クラヤミ
翌日……
「……」
目を覚ます月島。大樹は未だ寝ている。
「ぐが〜……」
相変わらず、顔に似合わないいびきをかきながら。
「……?」
金城の姿が、そこにはなかった。
「金城さんなら、宿舎に先に向かったよ……むにゃむにゃ……」
「それは本当だな!?寝言じゃないんだな!?」
「ふぁ……?」
ようやく目を覚ました様子の大樹。
「……なんだ、夢か」
「やっぱり寝言か!」
宿舎に入ると、本当に金城がいた。
「金城さん、おはよう」
「おはようございます。皆さんすでに食堂に集まっているようですよ」
「あぁそうか。じゃあ僕たちも行こうか」
食堂に向かったが、やはり、当然ながら空気は重い。
「……」
柴山だけが、厨房で調理を行っている中、その他一行は会話がない。
「……みなさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……?そんなはずないんだな……」
それもそうだ。
昨日コルニが……慕ってきた先生であるコルニが、ブラッド・ハイドレイゴンに殺されたのだから。
「昨日は一睡も出来なかった……いつその犯人が、私を狙うのか、そう思うとな……」
「僕も一緒です。思わず部屋を開けたくなる衝動に、何度も駆られました……逃げたいの……かな……」
「あたしは昨日、逆に深く眠れたけどね……体が疲れ切ってんのかな」
と、そこへ……
「そういう貴様らに、スペシャルな魔界の朝食を持ってきたぞ!」
柴山が、意気揚々と料理を作ってやってきて、
「……」
バキ!
白戸に殴られた。
「ぐっ……!」
「白戸さん!?」
慌てる月島。
「あんた、ようそんな風に振る舞えるな。あんたには血も涙もないんか?」
「……」
「どうせあんたは、コルニさんが死んでも自分が殺されんでラッキーとしか思うてへんのやろ」
「天地神明、全てのセラフ、万魔の王に誓い、それは違うと言おう」
「ふん!どうだか。さてはあんたが、コルニさんを殺したんちゃうんやろうな?」
その言葉を言った瞬間。
「白戸さん!やめろ!」
月島は、反射的に大声を上げた。
「ふん、なんで見ず知らずの奴に怒られなあかんねん。あんた何様や」
「違うよ……だからこれこそが犯人の思惑……」
「アホか」
ガシャ〜ン!ガシャン!ガシャン!
白戸は食堂中にある朝食が乗せられた皿を、全て床にぶちまけた。
「!?」
「仮に柴山が犯人やとしたら?こいつが毒薬を食事の中に混ぜてるとしたら?
それで黙って飯を食ってうちらが死んだら、あんたは責任を取れるん?」
「……それは……」
「言っとくけど、うちはやれるからな?」
やれる。
その言葉を聞いた瞬間、全員にゾクリと寒気が走った。
「な、何を……言ってるんだな……?白戸……」
「言うとるやん。うちはお前らの中におる犯人を殺すためやったら、もう手段を選ばへん」
厨房に置いてあった鋭利な包丁を持ちながら、白戸は喋る。
「見せしめに、ここで誰か殺してもええんやで?」
「やめなよ!白戸!」
「なんでやめなあかんの?殺されんの待てって言うんか?」
「それは違う……だけど、あんたはあたしたちの誰かを殺して、何の得に……」
そう言った瞬間、月島は黒木を制止した。
「やめとこう。今は何を言っても無駄だよ……」
「ふん!」
白戸は包丁を持ちながら、部屋に帰っていった。
「……」
「朝ごはん……どうするんだな……?」
「やめておけ。白戸の言葉にも……一理あるかもしれん」
その後も、学校の探索どころではなかった。
全員が全員部屋に閉じこもり、しきりに警戒しているようだ。
「……和也、どうする?」
「どうするって言ったって……どうしようもないだろ」
「うちはお前らの中におる犯人を殺すためやったら、もう手段を選ばへん」
「変なことをしたら、彼女に俺たちが殺されてしまうかもしれないんだぞ」
「……じゃあ、今日はもう何も出来ない……のかな」
「そのほうがいいのかも知れないな」
その日の夜……
「……」
時間が経つのがこれほど長いとは思わなかった。
時計をふと見ると、午後7時。
「……」
保健室にいる中でも、大樹も、金城も無言だった。
「なぁ、どうする」
「どうする……ねぇ。一度宿舎の方を見に行ってみたらどうかな」
「そうですわね。あの6人に、動きがなければ良いですが……」
だが宿舎に入ると、
「!?」
なぜか真っ暗だった。
「こ、これは一体……」
「お待ちを、今明かりをつけます」
金城はライボルトを出し、ライボルトはフラッシュを使った。
ガタン……
「?」
その瞬間、何か音がした。
「今なにか音がしなかったか?」
「え?僕は聞こえなかったけど……」
明かりをつけたまま部屋の方面に向かうと、黒木がいた。
「黒木さん!」
「あぁ、月島さん……だったっけ?いきなり停電が起きて大変なの!」
「停電?」
確かに黒木の部屋の中も真っ暗だった。
「お待ちを、おそらくブレーカーが落ちたがため、この停電が起こっているのかと。
ブレーカーをつけてきます。なるべくここから動きませぬよう」
金城はライボルトを伴い、部屋とは逆の方向に走り出した。
「な、なんなの一体……」
「て、停電は、おいらの部屋だけじゃなかったんだな!?」
と、黄山が壁を伝ってやってきた。
「黄山君……そうだ、黄山くんのライボルトはフラッシュを……」
「残念だけど、完全なるアタッカーなんだな」
「ちょっとマジ勘弁して!あたし暗所恐怖症なんだって〜!」
パチ……
電気が付いたようだ。金城が戻ってくる。
「おぉ金城さん、ありがとう。おかげで復旧したみたいだ」
「え?私はブレーカーなんて動かしてませんが……」
「……?」
大樹は顎に手を添えて考える。
「これほど直ぐに復旧するとは、多分電気の使いすぎによって起こされた停電だろうね」
「……」
と、ここで月島が、
「おい、あの部屋……」
黒木の二つ隣の部屋の扉が、開いていることに気がついた。
「白戸さんの部屋……ですわね」
「……」
恐る恐る月島は、その部屋の中を覗き込むと……
「!?」
そこで月島は、衝撃的な光景を目の当たりにした。
真っ赤に染まった床。
窓を背に座るようにして倒れている、緑髪の少女の死体。
後頭部におびただしいほどの血の跡、そして両手に切り傷、
そのそばには、血文字でこう書いてあった。
ゼ ツ ボ ウ サ ー カ ス
「緑川!?」
駆け寄る月島、念のため、右手の脈を測る……
「……」
首を横に振った。
「み、みんな、呼びにいかなくちゃ……!」
「待て!」
黒木を止める月島。すると……
「!?」
右手に血まみれの包丁を握った、白戸がベッドの下で倒れていた。
「ん……!」
目を覚ます白戸。
「!?緑川!?……っ!」
後頭部を押さえうずくまる。
「……お前が殺したのか?」
「ち、違う……違う……!っ……!頭が……!」
「……」
「あんた……ついにやらかしたわね」
黒木が白戸に食ってかかる。
「ち、違うって、うちは犯人じゃ……」
再び後頭部を押さえる。
「……ちょっと、いいか」
白戸の後頭部をさする月島。……コブができているようだ。
「一体何があったんだな!?……緑川っち!?」
騒ぎを聞きつけた黄山を皮切りに、
「緑川……!バカな……」
「み、緑川さん!」
後の2人もやってきた。
「残念だけど、死んでる……血の渇き具合から、さっき殺されたみたいだ……」
「殺した奴なんて、一人しかいないでしょ!」
そして黒木が指をさすのは、当然白戸。
「あんたの手に持ってる包丁!ベッドの中に隠れてたっていうこの状況!あんたが犯人以外ありえないっしょ!」
「か、隠れてなんかないって……っ!」
「ふん!嘘つき!あんたの言動からして、あんたが殺したに違いないわよ!あんたが犯人じゃないっていうのなら……
握られた包丁についてる血はどういうことなの!?」
「し、知らん……知らんよ……!」
それでもなお、言い足りないような顔をする黒木に対し、
「おやめなさい!」
金城が、声を荒らげた。
「彼女が本当に犯人じゃないとしたら、あなたはどうする気ですか?」
「かけてもいいわ!いや、かける必要もないわ!白戸が犯人!あいつが隠し持ってた包丁でぶっ刺したのよ!
あんたが緑川を……ひいてはコルニさんをぶっ殺して」
「現場の状況が似ているとはいえ、同一犯だとは思えないけどね」
大樹が反論。
「この、<カ>の字と、コルニさんの部屋にある<カ>の字を見比べてみてよ」
写メールに写った文字を見てみると、ちゃんとはねている部分があるのに対し、こちらははねていなかった。
「そんなもん筆跡を使い分けただけでしょうが!とにかくあんたが犯人よ。今すぐその罪……償わせてやる!」
右手に握った包丁を奪おうとする黒木に、
バシ!
「!?」
「……」
金城が一発平手打ち。その目は、全てを吸い込むような闇のように深いものだった。
「……疑うのは勝手ですが、度が過ぎていませんか?
仮にも彼女はけが人なのです。あなたがそのように追い詰めて、
素直に吐くこともなく嘘をつき続けるだなんて事、出来るわけないのでは?」
「ひっ……!な、なんなのよ!もう!」
歯ぎしりをしながら、後ずさりをする黒木。
金城はしゃがみこみ、白戸の顔を自分の方に向けるようにして、両手を添える。
「吐き気はありますか?」
「……ちょっとだけ……」
「……私は彼女を保健室に連れて行きます。和也さん、大樹さん。後をお頼みします」
「わかった。頼むよ」
金城は抱きかかえるようにして白戸を持ち上げ、部屋から去っていった。
「……兄貴」
「うん。間違いないよ。緑川さんは、コルニさんとは別の犯人……模倣犯に殺されたんだ」
振り返る月島。
「食堂で、俺たちが来るまで待っていてくれ。一歩も動くなよ」
「は、はい」
現場検証を始める。まずは死体の状況を調べる。
「……やっぱり、後頭部に打撃痕、手には切り傷か……」
「今度は切り傷は一箇所しかないようだね。おそらく最初に犯人は緑川さんの後頭部に一撃を与え……」
「死体を移動させた、か?」
部屋の中には、引きずったような跡があった。
「うん。おそらくこれは、緑川さんの血で間違いないはずだよ」
「問題は、白戸さんがなんで血まみれの包丁を持っていたのか、なんだ」
「もちろん、犯人が持たせたんだろうね」
「その場合は、なんで白戸さんがベッドの下にいたのか説明できねぇよ」
再び考え込む大樹。
「例えば、白戸さんはベッドの中に身を隠していたとか」
「身を隠す?」
「犯人に見つからないようにして身を隠し、逃げようとしたところ、頭を打って気絶してしまった。
その近くにいた犯人に気絶しているところを、包丁を握らされて、あたかも自分が犯人のように差し向けたのかも」
ベッドの下を覗いてみると、確かにかなり低い場所に骨組みが組まれていた。
これなら頭を打つのも無理はない。だがそれより気になるのは、
「ちょっと待て兄貴。仮にあの包丁を使ったとするなら……」
「そう、後頭部の打撃痕の説明ができないんだよ。部屋の中には凶器になりうる殴るようなものは何もないしね」
大樹は部屋の扉を開け放ち、廊下を見た。
「……もっと言うと、どうして犯人は白戸さんの部屋に入ることが出来たのかな?」
「そりゃ……停電で白戸さんがドアを開けたんだろう」
「そうかな?白戸さんは犯人が僕や和也を含め、この中にいると思っていたんだよ?
それなのに停電が起きたからといって、部屋の外に出るのは多分ないと思うよ。
犯人が暗視ゴーグルや、明かりの代わりになる物を持っていた可能性も否定できない。
だから彼女は、停電前からずっと、部屋の中にいたと思うよ」
「……」
そう、白戸が怪しむというなら、犯人も部屋に入ることは容易に出来なかったはずだ。
それなのに、どうして白戸の部屋に、緑川が入ることができたのだろう。
「ん?」
と、白戸の部屋と空き部屋の間の壁の色が、違う事に気が付く。
「兄貴、これって……」
「防火扉のようだね。ちょっと調べてみる」
大樹は駆け出すと、すぐに戻ってきた。
「黄山君と緑川さんの部屋の間にも防火扉はあったよ。柴山君の部屋の近くや、黒木さんの部屋の近くにもね」
「金城さん……気付いてたのか?」
「いや、まさか防火扉があったことをいちいち言うまでもないと思ったんじゃないのかな。
こんな事件がなかったら、注目することもなかっただろうし」
防火扉に手をかけ、閉める。大きな割に軽く、簡単に閉めることができた。
「非力な女の子でも、これなら閉められそうだねっ……と」
ガタン……
「!?」
何かに気がつく月島。
「どうしたの?」
「この音だ。俺が停電の時、聞いた音。金城さんがライボルトを出して、フラッシュを使った時になった音だよ」
「つまり犯人は、防火扉を閉めたの?」
「多分な。おそらく、懐中電灯か何かを使うとき、明かりが漏れないようにだ」
再び防火扉を戻す大樹。
ガタン……
「その推理、多分当たっていると思うよ。ちなみに和也が聞いたのは、開ける時の音だと思うね。
だって、迅速に動かないと、僕たちがやってくると今回の計画が台無しでしょ?」
「つまり犯人は停電の中で、緑川さんを殺害したってことか!?」
「うん。僕はその、緑川さんを殺害した犯人の目星はついているよ」
「え!?」
驚きの一言だった。
「だ、誰だよそれ!」
「その前に、もう一箇所確認すべき場所があるはずだ」
宿舎の中を隅から隅まで調べると、
「あった」
脱衣所に、コンセントに繋がれたドライヤーが2台置かれていた。
「強に設定されてる……犯人はこれを使ってあの停電を引き起こしたのか……?」
「それは無理だよ」
「え?」
「このドライヤーで停電を引き起こすなら、この脱衣所にやってくる必要があるんだよ。
もちろん帰るときも、明かりを使わないといけない。それだと、黄山君や黒木さんに目撃されちゃうんじゃない?」
「……それもそうだな」
一通り探索を終えたので、食堂に向かう月島と大樹。
「で?その犯人の目星って誰のことだよ」
「言えるわけがないよ」
「え?」
大樹の顔を見る。
「だって、僕がさっき言ったとおり、コルニさんを殺害した犯人と、緑川さんを殺害した犯人は別人なんだ。
だからこそ、ここでその犯人を言えるわけがないよ。仮に言ったところで、ほかの人がその人を殺害してしまったら……
その犯人が何故事件を起こしたか、分からなくなってしまうからね」
「……それ、俺も聞くのは……」
「慎んでお断りさせてもらうよ」
「ですよね〜……」
一方こちらは保健室。
「ほら、お飲みなさい」
水を手渡す金城。
「……なんで、なん?」
「ん?」
「うち……あんなこと言ったんやで……?うち……犯人かもしれんのやで……?」
「……そうね」
ベッドに腰掛けながら、話を続ける。
「だけど、ここから出られないのは犯人も、私たちも一緒。見殺しになんて、出来るわけありません。
それに、まだあなたが犯人だと決まったわけではありませんし」
「……」
すると白戸は、目に涙を浮かべた。
「……うちだって……ホンマはみんなと一緒にいたい」
「……?」
「やけど……あんなことが起こったから、なんか自分自身がおかしくなったみたいで……
ホンマはみんなを……みんなを信じたいのに……うちでもなんであんなことしたかわからへん……
もう……いやや……いやや……!緑川じゃなくって、うちが殺されたら良かったのに……!」
「……」
頭を優しくなでる金城。
「なら、素直になればどうですか?明日、みなさんの前で謝って、許してもらいましょう」
「……出来るの?」
「出来ますよ。案外楽に」
金城の考えは、おそらく白戸は犯人ではない。ということだった。
「白戸さん。落ち着いたらでいいので、あなたが部屋にいた時のことを教えていただけませんか?」
「え?……部屋に……いた時のこと?」
「えぇ。そもそもなんで、あなたの部屋に緑川さんがいたのか……」
「……言っても、信じてもらわれへんと思うんやけど……」
意外な言葉だった。
信じてもらえないという白戸の言葉は、何を意味するのか。
「……話していただけませんか?」
「……いいよ」
その証言は、意外なものだった。
「……それは……本当なんですね?」
「うん……信じられへんやろ?やったら……別にえぇよ?」
「いえ……本当……だとしたら……」
「私たちは、大きすぎる勘違いをしていたのかも……」
突然立ち上がる金城。
「白戸さん。歩けますか?」
「……うん。まだちょっと頭がボーッとするけど、大丈夫やで?」
それを聞いてこくりと頷いたあと、金城はこう言った。
「……戻りましょう。みなさんのいる場所へ」