カイエン
心臓が一瞬だけ高鳴った。
あのコルニが、ブラッド・ハイドレイゴン……?
「ま、待てよ兄貴。あくまで仮説だろ?」
「念のため廊下の窓ガラスも調べてみたんだ。だけど、職員室の椅子で力いっぱい殴ってみても、傷ひとつ付かなかったよ。
それに、校舎の3階から屋上に向かうためのドア。宿舎の3階に上がるためのドアも、頑丈な鉄格子で塞がっていた。
ポケモンを使ってはいけないというルールがある以上、彼らではその鉄格子を開けることができないはずだよ」
「……」
つまり、コルニは自分たちを閉じ込め、誰にも密告されないように誰かを殺そうとしている……?
「まぁあくまで仮説でしょ?」
モンスターボールから、ゾロ子が勝手に出てきた。
「ちょっゾロ子!いきなり出てくるなよ!」
「えへへ、ごめん。だけどまだ、コルニさんがブラッド・ハイドレイゴンだと決め付けるには早すぎると思うよ?」
「決めつけた覚えはないよ。仮説って言ったはずだしね」
そのまま体育館を出ようとする4人……いや、3人と1匹。
「……まぁ。僕の仮説は結構当たっちゃうんだけどね」
宿舎の食堂にやってくると、そこには5人しかいなかった。
「あれ?緑川さんと白戸さんがいないみたいだけど」
「緑川さんは厨房。白戸さんは大浴場です」
赤井の言った大浴場という言葉に反応した。
「お風呂場まであるのですね?」
「流石に、1週間もお風呂に入らない訳にはいきませんし……」
「では、私も失礼しましょうか。お食事が出来た頃には戻ります」
金城は大浴場に向かう。
「しかしそれにしても……」
席に座る月島。
「まさか食事までセルフサービスとはなぁ」
「それも自分で作る形の。だよ。さっき念のため厨房の素材を全部確認してみたけど、どの食品も賞味期限は大丈夫だった」
「そりゃそうなんだな。食べられる奴が賞味期限が近かったら、おいらは怖くて口に出来ないんだな」
……どう見ても大食漢な黄山が言うと、説得力がある。
「……そういえば、月島さん……だっけ?」
「え?」
黒木が隣に座ってきた。
「月島さんも、この学校の卒業生なんでしょ?」
「あぁ……そうだけど……」
「じゃあさ。月島さんが今日持ってるポケモン見せてみてよ」
「べ、別にかまわないけど……」
月島はそっと、ゾロ子を出し……
「な!すっげ!色違いじゃ〜ん!」
「まぁ……自慢することもないけどさ」
「すっげすっげ!ちょっと触らせて!」
少し乱暴にゾロ子を撫で回す黒木。
「あ〜あんまり乱暴に扱わないでくれよ」
「いいじゃないっすか!ほ〜らなでなで〜……」
「……」
ビタ〜〜〜ン!
「ぐえ!」
ゾロ子のじんつうりき。……しかも月島に。
「なんで俺なんだよ!」
「……(ごめん、打つ奴間違えた)」
金城と白戸が戻ってきた。
「ふぅ〜……さっぱりしました」
「やっぱお風呂は最高やね!」
二人が席に着くと……
「戻ったか、ちょうど今……」
緑川が食事を持ってきた。
「食事ができたところだ」
緑川が持ってきたものを見て、赤井の顔は青くなった。
「……ねぇ、緑川さん……」
「ん?」
〜本日の献立〜
豚肉の生姜焼き風炒め。イチゴ・ぶどう・みかんを添えて
魚のグラタン……らしきもの。焦げ臭い香りと共に
洋梨とトマト、パプリカ混ぜご飯
「……あるものを適当に混ぜてみたんだが。味はどうだ?」
「……た、食べるにはちょっと勇気がいるというか……」
大樹が一口。
「うん。おいしいよ。みんなも食べなよ」
「え?本当ですか?」
パクリ。
……ドサ。
卒倒。
「なっ……」
「ごめん……おかしいのは赤井君じゃなく、うちの兄貴なんだ……」
「……」
箸を握る全員の手が止まる。
「……や、や、やはり……私の腕ではダメか……」
「ダメだと思ったら、なんで立候補したんや!」
しかし箸を握らず、くつくつと笑いをこらえる人物が一人……
「フハハハハハハハ!」
柴山だ。
「ではこの俺が作ってやろう!貴様らを黄泉へと誘う甘美なる夜の宴の糧を!」
「黄泉へ誘われるならどのみち死ぬじゃねぇか!」
あんな少し痛いキャラを持つ柴山だ。料理なぞ作れるわけがない。
月島は腹をくくった。
「……」
「いっそ、ここは私が」
「やめてくれ金城さん。気持ちだけでお腹いっぱいだ」
その傍らで、黙々と生姜焼きを頬張る大樹。
「兄貴……仮に毒が入ってても死ななそうだな……」
「ん?」
「あ、いや……」
しかし先ほどの言葉は、
「う……」
前言撤回することになった。
「うめぇ〜〜〜!」
「フハハハハハハハ!これぞ、柴山レストラン!どうだ、おかわりもまだあるぞ!」
「じゃ、じゃあ頼む!……てか、本気でうめぇ……!」
「ふ……ここまで褒めるとは、少しばかり礼を言わねばなるまい……ありがとうございます!」
食事にがっつく5人と、月島、大樹、金城に対し、
「……」
まるで箸が進まない青葉。
「?」
それが気にかかった金城は、声を掛ける。
「食べないのですか?」
「……あ、いえ……」
青葉は金城から背を向けた。
「……?」
食事を終え、全員が各々の個室に向かったあと、
「ここが僕たちの部屋……か……」
4人はある場所にやってきた。
「……といっても、保健室のようだね」
「ごめんなさい。どうしてもほかの個室は埋まってまして……」
コルニが頭を掻きながらそう言った。
「まぁ、満足に眠れる場所があるだけまし……そう考えましょう」
「やれやれ、保健室で体調を悪くして寝たことがあるけど、大人になってここに来るなんてな……」
「まったくだね」
その後、コルニは適当に保健室の器具を説明したあと、部屋を出て行った。
「……さてと」
大樹はベッドに座り直し……
「……和也はどう思う?」
「え?どうって……」
「今回の事件、だよ。君はコルニさんがブラッド・ハイドレイゴンと結論を出すにはまだ早い……そう言ってたよね」
「いや、だって、第一コルニさんはブラッド・ハイドレイゴンを書物だけで知ってるんだろ?
……あれが嘘としても、自分から怪しまれるような真似はしないだろうし」
そこで手を広げる大樹。
「その考えがすでに彼女の思うツボだとしたら?」
「お前は本当に疑い深いやつだな……だいたいコルニさんはその道じゃ結構有名な人なんだろ?」
「ですが……この写真も気になりますね」
金城は、コルニが手紙と共に納入していた写真を取り出す。
「……そもそもこの人は誰なんでしょうか?このクラスの人物……であるはずなんですが」
「うん。それもおかしいね。今回の受験者リストを見たんだけど、人数はぴったり7人。人数が溢れるなんてことはないと思うな」
その時だった。
ピンポンパンポ〜ン……
「?」
「校内放送です。ただいま午後8時を回ったところです。まもなく食堂はドアをロックします。じゃあ皆、いい夢を……」
言葉を言い終えようとした瞬間……
ガシャン!ドゴン!……パチパチパチパチ……!
「!?」
その声は、急に聞こえなくなった。
「校内放送ってことは、放送室……!?」
2階にある放送室に向かうと……
「!?」
そこは火が激しく燃え盛っていた。
「ど、どうしたんです月島さ……!」
そこへ赤井もやってくる。
「……ダメだ、鍵がかかってる……赤井君!このドアの鍵は!」
「しょ、職員室にあるはずです!取ってきます!」
となりの職員室に向かう赤井。
「くそ……一体何が……!」
しかしその火は、
「……?」
突然鎮火した。
「鍵を持ってきまし……あれ?」
「……どうやら、スプリンクラーが作動したようですわね」
金城が言ったので、ドアを見ると、ガラスが濡れていた。
赤井に手渡された鍵を開け、恐る恐るドアを開ける。
「!?」
その光景を見て、月島は……
「兄貴……」
「え?」
「お前の仮説、外れたみたいだ……」
そこの床に、白を基調とした服を着た死体が転がっていた。
後頭部には乾いた血の跡、両手にも血。
顔は判別できないくらい燃えて損傷していた。
そして……その現場の、スプリンクラーがかかっていない部分に描かれた血文字……
ゼ ツ ボ ウ サ ー カ ス