1日目 その3
ジム通りに向かって走ってくると、僕は突然足を止めた。
「あ、赤城さん……早いですよ……!」
「ご、ごめん……」
すぐ後ろから、ゆったりと秋月さんが向かってきた。
「……」
しかし、あの男は一体……
(ふ、どうやらどうあっても人間は我らを敵にしたいらしい)
「な、何を言っているの……?」
(あの男はおそらく、警察官だろう。なぜあんな場所にいたかは知らぬが、
おそらく誰かが警察を呼んだか、あるいはたまたま、であろうな)
警察官……?確かに、
スーツを着ていたため、そう言われても不思議ではなかった。
「で、でもどうするんですか?警察から逃げたとなると……」
秋月の言葉ではっとした。
確かにそうだ。
人を焼き殺しておいて、警察官から逃走。
そして今更自首……となっても逃げたことから罪は重くなる。
そうなれば、クレセリアの手伝いというどころではなくなってしまう……
いや、そもそも思った。
本当にクレセリアは、ヒウンを救うために行動しているのだろうか?
「……秋月さん」
「どうしたんですか?」
「クレセリアのことなんだけど……クレセリアは本当にヒウンを救おうとしているのかな」
そもそもなことを口にすると、はっはっはと笑い声が聞こえた。
(赤城、今更になって怖気づく気か?)
「な、怖気づいてなんかいないよ!でも……お前は本当にヒウンを救おうとしているんだろうな!?」
(ふ、今更なことを言うな。私の目的はダークライを倒すこと)
「ダークライを打ち倒すためなら人殺しをしても構わないって!?」
僕はたまらず大声を出した。
(無論だ。ダークライが蘇ったのなら、死人は二人どころでは済まなくなるぞ?)
が、まるで驚く素振りも見せずにクレセリアは続ける。
(それどころではない。人殺しの罪を背負ったお前も、
人殺しの罪を背負ったお前に付き従う秋月も死ぬことになるのだぞ?)
「背負わせたのはお前じゃないか……」
(ふん。ならばあの場面、お前ならばどうした?)
クレセリアの質問に、僕は答えなかった。
確かにそうかもしれない。僕はあの二人組に1度殺されたんだ。
僕の視線の先にいる秋月さんと、クレセリア自身がそれを証明している。
だから今回も、あの二人に追い詰められて……
「……だから、なんだよ……」
だけど、僕は言葉を続けた。
「だから、お前は何がやりたいんだよ!僕が人殺しをして、その様を見て、せせら笑って!
それで満足なのか!?お前の言うとおりに動けば、それで満足なのか!?
確かに僕は、この世界なんて壊れればいい……そう思ったこともある。だけど、それは……!」
「赤城さん!」
秋月さんが声を出す。だが僕は、もう自分自身が壊れそうだった。
「だから僕はもう、お前の言うことなんて聞かない!お前の力も借りたりしない!
僕は僕の道を行く……もう僕に命令しないでくれ!」
「なるほどな。君の言いたいことはよくわかった」
はっと我に返り、目の前を見る。
「……!?」
「続きは署で聞こう。いいな?」
先ほどの青いスーツの男がいた。
しまった。クレセリアに夢中で、周りが見えていなかった。
続きは署で聞こう。つまりこの男はやっぱり刑事だ。
「あ、赤城さん……」
「……」
もう、ここで終わりにしよう。僕の頭の中は諦めで一杯だった。
クレセリアの言いなりになって、人を殺すぐらいなら、そうした方がましだ。
僕は黙って両腕を差し出すと、刑事は手錠をかけた。
その時だ。
シュタッ
「え?」
僕のとなりに、突然{何か}が降ってきた。
するとその{何か}は、秋月さんを見て……
「You will not be arrested」
「……!」
秋月さんは、その声に聞き覚えがあるようだった。
「な、何者だ!」
刑事が言うと、突然その女性は……
バキ!
「ぐおっ……」
刑事に浴びせ蹴りを食らわせた。
油断していたのか、刑事は大きく体勢を崩す。
「お、お前……彼の味方か!?」
そのまま僕たちに逃げるよう促す。
……逃げる?どこへ逃げろというのだ。
これで僕はまた罪を重ねた。
もう逃げたところで、どうしようもないんじゃないだろう?
「こっちです!赤城さん!」
「!?」
しかし秋月さんが僕の腕を引っ張る。
「……」
もとより僕にもう抵抗出来るような気力はない。
しかも……
思った以上に秋月さんの腕力が強い。
僕は秋月さんに連れられ、人気のない路地裏に連れて行かれた。
しかも、手錠をかけられたまま。
「あ、秋月さん!どうして逃げるのさ!」
「……」
秋月さんは何も喋らなかった。
「秋月さん!」
「え?あ……ごめんなさい。だけど、ここで逃げないと……」
「もうボクに会えないから。か?」
目の前に、先ほどの人物がいる。
フードを着て顔を隠し、服装は見えないが、背は高めだ。
「君は……」
「……今は詳しいことを話している暇はない。もうすぐここに、さっきの刑事が来る」
それだけを言うと、その人物はビルの壁を蹴り、
「!?」
どこかへ消えていった。
「今のは……誰?」
「……」
秋月さんの手には、手紙が握られていた。
「手紙?」
「はい。ルカお姉様から」
ルカ……?
また聞き覚えのない名前だ。
手紙には、こう書いてあった。
キミたちに話しておきたいことがある
明日の午後2時 ヒウンシティの北 4番道路に来て欲しい
ルカ
と、書いてあるらしい。
「……よ、よく読めるね、秋月さん」
そう、全て英語だった。
「はい。私は昔、外国に住んでいたことがありますから」
……正直僕の高校はそこまで偏差値は高くない。
いや、ヒウンシティ全体……もっと言うとイッシュ全体で見ても、下から数えたほうが早いレベルだろう。
「……この、エルユーシーエーって人とは、知り合いなの?」
「あ、はい……それと、ルカって読むんですよ?」
「ルカ……?」
女の人だったのか。体を隠していたためかわからなかった。
「はい。ルカさんは昔、私を助けてくれたんです。
私、海外にホームステイしていたんですけど、その時に知り合って……」
海外……ホームステイ……
僕には縁遠そうな話だ。
「そのルカさんが、わざわざ会いに来てくれたんです。もしかしたら……」
「もしかしたら?」
だが、その話を妨害するかのように、
「……!?」
パトカーのサイレンが聞こえてきた。
「……」
僕は秋月さんにこう聞いた。
「ルカさんって人……信用するに足りる人なの?」
「はい。だってルカさん……国際警察ですから」
「国っ際っ警っ察っ!?」
思わず大声を出してしまった。
国際警察という名前はテレビで聞いたことがあった。
悪の組織であるギンガ団を壊滅させたり、ポケモンの密売組織を潰したり、
他にも武勇伝を挙げれば枚挙に暇がない。
その国際警察がわざわざヒウンシティに来ている……?どういう理由があるのだろうか。
まさか、僕を捕まえるために……?
「……」
いや、今考えている暇はない。
僕たちは路地裏を出来る限り目立たずに走り抜けようとした。
「うわ!」
「おっと!」
その時、女の人にぶつかってしまった。
「てめぇ!ヘッドに何しやがる!」
「ご、ごめんなさい!」
秋月さんがすぐに謝るが……
「今急いでんだよ!お前に関わる暇」
「ないのは今喧嘩する意味ですよ桐生!」
女の人の怒声も聞こえた。
「あ、あの……」
「?」
女の人が僕を見る。
「なんで手錠を……?」
「あ……いや、その……」
と、その時。
「やっべぇ!ヘッド!サツが来ます!サツが!」
「サツ……?サツってなんですか?」
「警察ですよ!なんでか知らないけどパトカーも大量に来てるんですよ!」
「えぇえ!?」
わかりやすく狼狽する女の人。
「……」
「あ、あの!」
そこで秋月さんが言った。
「ちょっちょっと、助けてくれませんか!?」
「え?」
「この人、む、無実の罪で警察に追われているんです!助けてくれませんか!?」
すると、その女の人は……
「……桐生」
桐生と呼ばれた男に、ヒソヒソ話をした。
「……わ、わかりました。ヘッドが言うのなら……」
「……おい、サツは行ったぞ」
蓋が閉まる形のゴミ箱の中に、僕と秋月さんは入っていた。
「あ、あの……ありがとうございます」
ゴミは少し入っていたが、身を隠すにはちょうどよかった。
「礼ならヘッドに言えよ。俺だけなら興味なしだったぞ」
「あ、あはは」
ヘッド……と呼ばれた女の人は、照れくさそうに笑った。
「では、私はこれで」
二人はどこかに去っていってしまった。
「……」
「ごめんなさい、赤城さん。勝手なことをしてしまって……」
「いや、それはいいけど……どうしてあんな嘘をついたの?」
秋月さんは少しだけ考えて、
「もし、国際警察のルカさんが私たちを……クレセリアのことを知っているなら……
その話を、聞かないといけない気がしたんです。
警察に出頭したりするのも、それからでも遅くはないはずですよ」
「……」
確かにそうだ。
もしも「国際警察が把握していること」で、クレセリアのこともわかるのなら、
そしてこのあとの身の振り方も、その時に考えることが出来るのなら……
(ふん、実にくだらんな。人間は所詮群れねば何も解決できないのか)
「うるさい。というかなんで肝心な時に助けてくれなかったのさ」
(もう自分に命令しないでくれと言ったのはお前だぞ赤城)
「くっ……」
完全にクレセリアに弄ばれている……
「!?」
その時、秋月さんの肩がびくりと怒った。
「秋月さん?」
僕も恐る恐る振り返る……
「はぁ。やっと見つけたよ。{月の巫女}ちゃん」
「月の……巫女?」
その男は真っ黒な服にキリキザンを模した仮面を付けていた。
その隣には、リザードンを模した仮面を付けた女もいる……
「な、何……?」
「……渡せ」
「え?」
「その女を渡せ」
変声器で声を変えているのか、声が聞き取りづらい。
「渡さないなら……」
「力尽くで奪わせてもらうよ?」
キリキザンとリザードンを出す二人組。
「!!?」
それを見た瞬間、秋月さんは大きくうろたえた。
「……秋月さん?」
「……」
そのまま秋月さんは、石化したように動かなくなった。
「おや?なにか思う事があるのかな?秋月 里穂さん?」
「なっ……なんで秋月さんの名前を?」
「お前には聞いていない。……やれ、キリキザン」
キリキザンが腕の刃を出し、振りかぶる。
「くそっ……ブースター!」
僕はブースターを出そうとした。
「その腕で戦う気か?」
「!?」
手錠に腕が繋がれ、モンスターボールを出すことができない……
しかも出したとしても、流石に2対1では分が悪い。
それでも……
「秋月さん!お願い!モンスターボールを!」
「……は、はい!」
それでも、ここは引くわけには行かない。
……今思えば、なぜそう思ったんだろう。
「フレアドライブ!」
「遅い」
ブースターにフレアドライブを打たせるが、まるで捉えきれない。
「くっ……」
「つじぎり」
「フレアドライブ!」
しかし、リザードンのドラゴンクローも迫る。
ブースターはなんとか避けるが……
「つじぎり」
再びキリキザンのつじぎり。
「まずい……!」
ザシュ!
深くつじぎりが命中する。
「ブースター……!」
「他愛もないな。貴様ごときが月の巫女を護ろうなど、呆れる」
ザシュ……!
ドラゴンクローがブースターに当たった。
それが命中した瞬間、ブースターは倒れた。
「……」
(だが、お前のブースターは言っているぞ?{お前では無理だ}とな)
僕はポケモンバトルには自信があると思っていた。
だが、この二人にはまるで敵わない。
あのブースターが言っていたという言葉も、本当なのだろうか。
「……さて、どうする?月の巫女を渡せば、お前の命は助けて……」
キリキザンの仮面の男……キリキザン仮面と呼んでおこう。
キリキザン仮面は、僕の体を見た。
「ほう……?なるほど」
「……月の巫女を渡せ」
するとキリキザン仮面はリザードン仮面の前に出る。
「まぁ待て、ここはあえて泳がせるのも悪くはない」
「何……?」
「その方がこいつらも{あの女}にも、多大な絶望を与えられそうではあるぞ?
悪夢より、絶望的な、な」
「……そうだな」
歩き出す仮面の二人組。
「……待って!」
秋月さんが呼び止める。
「教えて……そのキリキザンは、どうやって入手したんですか!?」
「……」
しかしその質問に、二人組は答えなかった。
「……」
「秋月さん……今のキリキザンがどうしたの?」
「……似ていたんです」
ぼそりと呟く。
「似ていた?」
「はい。……私の兄を殺した……キリキザンに」
……外見を見る限りではキリキザンは普通のキリキザンだったけど……
そう思ったが、あえて言わなかった。
(……フン。悪趣味な二人組だな)
「……仮面が嫌い?」
(違う。赤城たちのトドメなど、簡単にさせるというのにあえて泳がせる。
そういったあたりのことがな)
確かにそうだ。
ブースターは今、瀕死の状態で戦える状態ではない。
なのに何故、あの二人は僕たちにトドメをささなかったのだろう?
「その方がこいつらも{あの女}にも、多大な絶望を与えられそうではあるぞ?
悪夢より、絶望的な、な」
気になったのはあのセリフだった。
にしても、月の巫女とはどういうことなのだろう。
それにキリキザン仮面が言っていた、{あの女}とは一体……
すでに日が変わろうとしていた。
流石に寝静まる時間帯だからか、街ゆく人の数も昼間に比べ随分減っている。
「……」
歩き続けていた。
同じ場所に留まっていても、警察やさっきの仮面の二人組に会うだけだ。
「……大丈夫?秋月さん。疲れてない?」
「私なら大丈夫です。クレセリアのおかげなんでしょうか……」
そういえば、先程から不思議と疲れを感じていない。
いや、色々と起こりすぎてもう何も感じなくなっただけかも知れないが。
「……」
昨日まではずっと、暇で、退屈で、どうしようもない日々が続いていた。
「……先ほど入りました情報です」
それが今日になって、180度変わった。
突然秋月さんに出会い、突然二人組に出会い、
突然クレセリアにとりつかれ、突然二人組を殺し、
突然警察に逮捕されそうになって、突然仮面の二人組に会う。
「先ほどヒウンシティ署の発表によりますと、今日午後7時30分頃……」
確かに刺激は欲しいとはいったが、こんなに大量にはいらない。
そう思えるほど、とんでもない日になった。
そうだ。
母さんにまだ何も話していない。
母さんなら、僕のこんな姿を見てなんと言うだろうか。
そして僕が、人を殺してしまったことを知ってしまったら……
「赤城さん!赤城さん!」
「え?」
オーロラビジョンを指差す秋月さん。その映像を見て……
「!!?」
僕は言葉を失った。
「繰り返します。イッシュ地方ヒウンシティ署の発表によりますと、今日午後7時30分頃、
ヒウンシティのモードストリートの路地裏付近で発生した二人組の男性が殺害される事件に対し
先程、二人組の男性を殺害したとみられる容疑者を指名手配しました。
指名手配されたのは、ヒウンシティ在住とみられる、赤城 大和容疑者。17歳です。
未成年に対し、実名を公表をするのは異例の事態ですが、
警察では、警察から逃走したこと、現在もヒウンシティに潜伏中とみられる事から、
実名の公表に踏み切ったとのことです。
なお、赤城容疑者には協力者と思われる人物が二人いるとみられ……」
その画面を見ながら、
僕と秋月さんはその場に立ち尽くした。
TO BE CONTINUED…