにメイクを落としていたのだろう?
言わなくても分かるぞ!なにせ俺とお前はもう10年来の付き合いだからな!」
「……あの〜」
「なんとか言ったらどうだ甘粕!だんまりを決め込むとはお前らしくもないぞ!」
安堵から立て板に水のごとく、次から次へと言葉が出てくる。
「そんなことよりどうだ?ダークライやクレセリアのことはわかったか?」
そして、やっと気付く。
「……って、誰だ!?お前は!」
しまった。
外部の人物にクレセリアのことをばらしてしまった。
だが、電話相手は……
「誰に向かって電話をしているんだ!」
と、言ったあと、電話を切ってしまった。
「……」
すると緑川はもう一度電話をかける。
「おい!俺より先に電話を切るとはいい度胸だ!名前を聞いておいてやろう!」
と、言った。
このまま切られたままだと、負けたようで嫌だからだ。
「……アオヤギ アイ」
そこまで言って、電話は切れてしまった。
「……む?」
しまった、充電するのをすっかり忘れていた。
しゃべっている最中に電池切れを起こしてしまったのである。
「……」
電池が切れてしまったのはしょうがない。この勝負は引き分けだ(緑川いわく)
もしかすると、甘粕はもうホテルに戻っているのかも知れない。
緑川はホテルに入った。
入口でフロントにいる女と適当に会話を交わし、701の鍵を受け取る。
が、どうやら甘粕はまだ戻っていないらしい。
部屋の中は、4人が泊まれるスペースだった。
滞在費は全員で4等分わけて払う、ということで多少値が張るが、4人が眠れる部屋を頼んだからである。
ベッドの上に寝そべると、不意に睡魔が襲ってくる。
……10年前のことである。
その日に同じヒウンシティで発生した、ロイヤルイッシュ号立てこもり事件。
犯人の目的は、{伝説のポケモンを自分に渡すこと}というくだらなさすぎる動機。
さらに犯人は人質に取った男性を殺害しようとしたので……
「ウォーグル!ブレイブバード!」
パリ〜〜〜ン!
ロイヤルイッシュ号の窓を割り、強行突入。
「アイアンヘッド!」
さらに川添がポケモンを使い、犯人を攻撃。
「ぐっ貴様っ!」
犯人は激昴した様子で、バンギラスを出した。
「先に貴様らから始末してやる!」
さらに2匹、ガブリアスとガマゲロゲを出す。
「ふん、くだらん奴だ。数さえあれば俺たちを倒せると思っているのか?」
「黙れ!」
自分の私利私欲のために動く相手など、緑川たちの敵ではない。
「俺が2匹やる。お前はバンギラスを頼む」
「了解」
ウォーグルがガブリアスに一気に詰め寄り、
バシュ!
ブレイブバードをぶちかます。
ガブリアスは大きく仰け反ったが、体勢を立て直し、ドラゴンクローを振りかざす。
「遅い」
それを何も問題視せずにウォーグルは回避。
「ブレイククロー!」
それと同時にブレイククローでガブリアスのヒレを切り裂く。
そこへガマゲロゲがどくづき。
だがウォーグルは高く飛び上がり……
グサ!
あろうことか、ガブリアスにどくづきを食らわせた。
流石に相性は悪いが、すでにダメージを多大に負っているガブリアスには充分すぎる。
「何!?そんな……馬鹿な……!」
「ふん、もう少し真面目な戦いをしろ。俺たちに勝つことなど……」
同時刻、川添のポケモンもけたぐりでバンギラスを倒していた。
「10年早いわ」
そして最後のブレイククローで、男のポケモンは3匹とも倒れた。
それ以降も、数多くの事件を解決していった。
シンオウ地方のギンガ団の壊滅。ポケモンの密売組織を一網打尽。
さらには、暴走族の一斉検挙など。
そのサポートの役目に、甘粕は常にいた。
常に先立って情報を集めたり、犯人側の情報を盗み出したり、
緑川にとって、甘粕はもはや切っても切れない間柄だった。
だからこそ、今回の任務も成功を信じて疑わないし、
今回も同じように自分たちの力で解決出来る。そう信じている。
「……さん!緑川さん!」
「うん……?」
甘粕の声で目が覚めた。
どうやら眠っていたらしい。
すでに時計の針は11時30分を示していた。
部屋の中には黒髪のロングヘア……川添も、久保もいる。
「川添……無事だったか」
「はい。連絡をしそびれていてすいません。携帯電話をこのホテルに忘れてしまいまして」
「そういうことだったのか」
その言葉を聞いて、心底安心した。
4人はこの日起きたことを話し合う。
「つまり、マーシレスキングラーは今、崩壊寸前……ということか?」
「はい。最後の頼みの綱である神川という人物との交渉も空振りに終わり、
強硬派の勢いはますます上回っていくばかりです。
しばらくはヘッドである黒木も神川を探していたらしいのですが……見失ったようで」
「これはいろいろまずいわね。もし彼ら強硬派が変な動きをしたら……」
甘粕の言うとおりだ。
仮に強硬派がこの犯人を刺激するようなことが起きれば……
いや、ちょっと待て。
そもそもこの手紙自体が単なるいたずらだとしたら……?
「それに、神川と名乗る人物は、こうも話していたようです」
「どのみち日曜日にはすべてが終わる」
その言葉に、緊張が走った。
「日曜日……?緑川さん。それって……」
「あぁ、間違いない」
次ノ 日曜日 復讐 シテヤル
ナイトメアと名乗る人物が送ってきた内容と一緒だ。
つまり、その神川という人物こそが、今回手紙を送ってきたナイトメア……?
……そうだとするならば、あのイラストも説明がつく。
サザンドラが、キングラーを踏みつけているイラストだ。
だが、なぜ緑川は神川に復讐されなければならないのか、それがわからなかった。
神川という名前は今日初めて聞いたし、何より女性が倒れている絵……
国際警察の威信をかけて言うが、自分たちは一人も一般人を巻き添えにはしない。
……いや、そもそも「復讐」するのならば「どのみち日曜日にはすべてが終わる」
こう言った言葉は言わないはずだ。
自分に対する個人的な復讐なら、「すべて」という言い方はしなくてもいいからだ。
……いや、待て。
すべてが終わる……ということは、犯人は自分を殺したあと、自殺するつもりなのだろうか?
だとするならまずい。命を軽んじている以上、どんな行動を取るかがわからない。
「だが待て、久保」
川添が口を挟む。
「秋月 竜二は殺されたはずだ。なのになぜ、強硬派の勢力が上回る?
秋月 竜二を慕う人物もいたのではないのか?」
「……」
なぜか久保は、川添を見つめたまま動かなかった。
「……?どうした?」
「あ、いえ。はい。秋月を慕っていた人物も多かったんですが……
なんでも今では、強硬派の中の{あのお方}という人物を慕う人が多いらしく……」
あのお方?
「……」
それだけを言うと、久保は口を噤んでしまった。
「まぁ、あと4日あります。今は体を休ませるのが一番かと思うわ」
「そうだな。もう11時半をすぎる頃だ」
いつもと同じように、緑川と甘粕が隣同士のベッドで、
川添と久保が隣同士のベッドで眠ることに。
明かりが消えると、窓の外の明かりがよく見える。
これほど夜になっても、街の呼吸は止まらない。
「……」
静かなのは好きだ。
最近の街という生き物は、何もかもやかましすぎる。
そんな風に自分でも気障なことを言っていると分かりながら窓の外を見ていると、
「……?」
携帯のバイブレーションが鳴った。
「……」
こんな時間に誰だ?と思ったが、バイブレーションはすぐに切れた。
どうやらメールのようである。
恐る恐るメールを見る緑川。
すると……
件名:(無題)
川添さんは何かを隠しています
おそらく甘粕さんも何かを隠しています
重々ご注意を
そのメールの内容を、緑川は気にも止めなかった。
(こんな時に冗談とは、久保め、何を考えている?)
そのメールに返信することもなく、緑川は目を閉じ、凪のような時間に身を任せた。
TO BE CONTINUED…