ナイトメア・ビフォー・ヒウンシティ
1日目 その2
アフレコはその後、何事もなく平穏無事に終わった。
今の時刻は午後4時。まだ落ち合うには早い時間だ。
カフェ・憩いの調べ……
正直、長い年月ヒウンに住んでいるが、入るのは初めてだ。
下手な場所に入って、国際警察と勘付かれてはまずいからである。
……そうだ。今、久保に電話を連絡すれば、時間つぶしになるかもしれない。
緑川はそう思うと、久保に電話をかける。
「……もしもし」
「俺だ。緑川だ」
「あぁ、緑川さん。お疲れ様です」
久保は至って普通に連絡を取る。
「まず単刀直入に聞かせてくれ。マーシレスキングラー内に動きはなかったか?」
「動き……そうですね。どうやらマーシレスキングラーは現在、黒木ゆかりを中心とした{穏便派}。
 そして中心人物はいないものの、数の上では圧倒的に多い{強硬派}の二つに分かれています」
「つまり、あの事件も強硬派が起こしたと?」
「間違いないかと」

実は緑川の元に手紙が来る2週間ほど前、こんな事件が飛び込んできた。
「何!?それは本当か!?」
「はい」
緑川はその報に耳を疑った。
マーシレスキングラーにいた、秋月 竜二(あきづき りゅうじ)と言う男が、チームのメンバーに惨殺されたという。
しかも、兄妹揃って。
秋月といえば、マーシレスキングラーのナンバー2だったはず。
それなのに、何故殺される必要があったのか?
「死因は?」
「おそらくポケモンによる斬殺だと思われます。兄妹それぞれの背中に、キリキザンの切り傷があったと」
電話の相手は川添だ。
ヒウンシティでの調査中に聞いた話だという。
「妹の名前は?」
「それはわかりません。ですが、妙な噂もあるんです」
「妙な噂?」
「目撃者の証言によると、妹は突然体が輝き、空へと飛んでいったそうなのです」
・ ・ ・ ・ ・
少しだけ沈黙したあと、
「とにかく俺は、もう少しマーシレスキングラーについて調べようと思う。
 川添、お前は引き続き調査を頼む」
「わかりました」



しかしこの事件はまだメディアに知られていない。
仮にメディアに知られればどうなるだろうか。
マーシレスキングラーは、解散するのだろうか?
いや、そもそも何故目撃者もいるのに事件は明るみに出ないのだろうか?
そう、電話先の久保の説明を聞いている時だった。
ドン!
「いで!」「いた!」
男と肩がぶつかった。
「貴様……この俺にぶつかるとはいい度胸だ!」
「え?え?」
どこかで見たような男は、慌てている様子だった。
「いいか!俺はお前のように暇じゃないんだ!」
指をさす。男は戸惑ったような顔をしていた。
「な、なんなんですか!?」
語気を荒らげる男。
「なんなんですか?それは俺が聞きたい!何故人にぶつかっておいて、それほどまでに堂々としているのだ!」
「いや、堂々となんて……してませんけど……」
「ふん!俺が電話中でよかったな!俺が電話してなければ、今更貴様はこの世にいない!」
「は、はぁ……」
なぜかここまで威圧感をむき出しにしているにも関わらず、男はきょとんとしていた。
この男……出来る……!?
「……」
ふと男は、腕時計を見た。
「やっべ、純ちゃんや堅に怒られる。とりあえずすいませんでした!」
それだけ言うと、男は走り去っていった。
「まったく……」
「緑川さん……聞こえてましたよ」
「だからなんだ。俺は当然のことを言ったまでだ」
緑川に悪びれる様子はなかった。
「はぁ……そういうのって、無駄に敵増やしますよ」
「ふん。敵が何人来ようと、俺の敵ではない!」
「……そういや、マーシレスキングラーのヘッド、なんか今日様子変なんですよ」
久保の声に、反射的に声を出さなくなる。
「どういう意味だ?」
「なんか……やたらとオドオドしてるし、甘いものはいらないって言うし、
 何しろ、なぜかモンスターボールを持ってないから、桐生って奴にニンフィアもらってました。
 それに……明るい場所で見ると、髪の毛が群青がかってます」
「……」
髪の毛は「イメチェンをした」といえば説明がつく。
だが、性格と味覚の変化、それにモンスターボールを持っていないということが気になる。
マーシレス「キングラー」というほどだ。キングラーを持っているのではないのか?
「……おっと、誰か来る。またなにかわかったら電話します」
「わかった。引き続き頼むぞ」
緑川は電話を切った。
「……」
時計を見ると4時30分。
まだ待ち合わせの時間まで1時間もある。
……だが、今日は仕事もなにもない。
少し早いが、カフェ・憩いの調べに向かうことにした。



「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「見てわかるだろう。2名だ!」
「はぁ?」
アルバイトと思われる女は、そう言った。
「お客様、どう考えてもお一人ですよね?」
「バカか?貴様は……俺がこのような喫茶店に来る。すなわち、2名以上で来ると、なぜ推察できない!?」
「あ、あの〜」
「ちなみに俺は腹が減った。大至急ナポリタンを頼む!」
そう言って、店内の椅子に座った。
「……お客様」
「なんだ?」
「店内は静かなので、お静かに……」
「貴様!俺に命令する気か!」
店員を指さしながら、緑川は言った。
「め、命令する気はないですけど……」
「今俺は空腹でたまらなくイラッとしている!早くスカッとさせるようなナポリタンを頼む!」
「は、はい。かしこまりました……」
……勝った。(緑川いわく)
ナポリタンでも食べながら、甘粕を待とう。
そう思っていた時だ。
バタン!
「は、話がめちゃくちゃです!それに、私はガムシロップなんて毒物、絶対に必要ないですから!」
暗い群青色の髪の女が、テーブルを叩いて立ち上がった。
「……」
「……ヘッド、声でかすぎです」
「ご、ごめんなさい……」
ヘッド……?
その言葉を、緑川は聞き逃さなかった。
「……」
座り直した女をじっと眺める。
明るいところで見ると髪は群青色。味覚が変わり、甘いものがいらない。
どこかオドオドしている。そして先ほどのヘッド、という言葉。
「……おい」
うん。ピタリとあっている。
「おい」
だが、ヘッドといっても不良グループなど、無数にあるものだ。
本当にあの女がマーシレスキングラーのヘッドだと、胸を張って言える証拠などない。
「おい!」
どうする?話を聞いてみるか……?と、顔を女に向けようとして、
「お〜い!」
その男と顔が合った。
「てめぇ!何ヘッドのことジロジロ見てんだよ!……てか、俺の声が聞こえてるなら反応しろ!」
「すまん。下等動物の話す言語を理解できるほど俺は賢くない」
「なぁにぃ!?」
男の顔は、湯気が出そうなほど真っ赤になっていた。
「ちょっちょっと、桐生さ……桐生……神川もいますし、今ここで暴れたら……」
「ヘッド!ちょっと黙っといてください!今すぐこいつ、黙らせてやりますから!」
「そうじゃなくて、周りの人に迷惑がかかりますって!」
桐生……と呼ばれた男の腕を引っ張る女。
「だからなんです!あなたは馬鹿にされているんですよヘッド!」
「あ、いや、その人は私を見ていただけなんで馬鹿にしてはないんじゃ……」
「なんと!?あなたはどっちの味方なんですか!」
なおも言い争いを続ける二人。
「そろそろいいかな?いい加減早く帰んないと、{ナンダコレ珍八景}始まっちゃうんだけど?」
席を立とうとする灰色の髪のロングヘアの男。
「……」
ふん、これがヘッドだと?笑わせるな。
……瞬間、女がいきなりフォークを桐生という男の首に突き付けた。
「あっ……あっ……あっ……!?」
「いい加減にしなさい。まず店内の人に謝りなさい?あんなに大声を上げたのだから」
「す、すいません……ヘッドぉ……!」
「聞こえなかったのですか?ならその耳は必要ないですね」
次に女は、ナイフを耳に突き立てる。
「ひほう!?す、すいません……店内の皆様、すいませんでしたぁ!」
「……」
女はそれだけを言うと……
「……と、言う劇の流れでいいですよ……ね?」
灰色の髪の男に話しかけた。
「あ、あぁ……うん」
そして女と男は、椅子に座り直した。
「……」
あの目……随分と殺気立っていた。
「……」
聞き耳を立てようかと思ったが、やめておいた。
なぜならこちらの話のほうがよほど大事だからである。
時計の針を見ると、すでに4時50分だ。
「お待たせしました〜」
ナポリタンを店員が持ってくる。
「……粉チーズを」
ドバババババババ
粉チーズを大量に入れ、一気にかき込む。
ケチャップの芳醇な甘ずっぱさと、粉チーズのまろやかさ。
そしてピーマンの歯ごたえ、ウインナーの肉肉しさ。
すべてが混じり合い、口の中が幸せだ。
「緑川さん」
「うん!うまい!」
「緑川さん!」
「ん?」
目の前に、金髪の見た目からして派手な女がいた。
「お待ちしていましたか?」
この女が、甘粕である。
「いや?俺も今来たところだ」
「絶対嘘ですよね」
口の周りをケチャップで濡らしながらだと、流石に説得力はなかったか……
「……というより、先程から大声が聞こえてたのですが」
「そう……だったのか?」
「えぇ。まぁ、あなたの声ではなかったですけど」
あの女の声か。
「それで、クレセリアについて聞いて回ったのだろう?何かわかったか?」
「いえ、残念ながら、手がかりなしです」
「……」
「川添さんとも連絡してみたのですが、彼もわからない、と」
有能な二人をもってしても空振りだ。
「それより、昼間、黒木 ゆかりらしき人物を目撃しました」
「何ぃ!?」
黒木 ゆかり……緑川は顔は知らなかった。
ただ、闇のような髪の黒さに、女だがすらっとした長さの足。
そして、キングラーを操り、その実力は地方のリーグチャンピオンにも勝るとも劣らない……
と、言うことだけは知っている。
「だが、人違いではないのか?」
「いえ、髪型以外は私の知っている特徴と合致します」
「バカな。マーシレスキングラーが危険な状況にも関わらず、街をほっつき歩いているというのか?」
「特徴が似ていただけなので、何とも言えませんが……
 {あいつの話なんかしないで!}と、白髪の男に言っていました」
あいつ……?
それはもしや、秋月 竜二のことなのか?
だとしたら、{あいつの話}とは……
おそらく、自分のチームのナンバー2がなんらかのトラブルに巻き込まれ、
そのショックが未だに尾を引いているのだろう。
……では、あそこにいるのは誰だ?
黒木 ゆかりはマーシレスキングラーのヘッド。そしてあの女は……?
「甘粕、相談があるんだが……」
「なんでしょう?」
「今からあそこに座ってい」
・ ・ ・ ・ ・
……ない!?
もうすでに、どこかに移動してしまったのか、もぬけの殻だ。
「……緑川さん?」
しまった。
あの女は何か知っているのかも知れない。勇気を出して話を聞けば良かった。
「……る、店員、実は先程うまいナポリタンを出してくれたんだ」
とりあえずなんとかごまかさないと場が持たない。
「そうなんですか。あいにく私はナポリタンがあまり好きではないので……」
「そ、そうか……」
失敗。



お互いに収穫なしということで、この日は1度別れることになった。
「では、あとでホテルで落ち合いましょう。時間はいつも通りでいいですか?」
「あぁ。俺はもう少し川添や久保の連絡を待ってみるついでに、調査を進める。
 先に戻っておいてくれ」
「わかりました」
甘粕はポケモンを出し、それに乗ってホテルへ向かった。
「……」
甘粕も川添も久保も、頼りになる。
緑川は国際警察以外の人間は全て切り捨ててもいいくらい、信頼しきっていた。
無論、甘粕に介しては邪な気持ちはない。
ただ単にひとりの人間として、ひとりの同僚として、彼女を信頼していた。
「さて……」
午後6時になり、自分もなんらかの調査を進めようと思っていた時だ。
「み、緑川さん!」
「?」
小松の声だった。
「こ、小松ちゃん。どうしたんだい?」
ここは声優モードに切り替える。
「じ、実は一大事なんです!も、もしお時間が空いているなら、あたしの家に来てくれませんか!?」
「?」
一大事……?

バタフライ ( 2016/06/29(水) 22:01 )