私は「アオヤギ」?それとも「クロキ」?
1日目 その1
「……」
ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、私は人通りが少ない路地を歩いていた。
黒色のポニーテールに、オリーブ色のショートパーカー。そしてダメージジーンズ。
この服装は私のお気に入りだ。
自販機で飲み物を購入し、ぐいっと口に運ぶ。
「……」
そのまま飲み干す。
「……やっぱりカフェオレの方がいいな」
ブラックコーヒーの缶を、ゴミ箱に捨てる。
私の名前は黒木 ゆかり(くろき ー)。
どこにでもいる21歳……って、言っておこう。
そんな私は何をしているかというと……まぁ、散歩と言ったところだ。
家にいても……姉は仕事だし。
父は今日も病院で寝たきり……なのだろうか。
季節は春だが、まだ朝は少し寒い。
「や、やめてください!」
その時、路地裏から……
「そんな怯えなくていいだろ?命まで取るとか言ってねぇよ!」
男たちの言い争う声が聞こえる。
「だ、だ、だから、だから……」
どう見ても頼りなさそうな、茶色い髪の少年。
「あん?声が聞こえねえぞおら?お前……オレを怒らせたら」
思わず割って入る。
「何してる」
「あん?アマが勝手に……」
その男の顔は、みるみるうちに青くなっていく。
「ゆ、ゆかりさん!?なんでこんなとこに……」
「あんたの声が大きいからよ。答えて、何しようとしてたの?」
「……こ、こうなりゃ……」
男は急にライボルトを繰り出した。
「て、てめぇを倒して、今日から俺がマーシレスキングラーのヘッドだぁ!」
「……」
私は小さく舌打ちして、
「やめときな」
キングラーを出した。
「は!タイプ相性的に俺の勝ちだな!とっととやっちまえ!ライボル……」
ドッゴォ!
クラブハンマーで一閃。
重く、鈍い音が鳴った直後に……1撃でライボルトはのびてしまった。
「な、ライボルト……!」
「……」
「て、てめぇ!」
「ん?ポケモンバトルの次は、マジモノのバトルにする?」
私は男を冷たく睨みながら足ぐせ悪く右足を動かす。
「ひ、ひいいいいい!」
男は情けない声を出して逃げていった。
「……たく」
「あ、あの……ありがとうございました」
「……」
私は情けない声を上げていた少年の財布を拾い上げ……
「こういう暗い道には注意しなさいよ?」
と、男に渡した。
「あ、あの、お名前は……」
「ん?別に、名乗る程じゃないわよ」
右手で手を振ったまま、その路地を後にする。

そう、私はヒウンの不良グループ、「マーシレスキングラー」のヘッド。
「マーシレス」は「残酷な」って意味を持つ。「キングラー」は私の相棒だ。
まぁ、不良グループって言っても適当にダチたちとつるんで、ヘッドって言うのも名前だけなのだが。
それに私たちは絶対に人様に迷惑はかけない。
ポケモンを出して戦う時は、本当に相手がとんでもない外道だった時か、口で言ってもわからない時ぐらいだ。
正直、自分でも一体どうしてこんなグループを組んでいるのかわからない。
何がやりたいのだろう?と、たまに自分で思う。
ポケモンで強くなりたいのか?自己顕示欲を満たしたいのか?それとも……

そう思っているうちに、モードストリートまでやってきた。
「……」
腹部を押さえる。そういえばもう昼時だ。
持ち合わせはあるので、近くの喫茶店に入ろうとした時だ。
「あ〜いたいた!」
「?」
突然見知らぬスーツ姿の男に声をかけられた。
「やっと見つけた……電話かけても出ないし、どこ探してもいないし、本当に心配したんだぞアオヤギ」
「アオヤギ?」
その言葉に聞き覚えはないが……
「はぁ?何言ってんだよ。もうそろそろ打ち合わせが始まるから、とりあえず場所を変えるぞ」
「いやっちょ、待ってよ!」
勝手に話を進めようとする男に、反射的に怒りが沸いた。
「まず誰よアオヤギって!私は黒木 ゆかりよ!」
「いきなり冗談はやめろ!もう今日の夜7時には収録始まるんだぞ!
 お前は脂が乗ってきた今こそがチャンスなんだ!俺が社長とお前のために必死になって仕事取り次いだんだぞ!
 お前を引退なんて……もったいないこと絶対にさせないからな!」
……まさか、聞く気がないのか?
「いいからこっちに……来るんだよ!」
その疑問に答えるかのように、男は私の右腕を引っ張ってきた。
「ちょっ引っ張らないでっくっ……」
まずい、足が振り上がりそうだ。ここは抑えないと……
「……いいから、話を聞かせてちょうだい」
「はぁ?」
私はなんとか冷静を取り戻すと、男に諭すように言った。
「……何だ、お前自分が何を言ったのか忘れてしまったのか」
「う、うん」
我ながら、下手に出たと思う。
「……」



とあるビルに入り、エレベーターで7階にあがる。
「社長、連れてきました」
「ど、どうも……」
こういう場所は初めてなので、少し緊張する。……仮にもヘッドなのに情けない。
「おお、アオヤギ君、ついに思い直してくれたか!」
ヒゲが立派な白髪まじりの社長と呼ばれた男が私の方を向きながら言う。
……思い直すも何も、人から違うのだが。
だが、ここまで来るとアオヤギという人物が何をしてきたのかも気になる。
「あ、あの……思い直すって……」
と、言った瞬間だった。
ぐぎゅるるるるる……
「「?」」
「……!」
私の顔は、耳まで赤くなった。



「まったく、食事がまだっていうのなら先に言えよ」
マネージャー……朝霧 佑(あさぎり たすく)は呆れ顔でカップ焼きそばをほおばる私を見た。
水で口の中の焼きそばを流し込み、ごめんなさいと頭を下げる。
「とりあえず時間も押してるから食べながら聞いてくれ」
「はい」
「お前はなんで、引退したいなんて言い出したんだ?」
そういえば……さっきも言っていた。
「引……退?」
「あぁ。お前は今や飛ぶ鳥を落とす勢いだし、どこに行ってもお前の名を聞かない日はないほどのトップアイドル。
 それがなんでいきなり引退なんて言い出すのか、俺には理解できん」
「わしもそう思うぞアオヤギ君」
社長……池谷 昴(いけたに すばる)は徐にテレビをつけた。
そこには、私が……いや、私にソックリな女の子が踊っている映像が見えた。
キレのあるダンスに、カリスマ性のある歌声。
マニューラを模した衣装も、すこぶる似合っている。
「……」
そして……似ている。
私に。
髪の色が若干群青がかっているが、それ以外はそっくりだ。
体格は……身長は私のほうが大きいかも知れない。
胸の大きさは……残念ながら完敗だ。
「キミはこれから、まだまだ大空を羽ばたける人間だ」
池谷の言葉で我に返る。
「それにキミは、ワシたちにとって太陽のような存在でもある」
すると池谷は突然立ち上がり……
「お願いだアオヤギ君!どうか……どうかワシのために……今回の仕事だけはキャンセルせんでくれ!」
「えっいや、あの」
私に対して土下座した。
「今回の仕事が終わったら身の振り方を考えてくれて構わない!だから……だからお願いだ!」
「……」
まちがいない。
このふたりはまだ私が「アオヤギ」であると信じて疑っていない。
仮に私がここで、
「違う!私は黒木 ゆかり!あなたたちの探しているアオヤギではないわ」
そう言ったらこの二人はどうなるのだろう。
落胆……するだろうな。
それに、社長という役職をかなぐり捨ててまで、「見ず知らずの私」に頭を下げた池谷。
「……」
未だに見つかっていない「アオヤギ」は、今頃思い直しているのだろうか。
引退なんてしない。そう考えているだろうか。
だとするなら、ここで私がわがままを言えば……
「……」

私は決断した。



……この決断が、私の「悪夢」の始まりとも知らずに……

バタフライ ( 2016/06/19(日) 22:10 )