DEATH NET
2日目 その2
「それは、本当なのか!?」
柘植が驚きの声を上げた。
「はい。確かに俺は狭山さんに襲われそうになりました。
 そこを彼女に救われたんです」
ルカは何も言わずに、何も動かずに静かに前を見据えた。
「で、でも……なんで狭山さんが誠を狙うの?それに……」
「あぁ。さっきの二人組は狭山君……いや、もう狭山と呼んだ方がよさそうだ。
 狭山に頼まれて昨日、白井君と狭山を襲った。との事だ」
考え込む柘植。
「……とにかく、狭山が白井を襲おうとしていた以上。他の住民にも被害が及ぶ可能性が高い。
 それに、昨日指名手配した赤城という男の動向も気になる。
 ヒウンを出るすべての交通網に検問を張り、飛行監視員も呼べ!」
飛行監視員とは、いわゆる空の検問だ。
ポケモンが普及している以上、ポケモンを使って逃走する可能性も否定はできない。
「木寺、白井、お前たちは取り調べを頼む」
「わかりました」

ダイナマイトを身につけていた男は、村松 明彦(むらまつ あきひこ)という名らしい。
「はっきり言ってくれ。誰の命令でやったんだ」
「……」
しかしその男は、木寺の問いには答えない。
「木寺さん」
白井が声をかける。すると村松は……
「えっ」
白井を見て声を上げた。
「……」
初めて襲われた時は気付かなかったが、その男の顔を見ると……
「!?」
昨日、青い髪の女の子からポケモンをひったくっていた男だ。
「お前……確か」
「……」

白井が木寺に事情を説明し、村松の取り調べを代わりに行う。
「まさかあんた……刑事だったとはな……」
ため息をつきながら村松が言う。
「あぁ。昨日は世話になったな、お前のせいで俺は始末書だ」
「ふ……」
「……まず、教えろ」
ここで普通なら、事件に関することを聞くだろう。
だが、ここで白井は……
「お前の好きなポケモンは?」
「は?」
「……」
・・・・・
……しまった。
とあるゲームで、こういう画面ではまず相手をリラックスさせることが大事。
ということを言っていたが、現実ではうまくいくはずもなかった。
どうすることも出来ないような、形容しがたい空気が漂う。
「……」
だが、村松は……
「笑わないか?」
「は?」
「笑わない……か?」
「笑いはしない」
すると、村松はこう言った。
「……リンだ」
「え?」
「……プリン……だ」
プリン……?
あの、まん丸の目のプリンか?
こんな大柄な見た目からは想像もできない。
「……あぁ。あの愛くるしい目に、尖った耳、くるりとカールした前髪。そしてピンク色の丸いフォルム……
 あぁ……あの姿を想像するだけで、想像するだけでヨダレが……
 {ピー}なんかよりよほどかわいいぞ」
「ピンクの悪魔ファンを怒らせるような一言を平気で言うか」
「あぁ。久々にス○○ラでプリンを使いたい……」
はぁっと息をつく白井。
「だが、そんなかわいいポケモンを使う様子なんて、ヘッドには見せられない……」
「ヘッド?」
「あっ」
失言したようだ。
「……もう隠しても無駄だぞ。今の言葉を徹底的にロックしてやるからな」
「……」
悩んだ末、村松は観念した様子で……
「……オレ、マーシレスキングラーってチームに所属してたんだ。
 黒木ヘッドと、特に何を考えるわけでもなくのんびりとする……それだけで幸せだった」
黒木……?優希と同じ苗字だ。
となると、まさか優希が妹と大喧嘩した理由は……
「……では、今回のも、その黒木という人物の命令で?」
「いや、それは違う。だって、チームは……もうバラバラだから」
たそがれる村松。
「それに、黒木ヘッドは誓ってポケモンを盗んだり、人を傷つけたりはしない人だ」
「じゃあ今のチームは誰が仕切ってるんだ?」
「いや、オレもわからねぇ。オレはポケモンを盗んで……ケーシィを使ってテレポートしろって。
 それで、{あのお方}に連絡を取ろうとしたら、いきなり……」
……またこの言葉だ。
「いきなり、どうした?」
「後ろから殴られて、意識を失ったんだ。なんのことかわからなくなって、その日の夜に、電話がかかってきた。
 チームナンバー3の……進さんからだったんだ」
「その内容は!?」
「それは……」

明日の朝、俺の言う通りに行動しろ。

でなければ、お前のプリンをGTSにかける。

「そして、言われるがままの行動をとったんだ」
……まさか。その進という男が……
そう考えれば、全ての説明がつく。
つまり進という人物が、マーシレスキングラーというチーム全体を使って俺を監視している……?
だが、何のために?
自分ひとりを監視するのに、そんな大掛かりな真似をするだろうか?
「オレが知っているのは……それだけだ」
村松はそう言うと、取調室の机に突っ伏した。

「なるほどな……つまり、昨日白井君に届いたメールも、一連のひったくり事件も……
 全てその、{進}という人物の命令だと、白井君は思うんだね?」
「はい。そう考えればすべての説明がつきます。
 彼はもともと不良グループ、マーシレスキングラーのナンバー3だったそうですが、
 今マーシレスキングラーはバラバラになっており、誰が仕切っているのかもわからないとか」
「……」
マーシレスキングラー。
そう聞いた瞬間から、優希はうつむいたまま何も喋らない。
「優希。なにか知っているのか?」
黒木という名を聞いている以上。彼女の家族とマーシレスキングラーに遠からぬ因縁があることは明らかだ。
あえて何も聞いていないフリをして、白井は話しかけてみた。
「え?……いや、何も」
「……黒木 ゆかり」
「!!?」
ルカのその言葉に、優希はわかりやすくたじろいだ。
「黒木……ゆかり?黒木君と同じ苗字だが……」
「た、たまたまです!私は何も関係ありません!」
「優希」
あまり優希を刺激しないように白井は聞く。
「お前の妹って、何やってるんだ?」
「……」
「本当のことを言って欲しいんだけどな。捜査をする意味でも」
しかし優希は、だんまりを決め込んでしまった。
「白井君、君の言うこともわかるが、人には触れて欲しくない過去もあるんだよ」
「……」
木寺の言うことももちろんわかる。白井はそれ以上は追求をやめた。
ずっと一緒にいた優希。
その優希のことは、なんでも知っているはずだった。
しかし、今わからないことが増えてしまった。
「もうおしゃべりは終わった?」
と、ルカ。
「る、ルカ……どうした?」
「シライを借りる」
「え?」
ルカがそう言った刹那、白井は凄まじい力で腕を引っ張られた。
「ちょっ……待って!」
優希が声を上げるが、白井とルカには聞こえていなかった。



「ここだ」
やってきたのは、資料室だった。
「な……なんでこんなとこに俺を連れてくるんだよ……」
「やはり、シライは知っておくべき。そう思ったから」
「どういう……てか……」
白井は胸のポケットから何かを取り出した。
「お前、聞きたいことがあるなら今聞けばいいだろう?」
それは盗聴器だった。
「……好奇心が勝ったためだ」
「人の思い出話はどうでもいいのに、こういうことには興味があるんだな……」



資料室の中に入ると、地下でもないのに光が一切届かない空間だった。
「……」
ここに何があるんだろうか。
しかしルカは迷うことなく、部屋の奥へ奥へと向かっていく。
「……」
慌てて追う白井。
「ここだ」
とある棚の前で、ルカは立ち止まった。
「……3本あるが?」
「どれから見ようと構わない」
赤、青、ピンクのビデオテープが横に並べられている。
ほかのビデオテープは縦に綺麗に並んでいるのに、なんで横なんだ?
とりあえず赤いテープを手に取り、デッキに入れる。
「……動くのか?」
「あぁ。間違いない」
「?」
そういえば、なぜルカはここまでヒウン署に詳しいのだろうか。
資料室に来るのも、まるで躊躇がなかった。
地下駐車場から動いていなかったのならば、署内の地図を調べる暇はないはずだ。
……後で聞けばいいかも知れない。
白井は無意識に、ピンクのビデオを手に取った。
……ピンク。
「……!?」
いかんいかん。何よからぬことを想像しているんだ。
これは捜査の一環だ。だから俺のやっていることは正しい……いや、そうじゃなくて。
とりあえずピンクのビデオをデッキに入れて、再生した。
「……」



「……」
砂嵐が映るだけだった。
なんというか、ひどい肩透かしを食らった感じだ。
「よからぬ期待をしていた」
「なっななな、何を!?」
「シライ。キミはわかりやすい人間だ。長生きしない人間だ」
「だだだ、だからなんだよ!」
気を取り直して……次は青いビデオを見よう。
そこには……
「なっ……」
絶句した。
それは、研究所の前に救急車が無数に止まっている映像だった。
無数に運ばれる白衣を着た人、人、人。
その人物からは、まるで生気を感じない。
穏やかに眠っているようにも見えれば……
「うぎいいいい!や、やめろ!やめろおおおおお!」
うなされ、暴れている男もいる。
「だ……ダーク……ダーク……ライが……!」
「……?」
ビデオはそこで映像が途切れた。
ダークライ?
ダークライといえば、シンオウで目撃例があった伝説のポケモンだ。
その目撃例も眉唾物で、すぐになかったことにされたのだが。
「10年前……ダークライの研究をしていた研究員たちのなれの果てだ」
ルカの声が聞こえる。
「結果的に研究をしていた50人全員が植物状態になり、遅かれ早かれ、みんな死んでいったと思う」
「脳死と同じ状態か」
「眠り続ける。つまりはそういうこと」
「でも、なんでこんな映像をお前が知って」
白井の声を遮るように、隣の赤のビデオテープを指差すルカ。
「……わかったよ」
それをデッキに入れ、再生。
「つまり、人間はポケモンの力を取り込むことで、そのポケモンと意識を共有し、技も使える」
これは……聞き覚えのある声だ。
顔は映っていないが、白衣を着ている。
「そして技を使えるようになった人間は、その可能性を無限に広げることができます。
 例えば、飛行タイプの力を取り込めば空を飛べたり、水タイプなら泳ぎが早くなったり。
 今回のこの{ポケゲノムプロジェクト}は、無限の可能性があるのです」
ポケゲノムプロジェクト……?
画面が飛ぶ。
「昨日発生したロイヤルイッシュ号立てこもり事件の続報です。
 逮捕された青柳 学(あおやぎ まなぶ)容疑者は、取り調べに対し、依然として、
 {伝説のポケモンを家族に見せたかった}と繰り返しているとのことです。
 ヒウン署の話によると、青柳容疑者は……」
青柳……昨日狙われた青柳 愛華と同じ苗字だ。
偶然……だろうか?
「これは悪夢を見せるポケモン、ダークライに翻弄された人々の記録だ。
 なぜこれがこんな警察の資料室にあると思う?」
「なぜって……なんでだよ」
「簡単なことだ。この出来事を追っていた刑事が10年前この署内にいた。
 しかし、テレビ局に映像を持ち出したものの……
 まるでテレビ局は、相手にしなかった。どうしてだと思う?」
首を横に振ると、ルカはふうっと息を吐いた。
「そんなこともわからないのか」
「悪かったな……」
「うん。悪い。警察にいるにも関わらず、なんにもわかってない。無知は罪だ」
ここまできっぱり言われるとむしろ清々しい……
「簡単に言うと、この世界の情報社会というのはそういうこと。
 自分たちが知らないことは知らないままで調べない。
 だから知らないことが増える。そしてその反動で{知りたいこと}も増える。
 おそらくデスネットを送ってきた{ナイトメア}は考えているんだろう」
「じゃあまさか、ナイトメアって……」
「その事件のことを知りたい。あるいは、真意を知っている人物の犯行だろう。
 だからヒウン署のシライ、キミに犯行予告を送りつけたんだろう」
「なんで俺なんだよ」
その質問にはルカは「さぁ?」と手を広げた。
「じゃあ犯人は青柳って苗字のやつか?」
「それは違う。と、思いたい」
「思い……たい?」
顎に手を当てるルカ。
「ボクの考えが正しければ……」
その時、ルカの電話が鳴った。
「……キデラからだ。君が出ていいよ。ただここは圏外だ」
「あ、あぁ」
なぜ木寺の電話番号を知っているんだ。
いや、そんなことより今は出るほうが先だ。

資料室の外で電話に出る。
「あ、あぁ。白井君か。ルカ君かと思っていたよ」
「少し借りてるだけです。どうしたんですか?木寺さん」
「いや、今オーロラビジョンを見ていたんだが……」

「え?」
木寺の話はこうだった。
オーロラビジョンに、こういったものが映し出されていたという。

ハジマリマデ
12:40:31

背景にダークライが、そして数字はカウントダウンをしていたという。
「その映像……本当にオーロラビジョンに映ってたんですね?」
「あぁ。間違いないよ」
「……」
少しだけ考えたあと、
「木寺さん。ちょっと……」

白井は映像で見たことを全て話した。
「……そんな事件があったのか」
「10年前のことなので、木寺さんも知ってるかと思いましたが……やはり知りませんか?」
「……知らない……な」
「?」
なんで言いよどんだんだ?
「おっと、人が来る。すまないね白井君。切るよ」
「え?……あ、はい」
電話を切ると、白井は部屋の中に戻った。
「Yes……」
部屋の中には、ルカが何か話をしているようだった。
「……」
念のためルカからもらった携帯を確認する。
……圏外だ。
ではルカは何で話を……?
「Did me to review the record that I sent you?」
「……?」
「I heard from the detective of this town.
 He appears to have been at the mercy of the crime notice of using the net.
 The sender is ... nightmare.
 ...Yes. Ten years ago. that incident ... and whether no doubt look to be associated with it」
 ...understood. In addition to contact us if you know something」
「……」
まずい。
……何一つとして意味がわからない。
「話を聞いているなら、最初からそう言ってほしい」
「気付いてたのかよ」

「ボクが犯人なら無防備なボクの後方から襲いかかる」
資料室を二人で出ると、いたずらっぽくルカが言った。
「……お前、俺も疑ってるのかよ」
「もちろん。だがその猜疑心はもうない」
「なんでだよ」
「キミが楽天家すぎるからだ。楽天家すぎるキミが、そもそもの事件を起こせるはずもない」
少し怒りそうになったが、裏を返せば自分を信じているということなのだろうか。
「……ははは」
「な、なんだよ」
「信頼?驚いたな。いつ誰が裏切るかわからないこのご時世で、そのような言葉が出るなんて」
クスクスと笑うルカ。
「ふざけやがって……言っとくけど、俺もお前の事をまだ信頼してないからな」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、ルカは急に押し黙って。
「……それでいい」
「え?」
「少なくとも、キミにはそうできるほどの権利がある」
あまりに急に静かになったルカに……
「……悪い」
と、謝るが、ルカは何も応えなかった。
「?」
突然のバイブレーション。
ルカのスマホに何かが着信したようだ。
「……見ていい」
「え?」
「ボクはそれを、もう使っていないから」
「機密ダダ漏れじゃねぇかよ」
「既に許可は得てある。そして……」
画面を見ると……
「?!」
「既に、ボクたちはナイトメアの手の上だ」



件名:死亡のお知らせ

今日 午後2時45分 プライムピア にて 黒木 ゆかりさんが 死亡します

死因は ポケモンに 海に引きずり込まれることによる 溺死

バタフライ ( 2016/10/17(月) 19:39 )