DEATH NET
1日目 その1
「待て!」
路地裏に向かって追いかける男。
銀に近い白いショートヘアに、赤い伊達メガネ。
そしてついに男を追い詰めた。
「もう逃げられないぞ!」
モンスターボールを構えるその男。
「いけ!ゼブライカ!」
ゼブライカに対し、犯人はギャラドスを出す。
「甘いな。弱点というのをもっと学んだほうがいいぞ」
「くっ……」
「10まんボルト!」
バリバリバリバリ!
そしてギャラドスはそれを受け……倒れた。

「…こと、誠!」
「ん〜……ん!?」
黒いシニヨンの女性の声で目を開ける。
……どうやら、夢だったようだ。
「んも〜、何やってんの?張り込み中に寝るとか、また柘植さんとか村瀬さんに怒られるわよ?」
「ご、ごめん……」
この男の名前は白井 誠(しらい まこと)。
ミアレシティに勤務する25歳の巡査である。
かっこいい刑事を目指し、正義を貫く熱血漢(自称)。
「まったく、しっかりしなさいよ?また1日中署にカンヅメとか、絶対やだからね」
そしてこの女は黒木 優希(くろき ゆうき)。
白井と同じく、ヒウン署に勤務する巡査。
二人は幼馴染であり、いつも同じだった。
「でも、本当にまたここであるのか……?ポケモンのひったくりって」
「さぁ?もうない可能性もあるってことで、あたしたちが選ばれたんでしょ?
 そもそも3日続けて同じ場所でひったくりなんて、さぞ度胸があるんでしょうね」

事の発端は3日前にさかのぼる。
ヒウンシティで午後12時30分。
いつも同じ時間、同じ場所……このスリムストリートで白昼堂々とポケモンを盗まれるらしい。
しかも、犯人が狙うのは女性ばかりという。
それ以上に不思議なことがあり、犯人はこんな白昼堂々にもかかわらず、単独犯だという。
しかも犯人はどこかに消えるようにいなくなるため、捜査が困難だという。

「でも……」
あんぱんをほおばりながら、黒木が言った。
「もし、ポケモンがひったくられたとなったら、誠ならどうする?」
「俺?……まぁしょうがないんじゃねえの?」
「んなわけないわよ!」
大声を出す黒木。
「ポケモンはあたしたちにとって、家族以上の存在よ!なのにそのポケモンが取られることが、
 しょうがないんじゃねえの?なんてどういうこと!?」
「大声出すなよ!張り込みが気付かれたらどうすんだよ!」
「その声も大きいっての!」
そう話し合っているうちに、時刻は12時30分。
「……」
「……」
普通に人々が行き交うだけの、なんということがない「日常」が続く……
「何も来ないわね」
「今日は外れか……?」
念のため、モンスターボールを用意する。
生まれた時からポケモンとは一心同体だった。
そのポケモンを使って悪いことをする奴が許せない。
そのために警察官になろうと必死で勉強した。
そのためにポケモンの腕を磨いてきた。
自分の数少ない長所の一つだ。
正直、実力ならチャンピオンにも勝るとも劣らない……と、自負している。
「相変わらず、ゼブライカが好きなのね」
「ゼブライカがというか、ポケモンがだな。昔からずっと好きなんだ。
 捕まえることも、育てることも、戦うこともな」
「……いいわね」
「ん?」
思わずこぼれた黒木の言葉に、白井は疑問を浮かべた。
「え?どうしたの?」
「いや、今{いいわね}って」
「何?そんなこと言った?」
「……まぁ、なんでもいいけど」
気のせいか。白井はそう言い聞かせ、正面を向き直す。
と、その時だ。
「!?ちょっと待て」
「え?」
目の前に映るのは……
「……」
女の子と、体格の大きい男。
「……」
すると男は、女にぶつかった瞬間……
ドン!
「?」
「!?」
突然全速力で走り出した。
「まさか!?」
白井はゼブライカを出し……
「黒木!あの女の人を頼む!」
「うん!」
駆け出した。
「すいません!通してください!」
「きゃあ!」
深い群青色のポニーテールの女の子をかわし、ひた走る。
ゼブライカの脚力は強靭だ。それにあの男なら追いつける。
白井はそう過信していた。
の、だが……
「!?」
路地の行き止まりにたどり着くと、その男の気配は消えていた。
「そんな……確かにこっちに逃げてたはず……?」
しかし、もう何も気配はない。
「……」
また始末書か……?と、思った時通信機が鳴った。
「はい白井」
「誠、やっぱりあの女の人、ポケモンを取られてたみたい!
 おそらくさっきの男に……捕まえた!?」
「ダメだ。取り逃がしちまった……確かに路地に逃げ込んだはずなんだが……」
「嘘……でしょ?じゃああの噂って本当だったの?」
その時、声が聞こえた。
「あの、そろそろいいでしょうか……?急いでるんで……」
「え?あぁ。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
その女性の声は、どこかで聞き覚えがある気がした。
……最近やったゲームに出ていた……か?
まぁ女性をあまり呼び止めるのも悪いだろう。白井は黒木に、女性を解放するよう伝えた。



ヒウン署……
「なに?消えた?」
帰って早々、白井と黒木は上司の柘植 義郎(つげ よしお)に報告した。
「お前、いつから現実とゲームの区別がつかなくなった」
「ゲームじゃないんです!本当に忽然と姿を消したんです!
 俺は確かに、ゼブライカで追いかけたのに」
「バカ野郎!街の中でポケモンを使ったら、簡単に逃げられるに決まってんだろうが!
 しかもほかの人を巻き込むかも知れないのにポケモンを使ったんじゃねぇだろうな!?」
「えっあっ……」
柘植の威圧感に、何も言えなくなる。
「たく、なってねぇ……とりあえず起こったことは確かなんだな?」
「はい。間違いありません」
「わかった。張り込み、ご苦労だったな。しばらく休んでいいぞ」

「ま〜た柘植さんに怒られたんやな?」
警察の中の一室で、先輩の狭山 彰(さやま しょう)が声をかけてきた。
「えぇ。怒られましたよ。はぁ……やっぱダメだなぁ俺」
「まぁまぁドンマイドンマイ。怒られるのとかしょっちゅうやしな!」
「……」
正直、昨日机の上のお菓子を片付け忘れて怒られていた狭山には言われたくない……
とりあえず狭山のことは無視しておいて、白井は空いている時間の楽しみを行うことにした。
スマホの画面を入れる。
「お?お前まだやってんかそれ」
「はい。最大の楽しみですから」
そして慣れた手つきでアプリを起動した。
「それ、なんてゲーム?」
「{グランブルファンタジー}です。グランブルを育てて戦わせる、いわばカードゲームのような奴ですね」
「ふうん。俺もやってみようかな?ゲーマーであるお前が面白い言うから間違いないやろ」
白井の数少ない長所のひとつがこの「ゲームに詳しい」ということ。
これでも警察に勤務する前……小学生の時はゲーム大会で優勝したことが何度もある。
未だに「ポケモンハンター」や「ポッケマンシリーズ」、「ファイヤーエムブレム」など、
多方面にゲームをプレイし、そういう知識だけは人には負けない自信がある。
テテテテーン!(ポケモンのレベルアップ音)
「?」
少しだけ考え事をしていると、メールが届いた。
「なんだ?」
そのメールには、こう書いてあった。

件名:入会おめでとうございます!

おめでとうございます!

あなたはDEATH NETに入会しました!

素敵な死亡記事を心待ちにしてください!

「……?」
いたずらか?白井は削除しようと操作をする。
が、その時だ。
テテテテーン!

件名:死亡のお知らせ

今日 午後2時00分 ユナイテッドピアにて 細尾 秋吉さんが死亡します

死因はほのおポケモンのかえんほうしゃによる焼死

「な……?」
時計の針は今、午後2時を指したところである。
「なんや?白井。どうかしたんか?」
「あ、いえ……」
どうせ質の悪いいたずらだろう。そう勝手に解釈し、白井はそのメールを削除した。
着信拒否しようと、さらに操作をしようとした……その時だ。
「誠!狭山さん!」
「?」
「ユナイテッドピアで火災が起こったらしいわ!急いで出動しましょう!」
「!?」
黒木の言葉に、白井は戦慄した……

バタフライ ( 2016/06/18(土) 19:32 )