事件編
年が明け、1月も中旬に差し掛かる頃。
「……またか……」
最近世を賑わせている事件がある。
怪盗ゲッコウガ 今度はエイセツシティに出没!
千年氷の結晶を奪い、華麗に逃走!
怪盗ゲッコウガ。
去年のちょうど、マスターハイスクール事件の頃から現れるようになった強盗……の、ようなもの。
ゲッコウガのように神出鬼没で、現れては宝を奪って消える。
ただ強盗とは違い、奪うのは獲物(宝の事)だけで、人の命は決して奪わない。
しかし素性は、年齢、性別、国籍、すべてが謎。
噂では奪ったものを換金し、貧しい地域に住む人物に分け与えているらしい。
そして、怪盗ゲッコウガの出没する現場には、あるものが置いてあった。
ファンタスマゴリア・ブルー
○○ は いただきました
怪盗ゲッコウガ
と、書かれたカード。
それを最近、ミアレ署は動向を調査している。
「でも……かっこいいよね!怪盗ゲッコウガ!」
目の前にいたゾロ子の声で、月島は我に返った。
「いやゾロ子、俺にしちゃ、勘弁してくれってレベルなんだよ。
あいつのせいで、俺はクリスマスを棒に振ったんだぜ……?やってらんないよ」
そう、怪盗ゲッコウガがやってくる。そう聞いたミアレ書は、全力でその野望を防ごうとした。
それがクリスマスイブ。
しかし怪盗ゲッコウガには宝をまんまと盗まれ、警察の威信は下がるばかり。
そして始末書を書く。それがクリスマス。
ついでに言うと大晦日も、怪盗ゲッコウガのせいで棒に振ることになった。
怪盗ゲッコウガのカードを見つけた瞬間……
「明けましておめでとうございま〜す!」
巨大なオーロラビジョンで、アイドルが叫ぶ映像が流れた。
冗談じゃない。
俺は大晦日は、家で「怒ってはいけないシリーズ」を見ると決めているんだ。
ビデオデッキが壊れている今、兄に録画を頼んだものの……
「え?僕はあかしろ歌合戦を録画しないと、いつ<おれんじいろスペーダー5>が出るか、分かったものじゃないからね」
「……ちくしょ〜!俺の年末年始ライフを返しやがれ〜〜〜!」
「ちょっこら!声大きいっての!給湯室にあたしがいることがバレるでしょうが!」
「てかその声もうっせ〜!」
「ひうぅ!月島先輩!」
日野の声で我に返る。ゾロ子は一瞬でゾロアークに戻った。
「ご、ごめん……どうした日野」
「じ、実は、火川さんが呼んでるんです……」
「え?」
「怪盗ゲッコウガ、ですか!?」
「あぁ。間違いない。今回もこんな脅迫状が届いているんだ」
火川は、そのカードを手渡した。
ミアレ美術館で限定公開されている
月の涙 を いただきます
ファンタスマゴリア・ブルー・ショーの始まりは、PM8時から
〜怪盗ゲッコウガ〜
「お・の・れ!怪盗ゲッコウガぁ!今日という今日は許さんぞぉ!」
「もっ……燃えてますね。火川さん」
「あ・た・り・ま・え・だ・の!クラッカー!世の中のものを盗もうなぞ、この俺の黒が目のうちは許さん!」
「目が黒いうちは、です。と、言うかやたら張り切ってますけど」
月島がシラケた目で見る。
「クリスマスイブとクリスマス、奥さんと一緒にジョウト地方のエンジュシティに有給を使って旅行に行ったのは何川さんでしょうか?」
「!?」
「大晦日、アイドルのカウントダウンライブがあるとか言って、そこでも有給を使ったのは誰ですか?」
「……」
じぃ〜っと見る月島と日野。
「……えっと……月島」
「はい」
「怪盗ゲッコウガについて、詳しく教えて?」
「ググれ!行数がもったいないから!」
一方その頃……
「君には少し退屈なミッションかも知れないが、これも本庁からの依頼だ、悪く思わんでくれ」
「いえ、私に選択の余地などありません。私はただ、本庁の命令に従うのみです」
「では、情けないミアレ署の代わりに怪盗ゲッコウガの確保、および場合によっては彼らの粛正。……頼まれるかね?」
そう言われると、その女性はビシッと敬礼をした。
「仰せのままに」
その女性がミアレ署の中に入ると、そこへ日野がやってきた。
「……すいません」
「え?」
女性が日野を呼び止めると、日野は「何か?」というような顔をした。
「この署の会議室までの場所を、教えて欲しいのだけれど……頼まれてもらえるかしら?」
「……」
日野は、女性をまじまじと見つめる。
きりっと決まった婦警の服に、長く伸びるしなやかな黒髪のポニーテール。
そして……どこか近寄りがたい雰囲気。
「わ、分かりました。こ、こちらです……」
「……」
まごまごする日野を見て、女性は少し苛立っているようだった。
「ご、ごめんなさい!わ、私昔からこんな感じで……」
「日野 彩菜さん。あなたがそのようでは、捕まえられる犯人も捕まえられないわよ」
「え……どうして私の名前を……」
「警視正たるもの、自分が配属される署の人物の名を押さえることは当然のことよ。さ、早く案内して」
警視正!?と、大声を上げそうになったが、その女性の無言のプレッシャーにより言いよどんだ。
で、会議室の前。
「こちらが会議室です」
「失礼します」
ガチャ……
「だ〜か〜ら〜!怪盗ゲッコウガは必ず犯行後、カードを入れておくんです!もうこの説明22回目ですよ!」
「そ、そうか……で?今回狙ってる獲物はなんだっけ?」
「だ〜か〜ら〜!それも何回も言ったとおり……」
月島がまるで子供のように腕を大きく振りながら火川に説明している。
「……」
「そもそも火川さん!あなたは俺の話を聞く気ありますか!?」
「あるといえば嘘になる」
「じゃあないじゃないですか!」
「だって所詮は強盗だろ?俺たちが気にする必要ないない。ほかの場所から応援をもらえば……」
不毛な言い争いが続いていた。
「……あの……」
「なってないわね。あなたたちは」
入口の方を見ると、見知らぬ女性が立っていた。
「警察官としての警戒感、市民を守るという正義感。それらがまるで欠如している。
あなたたちは警察官失格……と、なるわよ。このままでは」
「き、貴様!何者!」
火川が食ってかかろうとするが……
「……!?」
月島は、その女性のある場所に注目し、
「失礼しました」
と、片膝を付いた。
「何を言っとるか月島〜!見ず知らずの女に俺たちは馬鹿にされたんだぞ〜!」
「……」
月島は、彼女の肩についている肩章を、見たことがあるからだ。
「……火川警部補。少し血が上りすぎでは?」
「そりゃそうだろ!こんなに馬鹿にされて、怒らない方がおかしい……」
「……」
月島が火川をツンツンと指で突いたあと、
「……」
女性の肩章を指差す。
「……え?」
それを見た火川は……
「あ〜……あ〜。月島君。お茶を入れたまえ」
「……」
「私は水無月 凛(みなづき りん)。階級は警視正です。
本日付で、本庁よりこのミアレ署の配属となりました。以後、よろしくお願いします」
ビシッという音が聞こえそうな、お手本のような敬礼を見せる。
「は、はぁ。よろしくお願いします」
「あ〜月島君。彼女にお茶はまだかね?」
「そんなに言うならあなたがいれてくださいよ」
「月島巡査」
独特のプレッシャー。はいっ!とつい大声で言ってしまう。
「警察において、階級は絶対よ。おとなしく火川警部補の言うことを聞いておいたほうがいいと思うけど?」
「……」
「反論があるなら言いなさい」
キッと、水無月の目が月島に光る。
「は、はい……」
給湯室に向かおうとする月島。
「あ〜ついでに、俺の分も入れてきてくれたまえ。あとそれが終わったら水無月警視正の肩揉み。そして俺の……」
シュッ!
「ひぃ!?」
水無月の右ストレートが、火川の顔のすぐ前で止まる。
「そしてあなたは調子に乗りすぎよ。権力を傘にした過度な命令は、あなたの身を滅ぼすきっかけになるわ」
「……す、す、すいません……」
「……」
流し目で見ていた月島は、
「(なんだ、常識人で良かった……)」
と、胸をなで下ろす。
3人で茶を飲みながら、水無月の話を聞くことに。
「私が本庁より、このミアレ署に配属された理由は、最近世を騒がせている怪盗ゲッコウガのこと。
彼……もしくは彼女をなんとしても捕縛すること。それが私の目的よ」
「でも、それだと本庁からこの署に配属される理由がわからないのですが」
「奴の出没場所よ。ここ最近、ミアレシティを狙う犯行が多いでしょう?
だから本庁の警視総監や副総監は、この場所への配属を任されたのよ」
「なるほど……」
すると火川は、
「ならちょうどいい。今夜、ミアレ美術館に奴の犯行予告が届いたのです。ほら、このとおり」
犯行声明のカードを水無月に見せた。
「月の涙……ミアレ美術館で限定公開されている宝石のことです。名前は聞いたことがありますよね?」
「いえ、芸術物や宝石にはとんと興味がないの。……でも、奴が狙うものだから、そうとうな価値があるはずよね」
「えぇ。犯行の時刻は午後8時。……今夜俺たちは、張り込みを行うつもりです」
「では、その現場には私も向かうわ。来ていきなりの仕事だけど、大丈夫?」
はい。とこくりと頷く月島と火川。
「では今夜は、午後5時にミアレ美術館に集合しよう。もう怪盗ゲッコウガの好きにはさせん!」
「だからあなたは初対面でしょう……?とにかく、5時ですね。分かりました」
午後5時……
「……」
月島たちは、入ってまっすぐ展示室に向かった。
「ミアレ署の月島 和也です」
「同じく、火川 義弘です」
「同じく、水無月 凛です」
3人が敬礼をすると、展示室のドアは警備員によって開けられた。
「おぉ。よくぞ来てくださいました。ミアレ署の皆様」
館長が出迎える。
展示室の中は、諸外国の絵や彫刻など、高価そうなものが多数展示されていた。
「よくわからんものばかりですなぁ」
「火川さん。美術品を前によくわからんは禁句ですよ」
部屋の奥に案内されると、そこにはガラスケースに入った宝石があった。
「これが月の涙」
「はい。月の石の中からほんのひとかけらしか取れない最高級の宝石です」
光を吸い込み、消してしまいかねないほどの闇のような黒。
そして先がとがり、そこが丸みを帯びた形。
月の涙 と呼ばれるのもわかる気がする。何ともいえない気品が漂う。
月島は、思わず見とれてしまっている。
「ふ、ふむ。近くで見ると……確かに惹かれるものがあるわね」
ゴクリと唾を飲み込み、それを見つめる水無月。
「あの〜ついでに言うと……手に取ることは……」
と、火川がガラスケースに触った瞬間、
ウ〜〜〜〜〜〜〜〜!
「はれ!?え!?」
巨大なサイレンが響き渡り、警備員が続々と走ってくる。
カチャカチャカチャ!
そして一斉にバズーカ砲のようなものを構えた。
「ひぎゃ〜〜〜〜〜!死にたくな〜い!」
( ゚д゚)←こんな顔をして手をあげる火川。
だが水無月は冷静だった。
「落ち着いて火川警部。おそらく、捕獲用のネットバズーカよ」
「へ?」
警備員が静かにバズーカを下ろす。
「ミアレ署の方でしたか。まったく、気をつけてくださいよ」
「す、すすす、すまん。で、でも流石にこれはやりすぎじゃないのか!?」
「いえ、ここまでしないと怪盗ゲッコウガから月の涙を守れません故……」
館長はさらに天井を指差す。
「天井には無数の赤外線センサーが張り巡らされ、触れれば先ほどと同じくサイレン音が響き渡ります。
そして部屋の入口には暗視ゴーグルをつけた警備員を多数配備。念のため、月の涙の周りにも警備員を多数配備しておきます。
これで怪盗ゲッコウガがいつ来ても大丈夫。奪えるものなら奪ってみろって話ですよ!わっはっはっはっは!」
意気揚々と話す館長。
「……ご、ごめんなさい。ちょっと、お手洗いに行きたいのだけど……」
水無月がそう言った。
「え?はい。案内しましょうか?」
と、月島が言うが、
「いえ、私一人で行けるわ。気持ちだけ受け取っておくわね」
水無月は軽く手を挙げ、そう言い返した。
そしてトイレの個室で、水無月は、
「……」
懐に入れている怪盗ゲッコウガのカードをよく見た。
「変ね……」
「私……こんな犯行予告送ったかしら……?」
「戻りました」
水無月が戻ると、月島は館長と何やら話をしていた。
「では、この美術館にいる警備員全員が、暗視ゴーグルを装着しているんですね?」
「えぇもちろん!なんだったら、確認してもよろしいですよ?」
「いえ、よしておきますよ。今から全員分を確認したら、それこそ予告時間になってしまいます」
「月島巡査」
はい。と踵を返す。
「何の話をしていたの?」
「はい。怪盗ゲッコウガは、部屋の電気を落としたり、霧を使ったりしてものを奪うことが多いので、その対策を聞いていました。
電気は大丈夫なんですが、それ以外の視覚トリックに関しては展示物の都合上、対策は難しいようです」
「ふむ……つまり、霧を出されるとやっかいね。怪盗ゲッコウガというほどだもの。水を使った何かを使うに違いないわ。
月島巡査、あなたも注意して。人を殺めることはない怪盗ゲッコウガだとしても、油断してかかってはいけないわよ」
「はい!」
水無月の話を聞いていると、なんだか背筋が伸びてくる。
出来る上司というのはやはり格が違う。月島にはそう思えた。
「おぉ〜い」
そこへ火川の声が聞こえた。
「なんです?火川警部補」
「いや、この彫刻を見て欲しいんだけど……」
そこには、筋骨隆々としたカイリキーの彫刻。
「まるで、今にも動き出しそうじゃないか!素晴らしいだろう!」
「あ……ははは、そうですね……」
「特にこの胸筋。すんばらしいと思わんかね!月島く〜ん!」
「ははは、何言ってるんですか火川さん。彫刻ですもん動き出すはずが……」
ポチ。
火川がこっそり彫刻の下にあるボタンを押す。
「え!?動いたぁ!?」
「いや、ここのスイッチを押すと動くぞ。10秒ほどだがな。なんという新進気鋭の彫刻だろうか……」
「本当だ。説明書に書いてある。彫刻のタイトルは……<カイリキーよ大地に立て>?……変なタイトルですね」
ある程度動いたカイリキーの彫刻は、背中を向けて腰に手を当てているポーズで止まった。
「……なんというか、この館長は物好きなんでしょうか。ねぇ水無月さ……」
水無月の顔を覗き込むと、なぜか顔を真っ赤にしながら目を輝かせていた。
「水無月さん?」
「ふむ……この上腕二頭筋と肩甲骨の動き……これだけでごはんがいけそうね……軽く2杯は」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「い、いやいやいやいや!そそそ、そういう意味じゃなくて!てか何まじまじと聞いているのよ!聞き流しなさ〜い!」
子供のように両腕を振りながら怒る水無月。
「筋肉フェチなんですね。わかります」
「分からんでいい〜!」
ギュ〜〜〜!
「いでででで!何美術館の真ん中でコブラツイストしてんですか〜!ギブ!ギブギブギブギブギブギブ!ギブゥ!」
この瞬間、月島は悟った。
やっぱりこの人。正常じゃない。
プツン……
そう思うと、目の前が真っ暗になった。
「……ん?真っ暗?」
「何?停電?」
「と、とりあえず離してください水無月さん」
「あ、ごめん……」
慌ただしくなる展示室。
「おい!どうした!」
「停電です!ブレーカーが落ちたのかどうか、原因はまだわかりません!」
「バカな!?怪盗ゲッコウガの犯行予告まで、あと2時間はあるぞ!」
「いで!足踏むんじゃねえよ!」
「みなさん落ち着いて!しばらく経てば、目も慣れてくるはずよ!」
「きゃあ!どこ触ってるんですか!」
「おい、お前何をしているんだ!やめろぉ!」
「ま、まず暗視ゴーグルのスイッチをオンにしよう!」
「俺たちはつけてないですよ!」
「な、なんです!どうなってるんですか!?」
「みんな落ち着け!とりあえず素数を数えるんだ!」
「どこの神父ですかあんたは!」
様々な声が聞こえたあと、
パチン……
電気がついた次の刹那。
「いやああああああ!」
女の声で、悲鳴が聞こえた。
地面に座り込んだ男の視線をたどると……
「……!?」
天井にぶら下がる、警備員の姿がそこにあった。
体からは力がなく、足はゆらゆらとミノムシのように揺れている。
……見た瞬間。それは……絞殺だとわかった。