1日目 その2
ユナイテッドピアにやって来ると……
「!?」
すでにビルの一室は激しく燃え、野次馬が多数集まっていた。
「ひどい……!」
消防隊が懸命の消火活動を続ける。
「……」
白井は思い出していた。あのメールのことを。
しかしあのメールには、死者の名前と死因が書いていただけで、どこで、とは書いていないはず。
そもそもこの火災で、誰かが死ぬとは限らない。
偶然の一致だろう……と、無理矢理にでも自分に納得するよう言い聞かせる。
「あっ」
目の前に制服姿の少年がいた。
少年……?
だがこれは、ヒウン西高校の制服だ。
こんな時間に現場へとやってきているが、授業をサボっているのか?
「ちょっと失礼」
職務質問の傍ら、何か知っているのではと期待をしつつ、白井は警察手帳を少年に見せた。
「あなたは随分長い間、火災現場を見ていた様子ですね?」
「そうですが、何か?」
少年は冷めた様子で白井に応える。
「いえ、火災が起きた時の状況をお教えいただきたいと思いまして」
「……」
無言。
まさか、この少年が……?
デスネットによって乱された精神が、疑心暗鬼にさせる。
「お教えいただけないでしょうか?」
「……」
語気を荒らげても、少年は何も喋らなかった。
やはりこの少年は、何かを知っている……?
「ちょっ誠……あんまり高圧的に聞いちゃダメでしょ?」
そこへ、黒木が慌ててやってきて、少年に頭を下げた。
「あぁ、すまん」
「もう……」
黒木は懐から警察手帳を取り出すと、
「私が聞くわ。先に現場に行ってて」
と、交代を提案してきた。
「わかった。悪いな黒木。頼りっぱなしで」
「そういうのいいから、とにかく早く行きなさい。狭山さんにまで怒られるわよ?」
すでに狭山は現場に入っているらしい。
現場の中は、真っ黒に焦げていた。
「おっそ〜い!お前ホンマにゼブライカ使ったんか?」
「狭山さんが早すぎんですよ!そりゃドンカラスで空飛んだほうが早いでしょう」
「あぁ、それもそうやったな。すまんすまん」
若干イラッとくる……
あれほど激しく燃えていたのに、死体はかろうじて判別ができるほど原型をとどめていた。
鑑識の言葉が耳に入った。
「死亡したのは……」
「細尾 秋吉さん、60歳」
「!?」
「死因は今瀕死になって倒れているほのおポケモン……ブーバーによるものと思われます。
焼け方が激しいところが一直線に走っているため、かえんほうしゃか何かかと」
「死亡推定時刻は?」
狭山が聞く。
「おそらく、午後2時ぐらいかと」
「……」
白井は慌てて、もう一度スマホを確認する。
件名:死亡のお知らせ
今日 午後2時00分 ユナイテッドピアにて 細尾 秋吉さんが死亡します
死因はほのおポケモンのかえんほうしゃによる焼死
被害者の名前、死亡推定時刻、そして死因……
全てがまるっきり一致している。
偶然?
偶然にしては、出来すぎている。
白井は妙な汗が止まらなかった。
ぽんっ
「ひぃ!?」
「な、何?」
肩を叩いてきたのは、黒木だった。
「人がただ肩を叩いただけなのに、変な声あげないでよ」
「わ、悪い……」
「なっ汗だくじゃない!どうしたの!?」
スマホからこの事件を予言するメールが送られてきた。
なんて言っても誰も信じないに決まっている。
白井はひとまず……
「の、喉が渇いた」
と、話の腰を折った。
「もう、しょうがないわね」
この事件の捜査は狭山がそのまま担当することになり、白井と黒木はそのままビルを出た。
「ん」
「え?」
黒木が「テンガンざんの天然水」を渡した。
「ありがとう。気が利くな」
「狭山さんと誠用に買ったんだけどね、受け渡す暇がなかったわ」
一気に流し込む。
「それで……」
「ん?」
「あの男の子だよ。何か言ってたか?」
そう言うと、黒木は押し黙り、首を横に振った。
「それがね。私が話しかけたあと、{確か……}とだけ言ってどこかに走って行っちゃったの」
「……それだけか?」
「うん。それだけよ」
どういう事だ?
自分が関わりがないのなら、逃げる必要もないじゃないか。
「他の刑事に任せたのか?」
「いや、あの子は多分シロよ」
「なんでそう言える?」
「なんで?う〜ん……カン?それにモンスターボールは持ってないようだったし」
その時、黒木の携帯が鳴った。
「もしもし」
黒木は白井から離れているところで電話をしていた。
「……」
しかし、どうもあの少年が気になる。
それに死因も死亡推定時刻も、何もかもがあたっていたデスネット……
もしやあの少年も、何か噛んでいるのではないだろうか?
「ごめん。病院からだったわ」
「親父さんのことか?」
「うん……残念だけど……持ってあと5日だって」
「そうか……」
黒木はよく、家族の話をしていた。
黒木は妹のゆかり。そして父の陽一の3人暮らしだという。
黒木家は親子代々のポケモントレーナー一家で、その中でも一番の実力を持っていたのは妹のゆかりだった。
だが、ある日を境にゆかりと大喧嘩し、今では疎遠になってしまっているという。
「でも、妹がいるなら、妹に親父さんの看病を頼めばいいんじゃないか?」
「……」
「お前の親父さんはそもそも、妹さんとお前が」
しかし黒木はいきなり血相を変えて、
「あいつのっ!」
「!?」
「あいつの話なんかしないでっ!」
その金切り声は、周囲の人々を振り返らせるのに十分だった。
金髪の見た目が派手な女の視線が突き刺さる。
「……ご、ごめん」
すぐに我に返った黒木は、白井に対して頭を下げた。
「あ……あぁ」
そのまま警察署に引き返そうとする白井と黒木。
だがその時だった。
テテテテーン!
件名:死亡のお知らせ
今日 午後3時50分 中央通りにて 青柳 愛華さんが 死亡します
死因は 頭を強く打ち付けることによる 失血死
「!?」
青柳 愛華……!?
今をときめくスーパーアイドルじゃないか。
そしてその瞬間、白井は思い出す。
さっき自分がゼブライカでぶつかりかけた人物……あれは青柳 愛華その人だと。
「サインもらっときゃよかった……」
「誰の?」
「青柳さんのサインだよ。俺あの人が演じた{ポケモンクエストヒーローズ}のニンフィアの声、超が付くほど……」
ぴょんとはねた。
「黒木ぃぃぃ!?」
「わざとらしいリアクションね……」
とにかく青柳を殺害されたら、しばらくメディアは大混乱に陥るだろう。
損害もかなりの高額になるはずだ。
「どうしたの?誠。今日いつにもまして様子が変よ?」
「えっ!?あ、いや……」
なにげに毒を吐かれた気がするが……ここは正直、黒木にデスネットの話をすることにした。
事件に関わる人物は、多い方がいいのかもしれない。
今の時間は……午後2時45分。
デスネットの予言の時刻まで、1時間少々しかない。
「黒木」
「ん?」
「これを見てくれ」
白井は覚悟を決め、黒木にデスネットの文章を見せた。
「……」
黒木は訝しげに白井と、スマホの画面を交互に見る。
「あのね。誠」
「ん?」
「あんた……やっていいことと悪いことがあるっていうのを、どうして分かってないの?」
黒木の顔は今までになく冷たい顔だ……
「く、黒木……?」
「最低ね。あんた。どうしてこんな人の命を弄ぶような真似をするの?」
「い、いや、だから……これは本当なんだって!これだって送られてきた時間は……」
改めて、1件目のメールの送られてきた時間を見る。
「……」
14:03。
事件が起こったあとだった。
「時間は、何?」
「……あ、いやっその……」
バシッ!
力強く頬をひっぱたかれた。
「……」
「もういいわ。このことを柘植さんにも報告するし、あんたとももう組まない」
それだけ言うと、黒木は歩き去ってしまった。
……追いかける気力もなかった。
自分的にも、馬鹿なことをしたと、今になってようやく理解できた。
こんな事件が起こったあとだ。いきなりそんなものを送ってしまったら、黒木は怒るに決まっている。
そんな単純なこともわからなかったのか……?
自分は刑事に向いていないのかも。とまで思った。
普通にゲーマーか、ポケモントレーナーとして生きたほうがよかったのか……?
あてもなく彷徨っていた時、電話が鳴った。
「!?」
恐る恐る電話に出る。
「もしもし……?」
「も……もしもし!警察さんですか!?」
聞き覚えのない声だ。
「失礼ですが、お名前は?」
「わ、私はバルジーナコーポレーションの朝霧という者です!」
バルジーナコーポレーション……?
たしか、このヒウンにある1番の大手の芸能プロダクションだったはず。
青柳もそこに所属して……
「あ、青柳さんが、どうかしたんですか!?」
ついうっかり口走ってしまった。
「話を聞いているんですか!やっぱりあの女の人の言葉は間違いじゃなかった!」
「え?」
「先ほど婦警さんと思われるお方に電話をしたんです!そしたら、
{今忙しいので、ほかの方に取り次いでもらえますか?}と、言われたので……
電話番号を聞いたあなたに、電話をかけた所存です!」
多分黒木だ。
まさか、いたずら電話と思って自分に取り次いで来たのか?
「まぁ落ち着いてください。どうしたんですか?」
「実は先ほど、青柳から電話があって……」
「今、命を狙われているから助けて欲しいと!」
それを聞いた瞬間、白井は走り出した。
「青柳さんは今、どこに!?」
「今日はこのあと6時30分から{ウラリーグ}の収録があるんです!多分もう楽屋に入っているかと!」
「楽屋……確かウラリーグはフーディンテレビでしたっけ」
「はい」
フーディンテレビならここから走っても10分かからないはず。
白井はゼブライカを出し、フーディンテレビに向かって駆け出した。
「どうされました?」
受付の方にニコリとされながら言われた。
「青柳さんは……青柳 愛華さんはいますか?」
念のため、警察手帳を見せながら言う。
いきなり受付に対して、「青柳さんはいますか?」と言ってはただの変質者だ。
……いや、この状態も結構……
「青柳さんなら、現在楽屋にいらっしゃるはずですよ」
「そうですか。ありがとうございます!」
現在の時刻を確認すると、午後3時45分。
まずい。本格的にまずい状況だ。
肩で風を切って、青柳の楽屋に向かう。
「ここだ……」
345 青柳 愛華様
「青柳さん!」
バタン!
「「……?」」
二人の女性が、あっけらかんとした顔でこちらを見る。
「……」
反射的に怪しむ、黒い髪の女性。
そりゃそうだ。
目の前に、息も絶え絶えの男がいるんだ。
「す、ストーカーさん!?」
縁起でもないことを橙色髪の女の子が言う。
「……」
黒髪の女の子は、何も話さない……
「あ、あの……青柳さんという方は……?」
「私……だけど……」
「じ、実は……」
白井は迷った。
このまま一気に、青柳を連れ出すか、それとも……
白井は動いた。
「青柳さん!俺と一緒に来てくれ!」
・ ・ ・ ・ ・
「……は?」
「キミは今、命を狙われているんだ!君の事務所のマネージャーから連絡があったんだ!」
「……は、はぁ……」
首を横にひねる青柳。
「だから今すぐキミを保護しないといけないんだ!早く!」
「……」
次第に、青柳の目に殺意がほとばしってくる……
「アイちゃん!ここはあたしに任せて!」
今度は女の子がそう言った。
「いけっ!ゴウカザル!」
その声を最後に、白井の意識が少し飛んだ。
「ご迷惑をおかけしました……」
か細い声で、受付にそれだけを言う白井。
腹部には、殴られた痕が無数にあったが、受付にはあえて見せなかった。
マネージャーが青柳に電話をしてくれたおかげで、なんとか連行などはされずに済んだ。
時間は今、午後4時5分。
あの状況から青柳が命の危機にさらされるということは考えにくい。
テテテテーン!
メールが届いた。
……デスネットからだった。
件名:(無題)
いやぁ人が焦る姿を見るのはとてもいいものですね!
これからもがんばってくださいね!白井 誠さん!
「!?」
血の気が引いた。
何故自分の本名を知っている……?
白井は思わず、デスネットに返信した。
それが相手の思うツボとなることになったとしても、返信する気しか起きなかった。
件名:(無題)
お前は誰だ?
なぜ俺の名前を知っている?
目的はなんだ?
……
テテテテーン!
すぐに返信が来た。
件名:プークスクス
誰って……そんなこと教えるわけないでしょう?
まぁ あなたを手のひらの上でピエロのように踊らせている大きな巨人……
とだけ言っておきましょうか?
これからも一生懸命踊って、いっぱいワタシを喜ばせてくださいね!
「こいつ……!」
完全に人を馬鹿にしている。
テテテテーン!
だが、その怒りが……
件名:死亡のお知らせ
今日 午後8時00分 ヒウンストリート にて 黒木 優希さんが 死亡します
死因は 大量のビリリダマが爆発することによる 爆死
「……!」
焦りと絶望に変わるまでに、時間はかからなかった。