1日目 その2
……話の意味がわからなかった。
どういう事?
目の前にいるのは人間の女の子のはずだ。
それなのに、この女の子はクレセリアと言っている。
「……未だ信用していないのか?」
「あ……いや、その……」
「……そうか。では見せてやろう。確かな証拠を」
女の子が手をかざすと……
「……!!?」
僕の肩甲骨が、ぱぁっと光った。
「……こ、これって……!」
僕は慌てて上着を脱いだ。
いや、上半身を全て脱いだ。
「……」
服に仕掛けられているわけではない。僕の体自体が発光している……!
「ど、どういう事!?そもそも君は……」
「言ったはずだ。私はクレセリア。みかづきポケモンだとな」
「なんで!?僕の体に何をしたの!?」
「ほう?未だに現実を受け入れられぬようだな」
「お前はすでに死んでいるのだ」
「!!?」
愕然とした。
前後がわからなくなり、ぐるぐると世界が回りだす。
「お前は何も成せぬまま、何も成さぬまま、その生涯を終える。
魂を持つに値せぬくだらない二人組によってな」
「え?……僕はブースターを出して……戦って……」
「では何故お前がここにいる?ちゃんと命令して、ちゃんと戦って、ちゃんと勝ったと言うなら……
今更こんな場所には来ていないだろう?」
確かにそうだ。
モンスターボールから、ブースターを出す。
ブースターはピンピンしていた。
「……じゃ、じゃあ僕はなんで……」
「それは、私から」
クレセリアの高圧的な声とは違う声が聞こえてきた。
「いいのか?秋月?」
「はい。巻き込んでしまったのは私です。私から説明しなければ」
「……ふん、勝手にしろ」
すると、女の子の目から影が消えた。
「……ごめんなさい。私の名前は秋月 里穂(あきづき りほ)。
あなたと同じく、クレセリアに操られています」
秋月と名乗った女の子は、どこか神秘的なオーラをまとっていた。
「操られてる?それはどう言う……」
「私もあなたと同じく、とある不良グループに襲われ命を落としかけました。
私に特別な力があり、野望を達成するために邪魔になる故、私を狙ったらしいですが……」
「つまり、殺される寸前に僕と同じようにクレセリアに助けられた……ってこと?」
こくりと頷く。
「あなたは不良グループに絡まれたあと、戦おうとしましたが……
モンスターボールからブースターを出したあと、男のベトベトンに、直接どくづきを受けました。
そして……命を落とそうとしているんです。
そこをクレセリアに助けられて……行動の自由と引き換えに命を得ました」
「行動の自由と……引き換えに?」
「はい。クレセリアは自らの目的のために、私とあなたを利用しようとしているんです」
自らの目的……?
腹部を触る。
……確かに、胸には何かで突き刺された痕があった。
「どう言う……こと?」
「……」
再び目に影が現れた。
「我が目的は、まもなくこの地に現れる災禍を打ち倒すことだ」
「災禍?」
「この地にまもなく、悪夢を司りしポケモン、ダークライが降臨しようとしている。
その者の力をもってすれば……」
「もって、すれば?」
「ヒウンは、街ごと死ぬ」
その言葉に、緊張が走った。
「ど、どういう事?」
「言葉のごとくだ。ダークライの悪夢を見せる力により、人間は覚めぬ悪夢を見続ける。
永遠に、その瞳を開けることなく、人々は眠り続けるのだ」
「……」
ダークライ。
シンオウのしんげつじまにいると言われている伝説のポケモン。
新月に現れ、人々やポケモンに悪夢を見せると言われているポケモン。
そのダークライが、イッシュ地方に現れ、人々を眠らせるという。
「……」
すでに月が出ている空を見た。
確かに月は、今かなり細くなっている。
「その、ダークライが現れる時期って……」
「今からちょうど4日後、お前たち人間が、日曜日と呼ぶ日だ」
もしや、日曜日に新月になって……?
「……でも、なんで僕なの?」
僕は一番疑問に思っていることをクレセリアに言った。
「決まっているだろう。お前が悪夢に抗しうる魂になり得るモノだからだ」
モノ……
「白、黒、緑、青、すでに4色の魂が、このヒウンという街に集まっている。そして、貴様だ」
「……」
「貴様、名前を言え」
「……赤城、赤城 大和」
……クレセリアの言葉が正しければ、僕は赤い魂になるんだろうか?
するとクレセリアの笑い声が聞こえてきた。
「ふむ、多少頼りないが……いいだろう。これでお前は、私の操り人形(マリオネット)だ。
これからは、私の意思に従い、私の声に従い、私の命令に従うのだ。
私の力を得た貴様に、何も権利はないと知れ」
クレセリアは、あくまで高圧的に僕に言った。
「……僕は何をすればいい?」
「簡単なことだ。お前と同じく魂を持つモノたちを探し、ダークライに対抗する力を手に入れるのだ。
ダークライがもし、完全な力を取り戻したら……私は死ぬ。
そして、私が操っていたお前も、秋月も死ぬ」
「……」
不思議だ。
確かに、僕はこんな世界は壊れてもいい。そう言った。
だけど、いざ僕に命の危機が迫っているとなると、恐怖を感じる。
それに、なぜだろう。
なぜか、秋月さんは守らないといけない。
そう思えた。
僕は人間など、どうでもよかったはずだ。
「では、早速だ」
「早速……どうするの?」
すると、僕の体は突然宙に浮き……
「わっ……」
ヒュ〜〜〜ン……
そのまま真っ逆さまにビルから落ちた。
瞬間気付く。
上半身裸のままだと。
「うわああああああああ!」
恥ずかしさと恐怖から、妙な声をあげた。
た、頼む!見ないで!誰も見ないで!
そしてそのまま……
グシャ……!
生卵が地面に落ちたような音とともに、僕の体は地面についていた。
「……」
体中痛い。
……体中痛い?
いや、痛みは感じない……
「大丈夫……ですか?」
なぜか隣に秋月さんがいた。
「あ……えぇっと……秋月……さんか」
「はい」
「君こそ……大丈夫かい?」
「はい。私は大丈夫です」
なぜかピンピンしている……
「……」
そして気付いた。
「あ!?」
未だに僕は、上半身裸のままだ。
「す、すいません!赤城さんの服、持ってくるのを忘れました!」
「そんなぁ!?さっきのビルに戻らないと!」
ちょうどここは、先ほどのビルの真下……のはずだ。
(ダメだ)
「え?」
声が聞こえてきた。
(言ったはずだ。貴様は私の操り人形だと。操り人形である貴様が、勝手な行動を取ることは許さん。
今はただ、私の言うとおりにしておけばいいのだ)
「……い、いや」
(分かったなら、まずはここを離れろ。もうすぐ……)
そこまで言って、クレセリアは口を噤んだ。
(いや、もう手遅れだったか。ふふふ……)
「んな!?」
男の声が聞こえた。
「て、てめぇ!?生きてやがったのか!?さっきベトベトンでどくづきしたはずだぞ!?」
あの男二人だ。
「!?」
秋月さんは両手で口を覆っている。
「ど、どうすんだよ小西。こいつ……もしかして不死身かも知れねぇぞ!?」
「バカ何言ってんだよ小津!この世に不死身なやつなんていねえよ!」
「じゃあ、今度こそ消えてもらうか?」
勝手に話を進めて、勝手に話をまとめて、
「行けベトベトン!」「行けカイロス!」
勝手に襲いかかってくる。……あぁ、めんどくさい。
「ブースター」
……え?
僕の体は勝手に動いていた。
「お?やる気か?ま〜たさっきの……」
「二の舞になるだけだぜ!」
襲ってくるベトベトンとカイロス。
僕の瞳には、その二匹がスローモーションのように見えた。
「……」
……?
「僕」が何か言っている。
次の瞬間……
ゴオオオオオオ!
あたり一面を炎が包んだ。……オーバーヒートだ。
……オーバーヒート?
そんな命令をした覚えはない……はずだが……
チュド〜〜〜ン!
ものすごい爆発が起こった。
目の前を見ると……
「……」「……」
ボロ雑巾のようにズタボロになって倒れているベトベトンとカイロスがいた。
「あ……あわわわわ……!」
男ふたりは、わかりやすいようにうろたえていた。
「ゆ、許してくれぇ!」
「そ、そう!オレたちは{あの方}に言われた通りにしてただけなんだよ!許してくれ!」
あの方……?
すると秋月さんが前に出て、
「兄も、そうなんですか?」
と言った。
「あ?誰だお前」
「答えてください!私の兄……秋月 竜二(あきづき りゅうじ)も、あなたたちが殺したんですか!?」
「……」
男ふたりは向かい合ったあと、
「知らん」「知らねぇな」
と言った。
「嘘つき!兄は殺されたんです!マーシレスキングラーに……殺されたんです!」
「んなもん、殺した奴なんざ覚えてるかよ」
「そうだ。わりぃのは{クロキ}なんだよ。あいつがこのマーシレスキングラーを破綻させたんだ」
クロキ……?
「クロキって、誰なんですか!?」
「さぁな」
それ以降、男たちは何も答えなくなってしまった。
「……」
その瞬間、機械のように僕の口が動いた。
「ならば汝らは、{あの方}に操られし、単なる殺戮マシンに過ぎぬ。
人間から殺戮マシンに堕ちたる{モノ}どもよ、
汝らがこの大地に存在して良い権利など、一縷もないと知れ」
「……!?」
「僕」が手を広げる。
「なっ……何を……!」
その瞬間、ブースターが僕の前に駆け出して……
ゴオオオオオオ……!
「!?」
ま、まさか。
炎を纏うブースター。
まさかではない。
や……やめろ!やめるんだ!ブースター!
やめてくれ!ブースター!
だが、僕の思っていることは、言葉にならなかった。
「ひ、ひいいいいい!」
「わ、わかった!わかったから!話すからやめてくれ!」
しかしブースターの炎は、その強さを増していき……
「……」
「僕」は逆の腕を前に突き出した。
チュド〜〜〜ン……!
「……」
我に返る。
「!?」
目の前には、プスプスと焼け焦げた地面と、チリチリと身を焼くような空気。
そして、人間……だった、炭の塊がある。
(ふん)
クレセリアの声だ。
「お前……まさか……」
(勘違いしているのか?赤城)
「何?」
僕は震える体を保持するだけで手一杯だった。
(貴様は人など殺したくない。そうは思っていたようだな。
だが、貴様があの男ふたりを殺さなければ、貴様は何度でも死ぬ。
だから私が、ブースターの潜在能力を引き出させただけだ。私の{てだすけ}によってな)
「ふ、ふざけるな!ぼ、僕は……僕は……!」
体が震える。体が震える。体が……震える。
僕はこの手で人を殺したんだ。
ブースターのオーバーヒートによって、僕はこの手で……人を……
(さて、私がてだすけを使えるのは今日はこれまでだ)
「!?ど、どういうこと!?」
(決まっていよう、貴様と秋月、二人を生かしておくだけで私は多大な力を消費する。
私が労力を使って、貴様を助けられるのは、今日はこれが最後だ)
「助けなんて……求めたわけじゃない!勝手に決めるな!」
そう言うと、クレセリアのせせら笑う声が聞こえた。
(だが、お前のブースターは言っているぞ?{お前では無理だ}とな)
「!?」
ブースターの方を見る。
ブースターは戦い足りないようで、ウロウロと走り回っている。
(自分を盲信するのは大いに結構。だが、その盲信に足を取られぬよう、注意することだな)
クレセリアの声は、聞こえなくなった……
「……あ、赤城……さん……?」
「……」
僕の顔は、かなり青くなっていた……と、思う。
震えが止まらなくなる僕の体を、秋月さんは優しくさすってくれた。
が、その時だ。
「おい!そこで何をしている!」
真っ黒な短髪の、青いスーツを着た男が、僕たちを見た。
背後には焼死体が転がっている。
「……これはどういうことだ」
男は渋い声で、僕たちとの距離をじわりじわりと詰めながら話を続ける。
「……」
僕は迷った。
この男が何者かは知らないが、事情を説明すれば、わかってくれるかも知れない。
「あ、赤城さん」
「……」
が、その希望はいともたやすく打ち壊される。
「……そのブースターで、そいつらを焼き殺したのか」
「あっ……」
しまった。
気が動転していて、ブースターをモンスターボールに直すのを忘れていた。
慌てて左右に首を振るが、現にブースターを出していたのは確かな上に、まだ死体が燃えている。
これでは言い逃れが出来ない。
「……」
警察に全てをさらけ出そうとした時だ。
「!?」
僕は突然、男に背を向け……
タッタッタッタッ……
走り出してしまった。
「あ、待て!」
「赤城さん!」
それがクレセリアの仕業だということは、すぐに把握できた。
僕はものすごい速度でビル街を縫うように走り続ける。
そしてヒウンストリートを抜け、ジム通りにまでやってきてしまった……