私は「アオヤギ」?それとも「クロキ」?
1日目 その2
きゃっきゃっ きゃっきゃっ

「ゆかり!優希!そろそろ帰ろうか!」

「うん!」

「えぇ〜?もう少しここにいたいよぉ。」

「ダメだよお姉ちゃん。お父さんの言うこと、ちゃんと聞かないと!」

「ちぇっ!また明日もここに来てくれる?」

「おうとも!もちろんさ!」



「おお、クラブを捕まえたのか!やったな!ゆかり!」

「えへへ」

「これでゆかりもトレーナーデビューかぁ。私も負けられないね」



「二人共、ポケモンは好きか?」

「「大好き!」」

「お父さんに比べたら?」

「……」

「そこは迷っちゃだめでしょゆかり」

「あ、そうだね」

「うふふふ」

「ふふふふ」

「「あはははははは……」」



懐かしい夢だった。
目を覚ますと、そこは先程と変わり無い「楽屋」という場所だった。
どうやら明日から撮影が始まるドラマの台本を見ている間に、眠ってしまったらしい。
「……姉貴……今どうしてんだろう……?」
姉とは2年前、喧嘩して、私が家出してそれっきりだ。
それに噂では、父は持病が悪化して、今入院しているという。
そんな中で私は……
「……」
頭を振った。
ここで父や、姉のことを思い出していても仕方ない。
机に突っ伏して眠っていたため、少し痛くなった右肘をさすりながら立ち上がる。
ドラマの台本の表紙を見る。

「バリバリのポケモントレーナーだったギャルが刑事になって事件を解決する話」

通称、「バリギャル」だそうだ。
私はその中の主人公……如月 美琴(きさらぎ みこと)の役らしい。
今、「青柳 愛華」を演じていて、明日以降「如月 美琴」を演じる。
……他にも様々な仕事を受けていた。
今日は夕方6時半からクイズ番組「ウラリーグ」の収録。
明日は朝9時から「週間少年サタデー」のグラビアページの写真撮影。
夕方7時から「バリギャル」の撮影。これは日曜日まで続く。
明後日は11時から写真集のサイン会。
その後、終日「バリギャル」の撮影。
土曜日は朝から「バリギャル」の撮影……
見るだけでめまいがしそうだ。
青柳 愛華はこんな過密なスケジュールを、淡々とこなせるとでも言うのか?
「はぁ」
正直、心の底から後悔していた。
いくら池谷に土下座されたところで、断ればいいだけだった。
そうしているうちに、私は朝霧にも言いくるめられて、エレベーターで下に降りて、
気が付けばメインストリートにあるここ、フーディンテレビの楽屋にいる。
「……」
そうだ。桐生に連絡したほうがいいだろうか。
桐生は私に次ぐ、チーム内でもナンバー2の実力の持ち主だ。
もし私がいないとなったら、彼に相当な負担になっているに違いない。
私はスマホを取り出すと……
「……」
しばらくスマホとにらめっこして……
「……」
スマホをしまった。
桐生ほどの男だ。私がいなくてもなんとかなるだろう。
それにマーシレスキングラーは桐生だけじゃない。
コンコン
ドアのノックの音で我に返る。
「開いてますよ」
ガチャ。
「やっほー!アイちゃん、久しぶり!」
「……?」
橙色のショートヘアの女の子が入ってきた。
「いつ以来だっけ?2年ぶりぐらいだよね!」
「……2年ぶり」
まずい。
青柳の知り合いだろうが、私とは初対面だ。
「あれ?もしかして……忘れちゃったの?」
「……ご、ごめん」
傷付くことを覚悟して、私はそう言った。
「そう……まっずいぶん前だししょうがないよね。あたしは坂本 凛(さかもと りん)!
 またアイちゃんと仕事できて、嬉しいな!」
「そ、そう、だね……」
それほど気にしていない様子だった。
いや、気にしていないフリをしているだけかも知れない。
「……」
坂本をじっと見る。
「どうしたの?」
「いや、ずいぶんいい体つきだなぁと思って」
坂本は顔に比べ、上半身と下半身の肉付きがすごい。
服の上からでも分かるほど、筋肉隆々だ。
「そりゃそうだよ!カロス地方で修行して、今や{格闘系ポケモントレーナー系アイドル}だからね!
 アイちゃんにも見せたかったなぁ!カロス地方の素敵な風景!
 ……って、最近にもアイちゃんに話したよね?」
「……」
ぼ〜っとしていると、坂本が……
「熱はないみたいだね」
と、私の額を触った。
「疲れてるの?」
あぁ。疲れている。
正直こういった、感情のままに話す相手は私は苦手だ……
バタン!
と、再び私の楽屋のドアが、力強く開け放たれた。
「青柳さん!」
「「……?」」
二人でその男を見つめた。
何故か息も絶え絶えで、顔からは汗が噴き出している。
「す、ストーカーさん!?」
坂本の言葉に反射的に構えを取りそうになる。
「……」
ストーカー……?
もしや、青柳が仕事をやめたい理由って……
「あ、あの……青柳さんという方は……?」
男が言った。
「私……だけど……」
あえて目を見ながら言う。……男に殺気はないようだった。
目を見れば、大体の人間に殺気があるかないかはわかる。
「じ、実は……」



5分後、楽屋の外にその男の姿があった。
「……やりすぎよ」
「え〜?でも……」
坂本がゴウカザルを出し、男をボコボコにしていた。
男は軽く絶望するような顔で、失神している。
しかし、いきなり「俺と一緒に来てくれ!」というとは……
勇猛なのか馬鹿なのか、いずれにせよ不愉快だ。
「だってここでボッコボコのボッコボコにしないと、きっとこのストーカーさんまたアイちゃんとこにくるよ?」
「確かにそうかも知れないけど……」
と、坂本は男の姿を見て……
「!?」
驚きのあまり、口をあんぐりとした。
「ど、どうしたの?」
「……けっ警察……手帳……!」
「!?」
男の懐から、警察手帳が覗いていた。
「……」
私にはわかる。警察手帳というのは、簡単に偽造出来るものではない。
こういうチームにいると、少なからず警察とのいざこざがあるからだ。
つまりこの刑事は……私に何かを伝えたかったのか?
「……どうしよう」
途方に暮れる坂本。
「どうしよう……と言われても……」
仕方ない。ここはマネージャーの朝霧になんとかしてもらおう。
警察が来ているほどだ。私……いや、青柳に何かあったに違いない。
「もしもし?」
「もしもし?青柳か!?大丈夫か!?」
「……?」
朝霧は、ずいぶん焦燥感に満ちていた。
「どうしたんです?」
「……え?」
・ ・ ・ ・ ・
「さっき、刑事さんがそっちに来なかったか?」
「あぁ。来ましたよ?でも……」
私は朝霧に理由を話した。
「あぁ。そう言う……って!青柳!お前は大丈夫か!?」
「私?何が……ですか?」
「い、いや、さっき青柳から電話があって……それでその刑事さんを……」
おそらくそれは青柳本人だ。
つまり、青柳本人も、何かトラブルに巻き込まれている……?
「とにかく、刑事さんをどうしましょうか?」
「どうしましょって、どういうことだ?」
「実は坂本が……刑事さんを間違えてボコボコにしちゃいまして……」
「あう〜……ごめんなさい……」

刑事のことはマネージャーと警備員に任せ、私は再び坂本と楽屋に座り直した。
瞬間。
ガチャ。
「失礼しま〜す」
日本人らしくないというか……独特の顔をした男が入ってきた。
「あ、坂本。お前も来てたんか」
「はい!楽屋の挨拶周りのついでに、アイちゃんに会うの、久々だったんで!」
この男はテレビで見たことがある。
「どうも、ウラヌスの原田 純(はらだ じゅん)です。今日はよろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします」
立ち上がって念入りに頭を下げる。
流石にマーシレスキングラーのヘッドと言っても、最低限の礼儀はわきまえているつもりだ。
「……え、えぇっと、撮影っていつからでしたっけ」
「撮影やなくて、収録な。今回が初めてらしいから、緊張してるんです?」
「……そうっすね」
正直ウラリーグは、テレビで少し見た程度だ。
いや、そもそもクイズ番組自体、あんまり見ない。
青柳はどうなんだろうか。
「んじゃ、ちょっとスタジオ見ます?見たら気分も落ち着くかもですし」
「いいんすか?」
「ええよええよ。ガッチガチに緊張するより、ちょっとリラックスしたほうがええやろ?」
私は原田と、ついでについてきた坂本に連れられ、スタジオに向かった。

スタジオでは巨大なモニターの組み立てが進んでいて、プラカードをぶら下げたスタッフが立ち位置を確認している。
更にはセットが正しく動くか、モニターはちゃんと動くか。
本番まであと2時間弱あるのに、スタッフ達は大変だ。
「……」
見覚えのあるライドもある。
確かあのライドは、「森先生の漢字テストツアーズ」で乗るものだ。
「森先生、順調ですか?」
原田が言った。
「はい。ばっちりです。今日も答えさせる気はありませんからね」
「テレビで見たことあるかな。塾講師でオレの事務所の後輩の森 統(もり おさむ)先生」
「青柳さんですね。本日はよろしくお願いします」
「お願いします」
森の手元には、多数の原稿があった。
「それは?」
「あ、見ちゃダメですよ。これ、本番で出しますんで」
……しまった。興味本位と偽って、見ればよかった。
なんてことを考えていると……
「ヘラクロスのメガホーン!」
ズボッ!
突然現れた男が、原田にカンチョーした。
「ぬあ!やめろや堅!」
坂本、森が笑っている中……
「……」
私だけ、呆然と立ち尽くしていた。
正直、この男……名倉のテンションがウラヌスの中で、一番苦手だからである……
「あ?キミって確か、青柳さん?」
「あぁ、そうですが……」
「名倉 堅(なぐら けん)です!こんにちワルビアル!」
・ ・ ・ ・ ・
無理。
私の頭の中で、その言葉だけが浮かんだ。
正直私に、ジョークは通じない。いや、言って欲しくもない。
だが今、「青柳 愛華」を演じている以上、そんなことを言うわけにもいかず……
「あ は は は は」
渇いた笑いを浮かべるしかなかった。
「おっと〜?緊張しているのかな〜?大丈夫かな〜?ボクが、スカッとさせてあげようか〜?」
「ちょ、ちょっとトイレ!」
耐えられなくなり、勢いでスタジオを飛び出そうとした。
ドン!
「いだ!」
「おうっ!だ、大丈夫?」
もうひとりの男にぶつかってしまった。
「おう、太造。撮影にしては遅かったな」
「いやごめんごめん。ここに来る前に、ちょっと変な人と絡まれちゃってね」
……チームの誰かじゃないだろうな。私は反射的に思った。
「そうか。青柳さんトイレに行きたいらしいねん。通してくれな」
「うん。わかった」
「え?あ、はい」
一応トイレに駆け込むように、スタジオを出た。

とりあえずしばらく時間を潰したあと、スタジオに戻ろうとする。
「だから、お願いしますよ〜」
頼りない声が聞こえてくる。
「何を言っておるのだ!そこまでしてキミはわしに恥をかかせたいのか!」
ものすごい剣幕で怒っているようだ。私はついその声に釘付けになった。
声に釘付け……という言い方もおかしいかも知れないが。
「で、ですからそれは……」
「それはなんだと言うのだね!?今すぐにでもキャンセルしたまえ!収録は中止だ!」
中止……?その声が少し気になった。
「なんの騒ぎっすか?」
近くにいる大きめの男に、話を聞いた。
「あ〜、大物演歌歌手の大潮 信三郎(おおしお しんざぶろう)さんが出たくないって言ってるんだよ。
 マネージャーが間違えて仕事持ってきたらしくてね」
「なるほどね」
「とにかく、わしは出んぞ!仮に金を積まれたとしても、わしは出ぬ!」
ついにそっぽを向いてしまう大潮。
「い、いえ、この番組に出ていただかないと、大潮さんの事務所も大変な損害を被りそうで……」
「構わん!一時だけだ!」
「で、ですが今収録中止となると……」
言い合いは続いている。
「……」
マネージャーも大変だな。私は一度スタジオに戻ることにした。

スタジオの前に行くと、多数の食事が置かれていた。
これは知っている。確か「ケイタリング」というやつだ。
「お、戻った?」
「あ、はい」
「ほら、なんでも食べてええで。番組が始まる前に、精を付けてや!」
なんでも!?
「……」
あちこち見回すと、私の大好物のシュークリームまであった。
適当に食事を選び、席に着く。
「いただきま〜す!」
「……」
また坂本と一緒だ。
まぁいい。私はシュークリームを口に運ぶ。
デザートを最初に食べるのはおかしい?好きなものは最初に食べる主義だから仕方ない。
「……」
その様子を、坂本は唖然とした様子で見ていた。
「どうした?」
「……いや、アイちゃん……なんでシュークリーム食べてるのかなって……」
「なんでって?」
「だってアイちゃん……シュークリーム嫌いって言ってたよね?」
吹き出しそうになった。
シュークリームが嫌い……だと!?シュークリームが嫌い……だとぉ!?
青柳はどんな味覚をしているんだ。
正直信じがたい気持ちでいっぱいだった。
「……え、あ〜っと……」
だが、今はその青柳を演じている。
私は無い知恵を絞って、
「しゃ、社長の命令だったの!」
と、言った。
「……そ、そうなの?」
「う、うん!社長の命令!命令なんだ!社長が{甘いものなんて食べちゃダメだ!}とか言ってて、
 私、満足に食べることができなかったの!」
……自分でも正直何を言っているのかわかんない。
だが……
「お父さんの言うこと、本当だったんだ……」
「ん?」
「え?……なんでも……ないよ」
社長の命令と言ったあと坂本が何かを言っていたが、声が小さすぎて聞こえなかった。
「……?」
その一言が気になったが、今気にすることでもないかも知れない。
私は一通り食事を食べ終えると、スタジオに向かった。

スタジオに向かった先で……
「いいか!わしが答えられる問題を出すのだ!わかったな!」
と、大潮と呼ばれていた男が言った。
「そ、そう言われましても……」
スタッフが困っている。
「どうしたんすか?」
私はたまらず言った。
「あ、いえ、大丈夫です……」
「大丈夫?大丈夫な感じじゃないっすけど……」
「なんだね貴様は!勝手に話に入ってくるな!」
恫喝される。
「な、なんすか」
「そもそも誰だ貴様は!」
「あ、えっと……」
慌ててスタッフが説明する。
「あなたと同じチームの青柳 愛華さんです」
「よ、よろしくお願いします」
「ふん!せいぜいわしの足を引っ張らんようにな!」
鼻息を吹きだして、大潮は離れてしまった。
「……」
「あ、あの、青柳さん。落ち込まないでくださいね」
落ち込む?ふざけるな。
あんなやつに対して、落ち込むだけバカを見るだけだ。
自分の立ち位置に立ち、一度だけ深呼吸する。
「緊張、してますか?」
「え?」
名倉から思いもよらない言葉をかけられた。
「リラックスしましょう。緊張してもしなくても、クイズが始まったらあっという間です」
「は、はぁ……」
名倉の言うとおり、リラックスしてその瞬間を待つことにした。
……正直先程カンチョーしていた男とは思えない。
「では行きま〜す!」
スタッフの声が聞こえた。
「本番5秒前〜!4、3、2…………」

バタフライ ( 2016/06/27(月) 19:28 )