2日目 その2
メインストリートのビルの8階に、私は来ていた。
「やぁ、青柳さん。今日はよろしく……ね!?」
「はぁっ……はぁっ……」
ずぶ濡れになりながら。
「ど、どうしたの青柳さん!?そんな姿で!?」
「ご、ごめんなさい……へっ……へくし!」
やはり、傘の一つでも借りれば良かったなと、今更になって後悔した。
「おい、青柳さんの着替えと、拭くやつ早くもってこい!」
「は、はいい!」
撮影スタジオの中のスタッフがバタバタと騒ぎ出す。
「……」
しかし、グラビアの撮影なんて初めてだが……
私にそんな役目、務まるだろうか?
「……」
(色んな意味で)不安になる。
早速着替えようとした時だ。
「?」
なんだ。
水着でも着るんだろうな。と思っていたのだが、どうやら違うらしい。
着るのはジャケットだ。
ジャケットの後ろにはドンカラスがプリントされている。
「……これ、いいな」
早速着てみる。
「うっ……」
少し小さい……
まぁ、青柳とは身長差があるから当然といえば当然なのだが……
「ん?」
……引っかかっていたことがある。
青柳と私は体型が違う。
なのに、体型の違いまで皆が皆、間違えるものだろうか?
「……」
それにしてもきつい。
ピピピピピ!ピピピピピ!
「?」
携帯が鳴った。
……知らない番号だ。
「……もしもし」
しかし無言だ。
「もしもし?」
「やあ。久しぶりだね。{黒木ヘッド}」
「!?」
その声に聞き覚えがあった。
「神川……!?」
「言っても、昨日ぶり……だよね?」
「昨日ぶり……?」
まさか……
「おやぁ?もう忘れたのかな?記憶喪失とはいえ、流石にひどすぎるなぁ」
「……で、何の用だよいまさら」
「いまさら?」
「お前は進の味方なんだろう?いまさら私に用なんかないはずだろ」
「……」
電話の向こうで、手を3回叩く音が聞こえる。
「あの男の味方……ねぇ。そう考えているのは、多分ヘッドと本人だけかもね」
「……は?」
「分かった?言いたいことはそれだけだよボクは」
そして次に神川はこう言った。
「もう一人の{ヘッド}の命が惜しければ、これ以上組の内情を知ろうとしないことだね」
「……!?」
まさか。
「お前……もう一人のヘッドってまさか……」
「さぁね。それはヘッドの考え次第さ。じゃ、ボクは忙しいから」
一方的に電源を切られた。
「……」
もう一人のヘッド……考えられることはただ一つだ。
青柳 愛華……彼女が私の入れ替わりになっている。
だからこそ、神川は青柳を盾にして……
ん?
待てよ。
つまり神川は私と青柳が入れ替わっていることを知っている……?
一体どこで知ったんだ?
それに青柳を盾にして……あいつは何がしたいのだろうか……?
「……」
そうだ。桐生に電話をしよう。
……ダメだ。
もう一人の{ヘッド}の命が惜しければ、これ以上組の内情を知ろうとしないことだね
青柳の命が掛かっている。
不用意に出ると青柳に命の危機が迫るだろう。
「すいません青柳さん。そろそろ出番で……」
スタッフの声で我に返る。
「……あれ?ちょっと服小さかったですか?」
「あ、あぁ……いえ。大丈夫です」
……とりあえず今は目の前の仕事を終わらせないと。
私はスタジオに入って……
……侮っていたことを心の底から後悔していた。
「あ、青柳さん。次かわいいポーズとってください」
「か、かわいい……?」
かわいい……とはどういうポーズだ?
私は思いつく限りのポーズをしてみた。
右手を挙げてみたり、両手を両頬に添えてみたり……
「う〜ん……」
「ど、どう……すか?」
「もっと可愛らしいポーズできません?なんというか……色気が……」
色気?なんだそれは。
ポケモンのステータスにはなかったはずだ。
「あ、そうだ。何かポケモンと一緒にポーズをとってみるのはどうですか?」
「ポケモンと一緒に……」
モンスターボールを見る。
「あれ?青柳さんポケモン始めたんですか?」
「……えっ」
ポケモン始めたんですか?の声に私は疑問を抱かずをいられなかった。
今思えば、青柳に対しては不信感が多かった。
一番は、シュークリームが嫌いというところだが。
だがあれほど飛ぶ鳥を落とす勢いのアイドルなのに、ポケモンをやっていないとは……
ますます青柳のことがわからなくなった。
「……い、いや、これは……その……」
ここで変な嘘をついてはまずい。
仕方ない。「あれ」をつかうか……
「社長の!社長の方針なんです!」
「え?」
「これは社長の方針なんです!すいません今まで隠していて!」
自分でも「これはないだろう」と思うような伝家の宝刀、「社長のせい」
しかし、これが意外にも使えるようで……
「そ、そうだったんですか……」
「マジなんすね……あの話」
ん?
マジなんすね。とはどういうことなんだ?
そういえば坂本も……
「お父さんの言うこと、本当だったんだ……」
と、言ってた気がする。
「おい!本人の前でそんな話すんなよ」
「あ、すいやせん……と、とりあえずその中からポケモン出してくれます?」
言われるがままにポケモン……キングラーを出してみた。
「き、キングラー!?」
「え?それが何か……?」
「あ、いえいえ。あの……」
アシスタントの男は、何か言いたげだ。
「……まぁ。とりあえずかわいいとは程遠いポケモンですが、これで撮りましょう」
それからいろんな写真を撮りまくった。
カシャッ カシャッ
「……」
にしても、キングラーと写真を撮るとはなんだか変な気持ちだ。
昔こそクラブと一緒に写真を撮ったり、姉と戦ってるところを動画で撮られたりした。
バブルこうせん!
こっちもバブルこうせん!
「……」
姉ともう一度……
もう一度、あの頃に戻ることは出来るだろうか……?
スタジオでの撮影を終え、腕時計に目をやると、10時30分になっていた。
……にしても、マンガ雑誌のグラビア撮影なのにあんなのでいいのだろうか……?
「あとは野となれ山となれだ」
青柳には悪いが、やれることはやったつもりだ。
ブラブラと宛もなく彷徨うと……
「どけ!」「どいてくれ!」
「えっ」
黒服の男たちが、何かから逃げるようにこちらへ向かってくる。
「な、なんだ……?」
更に……
「……」
長身の金髪ショートヘアの女が、追いかけるようにこちらへ走ってきた。
「……」
「あ、あの……今の人は」
するとその女はこちらに気付いたようで……
「Wow! It's Aika Aoyagi?」
「え?」
「I you love! Will you sign?」
「あ、あ〜っと……」
英語……英語か……
「あ〜……あ〜え、英語、ノー。英語……」
「あ、日本語で大丈夫」
あまりに流暢な日本語が返ってきた。
「じゃあなんで英語言ったんですか!」
「そんなことより……青柳 愛華さんだよね?サインくれないかな?」
「え?……あぁ。はい」
はい。じゃない!
「い、いやいや!ごめんなさい!今急いでるから!」
「急いでるって、どこに?」
「し、仕事があるんです!」
私は脱兎のごとく逃げ出そうと足に力を入れる。
「じゃあ1点だけいいかな?」
「……なんですか?」
「実は人を探してるんだけど……」
すると女は懐から写真を出した。
「この人、ご存知?」
「ん?」
それは、赤い髪に制服を着た……
「!?」
赤城 大和の顔だった。
「知ってるんだね?」
女がいたずらっぽく言う。
「い、あ、はい。にゅ、ニュースでやってましたから。
なんでも、マーシレスキングラー?ってチームの男二人を殺害したとか……」
「……マーシレスキングラー」
突然、女の目が鋭く光った。
「……え、え?」
しまった。
ニュースではあの二人は一般人として伝えられていたはず。
チームの名前を知っているのは、私だけのはずだ。
「……あ、あの。そ、そろそろ行っていいですか……?」
「え?あぁ。ごめん。いいよ」
……なんだ?
あの女から発せられる、独特のオーラというか……いや、あれは……
殺気。
私がマーシレスキングラーの名を言った時、何かを察したようだった。
もしかして、あの女は……
「……」
いや、考えるだけ無駄だ。それに、神川たちの仲間であるなら、私の正体にも気付いているはず。
ぐぎゅるるるるる……
「……あ」
そういえば、朝から何も口にしていない。
ちょうど持ち合わせはあるので、私は付近で何かを口に入れることとした。
……うどん・そば あかぎ。
……吉村家。
どちらに入ろうか迷ったが、なんとなくそばが食べたかったので、あかぎに入ることに……
ん?あかぎ?
指名手配犯の赤城 大和と同じ名前だな。偶然だろうか。
「……ん?」
おかしい。
出汁のにおいがするのは当たり前だ。
だが、それより別の焦げたようなにおいがする。
私はおそるおそる、引き戸を開けると……
「!!?」
目の前で、上半身裸の男……
赤城 大和が、ブースターを出して……オーバーヒートを……!
「お前っ……!」
ドカ!
「うわっ!」
後ろから不意打ちでタックルをかます。赤城は前に倒れこむと、ブースターも技を中断した。
目の前には女性が腰をぬかしていた。……店の人だろうか。
「なっ何……!」
「こっちのセリフだ!この人に何をしようとしていたんだ!」
声を張り上げると、おびえている少女の姿も目にとまった。
「ち、違うんです……違うんです!ゆかりさん!」
里穂……いや、違う。里穂がこんな奴に加担するはずがない。
今の「ゆかりさん」という言葉も、私のことを知っていれば誰でも言えるはず。
「と、とにかく警察を……警察を呼ばなきゃ……」
女の人は、かなり動揺している。
……無理もない。いきなり上半身裸で手錠をかけた男に燃やされそうになったのだから。
「……」
「赤城さん……ここは逃げましょう……」
「う……うん……」
赤城と少女が、店を出ようとする。
「なっ待て!」
私は赤城を取り押さえようと、キングラーを出す。
「やめて!ゆかりさん!」
「うるさい!その名前で私を呼ぶな!お前も赤城の仲間だろ!?」
「そ、それは……!」
「そんな奴に下の名前で呼ばれると……イラっとするんだ!」
キングラーがハサミを振り上げる。……ブースター相手だ。相性は言うまでもないだろう。
だが……
「動くな」
「!?」
ブースターは女の人の背後に回り込んでいた。
そして目の前では、赤城が高圧的なオーラを出している。
「動けば{この者}の命はない。それでも、貴様は我を捕捉すると言うのか?」
「……」
「おとなしくキングラーを戻せ。さもなくば……」
「……」
キングラーをボールに戻す以外に道はなかった。
さすがに無関係なこの女の人を巻き込むわけにはいかなかった。
「くだらぬな」
「くっ……」
「ありがとう、ございます」
「え?」
突然の感謝の言葉に、私は面食らった。
そのまま赤城と少女は、店から出ていった。
「……大丈夫ですか?」
赤城を逃がしたのは痛いが、今はこの女の人を介抱するのが先だ。
「あ、ありがとうございます」
しかし、どうして赤城は私に感謝の言葉なんかを言ったんだろう?
「どうぞ」
天ぷらそばが目の前に出された。
「本当に……いいんですか?」
「はい。あなたは私の命の恩人ですから」
天ぷらそばをかきこみながら、女の人の話を聞く。
「大和……どうしてあんな事に……」
「大和……?もしかして、ニュースでやっていた……」
「はい。彼は私の息子なんです。確かに私は彼に十分な愛を、注ぎ込んでいなかったのかも知れません。
だけど……まさか犯罪にまで手を染めてしまうなんて……」
「……」
親を泣かせるとは。やはりあいつは最低だ。
……いや、待て。私はどうなんだ?
幼い頃から、ずっと家族仲睦まじく過ごしてきた。
ポケモンで、家族の絆を育んできた。
こんな平和な日常が、ずっと続くと思っていた。
だが……
「……」
母はどうなったか……それぐらいは知っている。
父は……今も寝たきり。
なのに私は、そんな家族のために何もしておらず、何も考えることもない。
「……」
「す、すいません。変な話をしてしまいましたね」
「あ、いえ……」
空っぽの胃袋に、天ぷらそばは至高だった。
食べ終え、店の外に出たあとで時計を確認する。
午後12時半。待ち合わせの時間まで、まだ1時間半もある。
……結構ゆっくりと食べたはずなのだが。
「……?」
と、近くの路地裏が騒がしくなっている。
滅多に人が入らないような路地裏に、黒山の人だかりが出来ていた。
「……すんません。何があったんですか?」
恐る恐る聞くと、
「なんでも……ポケモンによる殺人事件が起こったらしいのよ。
また燃やされたみたいでねぇ。昨日の事件もそうだけど」
「昨日の事件」
さきほど聞いた、赤城が犯人の事件だろうか。
恐る恐る路地裏の奥を見てみると……
スーツを着ているようだが、真っ黒に焦げている。男……のようだ。
「うっわ!すっげ!まじすっげ!めっちゃ燃えてるし!」
「本当だ!まじすっげ〜!」
そんな凄惨な光景を見ても、子供のように騒ぐ男二人。
いや……子供だろうか。制服姿で騒いでいる。
「写メ撮ろうぜ写メ。お前これ使ってくれよ」
「はぁ!?なんでお前ごときに命令されねぇといけねぇんだよ!」
そして揉め出す。
「てめぇいっつもそうだな!この間のチョボマキだってまだ返して貰ってねぇしなぁ!」
「あぁ!?それ言うならそっちもそうだろ!とっととカブルモ返しやがれこの泥棒猫が!」
「な!?泥棒猫って言い方はねぇだろ!?」
さすがに非常識がすぎるだろう。私は反射的に声を上げそうになって……
「進さんに黙ってひったくりしてんの、チクんぞ」
「えっ」
あまりに衝撃的な言葉に、私は声が出た。
「進さんは今関係ねぇよ!てめ〜ずるいぞそれ!」
「おい、待て!」
私は慌てて声を上げた。
「ん?誰だ?」
「ひったくりって……どういうこと?それに、進って……」
「げっやっべ」
「な、何も言ってないぞ!」
二人は分かりやすいようにシラを切った。
「す、進さんって言う群青色の髪の人に言われたなんて、絶対に……」
そして、すぐに失言した。
「ば、バカ〜!」
「……」
群青色の髪……進……
まさか、まさか、まさか。
血塗られたキリキザンの右腕。
そして、目の前に倒れている……里穂。
「……」
「……こうするしかなかったんだよ。こいつは……」
「……」
ふと我に返ると、そこに二人組はいなかった。
しまった。
物思いにふけっているうちに、二人を見失ってしまったようだ。
気が付くと、周りは喧騒に包まれていた。
「野次馬目的なら帰ってくれ!」
白髪の男が大声で言う。
「……」
事件は気になるが、私はあの二人が言っていた「進さん」の方が気になる。
私は路地裏を出ようと、右足に力を入れた。
……その時だった。
ピピピピピ!ピピピピピ!
電話が鳴った。慌てて出ようと、液晶画面を見る。
……知らない番号だった。
「も、もしもし」
と、私が電話に出ると……
「……ゆ、ゆかり……!?」
「!?」
「お姉……ちゃん……!?」