2日目 その1
……結果的に言うと、十中八九私のせいで私のチームは負けてしまった。
私がここまでクイズがわからないとは思わなかった。
楽屋にいてもしょうがないので、そそくさと楽屋から出て、あてもなく北通りを歩く。
「……」
その北の大通りの奥、4番道路の付近に私の家はある。
……もう、何年もこの家には帰っていない。
合鍵も持っていなければ、姉の電話番号も知らないし、父が入院している病院も知らない。
もともとは、ジム通りに私の家はあった。
しかし、「あの時」から、私たちの家はそこではなくなってしまった。
母の、突然の死。
ぼろ雑巾のように体のあちこちを切られ、ぐったりとしたまま動かない母親。
警察の話によると、エアームドのつじぎりで、無数に切り刻まれたらしい。
そこまでしなくても良かったのに。
……そこまで、しなくたって……
「……」
待っておけば、姉は帰ってくるかな。
そうも考えておいたが、やめておいた。
仮にここで姉と会う。
そしたら私は、なんと言えばいい?
「……ごめんお姉ちゃん……私が……私がいれば……」
「……」
「……」
私は頭を素早く2回、横に振った。
過去を振り返っても、しょうがない。しょうがないんだ。
とりあえず今、どうするかを考えよう。
明日の仕事は確か、朝9時からグラビア撮影……
「……!」
ぐ、ぐぐぐ、ぐぐぐぐぐ、グラビア撮影!?
「だ、大丈夫か……私……?」
つい、自分で声を出してしまった。
慌ててCHUTAYAに行き、青柳 愛華の写真集を購入。
「……」
……かわいい。
喧嘩に明け暮れている私など、足元にも及ばない。いや、
そう言及する事も失礼なくらいに。
「……」
しかし、正直私に似ているだろうか?
髪型は似たような感じだが、顔は正直似ても似つかない……と、思う。
「お、おい!あれ、アイちゃんじゃね!?」
金髪の男の話し声。
「馬鹿言え、いくら変装してもあんな風にはならねぇよ」
そしてメガネをかけた、いかにもな男の声。
「俺の嫁のアイちゃんが、こんな店に変装もせずに堂々と来るわけねぇだろ」
「え〜!?でもそう見えるけどなぁ。コスプレ?コスプレ?」
「なんでコスプレ?だいたい胸から違うだろうが。
ああいう程度の低いコスプレ、胸の小さいやつほどやりたがるけどさ」
ムカッ
「そもそも髪の色から違うだろ!コスプレするならもっと似せるよう努力しろっての!」
「なんですか〜?コスプレ初心者ですか〜?もしも〜し?」
ブチッ
「悪かったな!胸も器も小さくて!」
「ひぃ〜〜〜!す、すいませんでした〜!」
「う、器のことは言ってませんて〜!」
男二人組は逃げ出した。
「なんだよまったく……どいつもこいつも……」
……
「……」
ポケモンみたく急に胸だけ進化したり……しないよな……
……うっかり写真集を買ってしまったが、正直このあとどうすればいいか非常に迷った。
私は今「青柳 愛華」だ。
自分の写真集を持ち歩くアイドルなんて、聞いたことがない。
と、いうかよく店員にバレなかったな。と今更ながら思う。
そう考えると、私は青柳に似ていないのか?
ゴトゴト
「……?」
なにか物音がした。
「続いて、先程お伝えした、ヒウンシティで発生した殺人事件の続報です」
そしてオーロラビジョンでは、さっきテレビで見た殺人事件の続報を流している。
……小西と小津が殺された事件だ。チームのヘッドとして見過ごすわけには行かないが……
「……」
私は妙に物音が気になり、路地裏へ向かった。
「……」
隠れているつもりなのだろうか?
積み重なったダンボールの奥から、人の気配がした。
「……」
ゴト。
「!?」
そこには、上半身裸の男と、少女……
「……!」
その少女に、私は愕然とした。
「り、里穂……!?」
「あ……あの……」
「お、おい!進!」
「やめろ……里穂に……手を、出すな……!」
「ふ、痛いか?だが、じきに終わる」
キラン
「や、やめろ!進!人殺しなんてしたら……」
「ふっ」
ザシュ!ドシュ……!
……どうして、
どうして里穂が生きている……!?
あの時、里穂は進が使ったキリキザンに惨殺されたはずだ。
なのに……何故……!?
「ゆ、ゆかりさん」
「……」
いや、重要なのはそこじゃない。
何故手錠をはめた上半身裸の男と共にいるのか。ということだ。
「な、何やってるんだ。里穂」
「実は深い事情が……後に、必ず話します。だからここは、見逃してください!」
「見逃す……?」
オーロラビジョンからの音声が聞こえてくる。
「イッシュ地方ヒウンシティ署の発表によりますと、今日午後7時30分頃、
ヒウンシティのモードストリートの路地裏付近で発生した二人組の男性が殺害される事件に対し
先程、二人組の男性を殺害したとみられる容疑者を指名手配しました。
指名手配されたのは、ヒウンシティ在住とみられる、赤城 大和容疑者。17歳です」
赤城……大和……
つまりこの男がそうなのだろうか?
だが、顔を見ているわけではないし、この男が赤城であると言う証拠もない。
「……」
無言で見つめあう私と里穂。
私は黙って、ダンボールを元に戻した。
「……ありがとうございます」
小さな声が聞こえた。
仮に赤城が指名手配犯と分かっていても、私が取る行動は変わらないと思う。
進に殺されたはずの里穂が……生きていた?
似たような人物に見間違えた……わけがない。
私の事を苗字ではなく名前で呼ぶのは、家族と里穂だけだ。
あと……もうひとりいた。
今はもう、この世にはいないが……
「え?」
聞き覚えのある声で、我に返った。
「あ、アイちゃん!?なんでこんなところにいるの!?」
坂本だ。手にはLOWSONと書かれたコンビニの袋を下げている。
「え?なんでって……まぁ、散歩?」
「こんなところ歩いてたら危ないよ?……てか、家に帰ってたんじゃなかったの?」
……え?
「家に帰ってた……って、どういうこと?」
「どういうことって……どういうこと?」
質問に質問で返さないで欲しい……
「どういうことかはあたしが聞きたいよ……
さっきアイちゃんに電話したんだけど、なんか今日のこと全然覚えてないみたいだったし……
しかも男の人の声で{ヘッド〜}って聞こえてたし……」
「!?」
ヘッド……?まさか。
「まぁ、とにかくウラリーグのこと、あんまり気にしてないみたいで良かったよ。
気にしてて夜も眠れなかったらどうしようかな〜って思ってた」
まぁ、違う意味で今眠れないんだが。
「そういやコンビニの袋持ってるけど、何買ったんだ?」
「あぁこれ?からあげさん。小腹がすいたからつまもうかと思って」
この深夜に唐揚げ……?割とヘビーだ。
「じゃ、アイちゃん。また明日ね。あ、日をまたいでるから、また今日ね」
「あぁ。また今日……」
え?
「また今日って、どういうこと?」
「あれ?知らなかったの?アイちゃん。アイちゃんが出る{バリギャル}あたしも出るんだよ?」
台本を確認する。……本当だ。名前が書いてあった。
「……あ、そうだ。アイちゃん。もしよかったら、あたしの家に来る?」
「え?」
「あたしの家ここから近いし、今日お父さん仕事で遅くなるって言ってたし、
こ、こんなこと言うのもなんだけど、寂しいからさ」
坂本はもじもじしながら私に言った。
とてもいいタイミングだ。
私は坂本に連れられ、ヒウンの夜の闇へと消えていった。
マンションの一室に、坂本の部屋はあった。
「入っていいよ」
「あ、あぁ。お邪魔します」
マンションと言っても部屋の中は結構広い。芸能人はみんなこういう部屋に住んでいるのだろうか?
部屋の中を見回す。
いくら私が知らなかったとはいえ、仮にも芸能人の部屋だ。
一体どんなものがあるのだろう?と、少しだけ興味がわいたからだ。
我ながら、まだまだ子供だなと思う。
坂本の写真集を見る。
活発な彼女の印象ににあった、溌溂とした写真が並んでいる。
にしても、本当にすごい体つきだ。
「な、なぁ。坂本」
「何?」
「明日朝9時からグラビアの撮影があるんだけどさ、
どんな風に撮影すればいいか、悩んでるんだけど……」
「え?」
当然のごとく疑問を浮かべる坂本。私は言った直後に「しまった」と思った。
「アイちゃん、いろんな写真撮ってるじゃん。なんで今更心配なの?」
「あ、あぁ……いや、あの……」
「もしかして……また事務所の方針で、そういうキャラを演じてるの?」
「え、あ、いや、そういうことじゃ……」
全てを聞き終える前に、坂本は洗面所に入っていった。
どうやら電話のようだ。
少し待つと、坂本が洗面所から出てきた。
「……知り合いか?」
「うんうん?あたしのお父さん。お父さんが、アイちゃんにどうしても会いたいんだって」
私に?
「え、それは……どうして?」
「あたしのお父さん、アイちゃんの事をすごく心配してるんだ。
事務所の方針で、なんでもかんでも決められて可愛そうって。
だから、とりあえず話だけでも聞いてくれないかなって、お父さんが」
「話だけでも聞いてくれないって、どういうこと?」
「あれ?アイちゃんには話してなかったっけ?あたしのお父さん。芸能事務所の社長さんなんだ。
……まぁ。自慢できるほど大きな会社でもないし、しょうがないけどさ」
要するに、引き抜きだろうか。
社長……池谷は昨日の昼にあってから、一度も会っていない。
そしてマネージャーである朝霧とも、昨日の夕方電話をしてきりだ。
二人のことはほとんど何も知らないが……
私がなんでも社長のせいにしているから、坂本が心配してしまったのだろうか?
「……あれ?余計なお世話だった?」
「え?……あ、いや、何も……」
ここまで踏み込んでしまうと、今更「私は青柳 愛華じゃない」と言ってしまっては、
坂本が傷ついてしまうのかも知れない。
いや、青柳を思うなら、ここで「私は青柳 愛華じゃない」と言うべきなのか?
私は迷った。
「……」
「とりあえずお父さんは、{明日のお昼の2時くらいに会いたい}って言ってた。
アイちゃん。その時間大丈夫?」
「……あぁ。大丈夫だ」
明日はサタデーのグラビア撮影の後、しばらくは自由な時間が続く。
出来ればチームを探したかったが……まぁ、しょうがない。
私は「黒木 ゆかり」ではなく、「青柳 愛華」なのだ。
結論を出すのは坂本の父に会ってからでもいいだろう。
考える力よりも睡魔の方が勝り、私はソファにごろんと寝転んだ。
「アイちゃん。ベッドでいいよ?」
「え?……あぁ。こっちでいい」
「ねぇ、お姉ちゃん。一つ聞いていい?」
「ん?いいよ」
「お姉ちゃんって、大きくなったら何になりたい?」
「私はね……警察官!」
「そっか〜。お姉ちゃんならなれるよ!ぜったい!」
「そういうゆかりは何になりたいの?」
「私?私はね……」
「強くなりたい!お姉ちゃんや、お父さん、お母さんを守れるような、強い人に!」
「……どうしてそんなことを言うんですか?」
「家族と研究なら、俺は研究を取る。そういう事だよ」
「そんな!優希とゆかりはずっと楽しみにしていたんですよ!
今日、ロイヤルイッシュ号に乗れるってことを!」
「だから言ってるだろ?もうそう言う科学と関係ないことに俺は興味なくなったんだ。
優希とゆかりならお前が面倒見ればいいんだよ」
「……!」
バシッ
「あなたが……そこまで最低な人とは思いませんでした。
……別れましょう。私たち」
「あぁ。構わないぞ」
「お、お父さん……」
「……ゆかり。あなたはお父さんの方がいいの?」
「ち、違うよ……違うよ。私は……お姉ちゃんもお母さんも、一緒に……」
「やめておけゆかり。俺は一人になりたいんだ。」
「……」
ちゃん。……イちゃん……
「アイちゃん!朝だよ!」
「ん……あ?あぁ……」
目を覚ます。今の時間は……朝8時。
「どうしたの?アイちゃん。すごいうなされてたみたいだけど」
「あ、いや、ちょっと夢を……な」
最近よく、家族の夢を見る。
……会いたいと思っているからだろうか?
「朝ごはん。できてるよ」
「いいの?」
「うん。朝ごはんはやっぱり食べないとダメだよ」
坂本は料理もできるのか。
料理が一切できない私にとって、その器用さは羨まし……
「……」
視線の先にあったのは、「プロテイン カイリキーファイア」一本。
「……」
どうやらこれが、坂本家の「朝ごはん」らしい。
「さ、アイちゃんも」
「……」
可能な限り知りうる最上級の丁寧な断り方をして、私は坂本の家を出た。
流石に朝からプロテインは無理だ。しかも、丸々一本。
そもそも父が飲んでいたのを少しだけ奪って、あまりのまずさにもんどり打ってから苦手だ。
……ポツポツと雨が降っている。
だが、少し濡れるくらいなら大丈夫だ。
オーロラビジョンには大きな画面で報道番組が映し出されている。
それは、昨日発生した殺人事件の内容を再度伝えるだった。
「……!?」
そして、オーロラビジョンに映った顔を見る。
やはりそうだ。
深夜見た里穂とともにいた上半身裸の男……
あれは赤城 大和だ。
だが、何故里穂がその赤城とともにいたんだろう。
それに秋月と同じチームにいた小西と小津が本当に犠牲者なら、里穂は赤城を恨むはずだ。
同じチームである上、小西や小津は人から恨まれるような人物ではないはず。
ザザッ
「?」
考えを巡らせていると、オーロラビジョンが突然乱れた。
そして……
ハジマリマデ
15:30:29
15:30:28
15:30:27
「……?」
ハジマリ?しかもカウントダウン?
背景には伝説のポケモン、ダークライを模したシルエットが映っている。
何かの宣伝か?
いや、宣伝にしては時間が中途半端になっている気が……
このカウントダウンが終わるのは、今日の夜11時45分となる。
そんな中途半端な時間で何かが始まるものか?
「……」
何か気になるところだが、今は立ち止まっている訳にもいかない。
私はグラビアの撮影が行われる場所へ、駆け足で向かった。