フィナーレ
月島が言い終えると、食堂の中を恐怖が支配した。
「……ほ、ほほほ、本当……なのか……?」
「全て事実だ。それに……」
「<本人に直接聞くのが一番だ>かしら?」
食堂の入口に、女は立っていた。長いコートを着て、姿勢をピンとしながら。
「……あぁ。その通りだ。……お前の負けだよ。影山 愛!」
「ふふふ……ふふふふふ……!」
「な、なんでここに……戻ってきたの?」
「犯人の行動パターンだよ」
月島が言う。
「おそらく影山は、偽物の青葉さんを使うことで、俺たちの状況を探っていたんだ。
最初に赤井君の部屋のドアの建て付けを悪くしたのは、そこに青葉さんの偽物を駐在させ、俺たちの動向を掴むため。
あらかじめ赤井君のドアの建て付けを悪くし、そこに人を近付かせないようにしたんだよ。
そして影山は、定期的に連絡を取り合うために、この宿舎と、校舎側を行き来していたんだ。
校舎側から冷静に宿舎側に移動した俺たちを見て、おそらく事件に感付かれたと思ったんだろう」
「ピンポンピンポ〜ン!だ〜いせ〜いか〜い♪」
影山はせせら笑いながら、そう言った。
「教えろ。お前がここまでして、なぜ俺たちを人間不信に陥らせたかったか」
「う〜ん。簡単に言うと〜、コルニ……あの悪魔への復讐?」
「悪魔?」
あはは、と笑いながら話を続ける。
「だって、あいつのせいでパパ、仕事をやめちゃったんだもん。あいつはパパから何もかも奪ったんだよ?
卒業試験なんて反対だ。特別学科なんてもはや不要だ。なんて言ってね」
「あのメールか」
シャラシティマスタースクール学園長殿へ
あなたは一体、何を考えておられるのです?
すでに特別学科の役割は一通り終了し、これ以上の躍進は不可能なはず。
それに、最近になっての貴方の行動……
まるで、特別学科の卒業試験のために、子供たちを閉じ込めようとしているのでは?
そういった閉鎖空間で、卒業試験などできるはずもないでしょう。
あたしの特別学科試験の際も、それは同じでした。
あたしを含む全ての人物が脱落し、トレーナーとして歩む道を諦める人物もいました。
貴方の行うことは、もはや悪魔の所業としか思えません。
反論があるとするならば、即刻返信をお願いいたします。
シャラシティジムリーダー コルニ
「なぁにが悪魔の所業よ!あんなもん耐えれないやつのほうが悪いっての!
せっかくパパ直々に選んでるんだから、それぐらい耐えて当然でしょ?
トレーナーとして歩む道を諦める人間もいたなんて、んなもんあたしたちには知ったこっちゃないっての!」
「それで、その原因を作ったコルニさんに復讐しようと思ったのか」
「ビンゴ入りました〜♪じゃああんたばっかり質問してるから聞くけど、あたしがどうして影山 愛ってわかったの?」
まっすぐ影山の方を見て言う。
「……お前が赤い目をしていたこと、そして、お前がコルニさんと同じ身長だったから。
第3回の被験者リストに、お前の顔がはっきりと写ってたんだよ」
「まぁそうなんだけどね〜。あたしがあの悪魔に変装して、みんなをここに閉じ込めたってわけ!あたしの妹も使ってね?」
あたしは妹に相談を持ちかけたの!パパが失職する原因を作った、あの悪魔を二度と再起できないようにするってのはどう?って。
そしたら妹、なんて言ったと思う?
「……わかった。お姉ちゃんの……いう事なら」
あっはははは!まるで首輪をつけられた飼い犬みたいよね!あたしの言うことに尻尾を振るなんてさ!
で、あんたの言うとおり、あたしはその妹を監視役にして、あんたたちの動向を見張ってたってわけ!
先に言うけど、宿舎の部屋の建て付けを悪くしたのは、かつての卒業生だかんね〜?
そいつがハンマーか何かを使って、無理矢理ドアをこじ開けたから建て付けが悪くなっちゃった〜。
でもあたしにとっては好都合だよ!それに、建て付けが悪いことを赤井ちゃんが言ってくれたからね〜。
本来はあの空き部屋を利用するつもりだったんだけど、おかげで建て付けを理由に絶好の隠れ場所が出来たんだよ!
で、あんたたちはあの悪魔に変装させられた青葉ちゃんをみて、まんまと踊らされてくれたってわけ!
あんな妹が書いたきったない字の手紙を信じてバカな緑川ちゃんは赤井ちゃんに殺されるし。言うことなしよ!
で、あたしは最終的にその妹を食堂に呼び出して……
「ごめんね、いきなり呼び出して」
「うん。大丈夫。それよりお姉ちゃん……気になることがあったんだけど……」
「何?言ってごらんよ」
「青葉さんのもともとの部屋が、ずっと鍵が閉まったままなの」
んなことどうでもいいっつの!青葉ちゃんはあたしが殺したんだから、当たり前だっつの!
「……妙ね」
「誰かが居るのかもしれない……注意して」
「ふうん。ありがとう。ご苦労様。ゆっくり休んで?」
「うん」
で、妹が背後を向けた瞬間……
「永遠に、ね?」
ドッゴォ!
「あぁ、なんてかわいそうな子!あたしに利用されるだけ利用されて、用済みになればこんなふうに殺される!
まさに悲劇のヒロインって感じがしない?助演女優賞ノミネート間違いなしだっての!」
「……そんな理由で……お前は……!」
「あとお前っていい方やめてくんない?いい加減腹が立ってきたから、もう終わっちゃうよ?」
「終わる……?」
コートをばさっと翻すと……
「じゃじゃじゃじゃ〜〜〜ん!」
「!?」
その裏には、大量のダイナマイトが貼り付けられていた。
「ご刮目くださ〜い!こちらのダイナマイト。全て本物で〜す!なんだったら試してもいいよ?今すぐ」
影山はこれ見よがしに、そのダイナマイトのスイッチらしきものを見せつける。
「しょ、正気の沙汰とは思えん……!冥府の王ゲンちゃんが見ても、きっと怯えるに違いない……!」
「ふ、ふざけすぎだって!そんなもん爆発したら……あんただって助からないっしょ!」
「え?元からそのつもりだよ〜?」
その言葉を聞いて、月島は戦慄した。
「だぁって、あたしの目的は、あんたたちに散々殺し合いをさせたあと、自殺すること。だもん。
それであいつに全部の責任を押し付けるの!<あいつが無茶を言ったから、生徒たちは殺し合いをしちゃいました〜!>ってね♪」
「……そ、そんな……めちゃくちゃや……この人……」
「だっだったら!」
赤井が歯を食いしばりながら言った。
「そんなことをするんなら、コルニさんだけを狙えばよかったはずだよ!」
「あ〜あ。今度は自分が助かるならコルニさんを狙えばいい。か。君には本当に失望したよ。赤井君」
大樹が言う。
「キンキン声で言われても困るから僕が言うけど、コルニさんを殺してしまったら、コルニさんが絶望しなくなるからでしょ?」
「そ・の・と・お・り♪あいつには<絶望に絶望を重ねて、それで二度とトレーナーとして再起できないようになって……
そのまま誰にも関わることなく老衰して死なせてあげる権>をあたしが送っちゃいま〜す♪」
「あぁ。嫌な予感というのは当たるものだね」
「ちなみに……もう一箇所ダイナマイトを大量に仕掛けている場所がありま〜す!このスイッチはそことも連動しちゃってるから、
あたしがポチってしたらこの学校もタダじゃおかないで〜す!
パパの忘れ形見だけど、しょうがないよね〜。だって、全てはあの悪魔が悪いんだもん。
あたしはここで死んでから、後を追って自殺するであろうパパにう〜んと慰めてもらうの!」
狂っている。
これはどう転んでも、絶望だ。
他人を滅ぼすためなら、自分の命ですら厭わない。
他人を滅ぼすためなら、自分の家族ですら殺しても構わない。
影山は笑ってはいたが、その目は……
「あはははははははははははは!あはははははははははははは!」
まるで殺戮マシンのようだった。
もう何もできないのか……?月島は歯を食い縛る。
「……果たしてそううまくいくかしら」
「!?だ、誰!?」
「!?」
突然、どこかから声が聞こえた。
「貴方の敗因を、教えて欲しいかしら?偽コルニ」
「敗因……な、何言ってんの?あたしは勝者よ!」
「いえ、敗者よ。……あなたのたったひとつの致命的なミス。にね」
「はぁ!?そもそもあんた誰よ!姿を現しなさい!」
するとその声は……
「テレビをつければ、誰が勝者で誰が敗者か……一目瞭然よ」
「テレ……ビ……?」
「いや、テレビはつかないはずだ。俺が確認済み……」
しかし食堂のテレビは、簡単についてしまった。
するとそこには……
「!?」
画面いっぱいに写る、金城の姿があった。
「……カメラさん、少し近いです」
そして、どれだけ力を込めても割れなかったガラスに、大きな穴があいていた。
「な、なぁんなのぉ!?」
「……貴方のたったひとつの致命的なミス……それは……」
そこにコルニも写りこんだ。
「金城さんや、ほかの人から携帯電話を取り上げなかったこと。らしいよ?」
さらに……
「月島先輩!」
日野まで映り込む。
「大丈夫です!爆弾処理班の探索の結果、体育館の倉庫に積まれていた爆弾、全て押収しました!」
「……」
状況が飲み込めなかった。
・
・
・
時は少しさかのぼる。
体育館にやってきた金城とコルニは、真っすぐに体育館の倉庫に向かった。
「!?」
そこに大量のダイナマイトが仕組まれていた。
「やはり、そうだったみたいですね」
金城はカイリキーの肩に乗せられている。筋肉が隆々としているが、乗りごごちはなかなか悪くない。
「で、でもどうして……!」
「犯人の目的はおそらく、今回の事件をこの高校の卒業生で、今もシャラシティにいるあなたに責任を押し付けること。
そのために、彼女は爆弾か何かを利用して、この建物ごと私たちを道連れにする気だったのでしょう。
大量の爆弾を誰にも見つかることなく、保管しておける場所は、事件が起こってからずっとロックされているはずのここだと思いました」
「あたしを……そんな……」
「コルニさん。あなたは何も悪くありません。あなたはむしろ、この学校の生徒たちを助けようとした……
私は、そう思いますよ。確証は持てませんが……」
もう大丈夫。とカイリキーの頭をさすり、金城は地面に降りた。
「でも……どうするの?金城さん……ここから脱出できないなら、あたしたちまで巻き込まれる……」
「その必要ならありません。犯人はひとつ大きな。いえ、大きすぎるミスを犯していますから」
金城は携帯電話を取り出した。
「携帯電話!?」
「犯人は私たちから、携帯電話を取り上げていなかったんです。それもそう。生徒たちだけならまだしも、私たちまで携帯電話を取り上げたら、怪しまれるはずですし。
犯人はおそらく今、和也さんたちが追い詰めているはず。今がチャンス。そう思いましてね」
金城たちは体育館を離れ2階にやってくると、そこで電話をかけた。
「……はい、もしもし……」
その相手は、日野だった。
「日野さん。金城です」
「え!?金城さん、どうしたんですか!?」
「今から言う言葉を、落ち着いて聞いてくださいね」
話を全て終えると、日野は怯えている様子だった。
「ふえぇ〜!じゃ、じゃあどうするんですかぁ!?」
「簡単なことです。特殊急襲部隊(SAT)の派遣と、このカロス地方のテレビ局に協力を仰いでください」
「で、出来るでしょうか……?私に……出来るでしょうか?」
するとコルニが、電話を代わって。というように手をこまねく。
「……全ての責任は、あたしが取るよ」
「ええぇ!?あなたは?」
「コルニ。シャラシティのジムリーダー。そしてあたしも……今回の事件の被害者。
シャラシティで権力を持ってるあたしが言うなら、間違いなく事件は嘘ではないってわかるはずだから。
そのあとの責任は……あたしにまかせて。お願い。時間があんまりないの、急いで」
「……分かりました!大至急取り掛かります!」
電話を切ると、コルニはふぅと息を吐いた。
「コルニさん……責任は私が取るって……あなたも被害者なはずですよ?」
「……この学校の学園長の暴走を止められなかった、あたしにも多少は責任があるの。……というより、責任を……果たしたいの」
・
・
・
案の定コルニの力で、SATの突入、そしてテレビ局の電波ジャックを迅速に行うことができた。
「……この事件がハッタリなどではないということは、あたしが保証します。
この学校に閉じ込められ、今命の危機にさらされているトレーナーの芽たちを、あたしは黙って摘ませる訳にはいかない……
そのために、このように電波ジャックをしてまで、みなさんの前に現れることをお許し下さい。
あたしは……このあと、いかなる責任もとるつもりです」
目を閉じながら言うコルニ。
その映像を無言で見ていた月島。
「だとさ。どう思う?影山」
「……な……ななな……なによ……なぁんなのよおぉぉぉ!」
頭を抱えながら絶叫する影山。その顔にもはや、生気はなかった。
「お前の計画も、お前の歪んだ夢も、全ては粉々に打ち砕かれたんだよ。お前の犯したミスによってな。
何がブラッド・ハイドレイゴンのゼツボウサーカスだよ。
言ってお前はモノズにもなれねぇよ。そんなはりきりを、違う方向に向けるお前はな!」
「ううう……う、うぅぅ……!」
すると影山はむくりと立ち上がり……
「えぇ。そうね……」
目をぎらりとむけ、こう言った。
「なぁによ……みんなみんな……あいつの偽善にだまされて……まさに絶望だっての。
そんな希望もクソも何もないこの世の中なんて、生きるだけ無駄だっての!」
「おい、バカ、やめろ!」
「どうせあいつの言うことしか信じないような奴の顔なんざ、見たくもないっての……こんな人生やってられっか!」
そして再び、絶望に満ちた瞳を見せ、
「あいつの偽善にだまされながら、偽物の希望を胸に生きていきゃいいだろ!このアホどもが!」
スイッチに手をかけた。
「あぁ……なんか不思議な感じ……!なんというか……絶望に満ちた感じ……!クセになりそう……!
うふふふふ……あはははは……!あ〜っはっはっはっはっはっは!」
「ふ、伏せろ!」
「あ〜〜〜〜〜っひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ〜〜〜〜〜!」
ポチ……
カッ……!
しばらく、耳が聞こえなかった。
もうもうと黒い煙が食堂を覆い、焦げ臭いにおいが周囲に立ち込める。
「……さん!和也さん!しっかり!」
「……ん……」
目を開けると、そこには金城がいた。
「……金城……さん?」
「よかった……無事だったんですね」
あたりを見回すと、壁がぼろぼろと崩れ落ち、影山がたっていた場所には、何も残っていなかった。
「……そうか、あいつが……」
辺りを見回すと、大樹が物言わず倒れていた。
「あ、兄貴!」
「大樹さん!」
駆け寄る二人。しかし大樹はびくりとも動かない。
「兄貴!兄貴!しっかりしろ!兄貴!」
体を揺らすが、全く動かない。
「……兄貴……!兄貴ぃ!」
「……」
月島の脳裏に、幼い頃の兄の姿が見えた。
いつだって自分より優れていて、いつだってどこか少しこちらを弄ぶ節があって、
いつだって、自分を気にかけてくれた兄……
「兄貴……兄貴ぃ〜〜〜!」
大声をあげる月島。金城はその様子を、遠くから見守っていた。
そして……
「ぐが〜……すぴ〜……」
「へ?」
「ぐが〜……すぴ〜……」
大樹は、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「……ん?……あぁ、和也。金城さん。……どうしたの?そんな怖い顔して……」
「……」
「いっそそのまま死ね〜〜〜〜〜!」
と、大樹の首を絞めながら言う。
「ダメです和也さん!事件解決後に犠牲者が出るなど、意味がわかりません!」
3日後……
「……で?取り調べはどうなんだよ。兄貴のとこには結構状況とか入ってくるだろ?」
月島は、通勤途中で電話をかけていた。
「うん。赤井君は容疑を全面的に認めてるよ。取り調べはスムーズに進んでるみたいだね。
それに、コルニさんも、しばらくの間ジムリーダーを休業する形で、責任を取ることが出来るそうだよ」
「あぁ。テレビで言っていたな。……それにしても、誰も得しない事件だったな……黒幕は死んじまうし……」
首を横に振ったあと、話を続ける。
「で?兄貴。なんであの時あんな嘘をついたんだよ」
「え?何の話?」
「ブラッド・ハイドレイゴンが、生粋のロシア人って話だよ。生粋のロシア人なら、英語も書けないはずだろうが」
「あはは。バレちゃったか。何、赤井君にあれ以上の反論の余地を与えないようにするため。だよ。
大体和也も分かってたんなら、今更いうこともないんじゃない」
まったく。と腕組みをしながら電話を続ける月島。
「ねぇ、和也。ところでさ……」
大樹が神妙な面持ちで言う。
「どうして影山さんは、父を残して、妹と一緒に死んだんだろう。父親が孤独になってもがき苦しむっていうことは、想像できなかったのかな。
今回の事件が仮にうまくいったとして、絶望するのは、コルニさんだけじゃなく、彼女の父親もそうなるはずだよ」
「……」
「和也は……どう思う?」
「……さぁな」
信号が青に変わった時、月島は一歩踏み出すと同時にこう言った。
「人を殺すような奴の気持ちなんて、分かりたくもねぇよ」
その言葉を聞いた大樹は、ニコリと笑い、
「あぁ、そうだね」
カップに入ったホットコーヒーを、ゆっくりと口に運んだ。