ヒトスジノヒカリ
食堂にやってきた二人。
4人は意外にも落ち着いていた。
もしかすると、この状況に慣れてきてしまったのかもしれない。
だとすると、これはこれで由々しき事態だ。
「……みんな、一歩も出てないね?」
「はい。間違いないです。……ただ……」
「ただ?」
食堂に建てつけられているエアコンを見ながら、赤井は……
「このエアコン……なぜかタイマーがセットされていたんです」
「タイマー?」
「宿舎が暗黒の渦に飲まれる刻……そのちょうど同じくらいだ」
「午後6時58分……か。僕たちがここにやってきたのはその2分後くらいだね。……その間、誰か部屋から出た?」
赤井と黄山、そして黒木が手を挙げる。
「と言っても、僕は何が起こったか分からなくて部屋を出ただけなんだけど……」
「廊下まで真っ暗だったから、何かに捕まらないと移動できないくらいだったんだな」
「あたしは……刑事さんたちと出会ったからわかるよね?」
顎に手を添える大樹。
「停電の引き金になったのは、おそらくここのエアコンだろうね」
「え?引き金……?」
「赤井君たちは知らないだろうけど、脱衣所にはドライヤーが、強の状態で2台置いてあったんだ。
おそらくそれを使うことで、この宿舎を電気の使いすぎの状態にしたと思うんだ」
事実、あの停電は早く復旧した。
ブレーカーが落ちたとなると、あそこまですぐに復旧するのは少しおかしい。
つまり電気の使いすぎによって、あの停電は引き起こされた。
だが、月島にはどうも引っかかることがある。
「もし、電気の使いすぎだとして……本当にエアコンとドライヤーだけでそんな状態になるだろうか?」
「……それは僕も思ってたよ」
金城が書いた、宿舎の見取り図を再び広げる。
「この宿舎にあるのは、倉庫、食堂、トイレ、そしてそれぞれの個室のみ……
みんなの個室で一斉に相当な電力の負担をかけないと、ブレーカーを落とすのは不可能だと思うよ」
「倉庫には、何もなかった?」
「なかったよ。食堂に寄る前に少しだけ寄ったけど、ダンボールが無造作に置かれていただけだった」
すると柴山が……
「そういえば……」
「?」
「先ほど厨房を調べたのだが、厨房にも備え付けられたエアコンがあったんだ」
確認のため厨房に向かうが、
「ん〜……」
「どうだ?」
「残念だけど、タイマーはセットされていなかった」
「そうか……我ながら惚れ惚れする推理かと思ったのだが……」
そもそも推理じゃなく推測だ。
「えっと……つまり、この停電を犯人が起こして、緑川を殺した。そう言いたいのね?」
「その犯人は白戸っちに決まってるんだな。間違いないんだな」
「それはどうだろうか?」
やはり犯人は白戸だ。そう思う一行に、月島が反論。
「犯人が白戸さんだというなら、彼女はなんで、自分の部屋に緑川さんを呼んだんだ?
自分が犯人ですって言ってるようなもんだし、そもそも彼女が包丁を持っていることが明らかな以上……
彼女に呼ばれたからといって、おめおめ向かう人物はいないはずだぞ」
「では、発想を転換してみましょう。緑川さんが<白戸さんが部屋に呼んだ人物>ではなく、<白戸に部屋にいるように言った人物>と」
「!?」
食堂の入口に、金城がいた。傍らには白戸もいる。
「白戸さん!?」「白戸!」「白戸っち!?」「白戸!」
一様に騒ぎ出す4人。
「今の話、どういう意味です?」
「読んで字の如くです。緑川さんは、白戸さんを部屋に閉じ込め、彼女を殺害しようとした。と」
「なっ……!つまり、白戸さんは加害者じゃなく……被害者だって言いたいのか?」
こくりと頷く。
「その証拠だってあります」
金城は、包丁を見せた。
「これは彼女が朝部屋に持ち帰った包丁。そしてこちらが……彼女が手に握っていた包丁です。
どちらも鋭利ではありますが、刃先の長さが少しだけ違います」
血まみれの包丁の方が、若干刃先が短かった。
「確かに、厨房の包丁はなぜか2本なかったな」
「つまり犯人は、白戸さんではない。そう思いませんか?」
「でも」
黒木が立ち上がる。
「あたしたちは停電が起こるまで、ずっとずっと部屋にいたのよ!その間、ほかの誰かが部屋を出たこともわかんない!
だから、白戸が厨房から包丁をもう一本取り出す時間もあったはずよ!」
「それは出来ないよ」
「なっどうして!?」
「だって、彼女が厨房から包丁を持ち出す時間があったにせよ、それなら最初に包丁を2本持っていけば良かっただけじゃない?
ただでさえ怪しまれてるのに、彼女がさらに怪しまれるような行動は、むしろ避けると思うけど?」
そう言うと、黒木はおとなしく座った。
「あ、あの……さ……」
それを見た白戸は、急にバツが悪くなったような顔をして、
「……」
土下座をした。
「!?」
「ご、ごめん……みんな……!うちが……うちが……!変なこと言うから……緑川が……!」
目から大粒の涙を流しながら、必死に頭を下げる白戸。
「ごめん……!みんな……!ごめん……!」
「し、白戸さん……!」
「……」
複雑な気分で見つめる4人と、月島。
大樹はなぜか、にこりと笑っていた。
10分ほどしたあと……
「……飲め」
「え?」
柴山が、水を持ってきた。
「俺こそ……調子に乗って悪かった……」
「朝の……事……?」
「……俺があんなことを言わなかったら、そもそも今回のお前の暴走には繋がらなかったかもしれない……
本当に……すいませんっした!」
「……」
黙って首を横に振り、
「もう大丈夫やよ。ありがとう。柴山」
「……」
「……で、落ち着いた?」
大樹が、白戸の前に座る。
「う、うん……」
「金城さんが君をここまでかばうということは、君が何かを残した可能性もある。ということだよね。
もう少しだけ詳しく話してくれないかな。君の部屋にいた時のこと」
「わ、わかった……」
・
・
・
うちは、ずっと部屋におった。
朝のこと……すごい後悔してた……
「……はぁ……」
今更になって謝っても、どうせみんな許してくれへんやろうし、
ずっとずっと、うちは部屋の中でじっとしてた。
で、ちょっと小腹がすいたから、食堂に行こうと思って、部屋を出ようとしたら……
手紙が扉の下から届いたんよ。多分、停電が起きる5分ほど前やったと思う。
「……?」
今日は部屋にいろ。
君を殺そうとしている人がいる。
今日は何があっても、部屋から出てはいけない。
ずっと待つんだ。ずっと、嵐が過ぎるまで待つんだ。
うちを「君」って呼ぶ人はおらんから、刑事さんのどっちかが出したんやと思うの。
「……やっぱり……そうやんな……アホやな、うち」
それを見たうちは、ベッドに寝転がって……
しばらくしたら部屋が真っ暗になった。
停電かな?って思って外に出たんやけど、そこも真っ暗で……
やけど、その時やった。
カツ……カツ……
「!?」
足音が聞こえた。ゆっくりやけど、確実に……その足音は、こっちの部屋に向かってた。
もしかして、自分を殺しに来たんかも。そう思ったうちは、慌ててベッドの下に隠れた。
でも、うちは肝心なことを忘れてた。
ガチャ……
「!?」
鍵をかけるのを忘れてたんよ。
誰が入ってきたかはわからへんけど、うちはずっとそいつが帰るまで待ってた。
で、喋り声が聞こえてきたのは、それから間もないときやった。
「……」
「……」
「……!」
「……!……!?……!」
やけど、ベッドのシーツが邪魔して、よく聞こえんかった。
やから、ちょっとだけ聞こうと思ってシーツを動かそうとしたら……
ゴオン!
「!?」
大きな音が聞こえて、それにびっくりしたうちは……
ガァン!
「ぐぅ……!」
ドサ……
「ベッドの骨組みに、頭を打ち付けて気絶してしまった……そうだね?白戸さん」
こくりと頷く。
「……その声に、聞き覚えはなかったか?」
「いや、あるにはあるんやけど、ぼやけて声があんまり聞こえんかった……やけど、今思ったら……
緑川の声やったよ。……最後に聞こえたのは」
すると……
「そういえば、自分の部屋にちょっとだけ戻ったんだけど、その時緑川っちの部屋にこんなものが落ちてたんだな」
「!?」
黄山が手紙を出した。それを読むと……
警戒してくれ。
君たちのうち誰かが、今晩中に白戸さんに殺される。
今日は1歩も動いてはダメだ。
白戸さんが、いつ牙をむくのかわからないからね。
「……脅迫状……!?……って、黄山君彼女の部屋に入ったのか!?」
「うぅ、ごめんなんだな。でもほかの場所には手を出してないんだな!本当なんだな!」
慌てて否定する黄山。
「……俺はこんな手紙を書いていないよ。そもそも俺たちは、保健室から動かなかったからね」
「僕も同じだよ。停電が発生する5分前にはまだ保健室にいた。それは黒木さんが証明してくれるよね」
「え、あ、うん。間違いないよ。刑事さんたちは、停電の時にあたしが目撃したもんね」
つまり、誰かが書いたこの脅迫状を手に入れた緑川は、白戸を殺害するために白戸の部屋に行き、そこで犯人に殺害されてしまった。
金城の証言と合致する。
おそらく書いた人物も、緑川を殺害した人物だ。
「……で、どうすんの?今日は」
黒木が気だるそうに言う。
「今日はもう休もう。白戸さん。君は……保健室に来てくれ」
「え?なんで?」
「死体と一緒に寝るわけにはいかないし、それに空き部屋は鍵がかからない。
そうなったら、俺たちと一緒にいるのが一番安全なはずだ」
「……ごめん」
頭を下げる白戸。
「なんだ。意外にいい子だね。白戸さん」
大樹が言うと……
「い、いい子は……やっやめて……や」
顔を真っ赤にして言った。
「明日、今日出来なかった探索をしよう。犯人の手がかりは、必ずどこかにあるはずだ。今日の夜も、一歩も外に出たらダメだぞ」
月島が釘を刺すと、4人とも頷いた。
「なぁ、兄貴……」
白戸と金城が眠ったあと、大樹を誘って保健室の外に出る月島。
「本当かよ。緑川さんを殺害した犯人に目星が付いてるって」
「うん。多分みんなの証言を照らし合わせるに、犯人はあの人で間違いないはずだよ」
「……」
「それに、犯人の目星がついているのは僕だけじゃない。金城さんだってそうだと思う」
そして真っすぐに月島を見つめたあと。
「停電中も自在に動くことができて、僕や黒木さんに気づかれることなく白戸さんの部屋に入り、そして僕たちになに食わぬ顔で合流できた人物……」
「……」
「まぁ。今その話をしても仕方なかったね。明日は早いし。僕たちも寝ようか」
大樹はその後何も言わず、保健室に入っていった。
翌朝……
食堂に集まった一行。全員が顔を見合わせると、月島が説明を始めた。
「おそらく、俺たちがまだ見てない2階から上に、犯人の手がかりがあると思うんだ。それを手分けして探そう」
「でも……もしみつからなかったら……?」
「考えないでくれ」
弱気になる赤井を制止。
「そもそも見つからなかったら。そう考えて考えることをやめたら、犯人の思うツボだよ。
だからこそ、今日は探そう。捜査は足で稼ぐものだ」
「攻撃は最大の防御……ロンギヌスの槍を犯人の鎧につきたてる……
ふははははは!では俺も共にまいろうぞ!」
色々と面倒な柴山は放っておいて、くじ引きで決めた結果、
月島は赤井と2階を、
大樹は黒木、白戸と3階を、
金城は柴山、黄山と4階を探索することとなった。
2階にいる月島は、職員室、各教室、そして校長室を調べて回った。
「……?」
校長室にいる時、月島はあるものが気になった。
「なぁ。赤井君。この学校にネットワーク環境はあった?」
「1階に電算室がありますから、多分使えると思いますよ」
「いや、ここにあるノートパソコンが気になってな……これを使って何かできないかなと思って」
「そうですね。やってみましょう」
パソコンを立ち上げる。しかし……
「……パスワードが必要か」
そう、パスワードを入力しないと、メインメニューを開けない。
「……赤井君……校長室のパソコンのパスワードって……」
「知るわけがないです……」
「だよね。うん知ってた」
「ですが、この学校の電算室のパソコンのパスワードは、知っていますよ」
それを入力したところで、開くことはできるだろうか。
「……」
念のため入力。
<Syara1171147>
「……」
開いた。
どうやらパソコンは共用のものらしい。
そのパソコンを調べてみるが、インターネットにつなげることは出来なかった。
「くそ、ここまで用意周到か」
「メールとかはどうでしょうか」
「メール……?まぁ、調べてみるけどよ」
月島がメールを開くと……
「……あれ?」
受信済みメールのところに、気になるものを目撃した。
シャラシティマスタースクール学園長殿へ
あなたは一体、何を考えておられるのです?
すでに特別学科の役割は一通り終了し、これ以上の躍進は不可能なはず。
それに、最近になっての貴方の行動……
まるで、特別学科の卒業試験のために、子供たちを閉じ込めようとしているのでは?
そういった閉鎖空間で、卒業試験などできるはずもないでしょう。
あたしの特別学科試験の際も、それは同じでした。
あたしを含む全ての人物が脱落し、トレーナーとして歩む道を諦める人物もいました。
貴方の行うことは、もはや悪魔の所業としか思えません。
反論があるとするならば、即刻返信をお願いいたします。
シャラシティジムリーダー コルニ
「……ど、どういうことだ?でもコルニさんは、この学科の卒業試験の監視者を確かにやってたじゃないか」
「う〜ん……でも、僕たちが出会った人は、間違いなくコルニさんでしたよ?」
それを聞いた瞬間、
「……」
月島にゾクリと悪寒がした。
「……なぁ、赤井君。コルニさんとはそれ以外で出会ったことはあるか?」
「……え?」
「答えてくれ」
「いえ、卒業試験が初対面でした。それまで僕たちは、出会ったこともありませんでしたから……
一体、どういうことなのだろう。
コルニは確かに、卒業試験の監視役を行っていた。
だがこのメールだと、まるでこの学校を恨んでいるような節がある。
送信済みメールの場所には、何も書いていなかった。
「つまり学園長は、コルニさんに対して反論していない……」
「……ところで、学園長さんはどこに行ったのでしょうか?」
「……」
謎がさらに増えてしまう。
一体この様々な謎が繋がることはあるのだろうか……?
次に大樹。
まだ未踏のこの階には、図書室、会議室、進路相談室、美術室、そして教室が2部屋。
そのなかで大樹たちは進路相談室にやってきた。
「ここも、しっかり調べてもらえるかな、机の下や、本棚の中までしっかりと、ね」
「こんなことに……何の意味があるっての?」
様々な場所を探す。
「あれ?これ……」
本棚の中に、第1回から第4回までの、被験者リストがあった。
「……なるほど、ここまであるということは、君たちはおそらく、第5回の被験者かな」
「とりあえず、読んでみようや」
第1回を開く。特に変わったところはない。
第2回を開く。これも特に変わったことはない。
第3回を開く。……やはり変わったところはない。
「君たちの先輩の顔が書いてあるだけだよ。特に変わったところは……」
しかし第4回目を開いた瞬間。
「……!?」
大樹は、我が目を疑った。
そこには、コルニのリストがあった。
「あっコルニさん……!」
「やっぱりこの学校の卒業生だったんだ……でも、その母校で……あんな目に……」
「……」
「どうしたの?刑事さん」
パタン……
「……なんということだ」
「え?」
「君たち、ここまででコルニさんに出会ったのは?」
二人共、一回もない。といった感じで両手を広げ、とぼけたような顔をする。
「……」
再びコルニのリストを開く。
「……間違いないよ」
「え?」
「コルニさんは、生きているよ」
4階にやってきた金城たち。
4階には、教室が4部屋、科学実験室、生物学室、そして屋上へ続く階段もあった。
しかし屋上へ続く階段は、当然ながら頑丈な扉で閉められている。
本来3階より上に上がるには鉄格子があり先に進めないが、金城のルチャブルによって無理矢理破壊した。
生物学室にやってくると、そこはひんやりとしていた。
「大きな冷凍庫のようですね」
「生物学室……というほどだから、多分生き物でもしまっているんだな」
「可能性はありますね。開けてみましょう」
ボタンを押すと、赤いランプが緑色に変化し、その状態で引き出しを引っ張る。
ガラガラガラガラ……
非常に長い引き出しが、伸びに伸び……
ズルッ。
「きゃっ」
ぺたん……
金城が足を滑らせ尻餅をついたあたりで、ようやく止まった。
「あわわ、大丈夫なんだな!?」
「ん……平気です。それより……」
金城が尻餅をついた場所を調べると、そこには水滴が凍りついているようだった。
「ニブルヘイムの門が開け放たれたのはついさっきのこと……だがなぜ、床が凍りついている……?」
「……それもそうですし、この冷凍庫……」
生物学室の別の引き出しに入っているブルーシートを、金城は折りたたみ、
ちょうど、柴山ほどの大きさにして、冷凍庫に入れた。
「人一人なら、余裕で入りますね」
「きっと、大小さまざまな動物を扱えるからなんだな」
「いえ、私が言いたいのは……」
金城はほかの冷凍庫を開ける。
「あ、今度は3人で開けましょう。流石に二度同じようなミスをするのは困りますし」
「なぜ貴様のような下等生物の手伝いを……ふん。まぁよかろう。<せ〜の!>で引くぞ」
そして左側の冷凍庫を開けると……
「!?」
「やはり、でしたか」
そこには、血の跡がついていた。
「な、ななななな、これは……どういう……」
「……最初の夜、私たちがあなた方に……」
真っ白い息を出しながら喋るが、
「いえ、あまり長居するような場所でもないですね。場所を少し変えましょうか」
そして生物学室を出て他の部屋に向かおうとした時……
「……!」
金城は、突然物陰に身を隠した。
「な、どうしたんだな?」
「なぜかような闇に身を隠している。俺はいつでも戦闘態勢に……」
右手の人差し指を口に押し当て、
「物音を立てないで……気配も出来る限り消して!」
「……」
ただならぬ金城の様子に、黙って頷く二人。
物陰から覗き込む。
その視界の先に、金城は……
血のついたハンマーを握り締めた青葉 エレーナの姿を目撃した。