捜査編
「け、警察だ!警察を呼べぇ!」
驚きのあまり大声をあげる館長。
「ここにいますよ!とりあえずみなさん、そこから動かないで!」
月島と水無月が死体をゆっくりと下ろそうとした時。
ドサ!
「……?」
何故か死体は、急に落ちてきた。
「……外傷性の傷はないようね。首を絞められた痕しかないわ」
少しだけ戸惑うが、水無月は死体の状況を調べる。
「でも、この人……どうして服を脱ぎかけているんでしょうか」
死体の上半身の服ははだけており、防弾チョッキがむき出しになっていた。
「妙ね。停電の中で服を脱ぐ……普通はありえないわ。火川警部。鑑識などの招集を」
「わ、わかりました」
現場を調べる月島たち。
「死亡したのは奥寺 益男(おくでら ますお)さん45歳。月の涙の近くで、警備をしていた人ね。
体格が一人だけ大きかったから、すぐにわかったわ」
「絞殺に使われた糸の成分を、現在調べているところです。もうまもなく、結果が出るのかと」
すると日野が、月島のもとへかけてきた。
「月島先輩!水無月先輩!糸を調べてみたんですが、どうやらポケモンが使った糸のようでした」
「ポケモンの糸……?」
「普通の糸よりも強靭で、ワイヤーよりしなやかな物質でした。おそらく虫ポケモンの何かの糸かと」
触ってみる月島。
「……少し粘りがあるな」
「虫ポケモンの力と見て、おおよそ間違いないでしょうね」
「水無月警視正」
他の刑事が呼ぶ。
「直前に被害者の付近にいた警備員3人を招集しました」
「被害者の付近……?」
納得していない月島に水無月が説明。
「奥寺さんの近くにいた彼らなら、何らかのトリックを使って奥寺さんを闇討ちで殺害する機会はあったはず。そう思ってね」
「確かに……では、話を聞いてみましょう」
「ちっ……俺の名前は新堂 直道(しんどう なおみち)だ。この美術館で警備員のアルバイトをしてる。
奥寺さんが死んだ時、俺はこの近くから動かなかったぜ」
「それを証明できますか?」
「出来るわけねぇだろ。あの時停電でなんも見えなかったんだからよ〜。……あ、いや、待てよ」
新堂は、顎に手を当てて考えていた。
「そういや、暗視ゴーグルをかけようと思ったんだけど、なぜか暗視ゴーグルはつかなかったな」
「……」
すると水無月は、その暗視ゴーグルをかけ、スイッチを押す。
「確かにそうね。暗視ゴーグルの暗視モードが作動しないわ」
「あぁ。それに気づいた俺は、とりあえずこの近くにいれば、怪盗ゲッコウガから月の涙を守れる気がしたんだ。
こう見えて、気配には人一倍敏感だからよ」
「わかりました。念のためですが、ボディーチェックにお付き合い願えませんか?」
「あぁ。別に構わねぇよ。流石に女の人にやられるのは勘弁して欲しいけどさ。変に緊張するし」
ではと、ほかの刑事がボディーチェックを始めた。
「それにしても……」
「どうしたの?月島警部補」
「暗視ゴーグルの使い方がよくわかりましたね。水無月さん」
「……!」
水無月は少しどきりとして、
「そ、そりゃそうよ。怪盗ゲッコウガを追うもの、これぐらいはちゃんと覚えておかないとね。
だって怪盗ゲッコウガは、視覚トリックをよく使うんでしょう?」
「まぁ、それもそうですね。……(なんで肩を怒らせたんだ……?)」
「うん。いいから次の人の聞き込み、頼むわよ。(す、鋭いわね……なかなか……)」
「僕は新井 一(あらい はじめ)。この美術館の警備員をやっている。
僕は停電が起こったとき、月の涙のちょうど真正面にいたよ。その間僕に近づいてきたのは、新堂君だった」
「間違いないことですね?」
「うん。暗視ゴーグルを装着したからね。確か停電が起きて、少し経ってからのことだよ」
新井は思い出すようにこめかみに指を当てたあと、
「……僕が知っていることはただそれだけだよ」
「え?」
「いやだって、僕は奥寺さんを尊敬していたんだ。その奥寺さんが死んでしまったなんて、僕には考えられないよ」
それだけを言うと、新井は踵を返してしまった。
「辛いのはわかりますが、このままではあなたを疑うことになります。どうか、停電時のことを詳しくお教えいただきたいのですが」
水無月が若干語気を強くして言った。
「……」
「……」
見つめ合う二人。月島はその様子を、固唾を飲んで見守る。
「わ、わかった。僕は暗視ゴーグルをつけた時、奥寺さんがゆっくりと天井に向かって引っ張りあげられるのを見たんだ。
それを見て僕は、言葉を失ってしまって……へなへなと地面に崩れ落ちてしまったんだ」
「それであの時、あなたは座り込んでいたのですね」
「……」
新井から聞けることは、ここまでだった。
「水無月さん」
「えぇ。彼の証言が本当ならば間違いないわ。奥寺さんは停電中に首を絞められ、殺害された……ということになるわね」
「ですが、何か違和感があるような気がするんです。なんというか……」
「……」
それを聞いた水無月は……
「それがあるのなら、はっきりいいなさい」
「え?」
「その違和感が捜査をこれから続ける上で、重要な役割を担うかも知れないでしょう?」
「……いえ、まずは残った方の証言を聞いてから……でいいでしょうか」
しかし月島は、出かかった言葉をあえて飲み込んだ。
「……そう。わかったわ。それが終わったら、再びあなたから聞かせてちょうだい」
「はい」
「わ、私は福本 美津奈(ふくもと みつな)……け、警備員のアルバイトをし、しています……」
「こんな大事な品物なのにアルバイトを二人か……ん?」
福本は、暗視ゴーグルを頭に乗せていなかった。
「失礼ですが、暗視ゴーグルは?」
「えぇ!?あれ、ど、どこに行ったんだろう……」
「……ありましたよ。ちゃんと」
水無月が月の涙のショーケースの近くに落ちていた、暗視ゴーグルを手にする。
「ダメだわ、壊れてる。暗視モードに変化しないわ」
「えぇ!?ど、どうして!?」
「それはわからないわ。でも、とりあえずあなたが停電中、何をしていたのか教えてちょうだい」
「は、はいぃ!」
何故か怯えながら話を続ける福本。
「わ、私は停電が起こったあと、と、とりあえず月の涙のガラスケースにずっとしがみついてじっとしていました。
で、でもそうしたら……いきなりし、新堂さんが私の胸を後ろから触ってきたんです。
ちょっと触れただけだと思うんですけど……それにビックリしちゃって声を上げたんですけど……
と、とにかく、それ以降もずっとしがみついていました」
「胸……ですか」
「そ、それがどうしたんですかぁ!」
顔を真っ赤にする。
「あなたは最初から暗視ゴーグルをつけていなかったのね?」
「ま、間違いないです……か、確証は……持てませんが……」
「では停電中に気づいたことは何?」
「気づいたこと……そ、そういえば!」
突然声を大きくした。
「停電中に、何かウインウインといった音が聞こえました!」
「音……?」
「月島巡査。これを見て」
水無月が指さしたのは、カイリキーの彫刻だった。
「ま、まさかまたこの彫刻に興味が……?」
「ち、違うわよ!あながち間違ってないけど……じゃなくて……さっきと変わっているところがあるでしょう?」
カイリキーの彫刻は、ボディビルダーのように2本の腕で力こぶを作るようなポーズで止まっていた。
「ん……?」
確かに妙だ。
「……」
この彫刻を見つめる、水無月の視線が。
「……あ、いや!その……って私の方ばかり見るな〜!」
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ!
「わ、分かりました!分かりましたからどこかのス○ープ○チナはやめてください!」
その後、じっと見つめる水無月。
「……時は止められないわよ」
「いでで……そこ広げなくていいです……!」
「で?わかったことはあるわよね」
「はい。先ほどと……ポーズが違いますね。それに……」
月島は彫刻の背中についている傷を見た。
「……何か、穴のようなものが付いていますね」
その傷は、12個ついている。しかも下の方についている傷は、縦に伸びていた。
「これは何を意味するのかしら……」
「……あの。俺の感じた違和感。そろそろ話していいですか?」
うん。と頷く水無月。
「いや、停電中に首を絞められて殺害されたところを、どうして新井さん以外が見えていないのか。ということです。
それに……俺の推理が正しかったら……」
「……これを見て」
水無月は、あるメモを見せた。
館長「おい!どうした!」
新井「停電です!ブレーカーが落ちたのかどうか、原因はまだわかりません!」
館長「バカな!?怪盗ゲッコウガの犯行予告まで、あと2時間はあるぞ!」
新堂「いで!足踏むんじゃねえよ!」
水無月「みなさん落ち着いて!しばらく経てば、目も慣れてくるはずよ!」
福本「きゃあ!どこ触ってるんですか!」
?「おい、お前何をしているんだ!やめろぉ!」
新井「ま、まず暗視ゴーグルのスイッチをオンにしよう!」
月島「俺たちはつけてないですよ!」
福本「な、なんです!どうなってるんですか!?」
火川「みんな落ち着け!とりあえず素数を数えるんだ!」
月島「どこの神父ですかあんたは!」
「先ほどの事情聴取から、全員の声を分けて書いてみたの。内容は細かく違うかもしれないけど、話している人物は間違いないはずよ」
「え……じゃあこの、<お前何をしているんだ!やめろぉ!>という声は……」
「えぇ。殺害された奥寺さんで間違いないわ」
つまり奥寺は、暗闇の中で誰かが自分を殺害しようとしているのを見ていた……?
「でも、目の前が見えないほどの暗闇です。つまり彼は暗視ゴーグルを付けていたんですよね?
……ですが、遺体には暗視ゴーグルは付いていなかったはずですよ」
「それが怪しいのよね……あ、火川警部補。戻ったのね」
火川が走ってきた。
「ふふふふふ……」
「な、どうしたんですか火川さん」
「それがねぇ。館長の証言を聞いて、俺犯人が誰かわかっちゃったんだよねぇ」
「本当?」
水無月が顔を近づける。だが月島は、こんな時火川がどんな推理をするかわかる。
「……あぁ間違いありませんぞ。犯人は……怪盗ゲッコウガだ!」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「怪盗ゲッコウガは月の涙を盗もうとしてついうっかり奥寺さんに見つかってしまった!
そこで彼は口封じのために彼を殺害!月の涙を奪い!華麗に逃走したんだ!」
「……」
月の涙のガラスケースを指差す月島。
「口封じのために殺害し!月の……涙を……う……ば……」
「われてませんが」
「……と、とにかくこれは怪盗ゲッコウガの」
すると水無月は鋭い眼光を放ち、
「ふざけているつもりなら、そろそろやめた方がいいわよ」
と、いらだちのまなざしを送る。
「……はい。すいませんでした」
「では、館長からどんなことを聞いたのか教えてちょうだい」
というが。月島にはそれ以上に気になることがあった。
「……(なんで水無月さんは、怪盗ゲッコウガの話で急に機嫌を悪くしたんだ……?)」
館長の証言はこうだ。
停電中は天井の赤外線センサーは正常通り作動していた。
しかしガラスケースの感度センサーは電気で作動するため、停電中は作動できなかった。
自身は部屋の角でおとなしく待機していたが、暗視ゴーグルをかけ、操作しようとすると、
なぜか暗視ゴーグルは正常に動作せず、その場から動くことができなかった。
展示室の外にいる警備員に確認を取ると、展示室の外は停電になっていなかったので、突入することはなかった。
カイリキーが作動する音は聞こえなかったが、空中で光るものが見えたという。
「空中で……光るもの?」
「あぁ。間違いない。あの館長が言っていたんだからな!」
「いやどの館長かわかりませんけど。そうだ。そろそろ全員分のモンスターボールを確認……」
だがその時だ。
「あの!月島先輩!」
「日野?」
日野が現れた。
「奥寺さんの懐から……こんなものが!」
それはバチュルの入っていたモンスターボール。
バチュル 親:はじめ 技:でんじは むしくい エレキネット きりさく
「もしかしたら、館長が言っていた光っていたもの……その正体はこれだったのかも」
「ありえない話ではないわね。バチュルはポケモンの中で最も小さなポケモン。……だけど……」
「だけど……どうしたんですか?」
「エレキネットで首を絞めたとするのなら、糸は光ってそれなりに糸は目立つはずよ。
それなのに誰にも見つからずに、犯人は奥寺さんを吊り上げられるものかしら」
それを考えると……確かにそうだ。
空中で光るもの……つまりバチュルが見えていたというのなら、バチュルがエレキネットを出しているのも見えたはずである。
「や、やっぱりこれは怪盗ゲッコウガが……」
「……」
「やってません!すいません!」
と、その時……
「!?」
ゾロ子の入ったモンスターボールが揺れだした。
「……すいません。ちょっとトイレ……」
「まったく……早く行ってきなさいよ」
トイレに行き、ゾロ子を出す。
「もう!どうしてこんなに焦らしてきたの!?」
「だからお前を焦らすほど俺お前に思い入れねぇから!いや、思い入れというか感謝はしてるけどさ……
とにかく、お前はもう事件の謎わかったのかよ」
「……いや、もう少し聞かせて?」
月島が粗方話すと、ゾロ子は……
「ねぇ和也。ひとつだけ確認したいことがあるんだけど」
「逃がす」
「むぅ、そうじゃなくて……和也はカイリキーの彫刻に対して、前方に立っていたのね?」
「あぁ。俺も含め館長さん以外全員カイリキーの彫刻から前に立ってたぞ。だから館長さんしかあの光を見てなかったらしい」
ゾロ子はこくりと頷くと……
「……」
「な、なんだよ」
「あんたは何も見えてないじゃない。もしかして怪盗ゲッコウガに視力を奪われたとか?」
「はい逃が〜す!」
「えぇ!?いつもの小芝居は〜〜〜!?」
ゾロ子は大きくうろたえた。
「俺だってそりゃ気分を変えたいわ!んでたまにはお前をぎゃふんって言わせたいわコノヤロー!」
「……ぎゃふん」
「そういう意味で言ったんじゃねぇよこのそれいけアンポンタン!」
「アンポンタンは〜君っさ〜♪って!何言わせんのよこのアンポンタン!」
で、結果いつものように言い争う。
「待て!少なくとも俺がアンポンタンなんて嘘だろ!そもそもお前や火川さんより……」
で、そしていつものように、
「……嘘?」
閃く。
「嘘……なるほどな。つまり俺は誰かの嘘に騙されてたのか……」
「そういうこと、和也。ここから長くなるけど、よく聞いてね」
ゾロ子は月島に、丁寧に説明をする。
時計の針は、7時を指していた。