1日目 その3
白井はメールの内容を見て、呆然とした。
件名:死亡のお知らせ
今日 午後8時00分 ヒウンストリート にて 黒木 優希さんが 死亡します
死因は 大量のビリリダマが爆発することによる 爆死
何度も見直す。
件名:死亡のお知らせ
今日 午後8時00分 ヒウンストリート にて 黒木 優希さんが 死亡します
死因は 大量のビリリダマが爆発することによる 爆死
そのメールの内容が変わることは、当然ながらなかった。
時計の針を見る。
まだあと4時間近くある。
一度白井は署に戻ることにした。
1件目の殺人現場にいた狭山が戻っている可能性があったからである。
署に戻ると、そこに狭山はいなかった。
「……何?」
目の前には、喧嘩別れした黒木がいる。
「何って……あの、狭山さんはいるかなと思って」
「……」
黒木ははぁっと息をついたあと、署内の奥の給湯室を指さした。
「じゃ、私は行くから」
「!?」
白井は思わず、黒木の右手を握った。
「な、何……?」
「ど、どこに行くんだ!?」
「どこへ行こうと勝手でしょ!離してよ!」
まずい。このまま黒木を行かせては……
「黒木!俺の話を聞いてくれ!」
「あんたから聞く話なんて何もないわ!どうせ私が死ぬとでも言いたいんでしょ!?」
「それなら話が早い!だから俺と……」
「……はぁ」
黒木は誰がどう見てもわかるようなほど、嫌悪感をむき出しにしていた。
「あんたがここまで馬鹿だとは思いたくなかったわ」
とだけ言うと、黒木は署を出てしまった。
「……」
確かに、今回もデスネットは空振りかもしれない。
だが、それでも白井には異様なほどの胸騒ぎがしていた。
「……」
とにかく狭山に話を聞こう。白井ははやる気持ちを抑え、給湯室に向かった。
「……何してるんですか」
「何って……コーヒーブレイクしてんのやけど?」
コーヒーの香ばしい香りがあたりを支配する。
「それで……1件目の殺し、何かわかったんですか?」
「あぁ。それなんやけど……」
狭山はあるものを取り出した。
「これ、見て」
それはこのポケモンのデータだった。
「まずニックネームや。ニックネームがfiamma(フィアンマ)。
これ、木寺さんに調べてもろたんやけど、イタリア語で{炎}を表すらしいんよ」
「でも、それだけじゃ普通ですよ。最近ポケモンは、6文字までニックネームが付けられるようになりましたし」
「まぁ見とってみ」
次に親の名前を見せると、
「Cavaliere(カヴァリエーレ)……これもイタリア語ですね?」
「ご明察。ちなみに苗字もAddamiano(アダミアーノ)。全部がイタリア語なんよ」
「つまりこのブーバーは、イタリアで捕まえられたものなんですか?」
「……そうなるな。やけど、その場合どうやって細尾さんはこのポケモンを手に入れた思う?」
細尾の海外渡航歴を調べてみる。
「……」
過去20年、日本から出たことは1度もないようだ。
「それより前にブーバーを入手したか……」
「はたまた、別の入手方法で手に入れたか」
椅子に座りなおす。
「ところで、お前優希ちゃんと何をしたんや?」
「え?」
「あいつ、えっらいお前のこと心配しとったんやぞ」
黒木が、自分のことを……?
「どうして」
「何か知らんけど、こう言っとったな」
「誠……私、信じてたのに」
「信じてた?」
「おぉ、ボソッと言っただけやけど、これは間違いないわ」
そう言うと、狭山は残ったコーヒーをグイっと飲み干した。
「せや、白井、お前も飲まんか?」
「あ〜……遠慮しときます」
正直、今コーヒーを出されても飲み込めない。そう思った。
時計の針を見ると、午後6時を過ぎていた。
「……くそ、まずい」
「?」
「あ、いえ、何も……」
すでに日が沈み始め、夜の闇が近付きつつある。
「……」
しかし黒木がどこに行くのかわからない以上、捜査のしようがない。
ヒウンストリートと死亡する場所が書いてあるが、それのどこかわからない限り、
広大な通りを片っ端から探すのでは、時間がいくらあっても間に合わないからだ。
そのまま30分、そして、1時間以上が経過しようとしていた。
「……」
白井は、胸騒ぎを覚えていた。
いっそ狭山にもデスネットのことを話そうか?
……ダメだ。
また黒木の時と同じように、警戒感を持たれてはまずい。このままだと始末書コースだ。
その時、白井の電話が鳴った。
「!?」
その番号を見て、ドキリとした。
「黒木……!?」
急いで電話に出る。
「も、もしもし!」
「……」
「黒木!?黒木だな!?今どこにいるんだ!」
「……」
しかし黒木は、何も話さない。
「どうした!?どうしたんだ黒木!?」
ブオーン……
「……」
そのまま電話は、途切れてしまった。
「……」
間違いない。
黒木に対するデスネットが、執行されようとしている……!?
デスネットの内容をもう一度思い出す。
件名:死亡のお知らせ
今日 午後8時00分 ヒウンストリート にて 黒木 優希さんが 死亡します
死因は 大量のビリリダマが爆発することによる 爆死
爆死……
その時、再び電話が鳴った。
「も、もしもし?」
「白井君!白井君か!」
先輩の刑事である木寺 斗馬(きでら とうま)からだった。
「木寺さん!どうしたんですか?」
「先程から、黒木君の携帯がおかしいんだ!」
「おかしい?」
「あぁ、ついさっき黒木君から1度だけ着信があったんだが、しばらく無言が続いたあと、
一方的に切れてしまったんだ。
病院にいるから圏外になってしまったのかとも思ったんだが、それだとすぐに切れるはずなんだ」
病院……?
「ごめん。病院からだったわ」
「親父さんのことか?」
「うん……残念だけど……持ってあと5日だって」
そうか……やっとわかった。
「木寺さん。ヒウンストリートにある病院は?」
「えっ病院?……だけど、どうして」
「教えてください、早く!」
「……?黒木君はヒウン救急救命センターに向かうと、さっき俺に言っていたが……」
それを聞くと、矢も盾もたまらず、白井はヒウン署を出た。
「ちょ、白井!?」
背後で狭山の声がしたが、それに構っている暇はなかった。
ゼブライカに乗り、一気にヒウン救急救命センターに向かう。
「……」
ここに黒木が……
「待ってろ、黒木……!」
時計の針に目をやると、8時まで30分を切っていた。
病院内は面会時間を過ぎたためか、すでに内部は薄暗い。
下の階をうろつく看護師も医師もほとんどいない状況だ。
「くっ……どこだ……どこだ……!」
本当は「黒木!どこにいるんだ!」と叫びたかった。
しかしここは病院だ。
ここであまり波風を立たせると、ひょっとしたら犯人の逆鱗に触れて……
ドゴ〜〜〜ン!
爆発の音声が脳内で再生される。
脳内再生を繰り返すたびに、徐々に焦りが絶望へと変わる。
「誠、大きくなったら何になりたい?」
幼い黒木が、幼い白井に問いかける。
「俺、ポケモントレーナーになりたいな」
「え?前聞いたときは、おまわりさんって言ってなかったっけ?」
「うん!だから、ポケモントレーナーとおまわりさん!」
それを聞くと、黒木はクスクスと笑った。
「な、なんで笑うの?」
「だって、あまりに誠らしいなって」
「どういうところが?」
「欲張りなところ!」
黒木がそう言うと、白井も笑った。
「大丈夫。この街の平和は、誠なら守れるよきっと」
「そうかな?でも、嬉しいよ。黒木の口から、そんなことが聞けるなんて」
そして二人は笑いあった。
今思えば、この頃から、二人は一心同体だった。
その後も小学校、中学校、高校、警察学校。
ずっと黒木とは同じだった。
黒木の全ては、ちゃんと把握しているつもりだ。
好きな食べ物、妹のこと、そして父親のこと。
気付くと二人は友達以上の関係になっていた。
……まぁ、恋人にはなれないまま、ずっとここまで来たのだが。
1階から2階にあがる。
そうしている間にも、時計の針は少しずつカウントダウンを刻んでいく。
まるで自分の命のカウントダウンのようにも感じていた。
「くそっ……くそっ!」
こんな状況でも自分は何もできない。
このまま8時を待つしかないのか……?
いや、大量のビリリダマが爆発する。と言うのだ。
黒木だけの命ですまないかも知れない。
白井は無力から、脱力感まで感じていた。
もう、どうしようもないのか……?
白井はぼんやりと、窓の外を見据え……
ヘリコプターが飛んでいるのを見つけた。
「!?」
その瞬間、白井の頭の中で、何かが閃いた。
「……そうだ。黒木は……あそこだ!」
運転しているエレベーターに乗り、Rと書かれたボタンを押す。
電話が切れる前に聞こえた音……
ブオーン……
あれはおそらく、ヘリコプターの音だ。
だが、夜でも街は騒がしい。
ヘリコプターの音があれほどクリアに聞こえる場所……それは、静かな屋上ぐらいしかない。
木寺に電話をかけていた時は、多分近くをヘリコプターが飛んでいなかったのだろう。
エレベーターの扉が開く。
「黒木!」
そこで白井は、我が目を疑った。
「……」
黒木は死んだように眠っていて、椅子に座らされている。
その椅子の裏側には……
「!?」
電力供給装置が付けられていた。
そして椅子の下には、透明な箱が……
見なくてもわかったが、その中には……
ビリリダマが軍艦巻きのいくらのように、大量に入っていた。
「……」
黒木の腕には、何かの機械が付けられている……
おそらく、これは……
「ん……」
黒木が目を覚ました。
「黒木……?」
「ここは…………!?な、なにこれ!何なの!?」
「動くな!」
「!?」
そう言うと、黒木は動かなくなった。
「黒木の腕についてるのは、おそらく電力供給装置だ。お前が動いたら、電気が伝わりかねない。
黒木、今お前の椅子の下には、ビリリダマがいるんだ。多分……」
白井は黒木の左隣にあるタイマーを見る。
4:01
4:00
3:59
「……この時間が0になったら、爆発する」
「そ、そんな……!?じゃあ、誠が言ったことって……!」
「……あぁ。デスネットというサイトに、お前の名前が載っていたんだ。
午後8時に……お前がヒウンストリートで爆死するって」
「……」
そう言っている間も、タイマーはチクタクと時を刻んでいく。
3:40
3:39
3:38
何か、
何か解除する方法はないか。
だがビリリダマだ。下手に刺激するわけには行かない。
3:30
3:29
3:28
椅子を舐め回すように眺める。
すると……
「!?」
電力供給装置に、2本のコードが付いていた。
赤と青。
まさか、ゲームでしか見たことがないような展開が、自分に降りかかろうとは。
さらになにか書いてある。
どちらも進むべき色を切れ そうすればタイマーは止まる ナイトメア
ナイトメア……?どちらも……進むべき道?
「黒木、落ち着いて聞いてくれ」
「え?」
「今、お前の下にいるビリリダマに、電気を供給しようとしている電力装置が作動しそうになってる。
赤と青のコードが2本あって、どっちかを切ればその装置は止まりそうなんだ。
{どちらも進むべき色を切れ}って書いてある。この意味……わかるか」
黒木は少し考えたあと……
「……」
無言で首を振った。
「誠……ねぇ。聞いて」
「え?」
黒木は涙を流しながら、こう続けた。
「私……今日の事、すごく後悔してる。
誠の話を聞かずに、誠のことを無視し続けて……それで……」
「……」
「ごめん、誠……ごめん……なさい……!」
「……泣くな」
2:30
2:29
2:28
「俺がお前を助ける。ただそれだけだ」
白井はエルレイドを出した。
「……」
この選択だけは間違える訳にはいかない。
この選択には、自分だけではない。黒木の命や、ほかの入院患者の命もかかっているからだ。
「誠……もういいよ、逃げて」
「……逃げるかよ」
……タイマーが刻一刻と、黒木の命を縮めていく。
「どちらも進むべき色……どちらも……進むべき……」
「誠!逃げて!」
「どちらも……」
そして白井は……
「……よし」
選んだ。
「エルレイド!」
……8時になった。
「……」
目を閉じる黒木と白井。
「……」
「……」
「……はぁ。やれやれ」
タイマーは、残り0:54で止まっていた。
「誠……!」
白井のエルレイドはコードを、両方切っていた。
その後、白井はケースを慎重に引き出す。
ビリリダマは全員元気だが、必要以上の電気を受けなかったためか、爆発する気配はない。
「誠おおおおお!」
「黒……うぉわ!」
黒木は白井に抱きついた。
「や、やめろよ黒木!」
「怖かった!怖かったよぉ!怖かったよおおおお!」
……泣いていた。
久しぶりに、泣いていた。
「わ、わかったから離れてくれ……ちょっと苦しいから……」
「うわああああああん!」
「く、苦しいって……!離れてくれ……!」
爆破物処理班を呼び、ビリリダマと仕掛けは撤去された。
「でも……」
「ん?」
「さっきのコードの話?なんでどっちも切ったの?」
「エルレイド!」
モンスターボールからエルレイドを出し……
「両方のコードを、同時に切るんだ!出来るな?」
「えっ誠……!?」
そして、サイコカッターが飛んだ。
プチン
「あぁ、あれか?簡単だよ。どちらも進むべき色。色は歩行者信号を表しているんだ」
信号?と黒木が聞く。
「青は簡単、人間が進むべき色。そして赤は、車が進むべき色だ。
歩行者信号が赤の時は、車が進むだろ?」
「そっか……」
……
本当はやったことがあるゲームと全く同じ読みで切ったのだが、奇跡的に正解だった。
そんなこと、口が裂けても今の黒木に言えなかった。
「誠?」
「いや、何でもない」
その時、携帯が鳴った。
「もしもし」
「お前死にてぇのか!何やってんだよ!素人が爆弾を止めるなんざ、命を捨てるようなもんだぞ!?」
……柘植からだった。どうやら、爆破処理班のひとりが連絡したらしい。
「そこまでして死にたいのか!?本当なってねぇ!」
「で、でも……」
言いよどむ白井に対し、黒木が変わるよう催促する。
白井は仕方なく黒木に携帯を手渡した。
「お言葉ですが柘植さん。まこ……白井巡査は、私だけでなく、多くの人々の命を救ったのですよ?」
「なっ黒木……ガイ者って、お前のことだったのか?」
「はい」
あくまで冷静に話を進める黒木。
先程までの泣きじゃくっている顔は、どこにもなかった。
「……そのあたりの話も、署に戻ったあとで話したいと思います。よろしいでしょうか?」
「……そ、そっか、わかった……白井に伝えとけ」
すると黒木は携帯を白井の耳に当てた。
「……」
「今日の昼のミス、始末書3枚で勘弁してやる」
「3枚は書かせるんですね……」
つい声が漏れた。
「あん?プラス10枚でもいいぞ?」
「3枚ですね!ありがとうございます!」
「……たく、なってねぇ」
そう言う柘植の声は、どこか安穏としていた。
「……私も手伝うよ。誠」
「……本当か?」
「もち。これでチャラにしてくれる?」
「……当たり前だ」
白井と黒木は、お互いに笑い合いながら、ヒウン署へと戻っていった。
その顔は、かつての幼かった二人に似ていた。