1日目 その1
「……」
時計を見ると朝の6時だった。
外はもう明るい。いい天気だ。
こんな日はブースターと一緒に街に繰り出したい。
そして……ブースターと一緒に戦いたい。
「……」
僕はゆっくりと伸びをした。
今日も朝早くから学校に行って、勉強して、そして……
「……はぁ」
僕はゆっくりと準備をして、朝食を食べに下に降りた。
朝から出汁のにおいがする。
人と違うと胸を張って言えるのは、このことだけだった。
〜うどん・そば あかぎ〜
それが僕の家だ。
お昼時にはたくさんのサラリーマンや主婦でごった返すし、
帰ってきた時も夕食を食べるお客さんでごった返してる。
その手伝いも、僕の役割だ。
……あぁ。退屈だ。
退屈でしょうがない。
毎日毎日同じことの繰り返しで、毎日毎日なんてことないように毎日が終わっていく。
ず〜〜〜〜〜〜っと、収まることのないあくびをしている感じだ。
鏡を見ながら、赤い髪をブースターに似せるように整える。
歯を磨いて、顔を洗って……
「大和、おはよう」
「おはよう。母さん」
おっと、いうのを忘れていた。僕の名前は赤城 大和(あかぎ やまと)。
どこにでもいる、普通に普通の高校2年生。
まぁポケモンバトルの腕前は結構ある……そう思いたいな。
「今日も部活で遅いの?」
「ん?いや、今日は部活はない。それに短縮授業だから、早く帰る」
こんな風に普通に母親と会話して、
「忘れ物はない?」
「うん。ない。ちゃんと確認した」
こんな風に普通に着替えて、靴を履いて、
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
こんな風に普通に、プライムピア近辺にある学校に行く。
……あぁ。退屈だ。
「おい!見たか!?今朝の芸能コーナー!」
「あぁ、アイちゃんが引退するって奴だろ!?見た見た!」
「嘘だろ絶対!今まさにノリにノッてるアイドルなのに!てか、ドラマの撮影も決まってるのにどうすんだろう!?」
「もしかして、{小悪魔系アイドルを演じるのに疲れちゃいました〜}とか、そんなことだったりして!」
「それはないだろ!流石に……本人もノリノリだったしな!」
学校に到着しても、それは同じだ。
やかましく話をしては、狂ったように笑い合う塵芥のような生徒たち。
友達なんて、僕には不要だ。
だって友達が出来たところで、その友達が僕の命を助けてくれるわけでもないし。
「……」
僕の「時」は、まるですべてが、灰色になったような感じだ。
もうあらゆることがどうでもいい……僕にはそう思えるんだ。
刺激が欲しい。
とにかく、驚く程の刺激が欲しい。
こんな何もかもが変わらない世の中なら、いっそ……
いっそ、壊してしまいたい。
その日も、特に何もなく学校が終わった。
「はぁ……」
カバンに教科書を詰める。
結局今日も授業は右から左だ。
こんなことをやるのに何の意味があるんだろうか。
そんな僕のことを気にもとめず、足早に教室を去っていくほかの生徒たち。
もう午後2時。
……短縮授業で授業が終わってから、2時間が経っている。
このまま学校に残っていても、何もない。僕は教室を出ようとしたところで……
「おい!見ろ!あれ!」
ほかの男の声に導かれるように、窓の外を見る。
「!?」
真っ黒な煙が、もうもうとあがっている。
あれは……ユナイテッドピアだ。
僕はまるで光に集まる虫けらのように、その元へ急いだ。
ユナイテッドピアはすでにパニックになっていた。
ビルの一室が、激しく燃えている。
唖然とした様子で、消火を待つ人々。
どう見てもただ事ではないのに、呑気にスマホで写真を撮る人々。
ただただ悲鳴を上げる女性。
僕はその様子を、じっと見つめていた。
特に理由も、意味もなく、じっと見つめていた。
「ちょっと失礼」
それから5分ほど経って、背後から聞こえた声で我に返る。
そこには、白い髪の刑事がいた。
どうして警察ってわかるかって?手に警察手帳を見せていたからだ。
「あなたは随分長い間、火災現場を見ていた様子ですね?」
「そうですが、何か?」
「いえ、火災が起きた時の状況をお教えいただきたいと思いまして」
「……」
起きた時の状況も何も……僕はただ現場を見ていただけだ。
それなのに疑いの目を向けるつもりなのか?
本人にはそんな気はないのだろうけど、イライラする。
「お教えいただけないでしょうか?」
「……」
もはや話す気すら起きなかった。
「ちょっ誠……あんまり高圧的に聞いちゃダメでしょ?」
「あぁ、すまん」
その時、背後から女性が現れる。
「もう……私が聞くわ。先に現場に行ってて」
「わかった。悪いな黒木。頼りっぱなしで」
「そういうのいいから、とにかく早く行きなさい。狭山さんにまで怒られるわよ?」
どうやらこの女性は多少は話せるようだ。
「先程は不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。
ヒウン署巡査の黒木 優希と申します。
早速で申し訳ありませんが、あなたはここに何時に来たのですか?」
穏やかに聞いてくる。この人なら話しても信じてもらえそうだ。
「確か……」
その時だ。
「?」
目の前に、何かキラキラしている少女が見えた。
「どうしましたか?」
「……」
僕の足は今度はその光に誘われるように動いていた。
「ちょっちょっと!?」
気が付くと、僕はジム通りにまで走ってきて……
「……あれ?」
その光を見失った。
「ど、どこに……」
その時だ。
「やめて!離してください!離して!」
女の子が男二人に絡まれている……
「うるせぇ!早く来るんだよ!」
「お前は俺たちの野望を叶えるために邪魔なんだ!とっとと来い!」
「離して!」
……さっきの女の子だ。
背が小さくて、髪を短いツインテールにしていて、
何故か水色の透き通ったローブのような服を着ている。
「いいから早く来るんだよ!」
「お願いです!離して!」
……なぜだろう。
助けないといけないような気がして、しょうがなかった。
身長が僕に近いから?
「待て!」
喧嘩慣れもしていないのに、僕は大声をあげてしまった。
「!?」
そんな僕を見て、女の子が目をまん丸にする。
「あん?なんだガキ?」
「痛い目みたくなかったらすっこんでろ!」
ガキ……僕の身長を見て言っているんだろうか?
「……」
そう考えると、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
「あぁ?やんのかコラ?」
「言っとくが俺たちマーシレスキングラーを敵に回したら……わかってんだろうな?」
マーシレスキングラー……聞いたことがある。
確かヒウンシティ最大の不良グループで、名前を知らない人物はいないと言われるチームだ。
「おいやめろよ!マーシレスキングラーは今日から、マーシレスサザンドラになんだろうが!」
「おっと、そうだった。とりあえず目の前のガキを……ぶっ潰してやる!」
二人はそれぞれ、ベトベトンとカイロスを出した。
「……」
僕はブースターを出した。
タイプ相性はベトベトンは普通、カイロスとは相性がいい。
……いける。
久しぶりのポケモンバトルだ。
鬱憤を思い切り晴らそう、そう思い、僕はブースターに命令を……
「!?」
命令を……命……令……を……
め……い……れ……い……を……
「……!?」
気が付くと、僕はどこかのビルの屋上にいた。
……何が起きた……?
そうだ、さっきの女の子は……!?
「ようやく目が覚めたか。魂を持つ人間よ」
「!?」
さっきの女の子が、そう話しかけてきた。
……女の子?本当にさっきの……女の子?
目に影ができており、その女の子の表情をうかがい知ることはできない。
「き、キミは……」
「私は……そうだな。お前たち人間からはこう呼ばれている」
「クレセリア。みかづきポケモン とな」